パシリは、観ていた

空川億里

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第3話 晴人への事情聴取

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 尋問を終えた後、左近は上司の鯨井くじらい警部に電話した。
「第1発見者の義明さんから兄の晴人さんの住所も聞いたんで、蕨で晴人さんに話を聞きに行きましょうか?」
 左近は、鯨井に確認する。
「頼んだよ。警視庁の管轄外だから、俺から埼玉県警に一報しとく」
 鯨井が、回答した。左近は部下の運転で晴人の家へ行く。インターホンのボタンを押す。玄関が開き、晴人が現れた。
 好青年風の義明と違い、チンピラのような雰囲気だ。同じ兄弟には、見えない。左近は、相手に手帳を見せる。
「はじめまして。本日は、聞き込みにあがりました。警視庁捜査1課の左近です。お父様が亡くなったのは、ご存知ですよね?」
 左近は、聞いた。
「もちろんです。弟から、電話がありました。テレビやネットでも報道してますし」
 晴人は、低い声で返す。2人の刑事は1階の応接室に通された。
「念のため今朝の11時頃、どこにいたか教えていただきたいのですが」
 警部補は、質問する。
「疑われるのも、無理ないです」
 晴人はがくりと、こうべをたれた。
「親父には、何の恨みもありません。借金を重ねた俺が悪かったと、反省してます」
 しばらくして、やがて重々しく頭を上げる。芝居がかった仕草に見えた。
「実は昨夜から葦名っていう男の友人とこの家の地下室で飲んでまして、そのまま寝ました」
 ポツリ、ポツリと、晴人が話す。
「今朝起きて朝の10時40分にここを出て京浜東北線の蕨駅から電車に乗って、秋葉原駅で降りました。電気街口から出て、右の方にあるガンダムカフェで11時半に待ちあわせた友達から、試写会の招待状をもらいました。つまり犯行のあった朝11時には、走っている電車の中です」
 すらすら何時にどこにいたか出てくるので、左近は逆に違和感を覚えた。が、ともかく、手帳にメモを取る。
 左近は、ガンダムの事はよく知らない。が、人気のあるロボットアニメなのは知っている。
 アニメ好きの部下から、今度テレビの地上波で「ジークアクス」というガンダムの新作が放映される予定なのは聞いていた。
「蕨駅前まで、歩いてここから約10分ですね。晴人さんがここを10時40分に出たなら、蕨駅に着いたのは10時50分ぐらいですか?」
「そうですね。おっしゃる通りです。スマホの乗り換え案内のアプリで発車時刻を調べた記録が残ってます」
 晴人はスマホを操作して、アプリの画面を左近に見せた。
「10時54分発の京浜東北線磯子行きに乗って、11時19分に秋葉原駅到着です。事故などはなかったので、大体予定通りに着きました」
 晴人の証言通り、この日京浜東北線がダイヤ通りに運行されていたのは、後の調査でも判明する。
「電車はSuicaを使ってますか?」
    履歴を調べれば、その路線をその時刻に使ったかわかるので、聞いてみた。
「そうなんですが、蕨駅に着いた時財布にSuicaが見当たらなかったんで切符を買って電車に乗って秋葉原駅まで行ったんです」
 晴人は、そう説明する。
「帰りは Suicaをバッグの方に入れたのを思いだし、秋葉原駅から乗る時は、バッグからSuicaを出して使いました」
「帰りは、何時の電車に乗りましたか?」
 警部補は、畳みかける。
「午前11時36分に秋葉原発南浦和行きの電車に乗り、昼の12時1分に蕨駅到着です」
 スマホを確認し、晴人が答えた。左近も見せてもらったが、確かにそうなってる。
「そこからちんたら歩いてここに着いたのが12時20分。この家に友人の葦名が残っていたので、彼が証明してくれます。今日は俺が秋葉原に行って戻るまで、ここで映画観てましたから」
「あなただけ外出したんですか?」
 驚いて、左近が聞いた。
「2人で一緒に地下室で映画を観ようとしたんですが、秋葉原のガンダムカフェで別の友人に招待状をもらう約束を思いだしたんで。名作なので、親友の葦名には、是非とも観て欲しかったんです」
「外出する時、あなたは一体どんな服装でした?」
「帽子にマフラー、ジャケット、手袋、ズボンにグラサン、全部黒です」
「映画を観た部屋に、案内していただけますか?」
 晴人の案内で2人の刑事は地下1階に降りた。ちなみに地下2階はない。
 階段を下りると通路があり、その通路に1つだけある扉に向かう。
「この扉面白いですね。普通ドアノブのサムターンキーは室内にあるはずなのに、廊下側にあるんですか?」
「不動産屋の話だと、前の持ち主が猫を飼ってて、主人の留守中ジャンプして中から鍵を開けてしまうので、外につけたと聞きました」
 晴人がそう、説明する。部屋は地下なので、窓はない。
 棚に映画のDVDがたくさんある。部屋の一角に、大きな液晶モニターが鎮座していた。
「DVDプレイヤーが、ないですね」
   左近の発言に、晴人はモニターがある一角とは反対側の小部屋を手でしめした。
   小部屋と大部屋をしきる壁には、大きなはめ殺しのガラス窓がある。その向こうにプレイヤーが見えた。
「映画観る時は、向こうの小部屋で機械を操作するんですか?」
「以前大部屋にあったんですが僕が酔っ払って壊してしまったので、新しいのを買った時に小部屋の方に移したんです」
 苦笑を浮かべて、晴人が話す。
「モニター見ながら操作できるよう壁に大きなはめ殺しの窓ガラスもつけました」
「この部屋は、時計がないんですね」
 何か変だと感じたので、そう口にする。
「腕時計やスマホで確認するから、別にいらないです。以前あったけど、やっぱ酔っぱらった時壊しちゃって」
 晴人は、頭をかきながら、返答する。左近は、晴人に葦名の住所と電話を聞いた。そして、赤羽に車で向かう。
   葦名の部屋の呼び鈴を鳴らししばらくすると、眼鏡をかけた小太りで小柄の、おとなしそうな若者が現れる。
   手帳を見せると、表情がこわばった。
「葦名君だね。今朝11時に、君がどこで何をしてたか確認したいんだけど」
「じ、11時には蕨に住んでる壺屋先輩の家で映画を観てました。10時40分頃試写会の招待状を秋葉原でもらう約束になってたのを思い出したと言いだして、先輩が外出したんです。戻ったのが12時35分です」
 オドオドした口調で葦名が説明する。まるで猫に追いつめられたネズミだ。
「時刻は何で確認したの? あの地下室には、時計がなかったけど」
 左近は、そう質問する。
「先輩が帰ってきた時刻は、自分のスマホで確認しました」
 それが葦名の回答だ。
「映画は、何を観たんですか?」
「『ニューシネマ・パラダイス』という作品です。イタリアの名作映画です」
 知らない作品である。左近は、そんなに映画を観るわけではないから当然なのだが。
 彼が最近観た映画といえば、小学生の息子にせがまれて一緒に行った名探偵コナンのアニメぐらいだ。
 イタリアの映画など、多分観た記憶がない。観るとしたらハリウッドのアクションぐらいか。
 
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