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第2話 左近警部補
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警視庁捜査一課の左近警部補は、神田駅に近い壺屋邸前で車を降りた。
場数を踏んできてはいても、殺人現場に向かうのは、緊張する。
12月4日日曜の午後1時の事だった。神田署からの情報を要約すると、今日の午前11時11分に北海道の鯛津孝美という女性から110番があったのだ。
彼女は今朝10時半頃、神田駅の近くに住む弟の壺屋悟に電話した。
孝美は神田の実家で弟と生まれ育ったが、20代で結婚して北海道の鯛津家に嫁ぎ、現在に至る。
この日は特別な用があったのではなく、最近声を聞いてないので弟の悟のスマホに連絡して長話になった。
朝11時頃会話の途中で突然悟が聞くも恐ろしいうめき声をあげ『誰かに背中を刺された』と言って、電話が切れた。
その後孝美はかけなおしたが、呼び出し音は鳴るものの誰も出ず、不安になって警察に通報したのだ。
連絡を受けて近くの交番の警官達が到着したのは、午前11時半である。
施錠してなかった門と、やはり未施錠だった玄関から警官達が中に入った。
そしてすぐ左の和室を見ると、うつぶせに倒れた白髪の男と、茫然自失の表情でかがんでいる若い男がいる。
若い男の着ていた服の両腕やお腹のあたりが血で汚れ、倒れた白髪の男の背に包丁が刺さり、そこから大量の血が流れていた。
白髪の男は、どう見ても死んでいる。そばにスマホが落ちていた。警官が若者に名前を聞く。
若者は遺体となって倒れている壺屋悟の息子で次男にあたる壺屋義明と名乗ったのである。
彼に聞くとスマホの持ち主は父親の悟であり、その後の調べでやはり悟の持ち物だと判明したのだ。
キャリアも機種もスマホの色も、悟が契約し購入した物で間違いない。スマホ本体には、悟の指紋しか出てこなかったのだ。
当日の朝10時半と11時に鯛津孝美の電話番号からの着信履歴も残っていた。
警官は念のため、すぐに119番へ連絡する。が、やはり間に合わず被害者は絶命していた。
車を降りた左近警部補は壺屋邸に入り、待たせていた義明に声をかけた。
「警視庁捜査1課の左近です」
左近は警察手帳を見せる。
「お父様を亡くされてショックだと思います。が、犯人を逮捕するためにも、是非お話をお聞かせください」
「壺屋義明です。はじめまして。いまだに僕は、父が死んだのが理解できないんです。まるで悪夢を見ているようで。本当に死んだんですか?」
義明は、すがるような目をしている。
「残念ながら」
声を落として、返答する。
「お気持ちは、わかります。最初ここへ来て義明さんにお話を伺った警官の話では、義明さんは今朝11時20分頃ここに帰宅されたそうですが、それまでどこへいらしてたんです?」
「恋人の家です。毎週土曜の夜に彼女の部屋で過ごして、翌朝日曜11時代に帰宅するのが週末の日課です」
義明が、説明した。
「帰宅した時、玄関や門は未施錠だったんですか?」
「午前11時に帰るのがわかってたので、親父はいつもそれにあわせて鍵を開けといてくれたんで。僕と彼女は親父公認の仲でした」
「あなたの服にお父様の血がついていましたが、どうしてでしょうか?」
「親父にまだ意識があると思い、起こそうとした時血がつきました。気づいたら、おまわりさん達がいて」
「お父様の背中に刺さってた包丁は、この家のですか?」
「そうです。台所に以前からあった物です。先日料理をするのに使ったばかりで、まさかこんな凶行に使われるなんて」
義明は、呆然自失の様子である。
「ご家族の方は、他にはいらっしゃらないんですか?」
「僕と親父の2人暮らしです。お袋は兄と僕が幼い頃病死しました。3歳上の兄の晴人は今はここを出て、埼玉県の蕨市で1人暮らしです」
そこで一旦黙りこんだが、やがてとてつもなく重い荷物を持ち上げるように、苦しげな顔で話しはじめた。
「どうせばれるから話しますけど、兄の晴人はギャンブル狂で、複数の消費者金融から金を借りまくって返済の目処がたたなくなり、さすがに親父も怒って追いだしたんです。蕨に家を親父が買って住まわせ、借金も親父が全部返しました。その代わり2度とうちの敷居はまたぐなと宣告したんです」
「そうでしたか。色々大変だったんですね……ちなみに今回の一件で、他に気づいた点はありますか?」
「事件に無関係かもしれませんが」
「構いません。意外な点が犯罪捜査に役立つ時が、ままありますから」
「ここへ来る途中『ボンジュール急便』の制服を着た人とすれ違ったんです。ダンボール箱を抱えてました。とても緊張してるように見えました。その時はあまり気にしなかったのですが、今考えるとあの人物が、犯人かとも思えてきました」
ボンジュール急便は、大手の宅配業者である。赤いキャップ式の制帽と、紅白のボーダーの制服で有名だ。
テレビコマーシャルもよくやっている。
「それが変だったんです。制帽を深くかぶって、顔が見えないようにしてる感じで。今思えば、あいつが犯人かもしれません。わかりませんけど、何か怪しい感じでした」
義明はそう述べたが、どこまで彼を信じて良いのかわからない。
本当は義明が犯人で、自分への嫌疑をそらすために、架空の目撃情報を、でっち上げてる可能性もあるからだ。
「失礼ですがあなたのお兄さんがお父様と険悪な関係にあったのなら、お兄さんが犯人とは考えられませんか?」
「そんな!」
義明が、大声をあげる。
「確かに兄は父と不仲でした。しかし、いくらなんでもそこまでは……」
口ではそう主張したが、視線をそらす。主張するほど、確信は持てないようである。
「血まみれのお父様を発見して、すぐ警察や119番へ通報しようとは思わなかったんですか?」
「事情をすぐには、把握できなかったんです。まさか刺し殺されるだなんて、想像もつきませんでした。それにお巡りさんが来たのが、僕が遺体を発見した本当に直後だったんで、そんな暇なかったです」
義明は、泣きそうな顔になる。
場数を踏んできてはいても、殺人現場に向かうのは、緊張する。
12月4日日曜の午後1時の事だった。神田署からの情報を要約すると、今日の午前11時11分に北海道の鯛津孝美という女性から110番があったのだ。
彼女は今朝10時半頃、神田駅の近くに住む弟の壺屋悟に電話した。
孝美は神田の実家で弟と生まれ育ったが、20代で結婚して北海道の鯛津家に嫁ぎ、現在に至る。
この日は特別な用があったのではなく、最近声を聞いてないので弟の悟のスマホに連絡して長話になった。
朝11時頃会話の途中で突然悟が聞くも恐ろしいうめき声をあげ『誰かに背中を刺された』と言って、電話が切れた。
その後孝美はかけなおしたが、呼び出し音は鳴るものの誰も出ず、不安になって警察に通報したのだ。
連絡を受けて近くの交番の警官達が到着したのは、午前11時半である。
施錠してなかった門と、やはり未施錠だった玄関から警官達が中に入った。
そしてすぐ左の和室を見ると、うつぶせに倒れた白髪の男と、茫然自失の表情でかがんでいる若い男がいる。
若い男の着ていた服の両腕やお腹のあたりが血で汚れ、倒れた白髪の男の背に包丁が刺さり、そこから大量の血が流れていた。
白髪の男は、どう見ても死んでいる。そばにスマホが落ちていた。警官が若者に名前を聞く。
若者は遺体となって倒れている壺屋悟の息子で次男にあたる壺屋義明と名乗ったのである。
彼に聞くとスマホの持ち主は父親の悟であり、その後の調べでやはり悟の持ち物だと判明したのだ。
キャリアも機種もスマホの色も、悟が契約し購入した物で間違いない。スマホ本体には、悟の指紋しか出てこなかったのだ。
当日の朝10時半と11時に鯛津孝美の電話番号からの着信履歴も残っていた。
警官は念のため、すぐに119番へ連絡する。が、やはり間に合わず被害者は絶命していた。
車を降りた左近警部補は壺屋邸に入り、待たせていた義明に声をかけた。
「警視庁捜査1課の左近です」
左近は警察手帳を見せる。
「お父様を亡くされてショックだと思います。が、犯人を逮捕するためにも、是非お話をお聞かせください」
「壺屋義明です。はじめまして。いまだに僕は、父が死んだのが理解できないんです。まるで悪夢を見ているようで。本当に死んだんですか?」
義明は、すがるような目をしている。
「残念ながら」
声を落として、返答する。
「お気持ちは、わかります。最初ここへ来て義明さんにお話を伺った警官の話では、義明さんは今朝11時20分頃ここに帰宅されたそうですが、それまでどこへいらしてたんです?」
「恋人の家です。毎週土曜の夜に彼女の部屋で過ごして、翌朝日曜11時代に帰宅するのが週末の日課です」
義明が、説明した。
「帰宅した時、玄関や門は未施錠だったんですか?」
「午前11時に帰るのがわかってたので、親父はいつもそれにあわせて鍵を開けといてくれたんで。僕と彼女は親父公認の仲でした」
「あなたの服にお父様の血がついていましたが、どうしてでしょうか?」
「親父にまだ意識があると思い、起こそうとした時血がつきました。気づいたら、おまわりさん達がいて」
「お父様の背中に刺さってた包丁は、この家のですか?」
「そうです。台所に以前からあった物です。先日料理をするのに使ったばかりで、まさかこんな凶行に使われるなんて」
義明は、呆然自失の様子である。
「ご家族の方は、他にはいらっしゃらないんですか?」
「僕と親父の2人暮らしです。お袋は兄と僕が幼い頃病死しました。3歳上の兄の晴人は今はここを出て、埼玉県の蕨市で1人暮らしです」
そこで一旦黙りこんだが、やがてとてつもなく重い荷物を持ち上げるように、苦しげな顔で話しはじめた。
「どうせばれるから話しますけど、兄の晴人はギャンブル狂で、複数の消費者金融から金を借りまくって返済の目処がたたなくなり、さすがに親父も怒って追いだしたんです。蕨に家を親父が買って住まわせ、借金も親父が全部返しました。その代わり2度とうちの敷居はまたぐなと宣告したんです」
「そうでしたか。色々大変だったんですね……ちなみに今回の一件で、他に気づいた点はありますか?」
「事件に無関係かもしれませんが」
「構いません。意外な点が犯罪捜査に役立つ時が、ままありますから」
「ここへ来る途中『ボンジュール急便』の制服を着た人とすれ違ったんです。ダンボール箱を抱えてました。とても緊張してるように見えました。その時はあまり気にしなかったのですが、今考えるとあの人物が、犯人かとも思えてきました」
ボンジュール急便は、大手の宅配業者である。赤いキャップ式の制帽と、紅白のボーダーの制服で有名だ。
テレビコマーシャルもよくやっている。
「それが変だったんです。制帽を深くかぶって、顔が見えないようにしてる感じで。今思えば、あいつが犯人かもしれません。わかりませんけど、何か怪しい感じでした」
義明はそう述べたが、どこまで彼を信じて良いのかわからない。
本当は義明が犯人で、自分への嫌疑をそらすために、架空の目撃情報を、でっち上げてる可能性もあるからだ。
「失礼ですがあなたのお兄さんがお父様と険悪な関係にあったのなら、お兄さんが犯人とは考えられませんか?」
「そんな!」
義明が、大声をあげる。
「確かに兄は父と不仲でした。しかし、いくらなんでもそこまでは……」
口ではそう主張したが、視線をそらす。主張するほど、確信は持てないようである。
「血まみれのお父様を発見して、すぐ警察や119番へ通報しようとは思わなかったんですか?」
「事情をすぐには、把握できなかったんです。まさか刺し殺されるだなんて、想像もつきませんでした。それにお巡りさんが来たのが、僕が遺体を発見した本当に直後だったんで、そんな暇なかったです」
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