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第13話 不祥の息子
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ハツシモは、気弱げな目を、大きく見開いた。
「お父上にその気がなくても、周囲を取り巻く君側の奸共が、ハツシモ様のお命を狙うという場合もありましょう。ハツシモさまには幸い、いとこはいらっしゃいませんが、そこはどうにでもなります。養子をとって禅譲する事もできましょう」
ハツシモが、うつむいた。
「大丈夫です。このわたくしめは、ハツシモ様の忠実な部下でございます。妙案がございます。お聞きになっていただきたいのですが」
「ぜ、ぜひとも今、今すぐに、聞かせてくれ」
ハツシモは、ようやく身を乗りだした。万事動きがのろい彼には似合わず飛びあがるような勢いだ。
カメが突然ウサギになってしまったようである。
大神殿の内部の壁や天井や床の中には、いにしえの技術によって作られた指先程の小さな機械が多数埋めこまれ、そこでかわされた会話は導師に筒抜けだったがこの部屋に関しては、さすがにそんな機械がないのをイカヅチは知っていた。盗み聞きされる心配はない。
アオイの反対にも関わらずセセラギは、ヨイヤミ領への進行を計画したキリサメ軍の足軽として、軍勢に加わった。
その手には、支給された長槍を手にしている。
「必ず帰ってきて」
まっすぐに『夫』の顔を見つめながら、『妻』は、そう口にした。
「おなかにいる赤ちゃんのためにも」
アオイの発言にセセラギは、まるでカエルのように目を見開いた。
「いつわかった」
「三十夜前。でも、これから戦に行くと聞いて、心配させちゃあいけねえと……でも、隠せなかった」
震える声で、アオイは答えた。
「赤ん坊のためにも、必ず戻る」
「あたしと赤ちゃんは心配しないで。救貧院の人達の、助けもあるし」
「そうだな……ヨイヤミ公を成敗すれば、世の中は変わる。そうすればもう、飢えに苦しむ事もねえ。正義は、こっちにある」
アオイは、セセラギを強く抱きしめた。そうしてれば永遠に、彼を留めておけるような気がしたのだ。
*
キリサメ公率いる十万の大軍が、ヨイヤミ公領をめざして進軍を開始した。出発時には晴天だったにも関わらず、一時間後には空がにわかに曇りはじめ、長らく降らなかった雨が、滝のように降ってくる。
(やはり導師は天候を左右して、我らの進軍を阻もうとしているな)
が、ある意味これは好都合だ。長く続いた干ばつで、キリサメ公領は疲弊している。導師の狙いが豪雨による軍の疲弊にあるのは火を見るよりも明らかだったが、雨の恵みが大地を潤すのは、ありがたい。
進軍がやりづらくなったのも事実だ。地面がぬかるみ、歩兵も騎兵も歩くのに一苦労である。兵達の士気も落ちるのではないか。この三百年、戦はなかった。キリサメ公はじめ、末端の兵に至るまで訓練をしていたとはいえ実戦経験のない素人ばかりで、果たして実際の戦闘で上手く戦えるのかも不安である。
先日の戦いでは敵を撃退したものの、先祖代々伝わったいにしえの兵器に助けられたためでもあった。さらに問題なのは、この兵器が後何回、撃てるかわからないという事だ。
どんなからくりかわからぬが、それが銃である以上、どこかで弾切れになるだろう。また導師が何か、想像もつかぬ兵器で応戦するのも考えられた。何もいにしえの兵器はキリサメ公だけの専売特許ではないのだ。
ヨイヤミ公が送りこんできた殺人人形のような伏兵が待ち構えている可能性もある。不安は、空を覆う雨雲のように、次第につのるばかりだった。
*
「父上、折り入ってお願いがございます」
ハツシモが珍しく、そんな言葉を口にした。キリサメ軍の侵攻が始まる数日前の事である。
「一体何じゃ」
導師は、息子を横目で見ながら問いかける。
「どうかわたくしに、天候を支配する機械を見せてくださいませ」
いつになく強い語調だ。ヤマトの民が恐れる日照りも、実はいにしえより伝わる装置によって作られていた。そしてそれを知る者は、限られている。
「おぬしには早いと申したはず」
「この私ゆくゆくは、導師様の後を継ぐ者。是非共いにしえのからくりを見せていただきたいのです。もしも父上が私を導師の地位にふさわしくないと感ずるのなら、この場で斬って捨ててくだされ。偉大なる父上に斬られるなら、本望でございます」
常にはないきっぱりとした物腰で、普段息子を軽んじている導師のイシクレも、ほんの少しだけハツシモを見直そうという気になった。
「よかろう。キリサメ率いる賊軍が昼夜を五回繰り返すまでに居城を発ち、ヨイヤミ公領を進撃すると言う間者からの情報が入ってきておる。きゃつらにどう天罰を加えるか、その目でしっかと見届けるがよい」
その時から昼夜を三回繰り返した後キリサメ公率いる十万の軍勢が居城を出たという情報が、各地に放った間者から通信機でイシクレの元に届いた。いにしえより伝わる通信機を持ち、それを各地の隠密に持たせているのは、導師のイシクレだけである。
ヨイヤミ、キリサメ両公爵ですら、通信には鳥やのろしを使っていた。早速彼は息子を呼び、大神殿の一角にある開かずの間へと向かった。そこは導師と彼の承認を得た者しか入れぬ特別な場所である。
部屋に初めて入った息子は異世界のようなその空間に、言葉を失ったようだ。無理はない。イシクレが次期導師として最初に父に連れてこられた時、やはり今のハツシモのように、眼前の光景に魅入られたものだった。
そこにあるのは巨大なカメの甲羅のような金属製の機械で、やはり金属製の直径が十尺程ある太い管が何十本も複雑な経路を辿って縦横無尽にその装置から延びでており、作動するやかましい音を、ひっきりなしに立てている。
イシクレは驚愕に凍りつく息子を見ながら、思わず口に笑みを浮かべた。そして天候操作機の操作室へと歩き始めた。
巨大な機械室の隅に操作室がある。そこにはこのヤマトの国の各地を映したいくつもの立体映像が浮かんでいた。
立体映像の1つに侵攻中のキリサメ軍が映っている。騎兵と歩兵からなる総勢十万の軍隊だ。
「父上これは、いかにして映しだされているのでしょうか」
「お父上にその気がなくても、周囲を取り巻く君側の奸共が、ハツシモ様のお命を狙うという場合もありましょう。ハツシモさまには幸い、いとこはいらっしゃいませんが、そこはどうにでもなります。養子をとって禅譲する事もできましょう」
ハツシモが、うつむいた。
「大丈夫です。このわたくしめは、ハツシモ様の忠実な部下でございます。妙案がございます。お聞きになっていただきたいのですが」
「ぜ、ぜひとも今、今すぐに、聞かせてくれ」
ハツシモは、ようやく身を乗りだした。万事動きがのろい彼には似合わず飛びあがるような勢いだ。
カメが突然ウサギになってしまったようである。
大神殿の内部の壁や天井や床の中には、いにしえの技術によって作られた指先程の小さな機械が多数埋めこまれ、そこでかわされた会話は導師に筒抜けだったがこの部屋に関しては、さすがにそんな機械がないのをイカヅチは知っていた。盗み聞きされる心配はない。
アオイの反対にも関わらずセセラギは、ヨイヤミ領への進行を計画したキリサメ軍の足軽として、軍勢に加わった。
その手には、支給された長槍を手にしている。
「必ず帰ってきて」
まっすぐに『夫』の顔を見つめながら、『妻』は、そう口にした。
「おなかにいる赤ちゃんのためにも」
アオイの発言にセセラギは、まるでカエルのように目を見開いた。
「いつわかった」
「三十夜前。でも、これから戦に行くと聞いて、心配させちゃあいけねえと……でも、隠せなかった」
震える声で、アオイは答えた。
「赤ん坊のためにも、必ず戻る」
「あたしと赤ちゃんは心配しないで。救貧院の人達の、助けもあるし」
「そうだな……ヨイヤミ公を成敗すれば、世の中は変わる。そうすればもう、飢えに苦しむ事もねえ。正義は、こっちにある」
アオイは、セセラギを強く抱きしめた。そうしてれば永遠に、彼を留めておけるような気がしたのだ。
*
キリサメ公率いる十万の大軍が、ヨイヤミ公領をめざして進軍を開始した。出発時には晴天だったにも関わらず、一時間後には空がにわかに曇りはじめ、長らく降らなかった雨が、滝のように降ってくる。
(やはり導師は天候を左右して、我らの進軍を阻もうとしているな)
が、ある意味これは好都合だ。長く続いた干ばつで、キリサメ公領は疲弊している。導師の狙いが豪雨による軍の疲弊にあるのは火を見るよりも明らかだったが、雨の恵みが大地を潤すのは、ありがたい。
進軍がやりづらくなったのも事実だ。地面がぬかるみ、歩兵も騎兵も歩くのに一苦労である。兵達の士気も落ちるのではないか。この三百年、戦はなかった。キリサメ公はじめ、末端の兵に至るまで訓練をしていたとはいえ実戦経験のない素人ばかりで、果たして実際の戦闘で上手く戦えるのかも不安である。
先日の戦いでは敵を撃退したものの、先祖代々伝わったいにしえの兵器に助けられたためでもあった。さらに問題なのは、この兵器が後何回、撃てるかわからないという事だ。
どんなからくりかわからぬが、それが銃である以上、どこかで弾切れになるだろう。また導師が何か、想像もつかぬ兵器で応戦するのも考えられた。何もいにしえの兵器はキリサメ公だけの専売特許ではないのだ。
ヨイヤミ公が送りこんできた殺人人形のような伏兵が待ち構えている可能性もある。不安は、空を覆う雨雲のように、次第につのるばかりだった。
*
「父上、折り入ってお願いがございます」
ハツシモが珍しく、そんな言葉を口にした。キリサメ軍の侵攻が始まる数日前の事である。
「一体何じゃ」
導師は、息子を横目で見ながら問いかける。
「どうかわたくしに、天候を支配する機械を見せてくださいませ」
いつになく強い語調だ。ヤマトの民が恐れる日照りも、実はいにしえより伝わる装置によって作られていた。そしてそれを知る者は、限られている。
「おぬしには早いと申したはず」
「この私ゆくゆくは、導師様の後を継ぐ者。是非共いにしえのからくりを見せていただきたいのです。もしも父上が私を導師の地位にふさわしくないと感ずるのなら、この場で斬って捨ててくだされ。偉大なる父上に斬られるなら、本望でございます」
常にはないきっぱりとした物腰で、普段息子を軽んじている導師のイシクレも、ほんの少しだけハツシモを見直そうという気になった。
「よかろう。キリサメ率いる賊軍が昼夜を五回繰り返すまでに居城を発ち、ヨイヤミ公領を進撃すると言う間者からの情報が入ってきておる。きゃつらにどう天罰を加えるか、その目でしっかと見届けるがよい」
その時から昼夜を三回繰り返した後キリサメ公率いる十万の軍勢が居城を出たという情報が、各地に放った間者から通信機でイシクレの元に届いた。いにしえより伝わる通信機を持ち、それを各地の隠密に持たせているのは、導師のイシクレだけである。
ヨイヤミ、キリサメ両公爵ですら、通信には鳥やのろしを使っていた。早速彼は息子を呼び、大神殿の一角にある開かずの間へと向かった。そこは導師と彼の承認を得た者しか入れぬ特別な場所である。
部屋に初めて入った息子は異世界のようなその空間に、言葉を失ったようだ。無理はない。イシクレが次期導師として最初に父に連れてこられた時、やはり今のハツシモのように、眼前の光景に魅入られたものだった。
そこにあるのは巨大なカメの甲羅のような金属製の機械で、やはり金属製の直径が十尺程ある太い管が何十本も複雑な経路を辿って縦横無尽にその装置から延びでており、作動するやかましい音を、ひっきりなしに立てている。
イシクレは驚愕に凍りつく息子を見ながら、思わず口に笑みを浮かべた。そして天候操作機の操作室へと歩き始めた。
巨大な機械室の隅に操作室がある。そこにはこのヤマトの国の各地を映したいくつもの立体映像が浮かんでいた。
立体映像の1つに侵攻中のキリサメ軍が映っている。騎兵と歩兵からなる総勢十万の軍隊だ。
「父上これは、いかにして映しだされているのでしょうか」
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