ミスティー・ナイツ

空川億里

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第8話 招かれざる訪問者

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「ミスティー・ナイツは、必ずこのカジノを狙います。そういう情報が入ってます。ミスティー・ナイツと関わりが深いと思われる人物も、この南美島に来てますし」
 姫崎瀬戸菜は、国営カジノの支配人に向かって説明した。
「仮にそうだとしても、このカジノの防犯は鉄壁ですからな」
 支配人の明定勇(あきさだ いさむ)が落ち着きはらった低い声で返答した。言葉の端には自分とその仕事に対する自信に満ち溢れたニュアンスがある。
 身長は170センチぐらいだろうか。プロレスラーのような体型で、髪はオールバック。年齢は多分60歳ぐらい。
 見るだけで人を癒すような気持ちのよい笑みを浮かべているが、時折目にナイフのような、鋭い光を帯びる。
 吸ったばかりの葉巻を手にはさんでおり、かぐわしい香りを漂わせていた。素人目にも、値段の高そうな代物だ。
 明定は、与党の大物代議士である鶴本正勝のお気に入りだ。
 週刊誌の報道や、瀬戸菜が仕入れた警察内部からの情報を総合すると、明定は若い頃闇カジノの経営に関わり、暴力団の準構成員だった。
 そんな男が国営カジノの支配人になったのだ。若い時恐喝や暴行容疑で何度か逮捕されているが、証拠不十分で釈放されていた。
 いずれも鶴本が圧力をかけたらしいが、真相は闇の中である。
「姫崎警部補もご存知の通り王冠は美術館の最上階にあり、防弾ガラスの中に納まってます。上空にはランダムに警察のヘリコプターが飛んできて、館内も24時間体制で大勢の警備員が監視してます。アリの這い出る隙間……いや、ミジンコの這い出る隙間もありません」
 明定は、自分のジョークがよほど面白いと思ったらしく豪快に笑った。瀬戸菜にはそうは思えなかったのだが、愛想笑いだけはしておく。
「でもですね、明定さん。ミスティー・ナイツは過去にも難攻不落と呼ばれた銀行や豪邸の防犯システムを破って、多額の現金や高価な美術品を強奪してるんです。油断しない方がいいでしょう」
「もちろん、それはそうですがね」
 明定が片方の眉をつりあげて、わざとらしく瀬戸菜を見つめた。
「それにしても何だって未だに警察はミスティー・ナイツを逮捕できないんでしょうかね。そうしてくれれば、我々も安心して眠れるわけですが」
 明定は言葉にワサビをにじませた。一番触れてはいけない場所に矢を突きたてられたような気持ちで瀬戸菜は歯がみをした。
 そこへである。すっかりあわてふためいた様子の、明定の部下の男が、部屋にすさまじい勢いで駆けこんできた。
「大変です、支配人。ス、スミスでもない、スティーブンでもない、鈴木でもない、そ、そうだ。ステファン・アダムスとかいうアメリカの人類学者が突然来て、海底から発掘された例の王冠を、今すぐ見たいと言いだしてるんです」
 メガネをかけた部下の男は、花宮(はなみや)という名前なのを思いだした。人柄はよさそうだが、線の細そうな人物だ。今も気の毒なくらいうろたえている。
「アダムス博士と言えば、世界的に有名な東洋史の権威じゃないか。すぐに応接室にお通ししろ。おれも今迎えにいく」
 明定もさすがに少し慌てたらしく、それまで座っていた椅子を後足で蹴るようにして立ちあがった。
「ちょっと待っていただけませんか」
 瀬戸菜は冷静だがきっぱりとした口調で、横からダメ出しをした。
「本当にその人はアダムス博士なんでしょうか。ミスティー・ナイツのメンバーが変装したとも考えられます」
「何をバカな」
 汚物でも見るような目つきで、明定が彩音をにらんだ。
「アダムス博士は世界的に有名な学者だが、泥棒風情が知ってるような名前じゃない」
「ミスティー・ナイツをなめない方がいいですよ。かれらはただの盗人じゃない。高度な知能犯ですから」
「それはあんたがた警察が、単に無能だったからじゃないのか。自分達で逮捕できなかったから、相手が知能犯だというのは、どうかと思いますがねえ」
 瀬戸菜は反論しようとしたが、何を話してもヤブヘビになりそうなので、怒りを抑えて沈黙する。
    あまりにも強く歯がみをしたので、自分自身の唇を、自分で食いそうな勢いだ。
 明定はガタイに似合わぬ猛スピードで花宮と部屋を出たので、瀬戸菜は慌てて後を追った。
   風のような速さで走る明定はまるで、撃たれたばかりの砲弾のようである。
 逆に後を追う花宮は、短距離を走るのもいっぱいいっぱいという感じであった。
「花宮、博士はどこにいるんだ」
「王冠の展示の前です」
 明定、花宮、瀬戸菜の3人は、エレベーターに乗りこんで最上階に到着する。自動ドアが横に開くが早いか3人は廊下にとび出て、王冠を展示している陳列室に駆けこんだ。
 エアコンが効いてるのに、すでに花宮は汗だくで、大きく息を切らしている。陳列室には、気難しそうな初老の白人男性がいる。
 その鋭い眼光が、今来た3人をにらみつけた。まるでワシのような風貌だ。その横には目が覚めるような、日本人の美女がいる。
 年齢は20代の前半ぐらいか。若いが、堂々とした態度である。銀縁のメガネをかけて、いかにも利発そうだった。
   キャリアウーマンを絵に描いたような立ち姿である。博士はアメリカから来たばかりらしい。
   海外旅行をする人がよく持っている大型のキャスター付のキャリーケースを、秘書の女が手にしていたが、おそらく博士の荷物だろう。
「本日は一体いかがしましたか。私が支配人の明定です」
 明定が英語で男に話しかけた。流暢とは言いがたいが、じゅうぶん通じる。瀬戸菜も英語はできるので、会話の内容は理解できた。
「あんたがここの支配人か。わしが誰だか知っておろうな」
 男が鋭いナイフのような目で、明定の顔をにらみつけた。
「もちろん存じあげてますとも」
 もみ手をしながら、明定がそう述べた。
「世界的に有名なステファン・アダムス博士のご高名は、私も常々耳に届いております。このたびはわざわざこんな離島にある当美術館にお越しいただき、心より嬉しく思います」
 支配人はさっきまでとは別人のようにうやうやしい態度で接した。
「わかっているなら、よろしい」
 アダムスは、尊大な態度で答えた。
「私は秘書兼通訳の田谷(たや)と申します」
 隣の女が間に入って、やはり英語で話した。
「アダムス博士はすぐにでも、この王冠を拝見したいと申してます。この王冠をよく調べれば、東アジアの歴史が大きく塗りかえられるかもしれないというのが、博士の考えです」
「しかしすでにこの王冠は、国内外の著名な学者が様々な観点から調査して、そのデータもインターネットや論文で公開されておりますが」
「じゃかあしい」
 汚物でも見たような目で、アダムスがどなりちらした。
「インターネットや論文が何だと言うんじゃ。正真正銘の実物を間近に見てこそ、本当の学者というもんだ。はばかりながらこのわしは東アジア史に関しては、現代世界で1番の学者なんじゃ。わしが見ずして、何がわかる」
 博士の怒りは、怒髪天を突くような勢いだった。
「失礼しました」
 明定は、すっかり恐縮しきっている。まるで親に叱られた子供のようだ。
「それでは早速、アダムス博士のためにケースからお出しいたします。ここでは何ですので、別室でお待ちください」
 額に汗を浮かべながら、支配人がとりなした。結局博士は応接室に案内され、展示中の王冠はガラスケースから出される事にあいなった。
 空になったケースには『調査中のため、現在外してあります』との張り紙がされる。
 王冠は小型の持ち運び用のガラスケースに収められて、応接室に運ばれた。応接室でガラスケースから外に出される。
 とても太古の物とは思えぬほど、金色にまばゆく光り輝いていた。
「わしは、これを一人で静かに調べたい。秘書のミス・タヤ以外の方々には一旦お引取り願いたい。他の人間が周囲にいると気が散るのでな」
「ちょっと待ってください」
 支配人の明定が、さすがに蒼白な顔になった。
「いくら博士の頼みでも、そればかりはできませんぞ」
「たった10分でよい。お前さん達がそばにいると、落ちついて調査ができんのじゃ。部屋の前の廊下で待っててくれればよい。10分後に入ってくればよかろう」
「そうおっしゃいますが、逆にたった10分で必要な調査ができるんですか」
 明定がつっこんだ。
「10分あれば、天才のわしには充分じゃ。それとも1時間も2時間でも1週間でも、わしに必要な時間をくれるのかの」
 アダムス博士は猛禽類のような目で、明定の顔をにらみつけた。
「わかりました。10分ですぞ。10分あとにすぐ、この部屋に入りますからな」
「ちょっと支配人」
 瀬戸菜が横から小声の日本語で突っこんだ。
「そんなの許可していいんですか。警察として、反対します」
「何を言うか」
 明定はつばを飛ばした。
「こちらにいらっしゃるのは、かの有名なステファン・アダムス博士だぞ。支配人の私が許可したんだから、口を出さんでもらいたい」
 瀬戸菜と明定の間で口論が続いたが、結局博士と秘書と王冠だけを残して、支配人と部下の花宮、警部補の3人は廊下に出た。3人共、自分の腕時計とにらめっこだ。
 せわしなく葉巻を吸う支配人、何度も廊下を行ったり来たりする花宮、万一に備え腰のホルスターの拳銃を、何度も確認する瀬戸菜……動きは三者三様だが、時間が気になるのは同じである。
 1時間にも思える程長く感じた10分後きっかりに、明定と瀬戸菜の2人は競うように応接室のドアに向かったその時である。ドアの方から先に開き、博士が姿を現した。
「みなさんには、ご迷惑をおかけしたな」
 来た時とは正反対のジェントルな態度で博士が話しはじめた。
「非常によい経験じゃった。やはり発掘品というのは、こうして実物を見なければ始まらんわい……今日の調査の結果を元に、わしは新たな論文を発表するつもりじゃ」
「それは頼もしいですな」
 明定が英語でお追従を述べた。
「博士の論文を読むのが、今から楽しみでなりません」
「世辞はいらんわい」
 ちょっと気分を害した口調で博士が答えた。
「わしはこれからボストンに帰って、早速論文の準備をしようと思っておる」
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