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第11話 チェックメイト
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「なんとなく、ね」
そうつぶやいて苦笑したのは、及能だ。
「君がこれからなんとなくの推理を述べて間違ってたらどうするね? 大問題だとは思わないのか?」
「ここは法廷ではありません。いるのは私と先生だけです。これが真相なんじゃないかと話してみるのも一興かなと考えたんです」
「話してみたまえ」
所長の顔からすっかり笑みが消えている。
「今回の件は一見ありえない事件に見えます」
菜摘は、そう口にした。
「ロボットがやったのじゃなければ不可能な事件。でも、事件当日ロボットはいなかった」
「その通りだ」
科学者が、断定する。
「でも、そうじゃなかったらどうでしょう?」
「一体どこにいたのかね?」
「今日ここへ来た時に違和感を覚えた点がいくつかありました。1つは所長室にあった西洋風の鎧を着た人形です」
相手の質問には答えず、菜摘は別の要素について言葉を紡ぐ。
「最初ここに来た時は、あの人形は直立不動でした」
「何を言わんとしてるのか、さっぱりわからんね」
及能は、ナイフのような目つきをした。
「ところが今日来た時は、椅子に腰かけていました」
「私がちょっとポーズを変えただけだ。大した話じゃない」
及能は、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「今度の事件は一見不可能そうに思えます。夜7時にここを出た岩永先生は、最寄りの駅には現れませんでした。一方別棟近くの金網には、何者かがよじ登った跡があります。しかし脚の悪い岩永先生には無理ですし、敷地内に戻りたいなら、またセンターの出入口へと戻ればいいだけの話です」
所長はじっと、菜摘の顔を見ているきりだ。
「また仮によじ登ったとして、普通の体重の人間だったら、あんなふうに金網の穴が大きくなったりはしません。でもロボットなら別です。所長室にあった人形、あれはロボットなんじゃないですか? 失踪した岩永先生は、あの人形と同じぐらいの身長でした。ロボットの脚を動かす設定を変えて左脚を引きずらせ、岩永先生の代わりにロボットセンターを出たのでは? そして別棟付近まで来ると、金網をよじ登った。ロボットは体重が重いので、金網の穴が広がったわけです。無理な姿勢で歩いてきたので、ロボットの左脚がおかしくなり、直立不動の状態に戻すのが難しくなったんじゃないですか? それで及能先生は、ロボットを所長室に戻した時、椅子に座らせたわけですね」
「全て、君の推測に過ぎないじゃないか。後で間違ってたとわかったら、どうするつもりだ? それに君の推理が本当だとして、本物の岩永君はどこに行ったんだ?」
及能は、声を荒げた。
「今日ここに来た時からおかしいなとは思ってましたが、このライト・ウィング棟の付近に、なぜかハエがたかってるんですよね。ハエが好きそうな物もないのに。おそらくはこの下に、岩永先生の遺体があるんじゃないでしょうか?」
「ずいぶん飛躍した話だな。どうやってこの下に、岩永君の遺体を入れたんだ? 見ればわかるが、周囲に地面を掘った跡なんかないだろう」
「誰も地面を掘ったとは言ってません。あの後調べたんですが、このロボットセンターは、巨大ロボットに見立てた形にしたんですね。ドーム型の所長室が頭になり、ライト・ウィング棟が右腕、レフト・ウィング棟が左腕って事ですよね? 石崎先生に聞いたんですが、及能先生は岩永先生に『右の腰の調子が悪いので調べてほしい』と話してたそうですね。この右の腰というのは、巨大ロボットの形をしたセンターの腰だったのでは?」
菜摘は、追及をさらに続ける。
「右の腰の様子を見るためあなたは所長室からリモコン操作で右腕に当たるライト・ウィングを上に上げた。そして岩永先生が腰に近づいたタイミングで右腕を下におろした。そのまま岩永先生は潰されて死んでしまったというわけです」
「全部、推測じゃないか」
「推測かどうか、警察に来てもらえばわかります」
「本当に呼ぶ気かね? 証拠もないのに」
そこへ、タイミングよく津釜が現れた。
「春野さん、言われた通り所長室の人形を調べてきました」
津釜は、嬉しそうに報告する。
「人形じゃなく、やはり人間型のロボットでした。警察がちゃんと調べれば、今度の事件との関わりも判明するんじゃないですか?」
「チェックメイトというわけか」
及能は笑ったつもりのようだったが、その顔はひきつっている。
「しかし、ずいぶん大胆な賭けに出たもんだ」
「先生が、いつまで生きられるかわかりませんから。及能先生は、岩永先生の試みようとしていた軍事用ロボットの開発と輸出を阻止するために今度の犯行を計画したんですね? このプランはかなり杜撰とも言えます。いくら帽子を目深にかぶっていても、岩永先生に扮したロボットの正体を守衛さんに見破られる可能性はありましたし、ロボットが、そもそも及能先生の期待通りに動くかもわからなかった。でもそれを実行したのは、ご自身の命が長くないからですね」
「その通り。しかも私には妻子もいない。一人っ子だから兄弟姉妹もいなくてね。両親もすでに他界してる。犯人が私だと発覚しても、犯罪者の一族の汚名を着る者はいないわけだ。それもあって、今度の件を計画した」
「動機はやはり、岩永先生のロボットを軍事利用する発案が気に入らなかたからですか?」
「その通りだ。彼が死ねば次期所長は石崎君だ。石崎君も、軍事利用には反対の立場でね」
菜摘は、今の会話をハンドバッグにあるスマホで全て録音していた。場合によっては警察への提出もあり得るだろう。
その時である。突然及能が血を吐いて、苦しげに身を折った。
「大丈夫ですか?」
慌てて、菜摘は駆け寄った。
「どうやら私も長くはないな」
力ない声で所長がつぶやく。すぐに菜摘はスマホで119番に連絡した。やがて救急車が現れ、及能は連れて行かれる。
菜摘は警察にも電話して、岩永の失踪事件について説明する。その後で志賀に連絡し、今までのいきさつを説明した。
警察の捜査により、菜摘の推理は裏づけられた。
石崎がリモコンでセンターのライト・ウィング棟を上に動かすと、下から潰れた岩永の死体が見つかったのだ。
緊急入院した及能は警察に対して全てを自白した後死亡した。
ロボットセンターの所長には石崎が就任し、軍事ロボット開発の話は一旦立ち消えになる。
が、やがてまた軍事ロボット開発を考える者が現れるかもしれないし、日本がやらなくても外国でやるかもしれない。
軍事ロボットが現れなくても、戦車や軍用機などの兵器開発競争は続くのだろう。それを思うと、菜摘は暗澹たる気持ちになった。
そうつぶやいて苦笑したのは、及能だ。
「君がこれからなんとなくの推理を述べて間違ってたらどうするね? 大問題だとは思わないのか?」
「ここは法廷ではありません。いるのは私と先生だけです。これが真相なんじゃないかと話してみるのも一興かなと考えたんです」
「話してみたまえ」
所長の顔からすっかり笑みが消えている。
「今回の件は一見ありえない事件に見えます」
菜摘は、そう口にした。
「ロボットがやったのじゃなければ不可能な事件。でも、事件当日ロボットはいなかった」
「その通りだ」
科学者が、断定する。
「でも、そうじゃなかったらどうでしょう?」
「一体どこにいたのかね?」
「今日ここへ来た時に違和感を覚えた点がいくつかありました。1つは所長室にあった西洋風の鎧を着た人形です」
相手の質問には答えず、菜摘は別の要素について言葉を紡ぐ。
「最初ここに来た時は、あの人形は直立不動でした」
「何を言わんとしてるのか、さっぱりわからんね」
及能は、ナイフのような目つきをした。
「ところが今日来た時は、椅子に腰かけていました」
「私がちょっとポーズを変えただけだ。大した話じゃない」
及能は、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「今度の事件は一見不可能そうに思えます。夜7時にここを出た岩永先生は、最寄りの駅には現れませんでした。一方別棟近くの金網には、何者かがよじ登った跡があります。しかし脚の悪い岩永先生には無理ですし、敷地内に戻りたいなら、またセンターの出入口へと戻ればいいだけの話です」
所長はじっと、菜摘の顔を見ているきりだ。
「また仮によじ登ったとして、普通の体重の人間だったら、あんなふうに金網の穴が大きくなったりはしません。でもロボットなら別です。所長室にあった人形、あれはロボットなんじゃないですか? 失踪した岩永先生は、あの人形と同じぐらいの身長でした。ロボットの脚を動かす設定を変えて左脚を引きずらせ、岩永先生の代わりにロボットセンターを出たのでは? そして別棟付近まで来ると、金網をよじ登った。ロボットは体重が重いので、金網の穴が広がったわけです。無理な姿勢で歩いてきたので、ロボットの左脚がおかしくなり、直立不動の状態に戻すのが難しくなったんじゃないですか? それで及能先生は、ロボットを所長室に戻した時、椅子に座らせたわけですね」
「全て、君の推測に過ぎないじゃないか。後で間違ってたとわかったら、どうするつもりだ? それに君の推理が本当だとして、本物の岩永君はどこに行ったんだ?」
及能は、声を荒げた。
「今日ここに来た時からおかしいなとは思ってましたが、このライト・ウィング棟の付近に、なぜかハエがたかってるんですよね。ハエが好きそうな物もないのに。おそらくはこの下に、岩永先生の遺体があるんじゃないでしょうか?」
「ずいぶん飛躍した話だな。どうやってこの下に、岩永君の遺体を入れたんだ? 見ればわかるが、周囲に地面を掘った跡なんかないだろう」
「誰も地面を掘ったとは言ってません。あの後調べたんですが、このロボットセンターは、巨大ロボットに見立てた形にしたんですね。ドーム型の所長室が頭になり、ライト・ウィング棟が右腕、レフト・ウィング棟が左腕って事ですよね? 石崎先生に聞いたんですが、及能先生は岩永先生に『右の腰の調子が悪いので調べてほしい』と話してたそうですね。この右の腰というのは、巨大ロボットの形をしたセンターの腰だったのでは?」
菜摘は、追及をさらに続ける。
「右の腰の様子を見るためあなたは所長室からリモコン操作で右腕に当たるライト・ウィングを上に上げた。そして岩永先生が腰に近づいたタイミングで右腕を下におろした。そのまま岩永先生は潰されて死んでしまったというわけです」
「全部、推測じゃないか」
「推測かどうか、警察に来てもらえばわかります」
「本当に呼ぶ気かね? 証拠もないのに」
そこへ、タイミングよく津釜が現れた。
「春野さん、言われた通り所長室の人形を調べてきました」
津釜は、嬉しそうに報告する。
「人形じゃなく、やはり人間型のロボットでした。警察がちゃんと調べれば、今度の事件との関わりも判明するんじゃないですか?」
「チェックメイトというわけか」
及能は笑ったつもりのようだったが、その顔はひきつっている。
「しかし、ずいぶん大胆な賭けに出たもんだ」
「先生が、いつまで生きられるかわかりませんから。及能先生は、岩永先生の試みようとしていた軍事用ロボットの開発と輸出を阻止するために今度の犯行を計画したんですね? このプランはかなり杜撰とも言えます。いくら帽子を目深にかぶっていても、岩永先生に扮したロボットの正体を守衛さんに見破られる可能性はありましたし、ロボットが、そもそも及能先生の期待通りに動くかもわからなかった。でもそれを実行したのは、ご自身の命が長くないからですね」
「その通り。しかも私には妻子もいない。一人っ子だから兄弟姉妹もいなくてね。両親もすでに他界してる。犯人が私だと発覚しても、犯罪者の一族の汚名を着る者はいないわけだ。それもあって、今度の件を計画した」
「動機はやはり、岩永先生のロボットを軍事利用する発案が気に入らなかたからですか?」
「その通りだ。彼が死ねば次期所長は石崎君だ。石崎君も、軍事利用には反対の立場でね」
菜摘は、今の会話をハンドバッグにあるスマホで全て録音していた。場合によっては警察への提出もあり得るだろう。
その時である。突然及能が血を吐いて、苦しげに身を折った。
「大丈夫ですか?」
慌てて、菜摘は駆け寄った。
「どうやら私も長くはないな」
力ない声で所長がつぶやく。すぐに菜摘はスマホで119番に連絡した。やがて救急車が現れ、及能は連れて行かれる。
菜摘は警察にも電話して、岩永の失踪事件について説明する。その後で志賀に連絡し、今までのいきさつを説明した。
警察の捜査により、菜摘の推理は裏づけられた。
石崎がリモコンでセンターのライト・ウィング棟を上に動かすと、下から潰れた岩永の死体が見つかったのだ。
緊急入院した及能は警察に対して全てを自白した後死亡した。
ロボットセンターの所長には石崎が就任し、軍事ロボット開発の話は一旦立ち消えになる。
が、やがてまた軍事ロボット開発を考える者が現れるかもしれないし、日本がやらなくても外国でやるかもしれない。
軍事ロボットが現れなくても、戦車や軍用機などの兵器開発競争は続くのだろう。それを思うと、菜摘は暗澹たる気持ちになった。
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