10 / 10
第10話 結末
しおりを挟む
応接室の中に入ると日風翼会長と、その娘の姿があった。
娘の舞は、オレンジ色のワンピースを着ている。予想とは裏腹に、太陽のように朗らかな笑みを浮かべていた。
「はじめまして。九石陽翔です」
陽翔は、相手に挨拶をする。
「はじめまして。いえ、あなたの方は初めてじゃないんでしょうけど。日風舞です」
舞が名乗った。
「舞は、自慢の娘でね」
日風翼がそう説明する。
「あら、そうかしら。お父様はたくさん養子がいらっしゃるもの。わたくしなんか、そのうちの1人に過ぎないんでしょう」
「みんな、わたしの大事な子供だ」
日風会長が宣言すると、舞はいたずらっぽく笑いながら、肘鉄を喰らわせる真似をした。
やがてかしこまった表情になって舞が、陽翔の方を見つめる。
「九石君。君には3Dフォンで話したが、私は舞も含めて7人の娘全員に、判断は自分のことだけを最優先するように言ってある」
横から日風会長が、言葉をはさむ。
「わかってます。大丈夫です。俺も舞さんに無理強いする気はないですから」
「九石さん」
今度は舞が口を開く。
「正直まだ、決めてないんです。すぐに返答できるようなお話ではありませんから」
「よくわかってます」
陽翔が答えた。
「俺は子供を作らなくても良いかなって考えてます。舞さん含めみなさんがそれで結婚を承知してくれるなら」
「九石さんの考えは、わかりました。いずれにせよ、すぐには返答できません。わたしは今の症状を治療したいと考えてます。実現は難しいと先生には言われてます。仮に治療できたなら、それは他の人格がなくなるのを意味します。そういう意味では、わたしと九石さんは対立関係にあるわけです」
硬い口調で舞が話した。
「対立とは考えてません。俺の愛した人は、あなたと同じ顔と体を共有してます。そしてあなたが幸せになるのなら、いつでも自分の魂が消えても良いと打ち明けてくれました。その考えは、俺も同じです。治療で瀬麗音の人格が消えても、それであなたを恨んだりしません。むしろ喜ばしいです」
しばらく沈黙が続いた。太陽のような舞の笑顔は消え、今は翳りがさしていた。
「陽翔さんの考えも、瀬麗音さんの人生観も、理解しました。少なくとも、そのつもりです。最終的な判断は、後日お話しいたします」
ようやく口を開いた舞が、そんな言葉を紡ぎだす。
「それで大丈夫です」
日野市の日風邸を出た陽翔は再び中央線の電車で新宿に行った。
そして新宿の転送ステーションからマイクロ・ワープで軌道上のスターシップに乗りこんだ。
宇宙船は月行きだった。明日の月曜瀬麗音に会って、火曜日からの経緯を伝えるつもりである。それからは慌しかった。
7つの人格それぞれと量子テレポート通信でメールのやり取りをしたり、再び彼女達の住む天体に行って話したり。
最終的に地球時間で3か月後の日曜にある報告をするために、陽翔は日野市にある日風邸へと向かったのだ。
最初に舞と会った時のように、陽翔は日風父娘と応接室で向かいあった。
「話は、すでに舞から聞いたよ」
眉をひそめ困惑しきった表情で、会長の日風翼が陽翔の顔を見る。
父とは対象的に、ありったけの笑みをたたえて、舞がビースト・ハンターを眺めていた。
その目はうっとりと、陽翔の顔に見とれている。
「正直なんで、そんな結論になったのか理解に苦しむ」
日風会長が、さらに続けた。彼が当惑するのも無理はない。自分が逆の立場なら、やはりそう感じただろう。
「でも、7人共承諾しました。無理強いはしてません」
陽翔はそう回答する。
「君が発案したのかね?」
日風会長が、陽翔に尋ねる。
「違います。最初にある女性が自分も俺と結婚したいと口に出したんです。正直びっくりしましたよ。彼女の人格とは、まだ会ったばかりですし。ただ、話を聞けば納得できる部分もあるんです。1週間のうち1日だけしか存在できないわけですから恋愛も難しいんですよ」
「陽翔さんのおっしゃる通りよ」
横から舞が、助け船を出す。
「あたしもすっかり恋愛は、諦めてたの。でも、7つの人格全員が陽翔さんと結婚するなら全部解決するじゃない」
「お前は、本当にそれで良いのか?」
日風会長が娘に問うた。その目は暗く、真剣だ。
「九石君にとってはハーレムみたいなものかもしれんが、お前にとっては夫に他に6人の愛人がいるようなもんだろう。世間の人達がどう言うか」
「お父様。残念だけど、あたしは今の状態でも、周囲の人の偏見から逃げられない。実の父親に虐待された解離性同一症という時点で」
先程までとは打って変わった眼差しで、舞がそう主張する。さすがの日風会長も、言葉に詰まってしまったようだ。
「それに7人の人格がそれぞれ別の恋人を持ったとしたら、あたしの体は常時7人の男性とつきあってしまう形になるんだけど、そっちなら納得するの? それとも7人のパーソナリティが、死ぬまで彼氏を作らない方がいい?」
さらに沈黙が続いた。会長がすぐに返信できないのも無理はない。でも陽翔の腹の内は決まっていた。
最初は彼自身も戸惑った。最初にこのアイディアを火星で生活する火宝萌に提案された時にはだ。
が、よくよく考えれば7人共それぞれに魅力的だし、萌以外の6名が納得するならそれでも良いかもと考えたのだ。
破廉恥な発案だと受け取られるのを承知の上で、この件を陽翔は他の人格達に説明した。
反発を食らうかと思いきや、最終的には全員が賛同するという予想外の結末になったのだ。
実際にこの結婚が上手くいくかはわからない。
でも困難に思えた時でも、陽翔は人生を乗り越えてきた。
そしてビースト・ハンターとしてもトップにのぼりつめたのだ。
今度もきっとハッピーエンドが待っていると信じたかった。
娘の舞は、オレンジ色のワンピースを着ている。予想とは裏腹に、太陽のように朗らかな笑みを浮かべていた。
「はじめまして。九石陽翔です」
陽翔は、相手に挨拶をする。
「はじめまして。いえ、あなたの方は初めてじゃないんでしょうけど。日風舞です」
舞が名乗った。
「舞は、自慢の娘でね」
日風翼がそう説明する。
「あら、そうかしら。お父様はたくさん養子がいらっしゃるもの。わたくしなんか、そのうちの1人に過ぎないんでしょう」
「みんな、わたしの大事な子供だ」
日風会長が宣言すると、舞はいたずらっぽく笑いながら、肘鉄を喰らわせる真似をした。
やがてかしこまった表情になって舞が、陽翔の方を見つめる。
「九石君。君には3Dフォンで話したが、私は舞も含めて7人の娘全員に、判断は自分のことだけを最優先するように言ってある」
横から日風会長が、言葉をはさむ。
「わかってます。大丈夫です。俺も舞さんに無理強いする気はないですから」
「九石さん」
今度は舞が口を開く。
「正直まだ、決めてないんです。すぐに返答できるようなお話ではありませんから」
「よくわかってます」
陽翔が答えた。
「俺は子供を作らなくても良いかなって考えてます。舞さん含めみなさんがそれで結婚を承知してくれるなら」
「九石さんの考えは、わかりました。いずれにせよ、すぐには返答できません。わたしは今の症状を治療したいと考えてます。実現は難しいと先生には言われてます。仮に治療できたなら、それは他の人格がなくなるのを意味します。そういう意味では、わたしと九石さんは対立関係にあるわけです」
硬い口調で舞が話した。
「対立とは考えてません。俺の愛した人は、あなたと同じ顔と体を共有してます。そしてあなたが幸せになるのなら、いつでも自分の魂が消えても良いと打ち明けてくれました。その考えは、俺も同じです。治療で瀬麗音の人格が消えても、それであなたを恨んだりしません。むしろ喜ばしいです」
しばらく沈黙が続いた。太陽のような舞の笑顔は消え、今は翳りがさしていた。
「陽翔さんの考えも、瀬麗音さんの人生観も、理解しました。少なくとも、そのつもりです。最終的な判断は、後日お話しいたします」
ようやく口を開いた舞が、そんな言葉を紡ぎだす。
「それで大丈夫です」
日野市の日風邸を出た陽翔は再び中央線の電車で新宿に行った。
そして新宿の転送ステーションからマイクロ・ワープで軌道上のスターシップに乗りこんだ。
宇宙船は月行きだった。明日の月曜瀬麗音に会って、火曜日からの経緯を伝えるつもりである。それからは慌しかった。
7つの人格それぞれと量子テレポート通信でメールのやり取りをしたり、再び彼女達の住む天体に行って話したり。
最終的に地球時間で3か月後の日曜にある報告をするために、陽翔は日野市にある日風邸へと向かったのだ。
最初に舞と会った時のように、陽翔は日風父娘と応接室で向かいあった。
「話は、すでに舞から聞いたよ」
眉をひそめ困惑しきった表情で、会長の日風翼が陽翔の顔を見る。
父とは対象的に、ありったけの笑みをたたえて、舞がビースト・ハンターを眺めていた。
その目はうっとりと、陽翔の顔に見とれている。
「正直なんで、そんな結論になったのか理解に苦しむ」
日風会長が、さらに続けた。彼が当惑するのも無理はない。自分が逆の立場なら、やはりそう感じただろう。
「でも、7人共承諾しました。無理強いはしてません」
陽翔はそう回答する。
「君が発案したのかね?」
日風会長が、陽翔に尋ねる。
「違います。最初にある女性が自分も俺と結婚したいと口に出したんです。正直びっくりしましたよ。彼女の人格とは、まだ会ったばかりですし。ただ、話を聞けば納得できる部分もあるんです。1週間のうち1日だけしか存在できないわけですから恋愛も難しいんですよ」
「陽翔さんのおっしゃる通りよ」
横から舞が、助け船を出す。
「あたしもすっかり恋愛は、諦めてたの。でも、7つの人格全員が陽翔さんと結婚するなら全部解決するじゃない」
「お前は、本当にそれで良いのか?」
日風会長が娘に問うた。その目は暗く、真剣だ。
「九石君にとってはハーレムみたいなものかもしれんが、お前にとっては夫に他に6人の愛人がいるようなもんだろう。世間の人達がどう言うか」
「お父様。残念だけど、あたしは今の状態でも、周囲の人の偏見から逃げられない。実の父親に虐待された解離性同一症という時点で」
先程までとは打って変わった眼差しで、舞がそう主張する。さすがの日風会長も、言葉に詰まってしまったようだ。
「それに7人の人格がそれぞれ別の恋人を持ったとしたら、あたしの体は常時7人の男性とつきあってしまう形になるんだけど、そっちなら納得するの? それとも7人のパーソナリティが、死ぬまで彼氏を作らない方がいい?」
さらに沈黙が続いた。会長がすぐに返信できないのも無理はない。でも陽翔の腹の内は決まっていた。
最初は彼自身も戸惑った。最初にこのアイディアを火星で生活する火宝萌に提案された時にはだ。
が、よくよく考えれば7人共それぞれに魅力的だし、萌以外の6名が納得するならそれでも良いかもと考えたのだ。
破廉恥な発案だと受け取られるのを承知の上で、この件を陽翔は他の人格達に説明した。
反発を食らうかと思いきや、最終的には全員が賛同するという予想外の結末になったのだ。
実際にこの結婚が上手くいくかはわからない。
でも困難に思えた時でも、陽翔は人生を乗り越えてきた。
そしてビースト・ハンターとしてもトップにのぼりつめたのだ。
今度もきっとハッピーエンドが待っていると信じたかった。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(7件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
未来の技術についての描写がとてもわかりやすく、そして月のビーストハントをする設定の都市がネオ・秋葉なのがまた良かった!!さらに舞の抱えてる秘密が7つの人格と分かった時、タイトルのカレンダーガールの意味も分かってとても面白かったです!!
ありがとうございます。わかりやすさを第一に書いてるので嬉しいです。
RT企画のご参加、ありがとうございます。
全体的に、アクションとロマンスのバランスが良く、テーマが「共有される体と個別の人生」みたいな深い部分に触れてるのに、重くなりすぎない。また、アーマード・ドラゴンのバトルで、ボブの粘り強い鱗狙い、陽翔の横取り失敗、瀬麗音の漁夫の利がスリリング。そこからライバル→恋人へ移行し、プロポーズの拒絶で一気にドラマチックに。27世紀の「1年契約結婚」設定が自然に織り交ぜられてて展開的にも面白くて良かったです。
丁寧なご感想ありがとうございます。読んでいただき嬉しいです。
曜日ごとに人格が変わるというので「水曜日がいなくなった」を思い出した。
人格が入れ替わる、朝目が覚めた時記憶がリセットされる。
なかなか難しい設定ですよね。
「水曜日」の方は全員別人格なので好きな人も曜日ごとに違ってる。でも九石陽翔は名前も違って、きっと人格も異なるすべての人格を愛せるのか? と思いつつ今読み進めてます。
読んでいただきありがとうございます。「水曜日がいなくなった」という作品は初めて知りました。面白そうですね。