東からの侵略者

空川億里

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第3話 過去の世界へ

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 不安が尽きない。皮肉だが、俺が殺そうとしてる男は、すでに老衰で死んでいる。現在親父の代わりに、息子が大統領になっていた。俺はVIP達と別れ、合衆国政府が用意したホテルに泊まる。ルームサービスを食べた後、部屋でウォッカを1人で飲んだ。
 故郷の程ではないが、ワシントンで飲むウォッカも悪くない。しかも料金はアメリカ政府持ちだ。明日は車が迎えに来る。今度はタイム・シャトルで移動だ。ワシントンへ来た時と違い、今度は過去の世界へ行く。その晩はあまり眠れなかった。
 ベッドの中で、何度も寝返りを打つ。結局途中で体を起こしてホロテレビをつけ、ニュースにチャンネルを合わせた。
 故郷の国営放送と違い検閲がないので、驚くほど自由に報道している。東の国が交戦中の国との戦闘もニュースになっていた。故郷では連戦連勝のように報道されてたが、実際は東の国は苦戦していた。それは俺も戦場にいて感じている。
 守る方は祖国愛もあり士気が高いが、攻める方は、早く故郷に帰りたいと考える者ばかりだ。それにアメリカや西洋諸国が物資や武器を東の国に侵略された国へ送っていると報道していた。
 翌日ガタイの良いスーツ姿の男が2人迎えに来る。穏やかな態度だが目は鋭く、油断なく周囲を見回しながら。上着の下が膨らんでいる。拳銃をぶちこんだホルスターが腰にあるのだろう。
 2人の案内で駐車場へ行き、駐車してあった車に乗った。窓ガラスが分厚い。防弾ガラスだ。運転席に、肩幅が広い筋肉質の男がいた。俺は後部座席の中央に座らされ、両脇を、ここまで連れてきた2人の男が座る。
 運転席の男がコンソールを操作すると車は音もなく、自動運転で走り始める。護衛されてるというより、護送中の気分だ。車は昨日と同じビルに来る。同じ部屋に通され、同じ3人が待っていた。
「眠れたかね」
 亡命政府のスコヴォロダ大統領が、質問してくる。
「安眠できました」
 俺は、嘘をついた。
「あなたには1960年の、東の国にタイムトラベルしていただくわ」
 合衆国大統領補佐官のメアリー・ジョーンズが話した。
「ちょうど120年前ね。トゥルチノフ少尉には8歳になる未来の東の大統領を撃っていただきます」
「冗談でしょう。8歳の子供を殺せっておっしゃるんですか」
 俺はつい、大声をあげた。
「でしたら少尉、一体何歳なら標的を暗殺できるの」
 返答に困った。考えてみれば、大人なら殺してよいというのも変な話だ。とはいえ、わりきれない気持ちが心にのしかかる。
「トゥルチノフ大尉。苦労をかけるが、我々亡命政権も承認した決定だ。君も今度の標的が東の国の大統領に当選する前は、東の諜報部にいたのは知ってるだろう」
 スコヴォロダ大統領が口をはさんだ。
「標的は14歳の時自分の国の諜報機関の支部へ行き、スパイになりたいと申しでたのだ。諜報部の応対に出た職員は、今後もその意思に変わりなければ、こちらからリクルートすると話して少年を帰している。そして大学4年の時諜報機関から予告通り接触を受け、スパイへの道を歩んだ。つまり14歳以降標的は諜報部の監視対象にされたので、暗殺するのは難しい」
「それで8歳のうちに殺しちまおうというわけですか」
「その通りだ。それとも標的が13歳なら殺してくれるかね」
 スコヴォロダの問いにしばらく沈黙を続けた俺だが、ようやくどうにか回答した。
「わかりました。8歳の標的を撃ちます」
 そう答えたがスッキリ納得できなかった。発した言葉はかすれており、力がない。が、仮に標的の年齢を13歳に上げてもらっても、躊躇する気持ちに変わりはないのだ。
「それでは早速タイム・シャトルで現地に向かってもらいます。向こうでは、すでにアジトを確保してます」
 メアリーが解説する。
「隠れ家では、イワン・シャラポフという男性が、あなたの世話をします。彼は東の国の出身だけど反政府活動に従事しており、3年前アメリカへ亡命したの。これがその顔よ」
 室内に、白人男性のホロ映像が大きく映った。
「承知しました。銃の手配は大丈夫ですか」
「ご心配なく。あなたが使い慣れてるカラシニコフのライフルを用意してます」
「さすが銃器大国ですね」
 俺はそう伝えたが、皮肉で話したのを隠しきれた自信がない。
「しかしタイム・シャトルは3年後の未来までしか旅行できないわけですよね。でしたら俺が120年前に行って少年を仕留めても、この時代に戻れないんじゃ」
「その点に関しては、大丈夫だ」
 説明したのは、ワイス博士だ。
「2080年のワシントンから1960年の東の国へ行っても同じ時空に戻る分には、問題なく帰れる。実際に実験済でね。シャラポフ君も、すでに何度も現代のワシントンと120年前の東の国を往復している」
 その後俺は別室で、用意されたライフルを見せてもらった。俺が軍にいた頃使ってたのと同じタイプだ。そして俺は、タイム・シャトルに乗る事になった。タイム・シャトルはワゴン車と同じ位の大きさの四角い箱で、俺は銃と一緒に中に入る。
箱には窓が一つだけあった。自分で操縦するのではなく、過去の世界に送りこむのは、ワイス博士にお任せだ。俺は箱の中にある椅子に腰かけ、シートベルトを締めた。
「10分後に120年前の世界に転送する」
 箱の中の天井にスピーカーがあり、そこから博士の声が出た。9分たつと、再び博士の声が聞こえる。
「後1分だ。幸運を祈る」
 窓の外はガレージみたいなでかい倉庫だったがやがて光に包まれて、爆撃に襲われたのような、とてつもない衝撃が襲ってきた。俺は思わず、大声で叫んだ。故郷の国からアメリカへ移動した時もどうなるかと思ったが、今回はそれ以上に緊張していた。
 衝撃に襲われた俺は、いつしか気を失っていたのである。ふと気づくと、すでに衝撃は鎮まり、窓外の強烈な光も消えていた。
「気がついたか。聞いただろうが、私はイワン・シャラポフだ」
 スピーカーから東の国の訛りが強い英語が流れる。
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