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第1話 ニューシネマ・パラダイス
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あらすじ
都内神田駅の近くに住む資産家の男性壺屋悟が殺される。
が、犯人と思われる被害者のドラ息子で埼玉県に住む壺屋晴人には鉄壁のアリバイが‼️
捜査を担当した警視庁捜査一課の左近警部補は、果たしてこのアリバイを破れるのか⁉️
アリバイ破りがメインのミステリ小説です。読者のみなさんにも是非とも鉄壁のアリバイを破っていただきたいです。
葦名和男は、手のひらの中にある自分のスマホを、見た。12月3日の土曜午後6時半と表示されている。
吹く風も寒かったが、心の中にも北風が吹いていた。夏は地球熱中化の影響とやらでバカみたく暑いのに、冬は寒い。
どうせ地球熱中化だというなら、冬の気温も上がって欲しいものである。地球こたつ化してほしい。
先程葦名はJR京浜東北線蕨駅前のスーパーで、酒やつまみを買ったところだ。
埼玉県の南部にある蕨駅周辺にはクルド人と思われる中東系の人物も時たま何人か通りがかった。
今の日本には『外国人を日本に入れるべきではない』という意見や『少子化対策として移民を入れるべき』という考えもあるようだが、葦名にはどちらが正しいのかわからない。
外国人に対しては本能的というか、感情的な反発心がある。
が、その反面少子高齢化の進んだ日本で例えばコンビニの店員とか日本人だけで回していけるのか? という不安もあった。
いずれにしても、それは自分より頭のいい日本のお偉いさん達が思考を練って、良い方向に持っていってくれるだろう。
葦名はそういうのを考えるのが苦手で、投票に行った経験もない。
日本には色んな政党があるが、どの党がどんな意見を持っているかもよく知らなかった。興味もない。
最終的に決まった話に、従うだけだ。葦名は蕨駅から歩いて、葦名より2歳上の壺屋晴人の家に行く。
晴人の命令で、葦名はそこへ向かっているのだ。
10分後に壺屋邸に到着した。ここに晴人は1人で住んでいるのである。
2人はかつて若い頃に同じ大学で知りあい、卒業後も交流が続いていた。
交流というよりは晴人が上からあれこれと指示をする、絶対的な上下関係ができているのだ。晴人はよく言えば親分肌の男だった。
時々暴力をふるったりもするが、自分というものがない葦名に対して行くべき道を示すので、ある意味ありがたい存在である。
葦名が色々考えなくても、指示をしてくれるから。頼もしいとも思えた。
今から半年前、その晴人が毎週土曜日に蕨の自宅で開催している飲み会に連れてきた樫原という男が加わる。
晴人と同じ埼玉県の蕨市内に住み、合コンで知りあったそうなのだ。年齢は葦名より1歳上の30歳であった。
今夜も参加すると事前に聞いている。葦名は未施錠の門を手で開けて中に入り、そこから玄関まで歩く。
そしてやはり、鍵のかかってない玄関の扉を開いた。
壺屋晴人は裕福な企業経営者である父親の壺屋悟に勘当されて、京浜東北線神田駅近くの実家を追われ、1年前からこの家に住んでいるのだ。
追われたといっても、この屋敷の購入資金は、全額父親の悟が出している。2階建てで、地下1階にも部屋があった。
葦名は玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履きかえる。そして屋敷の地下1階に階段で降り、地下室の扉を開いた。
毎週土曜日はいつも、地下にあるこの部屋で、酒盛りが行われるのだ。室内に、すでに壺屋晴人がいる。
身長170センチで、筋肉質の体型だ。半年前から来るようになった樫原の姿もある。
顔の方はそうでもないが、樫原の体格は晴人と似ていて、身長も同じ位だ。
晴人の方が不敵な面構えをしており、けだもののような凄みがある。
一方樫原は、安っぽいチンピラみたいな顔だった。2人共目つきはナイフのように鋭い。
以前葦名は『壺屋さんと樫原さんってよく似てますよね』と話した事があった。
しかし激怒した晴人から大声で怒鳴られたあげく殴られたので、それ以降は言わないように注意している。
「悪いけど、お前のスマホをちょっとだけ預からせてもらうわ」
まだここへ来たばかりなのに、 突然晴人が宣言した。口では『悪いが』と付け足したが、悪そうな素振りは、当然ながら微塵もない。
彼はいつもこうである。葦名に対して、独裁者のように振る舞っていた。典型的なオラオラ系だ。
「おい葦名、以前お前自分のスマホなくしたろう。また今度もなくさないように明日帰るまで預かっとく」
急な話にびっくりしたが逆らったら何をされるかわからないので、葦名は素直にスマホを渡す。自分でも、手が震えているのがわかる。
情けない話だが、晴人には逆らえない。晴人は葦名のスマホを地下室の隅の金庫に入れ、数字錠を回して施錠した。
無論葦名は暗証番号を知らないし、見てると何を言われるかわからないので、そっちから目をそむける。
ちなみに地下には3つの部屋があり、今3人のいる大部屋と隅のトイレと、大部屋に隣接する小部屋がある。
大部屋と小部屋の間には、はめ殺しの大きな窓があり、小部屋の中がこちらから見えた。
小部屋にはDVDプレイヤーとリモコンがあり、そこで操作して大部屋のモニターに動画を映せるのだ。
プレイヤーとリモコンは元々以前大部屋の方にあった。
しかし酔っぱらった時に酒癖の悪い晴人が壊してしまったのである。
そのため元々大きな1つの部屋だった地下室の端に壁を作り小部屋にして、なおかつ壁にガラスをはめ、小部屋から操作する形にしたのだ。
部屋の改築には、当然ながらお金がかかった。晴人の浪費癖は昔からで、父親の悟に勘当されても治っていない。
悟に会った事があるが、晴人の父親とは思えない人格者だった。
ただあまりにも人がよく、息子を甘やかさせすぎたのではないかと、葦名は考えている。
飲み会はいつものように、晴人の自慢話を聞かされた。
どの女と寝ただの、ギャンブルで勝っただの、草野球で活躍しただの、この家の駐車場に止めてある高級な外車の自慢だの、そんな話ばかりである。
晴人は競馬やパチンコで勝った時の話しかしないが、実際は負けた金額の方が多かった。
いわゆるギャンブル依存症になっており、複数の消費者金融に大金を借り、首が回らなくなってしまったのである。
最終的には父親が返したのだが、それも理由で勘当されたのだ。
葦名もたびたび金をせびられ、晴人に渡している。晴人は「金を貸してくれ」と言うのだが、返された試しがない。
まさに、ドラえもんに出てくるジャイアンである。
やがて晴人の脚がふらつき、赤ワインのボトルの中身をまだほとんど飲んでない状態で、樫原の服にぶちまけた。
樫原の服に赤い染みが広がってゆく。そんなに酔ってなさそうだったので葦名は驚く。
晴人は何杯飲んでも、それほど取り乱した事はない。
「悪かったな。今、着替えを出すよ」
晴人は室内の箪笥から、全て黒一色の帽子とグラサン、セーター、ジャケット、チノパンとマフラーを出してきた。
「俺がふった女が着てたペアルックだ。全く同じのを持ってるから、持ってけよ」
晴人とつきあっていたその恋人は女にしては長身で170センチあり、彼女の服を樫原が普通に着られた。
晴人はふったと説明したが、実際は彼の暴力に耐えきれず、逃げだしたのだ。交際中は、その女性の顔には、常にアザがあった。
恐怖に満ちた目で、晴人を見ていたその顔を今でも覚えている。
「あ、ありがとうございます。ホ、ホントすんません」
樫原が恐縮して、何度も何度もお辞儀をした。本来なら、樫原の方は謝る理由はないのだが。
「これ、クリーニング代。とっとけよ。釣りはいらない」
晴人が1万円札を樫原に渡したので、葦名は仰天する。晴人が人から金をたかるのはよくあったが、逆を見たのは初めてだ。
「金で困ってるようだしな」
「競馬でだいぶスッちゃって……次は万馬券当てますよ」
樫原が、希望的観測を述べる。彼も晴人と同様浪費家で『金がない』が口癖だ。
ここへ来る前の晴人同様多額の借金を消費者金融からしており、葦名も何度か金を貸したが、返ってきた試しがない。
3度の飯よりギャンブルが好きで、多分依存性だと思う。晴人同様パチンコや競艇にも手を出していた。
その後も酒盛りが続き、やがてうとうとと眠くなった葦名に対し、晴人は『その辺で寝ろや』と声をかけた。
土曜日の飲み会は、これがいつものパターンである。葦名に何か言われる前にうとうとすると殴られるので、それまでは戦々恐々だった。
こんな奴と付き合うなとアドバイスされた時もある。
が、しかし、コミュ症で友達や恋人のいない葦名にとって、相手をしてくれるだけでも、晴人はありがたい存在なのだ。
この地下室は時計がないので時刻はわからないが、多分深夜零時位か。
葦名と樫原は絨毯に寝て、晴人は1つだけあるベッドで寝た。エアコンの暖房が効いてるので、毛布は不要だ。
やがて葦名は、眠りに落ちた。
どれだけ時間がたったろうか。葦名は、いつしか目が覚めた。窓がないからわからぬが、多分もう朝だろう。
時計がないので時刻は不明だ。すでに晴人は起きて、煙草を吸っていた。紫煙が天井に上がってゆく。
「樫原は、どこへ行ったんすか?」
室内には、晴人と葦名の2人しかいない。
「もう、帰らせたわ。体調が悪いみたいだからよ」
煙草をくわえたまま、晴人がそう言明した。意外である。
いつもの晴人なら、仮に樫原が帰宅したいと表明しても、最後までつきあわせるから。
「ところでだ。今日は、これから名作映画を観る」
唐突に、晴人が宣言する。映画好きの彼は今までも、突然こんなふうにのたまう時があった。
「ゲームばっかやっててめったに映画なんか観ないお前は知らんだろうが『ニューシネマパラダイス』というイタリアの名作だ」
晴人は棚から今話した作品のDVDを取り出し、パッケージに印刷された上映時間を見せた。124分となっている。
それから晴人はボールペンとメモ帳を葦名に渡す。
「後でお前に感想を書かせるから、必要ならメモっとけ」
晴人はそのDVDを持って、今いる大部屋から小部屋に入った。
小部屋に入った彼がプレイヤーにDVDを入れるのが、大小2つの部屋の間の壁にあるはめ殺しの大きな窓から見える。
その後晴人が小部屋でリモコンを操作すると、葦名がいる大部屋のモニターに映画が映った。
晴人はリモコンを小部屋に置いた後大部屋に戻り2人で映画を観はじめたが、作品が始まってすぐ、晴人が突然声をあげた。
「そうだ。お前知ってるだろ。おれのダチの宮城の事。あいつが映画俳優の来るプレミア試写会に当たったけど行けなくなって、チケットを俺に譲る話になってたんだ」
宮城は晴人が社会人向けの映画サークルで知り合った友人だった。
「今日秋葉原のガンダムカフェでチケットを受けとる話になってたんで、今から行くわ。ちゃんと映画観とけよ。お前が観るのをはしょらないよう早送りできないようにしとくからな」
晴人はリモコンを置いてきた小部屋を大部屋側から施錠して、その鍵をチノパンのポケットに入れた。
そして黒いジャケットを着て帽子をかぶり、黒いサングラスをかけた。帽子もマフラーもチノパンも、手にしたスポーツバッグも黒だ。
「今、午前10時40分だ」
自分の腕時計を見て、晴人が話す。
「映画が終わるまでに帰る。貴様が逃げないよう、外から鍵をかける」
彼は地下室を出て、扉を閉めた。廊下から施錠する音がする。ここの扉は中から開錠できない変な作りになっていた。
トイレが室内にあるから、問題ないが。
なんでもこの屋敷の以前の持ち主が猫を飼っており、逃げないようにそうしたと、晴人から聞いている。
が、それは嘘だと思っている。外から連れてきた女を、簡単に逃げられないようにしてるのだと、葦名は踏んでいた。
映画の舞台は第二次大戦後間もないイタリアのシチリアにある村だ。村に1つだけある映画館をめぐる物語だった。
主人公の少年のいきいきした表情や、周囲の個性的な人達が印象的だ。
葦名は時がたつのも忘れ、作品に没頭する。感動的な作品だった。やがて上映終了間際扉を開錠する音がして、晴人が再び現れる。
「映画、最高でした」
葦名は、心の底から話した。
「そうだろう」
いつもどっしりと構えている晴人には珍しく、なぜか緊張した表情だったが、それでも嬉しそうな笑みを浮かべる。
「そういや、お前のスマホを返さねえとな」
彼は自分で施錠した金庫から出して、葦名に渡す。スマホの時刻表示は、昼の12時35分。映画はさらに5分後の、12時40分に終了する。
「今日はもう帰っていいから、今日中に感想文書いて、メールで送れや」
晴人の家を出た葦名は、京浜東北線の蕨駅から都内に向かう電車に乗り、3駅目の赤羽で降りる。ここは都内の北区にあった。
ここからさらに15分歩き帰宅する。テレビをつけるとニュース番組が映った。
若くて綺麗な女性のアナウンサーがちょうど原稿を読んでいるところだ。有名なアイドルグループの出身だ。
『ニュースを、お伝えします。本日午前11時頃警察へ通報があり、交番の警官が都内千代田区に住む会社社長の壺屋悟さん宅にかけつけると、悟さんが遺体で発見されました。遺体は背中から包丁で何度も刺され、出血多量による死亡と思われます』
驚いて、葦名は思わず大声をあげた。自分でも何を言ってるのかわからない絶叫である。壺屋悟と言えば、他でもない。
壺屋晴人の父親なのだ。殺人事件で殺されるのは、自分とは無関係の者ばかりだと信じていた。
その前提が根底からガラガラと崩れ落ちてゆくのがわかる。
昔の日本は「水と安全はタダだ」と言われていたそうだが、今は犯罪が増えているのかもしれない。
都内神田駅の近くに住む資産家の男性壺屋悟が殺される。
が、犯人と思われる被害者のドラ息子で埼玉県に住む壺屋晴人には鉄壁のアリバイが‼️
捜査を担当した警視庁捜査一課の左近警部補は、果たしてこのアリバイを破れるのか⁉️
アリバイ破りがメインのミステリ小説です。読者のみなさんにも是非とも鉄壁のアリバイを破っていただきたいです。
葦名和男は、手のひらの中にある自分のスマホを、見た。12月3日の土曜午後6時半と表示されている。
吹く風も寒かったが、心の中にも北風が吹いていた。夏は地球熱中化の影響とやらでバカみたく暑いのに、冬は寒い。
どうせ地球熱中化だというなら、冬の気温も上がって欲しいものである。地球こたつ化してほしい。
先程葦名はJR京浜東北線蕨駅前のスーパーで、酒やつまみを買ったところだ。
埼玉県の南部にある蕨駅周辺にはクルド人と思われる中東系の人物も時たま何人か通りがかった。
今の日本には『外国人を日本に入れるべきではない』という意見や『少子化対策として移民を入れるべき』という考えもあるようだが、葦名にはどちらが正しいのかわからない。
外国人に対しては本能的というか、感情的な反発心がある。
が、その反面少子高齢化の進んだ日本で例えばコンビニの店員とか日本人だけで回していけるのか? という不安もあった。
いずれにしても、それは自分より頭のいい日本のお偉いさん達が思考を練って、良い方向に持っていってくれるだろう。
葦名はそういうのを考えるのが苦手で、投票に行った経験もない。
日本には色んな政党があるが、どの党がどんな意見を持っているかもよく知らなかった。興味もない。
最終的に決まった話に、従うだけだ。葦名は蕨駅から歩いて、葦名より2歳上の壺屋晴人の家に行く。
晴人の命令で、葦名はそこへ向かっているのだ。
10分後に壺屋邸に到着した。ここに晴人は1人で住んでいるのである。
2人はかつて若い頃に同じ大学で知りあい、卒業後も交流が続いていた。
交流というよりは晴人が上からあれこれと指示をする、絶対的な上下関係ができているのだ。晴人はよく言えば親分肌の男だった。
時々暴力をふるったりもするが、自分というものがない葦名に対して行くべき道を示すので、ある意味ありがたい存在である。
葦名が色々考えなくても、指示をしてくれるから。頼もしいとも思えた。
今から半年前、その晴人が毎週土曜日に蕨の自宅で開催している飲み会に連れてきた樫原という男が加わる。
晴人と同じ埼玉県の蕨市内に住み、合コンで知りあったそうなのだ。年齢は葦名より1歳上の30歳であった。
今夜も参加すると事前に聞いている。葦名は未施錠の門を手で開けて中に入り、そこから玄関まで歩く。
そしてやはり、鍵のかかってない玄関の扉を開いた。
壺屋晴人は裕福な企業経営者である父親の壺屋悟に勘当されて、京浜東北線神田駅近くの実家を追われ、1年前からこの家に住んでいるのだ。
追われたといっても、この屋敷の購入資金は、全額父親の悟が出している。2階建てで、地下1階にも部屋があった。
葦名は玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履きかえる。そして屋敷の地下1階に階段で降り、地下室の扉を開いた。
毎週土曜日はいつも、地下にあるこの部屋で、酒盛りが行われるのだ。室内に、すでに壺屋晴人がいる。
身長170センチで、筋肉質の体型だ。半年前から来るようになった樫原の姿もある。
顔の方はそうでもないが、樫原の体格は晴人と似ていて、身長も同じ位だ。
晴人の方が不敵な面構えをしており、けだもののような凄みがある。
一方樫原は、安っぽいチンピラみたいな顔だった。2人共目つきはナイフのように鋭い。
以前葦名は『壺屋さんと樫原さんってよく似てますよね』と話した事があった。
しかし激怒した晴人から大声で怒鳴られたあげく殴られたので、それ以降は言わないように注意している。
「悪いけど、お前のスマホをちょっとだけ預からせてもらうわ」
まだここへ来たばかりなのに、 突然晴人が宣言した。口では『悪いが』と付け足したが、悪そうな素振りは、当然ながら微塵もない。
彼はいつもこうである。葦名に対して、独裁者のように振る舞っていた。典型的なオラオラ系だ。
「おい葦名、以前お前自分のスマホなくしたろう。また今度もなくさないように明日帰るまで預かっとく」
急な話にびっくりしたが逆らったら何をされるかわからないので、葦名は素直にスマホを渡す。自分でも、手が震えているのがわかる。
情けない話だが、晴人には逆らえない。晴人は葦名のスマホを地下室の隅の金庫に入れ、数字錠を回して施錠した。
無論葦名は暗証番号を知らないし、見てると何を言われるかわからないので、そっちから目をそむける。
ちなみに地下には3つの部屋があり、今3人のいる大部屋と隅のトイレと、大部屋に隣接する小部屋がある。
大部屋と小部屋の間には、はめ殺しの大きな窓があり、小部屋の中がこちらから見えた。
小部屋にはDVDプレイヤーとリモコンがあり、そこで操作して大部屋のモニターに動画を映せるのだ。
プレイヤーとリモコンは元々以前大部屋の方にあった。
しかし酔っぱらった時に酒癖の悪い晴人が壊してしまったのである。
そのため元々大きな1つの部屋だった地下室の端に壁を作り小部屋にして、なおかつ壁にガラスをはめ、小部屋から操作する形にしたのだ。
部屋の改築には、当然ながらお金がかかった。晴人の浪費癖は昔からで、父親の悟に勘当されても治っていない。
悟に会った事があるが、晴人の父親とは思えない人格者だった。
ただあまりにも人がよく、息子を甘やかさせすぎたのではないかと、葦名は考えている。
飲み会はいつものように、晴人の自慢話を聞かされた。
どの女と寝ただの、ギャンブルで勝っただの、草野球で活躍しただの、この家の駐車場に止めてある高級な外車の自慢だの、そんな話ばかりである。
晴人は競馬やパチンコで勝った時の話しかしないが、実際は負けた金額の方が多かった。
いわゆるギャンブル依存症になっており、複数の消費者金融に大金を借り、首が回らなくなってしまったのである。
最終的には父親が返したのだが、それも理由で勘当されたのだ。
葦名もたびたび金をせびられ、晴人に渡している。晴人は「金を貸してくれ」と言うのだが、返された試しがない。
まさに、ドラえもんに出てくるジャイアンである。
やがて晴人の脚がふらつき、赤ワインのボトルの中身をまだほとんど飲んでない状態で、樫原の服にぶちまけた。
樫原の服に赤い染みが広がってゆく。そんなに酔ってなさそうだったので葦名は驚く。
晴人は何杯飲んでも、それほど取り乱した事はない。
「悪かったな。今、着替えを出すよ」
晴人は室内の箪笥から、全て黒一色の帽子とグラサン、セーター、ジャケット、チノパンとマフラーを出してきた。
「俺がふった女が着てたペアルックだ。全く同じのを持ってるから、持ってけよ」
晴人とつきあっていたその恋人は女にしては長身で170センチあり、彼女の服を樫原が普通に着られた。
晴人はふったと説明したが、実際は彼の暴力に耐えきれず、逃げだしたのだ。交際中は、その女性の顔には、常にアザがあった。
恐怖に満ちた目で、晴人を見ていたその顔を今でも覚えている。
「あ、ありがとうございます。ホ、ホントすんません」
樫原が恐縮して、何度も何度もお辞儀をした。本来なら、樫原の方は謝る理由はないのだが。
「これ、クリーニング代。とっとけよ。釣りはいらない」
晴人が1万円札を樫原に渡したので、葦名は仰天する。晴人が人から金をたかるのはよくあったが、逆を見たのは初めてだ。
「金で困ってるようだしな」
「競馬でだいぶスッちゃって……次は万馬券当てますよ」
樫原が、希望的観測を述べる。彼も晴人と同様浪費家で『金がない』が口癖だ。
ここへ来る前の晴人同様多額の借金を消費者金融からしており、葦名も何度か金を貸したが、返ってきた試しがない。
3度の飯よりギャンブルが好きで、多分依存性だと思う。晴人同様パチンコや競艇にも手を出していた。
その後も酒盛りが続き、やがてうとうとと眠くなった葦名に対し、晴人は『その辺で寝ろや』と声をかけた。
土曜日の飲み会は、これがいつものパターンである。葦名に何か言われる前にうとうとすると殴られるので、それまでは戦々恐々だった。
こんな奴と付き合うなとアドバイスされた時もある。
が、しかし、コミュ症で友達や恋人のいない葦名にとって、相手をしてくれるだけでも、晴人はありがたい存在なのだ。
この地下室は時計がないので時刻はわからないが、多分深夜零時位か。
葦名と樫原は絨毯に寝て、晴人は1つだけあるベッドで寝た。エアコンの暖房が効いてるので、毛布は不要だ。
やがて葦名は、眠りに落ちた。
どれだけ時間がたったろうか。葦名は、いつしか目が覚めた。窓がないからわからぬが、多分もう朝だろう。
時計がないので時刻は不明だ。すでに晴人は起きて、煙草を吸っていた。紫煙が天井に上がってゆく。
「樫原は、どこへ行ったんすか?」
室内には、晴人と葦名の2人しかいない。
「もう、帰らせたわ。体調が悪いみたいだからよ」
煙草をくわえたまま、晴人がそう言明した。意外である。
いつもの晴人なら、仮に樫原が帰宅したいと表明しても、最後までつきあわせるから。
「ところでだ。今日は、これから名作映画を観る」
唐突に、晴人が宣言する。映画好きの彼は今までも、突然こんなふうにのたまう時があった。
「ゲームばっかやっててめったに映画なんか観ないお前は知らんだろうが『ニューシネマパラダイス』というイタリアの名作だ」
晴人は棚から今話した作品のDVDを取り出し、パッケージに印刷された上映時間を見せた。124分となっている。
それから晴人はボールペンとメモ帳を葦名に渡す。
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その後晴人が小部屋でリモコンを操作すると、葦名がいる大部屋のモニターに映画が映った。
晴人はリモコンを小部屋に置いた後大部屋に戻り2人で映画を観はじめたが、作品が始まってすぐ、晴人が突然声をあげた。
「そうだ。お前知ってるだろ。おれのダチの宮城の事。あいつが映画俳優の来るプレミア試写会に当たったけど行けなくなって、チケットを俺に譲る話になってたんだ」
宮城は晴人が社会人向けの映画サークルで知り合った友人だった。
「今日秋葉原のガンダムカフェでチケットを受けとる話になってたんで、今から行くわ。ちゃんと映画観とけよ。お前が観るのをはしょらないよう早送りできないようにしとくからな」
晴人はリモコンを置いてきた小部屋を大部屋側から施錠して、その鍵をチノパンのポケットに入れた。
そして黒いジャケットを着て帽子をかぶり、黒いサングラスをかけた。帽子もマフラーもチノパンも、手にしたスポーツバッグも黒だ。
「今、午前10時40分だ」
自分の腕時計を見て、晴人が話す。
「映画が終わるまでに帰る。貴様が逃げないよう、外から鍵をかける」
彼は地下室を出て、扉を閉めた。廊下から施錠する音がする。ここの扉は中から開錠できない変な作りになっていた。
トイレが室内にあるから、問題ないが。
なんでもこの屋敷の以前の持ち主が猫を飼っており、逃げないようにそうしたと、晴人から聞いている。
が、それは嘘だと思っている。外から連れてきた女を、簡単に逃げられないようにしてるのだと、葦名は踏んでいた。
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葦名は時がたつのも忘れ、作品に没頭する。感動的な作品だった。やがて上映終了間際扉を開錠する音がして、晴人が再び現れる。
「映画、最高でした」
葦名は、心の底から話した。
「そうだろう」
いつもどっしりと構えている晴人には珍しく、なぜか緊張した表情だったが、それでも嬉しそうな笑みを浮かべる。
「そういや、お前のスマホを返さねえとな」
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「今日はもう帰っていいから、今日中に感想文書いて、メールで送れや」
晴人の家を出た葦名は、京浜東北線の蕨駅から都内に向かう電車に乗り、3駅目の赤羽で降りる。ここは都内の北区にあった。
ここからさらに15分歩き帰宅する。テレビをつけるとニュース番組が映った。
若くて綺麗な女性のアナウンサーがちょうど原稿を読んでいるところだ。有名なアイドルグループの出身だ。
『ニュースを、お伝えします。本日午前11時頃警察へ通報があり、交番の警官が都内千代田区に住む会社社長の壺屋悟さん宅にかけつけると、悟さんが遺体で発見されました。遺体は背中から包丁で何度も刺され、出血多量による死亡と思われます』
驚いて、葦名は思わず大声をあげた。自分でも何を言ってるのかわからない絶叫である。壺屋悟と言えば、他でもない。
壺屋晴人の父親なのだ。殺人事件で殺されるのは、自分とは無関係の者ばかりだと信じていた。
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個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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