探偵は、死んではいけない

空川億里

文字の大きさ
6 / 9

第6話 第2の事件は、密室で

しおりを挟む
「もちろん、本物の銃じゃないですよ」
 美咲が笑う。
「全部モデルガンです。亡くなった夫の趣味なんです。こんなのも何点かありますよ」
 美咲が拳銃型のモデルガンを壁から外す。そして銃口を室内にあるキッチンに向けてトリガーを引く。すると筒先から水が噴き出す。
「水鉄砲ですか!」
「持ってみてください」
 美咲が水を出したモデルガンを差し出した。軽いと思いきや、それはずっしり重かったのだ。
「見かけも重さも実物そっくりですね」
 輪人が答えた。
「僕は一時期アメリカに住んでましてね。射撃場に行ったりして、銃はだいぶ勉強しました。アクション映画が子供の頃から好きなんで、銃には興味があったんです。ところで僕の部屋を用意してくださるという事ですが」
「そうですね。春屋敷に準備しています。私は明日夫の担当だった編集者と会う予定があるので、早く休みます」
「ベテランの方ですか?」
「若い方です。長年夫とタッグを組んできた方が去年亡くなって、代わりに担当になった人です。なのでこの家に来るのも2、3回ぐらいじゃないかしら? いつも原稿受け取ると、すぐ帰ってしまいますし」
「そっか。徳丸先生は今も手書きで書いてらしたから、編集者がその都度取りに来たんですね」
「そうなんです。典型的な昭和のアナログ派。パソコンを目の敵にしてました」
 輪人は美咲と別れ、屋敷を出た。その時は、まさか翌日あんなアクシデントが起こるとは予想もしなかったのである。



 新渡戸(にとべ)は、先日30歳になったばかりの編集者である。
 病気で急死したベテラン編集者に代わり、徳丸強の担当となったが、いくらもせぬうちにその徳丸は自宅で何者かに殺害された。
 新渡戸にとっては背中から銃で撃たれたようなショッキングな惨劇である。
 初めて大物作家の担当を任され、緊張を感じながらも、やりがいも抱いていたからだ。
 今日新渡戸は亡くなった徳丸の未発表原稿出版についての打ち合わせを美咲とするため徳丸邸に向かっている。
 朝10時に会う予定だったが、到着したのは朝9時半だ。春屋敷の1階で新渡戸を出迎えたのは、家政婦の巨勢詩織である。
「奥様は、春屋敷の2階にあるご自分の部屋にまだいらっしゃいますので、応接室の桜の間でお待ちください」
「ありがとうございます。それでは、待たせていただきます」
「美咲さんから聞きましたけど、先生の未発表原稿が出版されるんですってね! 楽しみです」
 詩織は徳丸強の熱狂的なファンで、自分からこの屋敷に売り込んで、家政婦になったという経緯があり、徳丸強の話をし始めると、いつまでたっても終わらないという性質の持ち主だ。
 が、家政婦としても有能なので、亡くなった作家にも徳丸夫人にも好かれていた。
 屋敷の窓や廊下が常にまるで鏡のようにピカピカに磨かれているのも詩織のおかげだと、夫妻は常日頃嬉しそうに語っていたのだ。
 葬儀の時の詩織の悲しみようもハンパではなく、亡くなった父とは仲の悪かった3人の子供達よりずっと暗い表情だった。
 むしろ3人の子供達と使用人の乾は、うるさい主人がいなくなり、せいせいしたという雰囲気を醸していたくらいである。
 そういった家庭内部の話は、亡くなった前の担当編集者から聞いてはいたが、徳丸強の葬儀がそれを、明らかにした感じであった。
 詩織の淹れたコーヒーを飲みながら待っていたが、朝の10時を過ぎても、美咲は姿を現さない。
 その時である。突如銃声が鳴り響いた。やがてドアが開いたが、顔を出したのは詩織である。表情が凍りついていた。
「た、多分奥様のいる2階です。2階にある梅の間へ行きましょう」
 梅の間とは、美咲の部屋だ。2人は階段で2階へ上がる。梅の間の扉には、梅の花の美麗なイラストが描かれていた。
 家政婦がドアをノックして美咲を読んだが返事はない。彼女はドアを開けようとしたが、ノブを回してガタガタやっても開かなかった。
 扉の横にスライド式の窓があった。カーテンはかかっていない。
 窓から中を覗いた詩織が驚愕の色を浮かべる。まるで時間が止まってしまったかのようだ。
 新渡戸が脇から一緒に恐る恐る中を見ると、ソファーに座った美咲がテーブルの上に上半身だけうつ伏せに倒れているのがわかる。
 テーブルの上には拳銃が置いてあり、そのグリップを、美咲の右手が握っていた。人差し指は、引き金にかかっている。
 その銃口は、美咲の顔の下にはさまれ、後頭部から血が出ている。詩織が窓を開けようとしたが動かない。
「これ、見てください。施錠されてます」
 家政婦は、窓の内側を指差した。
 確かに左右2つの窓が重なった部分の窓枠の中央から室内へ、棒型の錠の球体のつまみの部分が突き出している。
「外のベランダに面したアルミサッシは、ごらんの通り施錠されてます」
 詩織の主張通り、窓から見て正面にあるベランダのアルミサッシのクレセント錠が閉まっているのは、窓から見えた。
「つまりここは密室です。早く窓を割って、奥様を助けないと」
 聞き迫る表情で、詩織がそう口にする。まるでホラー映画に出てくるヒロインのようだった。


 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

処理中です...