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五章

カルロスと鳥

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フェリペたちはマリポーザの故郷を丹念に捜索したが、予想通りマリポーザは見つからなかった。

「だから言っただろ、この村には帰って来てないって」
 村長の家を倉庫から馬屋まで探し終え、フェリペが引き上げようとしていた時に、少年のハスキーボイスが聞こえる。振り向くと、村長の孫のカルロスが、玄関先で腕を組んで立っていた。

「ああ、いなかった。別の場所を探すとするよ」
「あてがあるのかよ」
「なくもない」
「なんだいそれ、だったら先にそっちを探せよ」
 敵意むき出しのこの少年は、今にも噛み付いて来そうだ。

「そうもいかないんだ。大人の世界では順番も大事なんだよ」
 フェリペの言葉に、カルロスは軽蔑をしたように「はっ」と吐き捨てた。
「何が大人の世界だ。俺はあんたを許さねえぞ。マリポーザを騙して帝都に連れて行きやがって。このままあいつが帰ってこなかったら、俺はあんたを一生許さねえ」

「おい、ガキ。お前誰に向かって……」
 額に青筋を立ててジョルディが腕をまくるのを、フェリペは片手をあげて止める。
「許されなくてもかまわないよ。そんなことは望んでない」
「ふざけんなよ。お前言ったよな。マリポーザを守るって。
 俺だって、本当は……。本当は、俺がマリポーザを守りたかった。だからあいつを引き止めたんだ。だけどあいつは行っちまった。自分の意志で」
 カルロスは唇を噛み締めた。

「だから、頼むよ。あんたには頼みたくないんだけど、それでももう、あんただけが頼りなんだ。マリポーザを助けてやってくれ」
「できるだけのことはしよう」
 フェリペが言うと、カルロスは顔をしかめて笑った。
「あんた変な貴族だな。任せておけ、なんとかしてやるって、適当に口約束をしておけばいいのに。嘘つきなくせに、肝心なところで嘘がつけねえんだ」

 そして、「これ」と言って大事そうに箱を差し出した。フェリペが箱を開けると、中にはアルトゥーロが連絡用に使っていた紙の鳥が入っている。
「それ、俺が折ったんだ」
 カルロスが照れたように笑う。

「前の精霊使いが死んでも、マリポーザだって精霊使いなんだろ? だったら、マリポーザのところに飛んでいかないかと思って、何回か試してみた。でも俺がヘタクソだったせいか、ぜんぜん飛ばなかったんだけど」
 カルロスは悲しげな顔になった。

「これが役に立つかはわかんないけど、持って行ってくれ。俺にできるのはこんなことぐらいだから」
「わかった。ありがとう」
 フェリペは箱をしっかりと抱えた。
 この鳥を使ってマリポーザと連絡をとれるとは思わなかったが、カルロスの気持ちをむげにするのも気が引けた。

「あいつ、男っすね。マリポーザも隅におけないなあ」
 カルロスと別れて村から出る途中、ジョルディは腕組みをしながら、うんうんと一人で頷く。
「惚れた女のために、せめて自分のできることを、ってか。まだガキなのに、泣かせるよなあ」
「我々も、彼の気持ちを無駄にしないようにしないと。さっき大尉は次に探すあてがあるとおっしゃっていましたが、どこを探すつもりですか?」
 フェルナンドが箱を丁寧に梱包し、馬の背に積む。フェリペは馬を撫でながら言った。
「決まってるだろ、研究所だ」
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