上 下
40 / 69
四章

一方、帝都では……

しおりを挟む
 早朝から呼び出されて、上官である陸軍大佐の部屋でフェリペが聞いたのは嫌みとお小言だった。開口一番に言われたのが「お前じゃないだろうな、マリポーザを逃がしたのは」である。

 フェリペは姿勢を正したまま一言「決してそのようなことは致しません」と言いつつ、心中穏やかではなかった。

「まあ今回の事件が起きたのは宮殿内だったので、護衛軍の管轄だったのが不幸中の幸いだ。これ以上陸軍としての失態は避けたいからな」
 ブルーノ・デ・アブスブルゴ陸軍大佐は机の上で手を組み、眉根をこれ以上寄せられないほど寄せて渋面を作っていた。

 デ・アブスブルゴ陸軍大佐も色々と大変なのだろう、とその苦りきった顔を見ながら同情しなくもなかったが、結局は陸軍の体面のみが大事か、とフェリペは怒りを覚えてもいた。今さらそんなわかりきったことに怒っても仕方がない、と思いつつも、悶々とした怒りがくすぶる。

「本当にお前は何も知らないんだな?」
「全くもって存じ上げません。マリポーザを逃がしても余計事態を悪くするばかりです。正直に申しまして、あまり意味がある行為とは思えません」

「そうなんだ。そこなんだよ。短絡的で子どもじみている。少女がたった一人で、普通だったら逃げ切れるわけがないんだ」
「逃がしたのは子どもの仕業だと?」
「実は昨夜、見張りの兵士が宮殿の庭を走っている人影を見たらしい。暗くて遠目だったのではっきりしないが、どうやら少女と少年だったそうだ」
「それがマリポーザだったというのですか?」
「まだわからない、その少年が誰なのかも」
 そう言って意味有りげに大佐は黙る。

 この宮殿の敷地内で、夜中に自由に歩き回れる少年……? 貴族の子息か、小柄な兵士の可能性もあるけれど……。フェリペが口を開きかけると、大佐は突然話題を変えた。

「デ・アラゴニア・エスティリア大尉に、マリポーザの探索を命ずる。マリポーザの故郷の村に行って、彼女が帰っていないかどうか捜索をしろ。また言わずもがなだが、行く道中も目を光らせ、決して見逃すな。
 見つけ次第生きたまま捕捉しろ。重要な参考人だ、決して殺すな。以上だ」
「はっ」
 フェリペは敬礼し、部屋から退出しようとする。その背中に言葉が追いかけて来た。

「それとな。例の特別参謀が襲われた襲撃事件。あれもまだ解決していないからな。
 けが人がいなかったことと、アルトゥーロ・デ・ファルネシオ特別参謀が死去した件でうやむやにはなっているが、あの件も調査するように。
 どちらも情をかけるんじゃないぞ」
 フェリペは再び敬礼をし、部屋をあとにした。

 確かに特別参謀と特殊任務班を襲って来た襲撃事件も未だ解決していない。しかしマリポーザの村から帝都に戻って来て以来何も起こっていない上に、特別参謀亡き今、もう襲ってくる心配はないだろう。

 そうするとやはり、今はマリポーザを探すことが先決だ。

 宮殿の敷地からも街からも出た形跡がないのに、故郷のニエベ村に戻っているとは思えないけれど……。それでもせめて手がかりだけでも見つけ出せれば。

 フェリペは廊下を歩きながら、手に持っていた軍帽をかぶる。
(どこに行ったんだ、マリポーザ。無事でいてくれよ……)
しおりを挟む

処理中です...