苦いヴァカンス

空川億里

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第1話 シンガー・ソング・イメージライター

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 今日も眠い。昨日もおとといも眠かった。明日も絶対眠いだろう。立ってるのが奇跡なくらいだ。
 毎日毎日分刻みのスケジュールに追われるおれは、いつ過労死してもおかしくない。たっぷり寝たのは、いつ以来だろう。
 全身に疲労が蓄積しておりイライラしてる。売れっ子になる前は、もっと眠っていたと思う……いや、そうでもないか。
 ろくに働かず、働いてもめったに金を家に入れない親父の代わりに中学を出てバイトで生計を立ててた時から寝てなかったかもしれない。
 そんな俺がシンガー・ソング・イメージライター(SSI)になりたいと夢観たのは、中学の時だった。
 歌を歌いイメージ・ギターを演奏しながら、自分の想像するホロ画像をトロード(電極)・メットを通じて観客に観せるSSIが流行りはじめた頃だ。 
 脳に埋めこんだナノ・メディアからインストールしたコンテンツを五感でたっぷり味わいながら、いつか俺もこんな曲や映像を生みだして、貧乏から抜けだしたいと考えていた。
 たまにそんな夢を語ると周囲の奴に馬鹿にされたが紬(つむぎ)だけは『露彦(つゆひこ)なら、きっとなれるよ』と励ましてくれたのだ。
 いつのまにか男女としてつきあいはじめた彼女を、いつか絶対幸せにするとおれは誓った。
 バイトで貯めた金で中古のイメージ・ギターを買って路上ライブをしたり、代々木の小さなライブハウスで演奏したり、コンテストに応募して、審査員の前でコンテンツを披露した。
 最初コンテストに応募した時は予選落ちだったが、何度も応募するうち予選を通過するようになったのだ。
 俺にとって1番厳しい批評家は紬だった。彼女の毒舌を参考に、何度もホロ画像や音楽を作りなおす。
 そしてまた、応募するの繰り返しだ。
 やがて最終選考まで残り、ついに優勝のトロフィーを勝ちとり、メジャーなレーベルからデビューした。
 紬はいつも、応援してくれた。優勝すると、あいつも含めた親しい仲間が居酒屋で祝福してくれたのだ。
    賞金は10万アジアで、おれの口座に振りこまれた。こんな大金が入るのは、無論初めての経験だ。天にも昇る気持ちだった。
 おれのデビュー・コンテンツは優勝した事もありそれなりに売れたけど、2曲目の売上はちょっと下がった。
 3曲目はさらに下がり、4曲目はそこからずっと下がったのだ。
 そのうちデビューから1年がたち、次のコンテストが開催され、みんなの耳目は新たな『期待の新人』に集まった。
 考えてみれば、いくつも似たようなコンテストが開催されて次々デビューしてゆくが、売れつづけるアーティストは一握りなのである。
 もう駄目かと諦めてた頃、俺の曲を気にいったホロテレビ局のプロデューサーが、自分の手がけるドラマのオープニングをイマジネートするよう依頼しに来た。
    プロデューサーは業界では有名な人物で、手がける作品はどれもヒットを飛ばしていた。
 俺は小躍りして喜び、はりきってコンテンツを作ったが、何度もダメ出しされたのだ。
10回目だか11回目だかのダメ出しを食らった後で、ようやく彼からオッケーが出た。
   ドラマは予想通りヒットして、無名だった俺はあっという間に全国で名が知られるようになったのだ。
   それ以降は出す曲出す曲次々にダウンロードされ、ファンクラブには入会希望が殺到する。
    最初はそんな状況をホテルで浴びるシャワーのように、心地よく感じていた。
   日本ばかりか海外やスペース・コロニーや月面までも江間(えま)露彦の名が知られる過程が。
    しかし、今やそれはいつのまにかずっしりしょわされた重荷になった。休みなく働かされる仕事地獄。
   コンサートツアー、レコーディング、サイン会、テレビ出演、ラジオ出演、ネット出演、エトセトラ、エトセトラ。
    過酷なスケジュールのために何度か倒れ、救急車で運ばれた時もある。
   その時は『芸能人は倒れて一人前だ』と、所属事務所『ゼムリャー』の青谷(あおたに)社長に言われたものだ。
 おれには理解できなかった。これじゃあ奴隷と一緒でしょう。おかしくねえか? それに浴びるのは、心地よい歓声だけではない。
   罵倒や嫉妬やからかい等、ネガティブな物もマシンガンから放たれる銃弾のごとく飛んでくる。
   おれの心はナイフで切り裂かれたように、ズタズタになる時もあった。
「オフがほしい。1ヶ月に1度あるかないかわからねえような休みじゃなくて、もっとちゃんとした休みがさあ」
 俺は何度となくマネージャーの銅田真宇(どうた まう)に訴えていた。
「わかってるって。もうちょっと待って。そのうちね」
 銅田さんは今年45歳だがホロ・メークときびきびとした動きのせいか、10歳は若く見える。
  セミロングの茶髪に切れ長の目に、赤いホロ・ルージュ。
   彼女と知りあったのは俺がデビューした25歳の時だから、西暦2125年からのつきあいだ。
    俺は21世紀最後の年2100年に、東京のスラム街で生まれたのである。そして今年は西暦2135年。俺は35歳になった。
   地球の環境破壊が破滅的なスピードで進み、一部の金持ちは大気圏内を侵食する人工の有毒物や砂漠化から逃れるように、地球と月の間に浮かぶスペース・コロニーに移住している。
 そう言う俺も稼いだ金で世田谷区に買った高級マンション以外に、スペース・コロニーにも別荘を建てていた。
「結局事務所は、俺をこきつかう事しか考えてないんだよね」
 所属する芸能事務所『ゼムリャー』と青谷社長に対する不満は、風船のようにふくらみ、いつか爆発しそうであった。
   ここまで育ててくれた事務所に恩はあるが、他に人気芸能人が少ないせいか、俺だけが必要以上に働かされてる感がある。
 今までも人気の芸能人が所属してたが青谷のパワハラやセクハラやピンハネがひどいので、どんどん他へ行ったのだ。
   また俺は、事務所が取ってくる仕事の中でもバラエティ番組への出演が苦手だった。
 曲の宣伝で必要なのはわかるが、お笑い芸人にいじられるのが嫌なのだ。
  人気が落ちるという理由で紬と結婚できないのも、交際を発表できないのも納得がいかない。
 そんな不満を社長にぶつけて喧嘩するうちだんだん『ゼムリャー』に居づらくなってしまったのだ。
   何でも自分の思った本音を口にするのが、俺の悪い癖だけど……。
   酒席で派手に酔ったあげく売り言葉に買い言葉で、次の事務所も決まらぬうちに社長に退職を通告した。
「そこまで言うなら、ひきとめないからうちを出ていけ」
  社長はおれにどなりつけた。
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