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三章

山火事の精霊術ショー

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「フェリペさん、皇帝陛下も一緒に行くってどういうことなんでしょうか?」
「陛下はこの山火事の鎮火を、精霊使いの、ひいては陛下の権威を確固たるものにするイベントにする気なんだろう」
「イベントって……見せ物じゃないんですから」

 マリポーザの言葉に「見せ物なんだ」と苦々しげにフェリペは返す。
「陛下お抱えの精霊使いが、大規模な山火事を一瞬で鎮火すれば、人々に畏怖の念を抱かせることができる。そのパフォーマンスに陛下も立ち合いたいのさ」
「パフォーマンスだなんて、そんな言い方は不謹慎です。山火事の被害を最小限にするために、そして困っている人を助けるために、精霊術を使うんですから」
 フェリペの背中につかまりながら、マリポーザは憤った。フェリペがどんな顔をしているのか、マリポーザからは見えない。しかしなんだか、いつもの彼らしくない、とマリポーザは感じる。

「ともかく、皇帝陛下もその場に立ち合う。急なことなので大人数ではないが、僕たち陸軍中央部隊特殊任務班に加えて、皇帝直属護衛軍も同行する。なので前回の旅よりは大所帯になるな。
 君とアルトゥーロさんは準備ができ次第、我々特殊任務班と出発する。陛下はそれより半日か一日遅れて出発。君たちが現場に到着したら下見と準備を頼む。陛下が着いたらすぐに精霊術を行なえるようにすること、とのことだ。
 幸い、帝都から火事が起こっている山まで距離はそんなに離れていない。南西に向かって三、四日も馬車で走れば着くだろう。もうだいぶ雪が溶けているので、そんなに時間はかからないはずだ」
 フェリペは必要なことを伝えてマリポーザを研究所の目の前で馬上から降ろすと、きびすを返して自宅へと馬で走っていった。

 
 慌ただしく荷造りをしてアルトゥーロ一行はその日の夜半には帝都を出発した。フェリペの言った通り、馬車に揺られて四日ほどで山火事の現場に着く。

 インヴィエルノ帝国には山林が多くあり、山火事が起こること自体は少なくない。だが今回の山火事は、数十年以来もしくは数百年以来の規模とも言われる大惨事だった。
 山火事の現場では、昼夜問わず空が炎で真っ赤に染まっていた。いくつもの山から白い煙があがり、火の粉が宙を飛んでいる。燃える樹々が黒いシルエットとなってそびえ、見る者を威嚇する。

 現場に着いてマリポーザは惨状に息をのんだ。しかしアルトゥーロは動揺した様子を見せず、現地の地形や風向きをてきぱきと調べ始める。マリポーザが狼狽して右往左往している間に、どこで精霊術を行なうのがいいか見極め、精霊術を行なう場所を迅速に決めていく。その間にフェリペはきびきびと部下に命令を下してアルトゥーロの手助けをしながらも、地元領主の地方警備軍と協力をしながら付近の村民の避難を手伝っていた。

 一日遅れで皇帝が到着し、夕刻にはいよいよ精霊術の儀式が始まった。
 アルトゥーロは、火の粉が舞う山の麓に精霊術の魔法陣を描き、そこに陣取った。マリポーザはアルトゥーロのすぐ側に追随する。フェリペら特殊任務班の兵士は、魔法陣から少し離れた位置に待機した。皇帝と護衛軍は、山火事の現場を見下ろせる、火の手が届いていない山の頂上に天幕を張った。地元領主であるアマドキント子爵も皇帝の天幕側に待機し、精霊使いの動向を見守る。皇帝の天幕に飲み物や食べ物を差し入れして、ショー見物と決め込む様子だ。

 準備が整った時には黄昏時になっていた。空は暮れなずみ、夕焼けと炎が空を真っ赤に染めていた。
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