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三章

憂鬱な朝

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 フアナは気分が優れないと言って自室に戻った。執事にフアナを頼むと、フェリペはジョルディとフェルナンドが乗って来ていた馬車に乗り込む。


 馬車で陸軍庁舎に向かう途中、街中ではいつもより軍人が多く警戒しているのが目についた。店を開けようとする商人や、起きだした街の住人たちは、いつもと違う空気を感じているようだった。しかし不審そうな顔はしつつも、自分たちとは関係ないと思っているのか、大きな騒ぎになっている様子はない。

 フェリペはまだ眠気冷めぬ頭であくびをかみ殺していると、正面に座っているジョルディが大きなあくびをした。

「上官の前でよくもまあ、堂々とあくびができるな」
 精霊使いの護衛として長旅をともにし、その性格に慣れているせいか、怒る気もせず呆れて言うと、ジョルディはさすがに頭をかいた。
「昨夜は久々にこいつと飲みにいったんで」

「フェルナンドとか?」
 フェリペは驚いてフェルナンドを見る。職務上よく一緒にはいるが、仲が良いようには見えない。やはりと言うべきか、フェルナンドは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「最悪でしたよ。さんざん飲んで大声で騒いで、あっという間に酔いつぶれてしまったんで、置いて帰ろうかと思いました」
「それが意外とこいつは人情味があってよ。明け方近くに起こされて一緒に宿舎に戻ってきたらこの騒ぎで」
 ジョルディは、ばあんっと力任せに隣のフェルナンドの背中を叩き、フェルナンドは思い切り顔をしかめた。意外な一面もあるもんだ、とフェリペが思っていると、フェルナンドは曲がった襟を直しながらフェリペに尋ねた。

「大尉は昨日、伯爵夫人の誕生日パーティに出席されたんでしたよね」
「ああ、毎年招待していただいていてね。夫人にはいつもよくしていただいているよ」
 フェリペは物憂げに言う。

「伯爵夫人だけじゃないですよね、大尉のファンは。帝都にいる間はほとんどパーティ三昧なんじゃないですか? よりどりみどりで良いですよね、上級貴族の大尉殿は」
 ジョルディがこめかみに青筋を立ててすごみながらフェリペに顔を近づける。

 フェルナンドは汚い物をみるように顔をしかめてそっぽを向く。
「お楽しみは結構ですが、どこかの貴族に決闘を申し込まれるような真似だけは、くれぐれもしないでくださいよ」

「ひがむんじゃないよお前達。僕がそんな無粋な真似をするとでも思っているのかい? 
 それにここのところ気が滅入ることばかりだし、少しばかり羽目を外したって罰は当たらないだろう?
 どうやらまた、忙しくなりそうだしね」
 フェリペの言葉にジョルディとフェルナンドは表情を引き締めた。
 
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