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第4話 樫原への事情聴取
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捜査本部の設置された神田署に車で戻った左近に、上司の鯨井警部が話しかけてきた。
名は体を表すとは限らないが、鯨井は身長190センチと大柄で色黒なので、鯨に見えなくもない。
「お前の情報、裏が取れたよ。蕨駅のカメラに、黒ずくめの男が午前10時50分に改札を切符で通るのが映ってた。ちなみにモニターの時刻表示は、実際の時刻通りでずれてない」
鯨井は、用意したパソコンに防犯カメラの撮影した動画を表示する。
彼の言葉通り黒いサングラスをかけた男が、同じ色の手袋をはめた手で切符を自動改札に入れ、通るところだ。
手袋をはめたまま切符を入れる事に対して違和感を覚える。普通なら一旦手袋を外すだろう。
実際動画を見ていても、かなりやりにくそうだ。防犯モニターの時刻表示は、警部の解説通り午前10時50分。
「秋葉原駅の防犯カメラで撮影された動画ももらった。モニターの時刻表示は、こっちの方も正確に時報と合っている」
鯨井はキーボードを捜査すると、今度はパソコンにJR秋葉原駅の改札を映した動画を表示した。
やはり黒ずくめの男が黒い手袋をはめた手で切符を自動改札に入れ、電気街口を出たところだ。
モニターの時刻表示は午前11時25分で、証言と一致する。改札を出た時に黒いサングラスを外したが、その顔は晴人であった。
そして、改札を出てすぐ右にあるガンダムカフェに向かって歩く。以前ガンダム好きの息子と行ったので、左近もその店は知っている。
「ガンダムカフェ内の防犯カメラにも、壺屋晴人が映っていた」
警部がそう説明する。彼がキーボードを操ると、カフェ内で撮影された動画がパソコンの画面に出た。確かに、黒ずくめの晴人がいる。
今度は黒いサングラスをしてないので、間違えようがない。素顔がハッキリ映っている。
話し相手の晴人と同年代の男が、チケットをもらった宮城だろう。
防犯カメラの荒い画像なので判断しづらいが、メガネをかけているせいか、知的なイメージがある。
宮城の電話や住所も、晴人から聞きだしていた。
「他の刑事の調査で、興味深い話が出てる」
鯨井警部が、話を続けた。
「ガイシャの次男で第1発見者の壺屋義明が複数の消費者金融から金を借りており、総額は1000万になっているんだ。逆に長男の晴人の方は勘当されて以降消費者金融から借りてない。兄貴の方は、こりたんだろうな」
鯨井は、肩をすくめる。
「そして最近はガイシャと次男の義明が壺屋邸で大喧嘩してるのを、複数の近所の住人が何度も見てる」
鯨井は、話を続けた。
「複数の目撃者の証言によれば、壺屋義明は父の悟に兄の勘当を解いてほしかったようなんだ。義明は借金を何に使ったか父親の悟が聞いても答えないんで、さらに怪しい。喧嘩の原因は借金の件もあるかもな。父親を殺せば遺産が入るし。父親を殺した時義明の服に血がついたんじゃねえのかな?」
警部は、推測を披露した。
「でも義明さんは、そんな感じの青年には見えませんでした」
鯨井が、笑う。
「おいおい。お前だってデカの端くれだろう?
何年警察でメシ食ってるんだ? 殺人者が絵に描いたような悪党だとは限らんのは、わかってるだろう?」
確かにそれはそうなんだが、どうしても左近には、壺屋義明が殺人者とは思えない。
その後左近は部下と2人で、宮城の住む家に車で向かう。
宮城は秋葉原駅から少し離れた家に両親と暮らしていると、晴人の口から聞いていた。
近くに時間貸しの駐車場があったので車を止めて、宮城の家に行く。
会う約束はしていなかったが在宅で、玄関には宮城の母親が現れたのだ。
多分彼女は70歳ぐらいだろう。左近は自己紹介をして、警察手帳を相手に見せる。
「息子が何かしましたか?」
顔に不安をよぎらせながら、母親が聴く。まるで穴でも開けるかのように、こちらを見る。
「いえ、そういうわけではありません」
左近は相手を落ち着かせるため、最高の笑顔を浮かべる。
「息子さんが直接関わっているわけではありませんが、ある事件を調査してまして」
「神田で壺屋悟さんが殺された事件でしょう? 息子は被害者の悟さんの息子さんの晴人さんと仲がいいですから。やっぱり晴人さんが犯人なんですか? あたし以前からあの人とは付き合うなって言ってたんですよ。だって刑事さん。チンピラみたいな格好と口調じゃないですか!」
母親は、訴えるような目をしてる。
「晴人さんが犯人と決まったわけではないのです。様々な観点から、悟さんの周辺の人達に話を聞いてます」
母親はやがて玄関先に、自分の息子を連れてきた。年齢を聞くと息子は40歳だそうだが、実年齢より若く見える。
応接間に案内され、そこで話を聴く事になった。
「ニュースでやってる壺屋悟さんが殺された件ですよね? 晴人から電話があって、警察に僕の住所を教えたと言われました」
宮城が先に聞いてくる。
「その通りです。ちなみに宮城さんは壺屋晴人さんとは、一体どこで知り合いましたか?」
左近は、聞いた。
「ネットでメンバーを募集している社会人向けの映画サークルで知り合いました」
宮城が答える。
「それってどんな活動をしてるんですか?」
「みんなで同じ映画館に行って映画を観て、その後飲み会に行ったりとかですかね」
「晴人さんは、あなたにとってどんな方なんですか?」
「めっちゃ映画に詳しい人です。僕はアメリカ映画中心に観てますが、彼はヨーロッパの作品にも詳しくて」
宮城が目を、きらめかせる。昔の少女漫画みたいだ。
「今もその映画サークルに、晴人さんは在籍してますか?」
宮城は突然頭に岩が落ちてきたような顔をする。
「それが晴人さんはサークルのメンバーの若い女性に手を出して、その子が嫌がってるのにストーカーみたくなって、出禁になってしまったんです」
宮城の声が、トーンダウンする。
「率直に、お聞きしましょう。壺屋晴人さんは亡くなられたお父様について、どんなふうに話してました?」
「あまり良くは言ってませんでした。ケチだとか、弟の義明さんを可愛がりすぎるとか。お父さんの会社も、ゆくゆくは弟の義明さんが継ぐ事に決まっていたそうです」
「ご気分を害されたら恐縮ですが、晴人さんを犯人だとは思いませんか?」
「乱暴な性質があったのは、認めます。ストーカー事件を起こす前からサークル内での評判は悪かったですから」
宮城は、気まずそうな顔をする。
「でもまさか、さすがに殺人はないでしょう」
その後さらに調査は進み、温厚な被害者の壺屋悟には、敵と呼べるような存在がほとんどいないのがわかった。
敵と呼んで良さそうな少数の人間にはアリバイがあり、当然ながらホシの疑惑は第1発見者で、悟の次男の義明に絞られた。
だがしかし左近警部補の脳内はアリバイがあるにも関わらず、長男の晴人がホシだという疑念が拭えない。
晴人は勘当された後も浪費癖とギャンブル依存症がなかなか治らず『金がない。親父が死ねば、遺産が入るのに』と何度も周囲の人間に話してたのを、複数の者が聞いている。
粗暴な性格で周囲の人間に暴力を振るったり、強引に女性に言いよったりなど、ろくな話が出てこなかった。
一方次男の義明は父譲りの温厚な性格で、周囲の評判もいい。父を殺す男には思えない。
兄の晴人のように、金遣いが荒いという話も聞かなかった。
義明の借金も、兄のを肩がわりしてるだけじゃないかと左近はにらんでいた。
金を借りた理由を言わないのは、身内の恥をさらしたくないのではないか?
左近は義明が言及していたボンジュール急便の配達員の件が気になり神田駅周辺を担当する営業所に行った。
そこで所長に聞いたのだが、犯行当日午前11時前後、現場付近に配達員は誰も行ってないとの話である。
一方聞きこみ中の他の刑事の中から、おかしな話が出た。
犯行当日午前10時50分ボンジュール急便の制服を着た者が、JR神田駅東口の改札を出て、壺屋邸のある方に早足で歩くのを見た者が現れたのだ。
そこで左近は、神田駅構内のカメラを調べた。
すると犯行当日午前10時46分に京浜東北線神田駅を降りたロン毛に黒のサングラスに赤いジャケットを着てスポーツバッグを持った者が防犯カメラに映っていたのが判明する。
その人物はJR神田駅構内の男子便所に入り、出てきた時はダンボール箱を両手に抱え、装いもボンジュール急便の制服に変わっていたのが判明した。
駅の清掃員も、その人物を目撃している。
目撃した清掃員の話では、便所の個室に入ったロン毛の男が、出る時は運送屋の制服に変わっていたので、驚いたそうだ。
ロン毛の男は個室に入る時は布製の黒いスポーツバッグを持ってたが出た時には、そのバッグは持っていなかったそうである。
代わりにその手にダンボール箱を1つ抱えてたので、スポーツバッグや着ていた赤いジャケットは、畳んで箱の中に入れたと思われた。
恐らくはガムテープか何かをあらかじめ持参し、スポーツバッグの中に畳んで収納していたダンボールを箱の形に組みたて、ガムテープでテープ止めしたのだろう。
ボンジュール急便の制服は盗んだか、似たような服をどこかで買ったのではないか?
犯人が悟を殺した時返り血を浴びたろうが、その部分をダンボール箱で隠して持てば、見えなくなる。
真犯人はこいつで、壺屋晴人の変装ではないか?
犯行後神田駅に戻りトイレで最初の格好に戻ると今度は秋葉原駅まで電車で行き、ガンダムカフェで宮城から映画の試写会の招待状を受けとったのではないか?
神田発11時21分発の山手線に乗り、11時23分に秋葉原駅で降りれば、間にあうのだ。この日は山手線も時刻表通りに動いている。
カメラの画像や目撃者の証言を総合すると、この人物は身長約170センチと思われた。晴人と同じだ。
しかし、ここに大きな問題がある。仮に晴人が犯人だとすると、利用した午前10時46分神田駅着の京浜東北線は、蕨駅出発が午前10時19分。
葦名の証言を信じると、晴人は午前10時40分に蕨にある家を出たので、それは無理だ。葦名と晴人が口裏合わせをしたのだろうか?
左近は蕨駅構内のカメラに映った動画を午前10時から早送りで観た。
すると午前10時15分、黒いサングラスにロン毛、赤いジャケットの男が切符を買い、その切符で改札を通るのが確認できた。
犯人が、この電車に蕨から乗ったのは間違いない。が、こいつが誰かわからない。
画像を調べると、この男も身長170センチある。左近の脳裏にある男の顔が浮かぶ。同じ蕨に住む樫原だ。
晴人の周囲を調べた結果樫原と葦名が、晴人の舎弟としていいように使われていた。
樫原も消費者金融から多額の借金をしてるのが判明している。
晴人に従えば、返済のための金を親の遺産から出すと言われた可能性がある。左近は、樫原のアパートへ行く事にした。
目的地に着き、呼び鈴を鳴らすと樫原が出る。顔はそうでもないが、身長や体つきが晴人と似ていた。
「君の定期を見せてもらいに来た。犯人じゃないなら、見せても問題ないよなあ」
左近は、手帳を見せた後、樫原に迫る。樫原は、サイフから出したSuicaを左近に見せた。
「これは預からせてもらう。すぐに返すよ。履歴をちょっと調べるだけだ。令状もある」
「そ、それは困るよ」
樫原が、焦り始めた。
「君は壺屋悟さんが何者かに殺された日、風邪で1日この部屋で寝てたそうだな?」
「そうだよ。1人だから、アリバイないけど」
声が、震えた。
「1日ここで寝てたなら定期を調べても、事件のあった日曜の履歴はないよな。電車に乗ってないんだから」
しばらく樫原は固い表情をしていたが、やがて突然号泣した。
「しかたなかったんです。晴人さんの言う通りにすれば、金をくれるって言われたんで。俺、借金で首が回らない状態なんです」
樫原は、弱りはてた表情だ。
「それで日曜朝10時54分蕨発の京浜東北線に乗ったんだな?」
「壺屋さんから土曜にもらった黒ずくめの格好をして、日曜日に蕨駅で切符を買って改札を通り、ホームの人ごみでリバーシブルのジャケットの赤い方を表に着なおして、10時54分発の電車に乗るよう言われたんです」
樫原が、事情を話す。
「午前11時19分に秋葉原駅で降りて、電気街口から出ました。昼12時過ぎまで秋葉原を適当にぶらついた後JR秋葉原駅からまた京浜東北線に乗って、ここに戻りました。帰りはSuicaを使いました。何でそうしなくちゃならなかったかわかりませんが、そういう指示だったんで」
「その時の衣装は?」
左近は、樫原に聞いた。樫原は困ったような顔をしたが、やがて重々しく立ち上がり、押し入れに歩きはじめる。
押入れの扉を開け、その時着ていた服装を出す。
黒い帽子、黒いマフラー、黒いサングラス、黒い手袋、外が黒で中が赤のリバーシブルジャケット。カメラの画像と同じである。
回収した樫原のSuicaが調べられ、秋葉原駅から日曜昼12時に改札をくぐり、その後蕨駅から昼12時35分改札を出たのが確認された。
秋葉原のカメラが撮影した映像を観ると日曜11時25分、電気街口から切符で出た樫原が確認される。
ジャケットが赤だったが、それ以外は黒だ。
樫原は電気街口を出てすぐ右にあるガンダムカフェの方には行かず、改札を出るとまっすぐ歩きパソコンショップのソフマップの方へ進んだのである。
その後しばらくして電気街口改札に戻ると、改札をSuicaの履歴通り昼12時に通り、駅に入った。
一方蕨駅のカメラの画像を調べると、履歴通り昼12時35分、蕨の改札を出た樫原の姿が映ってたのも確認された。
晴人なら、日曜午前11時代神田の壺屋邸の門も玄関も施錠されてないのを弟から聞いて知ってたはずだ。
だがこれだけでは、晴人を訴追するには弱い。晴人のアリバイを破らねばならない。
名は体を表すとは限らないが、鯨井は身長190センチと大柄で色黒なので、鯨に見えなくもない。
「お前の情報、裏が取れたよ。蕨駅のカメラに、黒ずくめの男が午前10時50分に改札を切符で通るのが映ってた。ちなみにモニターの時刻表示は、実際の時刻通りでずれてない」
鯨井は、用意したパソコンに防犯カメラの撮影した動画を表示する。
彼の言葉通り黒いサングラスをかけた男が、同じ色の手袋をはめた手で切符を自動改札に入れ、通るところだ。
手袋をはめたまま切符を入れる事に対して違和感を覚える。普通なら一旦手袋を外すだろう。
実際動画を見ていても、かなりやりにくそうだ。防犯モニターの時刻表示は、警部の解説通り午前10時50分。
「秋葉原駅の防犯カメラで撮影された動画ももらった。モニターの時刻表示は、こっちの方も正確に時報と合っている」
鯨井はキーボードを捜査すると、今度はパソコンにJR秋葉原駅の改札を映した動画を表示した。
やはり黒ずくめの男が黒い手袋をはめた手で切符を自動改札に入れ、電気街口を出たところだ。
モニターの時刻表示は午前11時25分で、証言と一致する。改札を出た時に黒いサングラスを外したが、その顔は晴人であった。
そして、改札を出てすぐ右にあるガンダムカフェに向かって歩く。以前ガンダム好きの息子と行ったので、左近もその店は知っている。
「ガンダムカフェ内の防犯カメラにも、壺屋晴人が映っていた」
警部がそう説明する。彼がキーボードを操ると、カフェ内で撮影された動画がパソコンの画面に出た。確かに、黒ずくめの晴人がいる。
今度は黒いサングラスをしてないので、間違えようがない。素顔がハッキリ映っている。
話し相手の晴人と同年代の男が、チケットをもらった宮城だろう。
防犯カメラの荒い画像なので判断しづらいが、メガネをかけているせいか、知的なイメージがある。
宮城の電話や住所も、晴人から聞きだしていた。
「他の刑事の調査で、興味深い話が出てる」
鯨井警部が、話を続けた。
「ガイシャの次男で第1発見者の壺屋義明が複数の消費者金融から金を借りており、総額は1000万になっているんだ。逆に長男の晴人の方は勘当されて以降消費者金融から借りてない。兄貴の方は、こりたんだろうな」
鯨井は、肩をすくめる。
「そして最近はガイシャと次男の義明が壺屋邸で大喧嘩してるのを、複数の近所の住人が何度も見てる」
鯨井は、話を続けた。
「複数の目撃者の証言によれば、壺屋義明は父の悟に兄の勘当を解いてほしかったようなんだ。義明は借金を何に使ったか父親の悟が聞いても答えないんで、さらに怪しい。喧嘩の原因は借金の件もあるかもな。父親を殺せば遺産が入るし。父親を殺した時義明の服に血がついたんじゃねえのかな?」
警部は、推測を披露した。
「でも義明さんは、そんな感じの青年には見えませんでした」
鯨井が、笑う。
「おいおい。お前だってデカの端くれだろう?
何年警察でメシ食ってるんだ? 殺人者が絵に描いたような悪党だとは限らんのは、わかってるだろう?」
確かにそれはそうなんだが、どうしても左近には、壺屋義明が殺人者とは思えない。
その後左近は部下と2人で、宮城の住む家に車で向かう。
宮城は秋葉原駅から少し離れた家に両親と暮らしていると、晴人の口から聞いていた。
近くに時間貸しの駐車場があったので車を止めて、宮城の家に行く。
会う約束はしていなかったが在宅で、玄関には宮城の母親が現れたのだ。
多分彼女は70歳ぐらいだろう。左近は自己紹介をして、警察手帳を相手に見せる。
「息子が何かしましたか?」
顔に不安をよぎらせながら、母親が聴く。まるで穴でも開けるかのように、こちらを見る。
「いえ、そういうわけではありません」
左近は相手を落ち着かせるため、最高の笑顔を浮かべる。
「息子さんが直接関わっているわけではありませんが、ある事件を調査してまして」
「神田で壺屋悟さんが殺された事件でしょう? 息子は被害者の悟さんの息子さんの晴人さんと仲がいいですから。やっぱり晴人さんが犯人なんですか? あたし以前からあの人とは付き合うなって言ってたんですよ。だって刑事さん。チンピラみたいな格好と口調じゃないですか!」
母親は、訴えるような目をしてる。
「晴人さんが犯人と決まったわけではないのです。様々な観点から、悟さんの周辺の人達に話を聞いてます」
母親はやがて玄関先に、自分の息子を連れてきた。年齢を聞くと息子は40歳だそうだが、実年齢より若く見える。
応接間に案内され、そこで話を聴く事になった。
「ニュースでやってる壺屋悟さんが殺された件ですよね? 晴人から電話があって、警察に僕の住所を教えたと言われました」
宮城が先に聞いてくる。
「その通りです。ちなみに宮城さんは壺屋晴人さんとは、一体どこで知り合いましたか?」
左近は、聞いた。
「ネットでメンバーを募集している社会人向けの映画サークルで知り合いました」
宮城が答える。
「それってどんな活動をしてるんですか?」
「みんなで同じ映画館に行って映画を観て、その後飲み会に行ったりとかですかね」
「晴人さんは、あなたにとってどんな方なんですか?」
「めっちゃ映画に詳しい人です。僕はアメリカ映画中心に観てますが、彼はヨーロッパの作品にも詳しくて」
宮城が目を、きらめかせる。昔の少女漫画みたいだ。
「今もその映画サークルに、晴人さんは在籍してますか?」
宮城は突然頭に岩が落ちてきたような顔をする。
「それが晴人さんはサークルのメンバーの若い女性に手を出して、その子が嫌がってるのにストーカーみたくなって、出禁になってしまったんです」
宮城の声が、トーンダウンする。
「率直に、お聞きしましょう。壺屋晴人さんは亡くなられたお父様について、どんなふうに話してました?」
「あまり良くは言ってませんでした。ケチだとか、弟の義明さんを可愛がりすぎるとか。お父さんの会社も、ゆくゆくは弟の義明さんが継ぐ事に決まっていたそうです」
「ご気分を害されたら恐縮ですが、晴人さんを犯人だとは思いませんか?」
「乱暴な性質があったのは、認めます。ストーカー事件を起こす前からサークル内での評判は悪かったですから」
宮城は、気まずそうな顔をする。
「でもまさか、さすがに殺人はないでしょう」
その後さらに調査は進み、温厚な被害者の壺屋悟には、敵と呼べるような存在がほとんどいないのがわかった。
敵と呼んで良さそうな少数の人間にはアリバイがあり、当然ながらホシの疑惑は第1発見者で、悟の次男の義明に絞られた。
だがしかし左近警部補の脳内はアリバイがあるにも関わらず、長男の晴人がホシだという疑念が拭えない。
晴人は勘当された後も浪費癖とギャンブル依存症がなかなか治らず『金がない。親父が死ねば、遺産が入るのに』と何度も周囲の人間に話してたのを、複数の者が聞いている。
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一方次男の義明は父譲りの温厚な性格で、周囲の評判もいい。父を殺す男には思えない。
兄の晴人のように、金遣いが荒いという話も聞かなかった。
義明の借金も、兄のを肩がわりしてるだけじゃないかと左近はにらんでいた。
金を借りた理由を言わないのは、身内の恥をさらしたくないのではないか?
左近は義明が言及していたボンジュール急便の配達員の件が気になり神田駅周辺を担当する営業所に行った。
そこで所長に聞いたのだが、犯行当日午前11時前後、現場付近に配達員は誰も行ってないとの話である。
一方聞きこみ中の他の刑事の中から、おかしな話が出た。
犯行当日午前10時50分ボンジュール急便の制服を着た者が、JR神田駅東口の改札を出て、壺屋邸のある方に早足で歩くのを見た者が現れたのだ。
そこで左近は、神田駅構内のカメラを調べた。
すると犯行当日午前10時46分に京浜東北線神田駅を降りたロン毛に黒のサングラスに赤いジャケットを着てスポーツバッグを持った者が防犯カメラに映っていたのが判明する。
その人物はJR神田駅構内の男子便所に入り、出てきた時はダンボール箱を両手に抱え、装いもボンジュール急便の制服に変わっていたのが判明した。
駅の清掃員も、その人物を目撃している。
目撃した清掃員の話では、便所の個室に入ったロン毛の男が、出る時は運送屋の制服に変わっていたので、驚いたそうだ。
ロン毛の男は個室に入る時は布製の黒いスポーツバッグを持ってたが出た時には、そのバッグは持っていなかったそうである。
代わりにその手にダンボール箱を1つ抱えてたので、スポーツバッグや着ていた赤いジャケットは、畳んで箱の中に入れたと思われた。
恐らくはガムテープか何かをあらかじめ持参し、スポーツバッグの中に畳んで収納していたダンボールを箱の形に組みたて、ガムテープでテープ止めしたのだろう。
ボンジュール急便の制服は盗んだか、似たような服をどこかで買ったのではないか?
犯人が悟を殺した時返り血を浴びたろうが、その部分をダンボール箱で隠して持てば、見えなくなる。
真犯人はこいつで、壺屋晴人の変装ではないか?
犯行後神田駅に戻りトイレで最初の格好に戻ると今度は秋葉原駅まで電車で行き、ガンダムカフェで宮城から映画の試写会の招待状を受けとったのではないか?
神田発11時21分発の山手線に乗り、11時23分に秋葉原駅で降りれば、間にあうのだ。この日は山手線も時刻表通りに動いている。
カメラの画像や目撃者の証言を総合すると、この人物は身長約170センチと思われた。晴人と同じだ。
しかし、ここに大きな問題がある。仮に晴人が犯人だとすると、利用した午前10時46分神田駅着の京浜東北線は、蕨駅出発が午前10時19分。
葦名の証言を信じると、晴人は午前10時40分に蕨にある家を出たので、それは無理だ。葦名と晴人が口裏合わせをしたのだろうか?
左近は蕨駅構内のカメラに映った動画を午前10時から早送りで観た。
すると午前10時15分、黒いサングラスにロン毛、赤いジャケットの男が切符を買い、その切符で改札を通るのが確認できた。
犯人が、この電車に蕨から乗ったのは間違いない。が、こいつが誰かわからない。
画像を調べると、この男も身長170センチある。左近の脳裏にある男の顔が浮かぶ。同じ蕨に住む樫原だ。
晴人の周囲を調べた結果樫原と葦名が、晴人の舎弟としていいように使われていた。
樫原も消費者金融から多額の借金をしてるのが判明している。
晴人に従えば、返済のための金を親の遺産から出すと言われた可能性がある。左近は、樫原のアパートへ行く事にした。
目的地に着き、呼び鈴を鳴らすと樫原が出る。顔はそうでもないが、身長や体つきが晴人と似ていた。
「君の定期を見せてもらいに来た。犯人じゃないなら、見せても問題ないよなあ」
左近は、手帳を見せた後、樫原に迫る。樫原は、サイフから出したSuicaを左近に見せた。
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「そ、それは困るよ」
樫原が、焦り始めた。
「君は壺屋悟さんが何者かに殺された日、風邪で1日この部屋で寝てたそうだな?」
「そうだよ。1人だから、アリバイないけど」
声が、震えた。
「1日ここで寝てたなら定期を調べても、事件のあった日曜の履歴はないよな。電車に乗ってないんだから」
しばらく樫原は固い表情をしていたが、やがて突然号泣した。
「しかたなかったんです。晴人さんの言う通りにすれば、金をくれるって言われたんで。俺、借金で首が回らない状態なんです」
樫原は、弱りはてた表情だ。
「それで日曜朝10時54分蕨発の京浜東北線に乗ったんだな?」
「壺屋さんから土曜にもらった黒ずくめの格好をして、日曜日に蕨駅で切符を買って改札を通り、ホームの人ごみでリバーシブルのジャケットの赤い方を表に着なおして、10時54分発の電車に乗るよう言われたんです」
樫原が、事情を話す。
「午前11時19分に秋葉原駅で降りて、電気街口から出ました。昼12時過ぎまで秋葉原を適当にぶらついた後JR秋葉原駅からまた京浜東北線に乗って、ここに戻りました。帰りはSuicaを使いました。何でそうしなくちゃならなかったかわかりませんが、そういう指示だったんで」
「その時の衣装は?」
左近は、樫原に聞いた。樫原は困ったような顔をしたが、やがて重々しく立ち上がり、押し入れに歩きはじめる。
押入れの扉を開け、その時着ていた服装を出す。
黒い帽子、黒いマフラー、黒いサングラス、黒い手袋、外が黒で中が赤のリバーシブルジャケット。カメラの画像と同じである。
回収した樫原のSuicaが調べられ、秋葉原駅から日曜昼12時に改札をくぐり、その後蕨駅から昼12時35分改札を出たのが確認された。
秋葉原のカメラが撮影した映像を観ると日曜11時25分、電気街口から切符で出た樫原が確認される。
ジャケットが赤だったが、それ以外は黒だ。
樫原は電気街口を出てすぐ右にあるガンダムカフェの方には行かず、改札を出るとまっすぐ歩きパソコンショップのソフマップの方へ進んだのである。
その後しばらくして電気街口改札に戻ると、改札をSuicaの履歴通り昼12時に通り、駅に入った。
一方蕨駅のカメラの画像を調べると、履歴通り昼12時35分、蕨の改札を出た樫原の姿が映ってたのも確認された。
晴人なら、日曜午前11時代神田の壺屋邸の門も玄関も施錠されてないのを弟から聞いて知ってたはずだ。
だがこれだけでは、晴人を訴追するには弱い。晴人のアリバイを破らねばならない。
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漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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