31 / 69
三章
兄妹の間で揺れる影
しおりを挟む
フアナは肩に置かれたフェリペの手を振り払う。
「私は、一生忘れませんわ。可哀想なボニータ! ボニータがコンステラシオン前陛下に捕まったとき、お兄様もお父様も、皆がおっしゃったわ。『あんなに小さな子が処刑されるなんてありえない。心配しなくて良い』って。
でも殺されてしまった! 伯父さまの、皇配陛下と愛人の間の子どもとして、生まれてしまったから。あの子には何の罪もないのに!
最後にボニータに会ったときは、やっと歩き始めたばかりでしたわ。私と『いないいないばあ』をして遊んだのよ。でも『いないいないばあ』って言ったら、ボニータは顔でなくてなぜか口と耳を小さな手で隠してね。おかしくてしかたがなくて、次にお会いする時は上手にできるようになってるのかしら、なんてお母様と一緒にお話していたのに。
あんな小さな子が捕まったっていうのに、私たちは何もしなかった。『処刑されるわけがない』って言い訳をして、結局見殺しにしたんだわ」
一気にまくしたてて、フアナは肩で息をついた。フアナとフェリペの間に気まずい沈黙が訪れる。しばらくして、フアナは疲れ果てたように呟いた。
「私、皇帝陛下に手紙を書いてみますわ。もしまだ、私のことを覚えていて下さったら、聞いていただけるかも知れないから……」
出て行くフアナをフェリペは止めようとしたが、思い直して何も言わず椅子に座り込む。
(気の済むようにさせよう。それで少しでも気が休まるなら……)
手紙を出す前に自分が内容を確認して、まずいようなら陰で握りつぶせば良い。そう考えてフェリペは自嘲気味に笑った。
「帝都は、ずるの塊か……。本当にそうですね、アルトゥーロさん」
薄暗い部屋の中、椅子に座ったままフェリペは一人、目を閉じる。ボニータの顔に続いて、あの山火事の日の様子がありありと瞼の裏によみがえった。
山火事を目の前にし、アルトゥーロが魔法陣の真ん中に立つ。マリポーザがそのそばに控える。そしてフェリペの部隊は精霊術の邪魔にならないよう、少し離れた位置から魔法陣を半円に囲んでいた。
そこまではいつも通りだった。
フェリペの位置からはアルトゥーロの背中と燃える山が見えていた。火の粉が舞い、足元も白い煙でくすぶってはいたが、視界を遮るほどではなかった。しかし胸騒ぎがおさまらない。皇帝が同行すると聞いたときから、なんだか嫌な予感がずっとしていたのだ。
アルトゥーロの呪文の詠唱で炎が瞬時に消えたとき、心の底からほっとした。嫌な予感が杞憂に終わってよかった、と。
そう、その瞬間、油断をしたのだ。
「私は、一生忘れませんわ。可哀想なボニータ! ボニータがコンステラシオン前陛下に捕まったとき、お兄様もお父様も、皆がおっしゃったわ。『あんなに小さな子が処刑されるなんてありえない。心配しなくて良い』って。
でも殺されてしまった! 伯父さまの、皇配陛下と愛人の間の子どもとして、生まれてしまったから。あの子には何の罪もないのに!
最後にボニータに会ったときは、やっと歩き始めたばかりでしたわ。私と『いないいないばあ』をして遊んだのよ。でも『いないいないばあ』って言ったら、ボニータは顔でなくてなぜか口と耳を小さな手で隠してね。おかしくてしかたがなくて、次にお会いする時は上手にできるようになってるのかしら、なんてお母様と一緒にお話していたのに。
あんな小さな子が捕まったっていうのに、私たちは何もしなかった。『処刑されるわけがない』って言い訳をして、結局見殺しにしたんだわ」
一気にまくしたてて、フアナは肩で息をついた。フアナとフェリペの間に気まずい沈黙が訪れる。しばらくして、フアナは疲れ果てたように呟いた。
「私、皇帝陛下に手紙を書いてみますわ。もしまだ、私のことを覚えていて下さったら、聞いていただけるかも知れないから……」
出て行くフアナをフェリペは止めようとしたが、思い直して何も言わず椅子に座り込む。
(気の済むようにさせよう。それで少しでも気が休まるなら……)
手紙を出す前に自分が内容を確認して、まずいようなら陰で握りつぶせば良い。そう考えてフェリペは自嘲気味に笑った。
「帝都は、ずるの塊か……。本当にそうですね、アルトゥーロさん」
薄暗い部屋の中、椅子に座ったままフェリペは一人、目を閉じる。ボニータの顔に続いて、あの山火事の日の様子がありありと瞼の裏によみがえった。
山火事を目の前にし、アルトゥーロが魔法陣の真ん中に立つ。マリポーザがそのそばに控える。そしてフェリペの部隊は精霊術の邪魔にならないよう、少し離れた位置から魔法陣を半円に囲んでいた。
そこまではいつも通りだった。
フェリペの位置からはアルトゥーロの背中と燃える山が見えていた。火の粉が舞い、足元も白い煙でくすぶってはいたが、視界を遮るほどではなかった。しかし胸騒ぎがおさまらない。皇帝が同行すると聞いたときから、なんだか嫌な予感がずっとしていたのだ。
アルトゥーロの呪文の詠唱で炎が瞬時に消えたとき、心の底からほっとした。嫌な予感が杞憂に終わってよかった、と。
そう、その瞬間、油断をしたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる