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一章
何故このタイミングで?
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その日の午後。マリポーザの家の中は気まずい雰囲気に包まれていた。居間には祖母と両親、そしてマリポーザが並んでテーブルの席についており、両親に向かい合ってフェリペとアルトゥーロが座っていた。
「えーと」
フェリペは困惑した顔をしながらも両親に説明をする。
「お嬢さんは精霊術に関する特別な力をお持ちです。現在帝国では精霊術に力を入れており、精霊使いを少しでも増やしたいと皇帝陛下はお考えです。そのため、アルトゥーロ様の下でお嬢さんに精霊術を学んでもらうため、帝都に来ていただきたい所存であります」
「帝都に!」
父のエミリオは嬉しそうに目を輝かせ、母のマルガリータは不安そうに口を結んだ。
「マリポーザは、どうしたいんだい?」
マグダレーナは静かに孫娘を見つめた。
「わかりません」
マリポーザは首を振る。
「精霊術には興味があるし、とてもやってみたい。でも、家族や友達と離れて遠い帝都に行くのはとても、怖いです」
「帝都には何でもあるし、またとない大出世のチャンスだぞ」
そう言うエミリオの膝を叩いて黙らせ、マルガリータは
「無理に行かなくていいのよ」
と娘の手をぎゅっと握った。
「帝都に行っても村に戻って来れないわけではありません。頻繁に、とは言えませんが、なるべく村に戻って来れるようにします」
フェリペは優しく諭すようにマリポーザに言った。しかしマリポーザはうつむいたまま顔をあげない。
「少し、考える時間をください」
その夜、アルトゥーロの部屋でアルトゥーロとフェリペはワインを傾けていた。
「俺たちが帰るタイミングで、マリポーザも一緒に帝都に連れて行くぞ」
「何でそんな急なんですか。新年祭の前に、少女を家族から離して連れ去るなんて、まるで人さらいだ」
フェリペは片手で額を抑えてため息をつく。
「弟子をとれとうるさいのは、皇帝やお前達だったろう」
「それはそうですけれど。今のこの季節じゃ帝都に戻るのに十日以上は確実にかかるでしょう。雪が積もっていて野営はできないし、村々をわたってこまめに休憩をいれていっても、女の子には過酷すぎる。僕たちだって生きるか死ぬかのすれすれだ」
「だがここで連れ帰らなかったら、次はいつこの村に来れる? 春まで待って心変わりでもされたらどうするんだ。せっかく見つけた精霊術の素養がある人間を、みすみす逃したと知ったら、あの皇帝はどうするかな」
フェリペはもう一度ため息をついた。
「なんらかの処罰はあるでしょうね。でも、精霊使いとその弟子を凍死させたら、僕の首が危ういんですけど」
「大丈夫だ。俺たちが凍死する時はお前も死んでいる」
「それ全然大丈夫じゃないですよね」
「本格的な冬になる前に帰るつもりだったんだがな」
二人はそこで黙った。本当は依頼をこなしていたからだけで、日程がこんなに押したんじゃない。フェリペは再びため息をつく。この旅の途中、何回か何者かに襲われたのだ。
最初の襲撃は帝都を出てひと月ほど経った頃だった。
柔らかな芽吹いたばかりの新緑が眩しい、初夏の午後だった。広めの街道を一列に並んで、馬車と馬の一団は次の村へと向かっていた。アルトゥーロの乗った馬車を中心にして陸軍の馬が前方後方に五騎ずつ連なって進む。アルトゥーロの馬車のすぐ前をフェリペが進んでいた。
風が爽やかに吹き、鳥のさえずりや動物の鳴き声が賑やかに響く。のんびりと雑談をかわしながら道を進んでいたその時。突然鳥がさえずりをやめ、羽音を立ててどこかへ飛んでいく。
不穏な空気を感じ取り、意識する前にフェリペは剣を抜いていた。ジョルディやフェルナンドら部下達もアルトゥーロを背にして円を描くように囲む。
斜め前方にちかっと何かが光った。フェリペは向かってきた矢を剣で払い落とす。驚いた馬車馬がいなないて前足を大きく浮かせ、馬車が激しく揺れる。御者の操縦が効かずに馬がそのまま暴走し、一人で走り出す。
「何事だ?」
アルトゥーロは馬車の中で叫んだ。
「えーと」
フェリペは困惑した顔をしながらも両親に説明をする。
「お嬢さんは精霊術に関する特別な力をお持ちです。現在帝国では精霊術に力を入れており、精霊使いを少しでも増やしたいと皇帝陛下はお考えです。そのため、アルトゥーロ様の下でお嬢さんに精霊術を学んでもらうため、帝都に来ていただきたい所存であります」
「帝都に!」
父のエミリオは嬉しそうに目を輝かせ、母のマルガリータは不安そうに口を結んだ。
「マリポーザは、どうしたいんだい?」
マグダレーナは静かに孫娘を見つめた。
「わかりません」
マリポーザは首を振る。
「精霊術には興味があるし、とてもやってみたい。でも、家族や友達と離れて遠い帝都に行くのはとても、怖いです」
「帝都には何でもあるし、またとない大出世のチャンスだぞ」
そう言うエミリオの膝を叩いて黙らせ、マルガリータは
「無理に行かなくていいのよ」
と娘の手をぎゅっと握った。
「帝都に行っても村に戻って来れないわけではありません。頻繁に、とは言えませんが、なるべく村に戻って来れるようにします」
フェリペは優しく諭すようにマリポーザに言った。しかしマリポーザはうつむいたまま顔をあげない。
「少し、考える時間をください」
その夜、アルトゥーロの部屋でアルトゥーロとフェリペはワインを傾けていた。
「俺たちが帰るタイミングで、マリポーザも一緒に帝都に連れて行くぞ」
「何でそんな急なんですか。新年祭の前に、少女を家族から離して連れ去るなんて、まるで人さらいだ」
フェリペは片手で額を抑えてため息をつく。
「弟子をとれとうるさいのは、皇帝やお前達だったろう」
「それはそうですけれど。今のこの季節じゃ帝都に戻るのに十日以上は確実にかかるでしょう。雪が積もっていて野営はできないし、村々をわたってこまめに休憩をいれていっても、女の子には過酷すぎる。僕たちだって生きるか死ぬかのすれすれだ」
「だがここで連れ帰らなかったら、次はいつこの村に来れる? 春まで待って心変わりでもされたらどうするんだ。せっかく見つけた精霊術の素養がある人間を、みすみす逃したと知ったら、あの皇帝はどうするかな」
フェリペはもう一度ため息をついた。
「なんらかの処罰はあるでしょうね。でも、精霊使いとその弟子を凍死させたら、僕の首が危ういんですけど」
「大丈夫だ。俺たちが凍死する時はお前も死んでいる」
「それ全然大丈夫じゃないですよね」
「本格的な冬になる前に帰るつもりだったんだがな」
二人はそこで黙った。本当は依頼をこなしていたからだけで、日程がこんなに押したんじゃない。フェリペは再びため息をつく。この旅の途中、何回か何者かに襲われたのだ。
最初の襲撃は帝都を出てひと月ほど経った頃だった。
柔らかな芽吹いたばかりの新緑が眩しい、初夏の午後だった。広めの街道を一列に並んで、馬車と馬の一団は次の村へと向かっていた。アルトゥーロの乗った馬車を中心にして陸軍の馬が前方後方に五騎ずつ連なって進む。アルトゥーロの馬車のすぐ前をフェリペが進んでいた。
風が爽やかに吹き、鳥のさえずりや動物の鳴き声が賑やかに響く。のんびりと雑談をかわしながら道を進んでいたその時。突然鳥がさえずりをやめ、羽音を立ててどこかへ飛んでいく。
不穏な空気を感じ取り、意識する前にフェリペは剣を抜いていた。ジョルディやフェルナンドら部下達もアルトゥーロを背にして円を描くように囲む。
斜め前方にちかっと何かが光った。フェリペは向かってきた矢を剣で払い落とす。驚いた馬車馬がいなないて前足を大きく浮かせ、馬車が激しく揺れる。御者の操縦が効かずに馬がそのまま暴走し、一人で走り出す。
「何事だ?」
アルトゥーロは馬車の中で叫んだ。
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