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三章

友情か家族か

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 その夜、フェリペが家に帰ってこのことを話すと、フアナは動揺し激昂した。

「それってつまり、事故を起こした責任を全部アルトゥーロさんとマリポーザに押し付けるっていうことですわよね? 
 精霊使いを大々的に広めて政策に取り入れようとしていたのは陛下ご自身ですもの。事故ではなく事件にしてしまえば、陛下の責任は問われにくい。アルトゥーロさんたちを悪者にすれば、誰も責任を取らなくてすみますわね、可哀想なアルトゥーロさんとマリポーザ以外は! 死者に鞭打つような真似をして、恥ずかしくないのですか?」 

 普段は滅多に大声を出さないフアナがフェリペに詰め寄る。フェリペはフアナの肩に両手を置いて目をまっすぐ覗き込む。

「フアナ、よく聞くんだ。裁判にかけられることが決定しただけで、まだマリポーザにどんな処分が下るかは決まっていない」
「ごまかさないで! 裁判なんてなんの意味もないですわ。ようするに皇帝陛下のお気持ち次第でどんな処罰にもなるということですわよね?」
 フェリペは言葉に詰まった。フアナが言っていることは正しい。

 インヴィエルノ帝国の裁判では皇帝と軍上層部、それに大神官や庁長官らが出席し、被告人に対し判決を下す。しかし、法や規則に基づいて裁く、というよりは権力者たちの都合のいいように事を運ぶことが多かった。

 ましてや「精霊使い」は以前から敵だらけだったのだ。太陽神を崇める神官は精霊使いが精霊信仰に結びつくとして良い顔をしていなかったし、軍と政治の上層部も、上級貴族でないアルトゥーロが特別参謀の地位を得たことを快く思っていなかった。その弟子の村娘がどうなろうと、痛くも痒くもないだろう。

 あとは、皇帝陛下がどうしたいかだけだ。精霊術を使うという政策をこのままマリポーザを使って進めたいのか、それともこの事故を機にすっぱりと諦めるのか。

「お兄様たちは勝手だわ! マリポーザを村から連れ出して、精霊使いの弟子とさんざん持ち上げて。それで自分たちの都合が悪くなると、簡単に見殺しにするのね」

「フアナ、落ち着いてよく聞いてくれ。僕たちの立場は今とても危ういんだ。僕はアルトゥーロさんの護衛としてずっと旅を共にしてきた。お前とマリポーザの仲が良かったことも知られている。下手をしたら、僕たちまで処罰の対象になりかねない。

 父上と母上が謀略や策略には向いていない、おっとりとした性格なのはお前もよくわかっているだろう? それなりの地位はあっても政治上の駆け引きはまるでできないんだ。
 お前がマリポーザを思う気持ちはよくわかる。僕だってまだアルトゥーロさんが死んだ事を受け入れられないんだ、本当は。あの人は偏屈で頑固で、人のことはまるで考えない自己中心的な人で……。けれど悪い人じゃなかった。口は悪いけど、裏表がない性格だったから、話していて気楽だったよ。

 でも、だからって、彼らをかばって家族を失うわけにはいかないんだ。お前や父上、母上が処刑されるのだけは何としても避けなくては……」

「それでも無実の人間を見殺しにして良い理由にはなりませんわ」
 フェリペを下から睨みつける紫の瞳は、怒りで燃え上がるように光っていた。
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