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五章

手がかりを探して

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 フェリペは帝都に戻ってすぐ、ブルーノ・デ・アブスブルゴ陸軍大佐に報告をした。マリポーザが村にいなかったという報告に、デ・アブスブルゴ大佐は「やはりな」という顔をしただけで、特に落胆する様子もなかった。

「そこで、研究所を捜索する許可をいただきたいのですが」
「あそこは散々探したぞ。隠し部屋もないし、地下があるわけでもない。あの屋敷を設計した建築家や、建てた大工たちまで総動員して探したんだ」
「マリポーザは何らかの精霊術を使ったのではないかと思います。もし使ったのであれば、デ・ファルネシオ特別参謀らと長く行動を共にした我々なら、何か気づくことがあるかもしれません」
「なるほど。一理あるな。よし、捜索を許可する。必ず手がかりを探し出せ」
「はっ」
 フェリペは敬礼をした。

「とは言ってもよお……」
 ジョルディが研究所を捜索しながらぼやく。
「もうあらかた探し尽くしてるんすよ。ほかに何があるっていうんすか」
「そうですよ、大尉。精霊術の文献なんて見たところで、何が書いてあるのか私たちにはわからないんですから」
 珍しくフェルナンドがジョルディの意見に賛成する。マリポーザの捜索のため、研究所はいたるところがひっくり返され、精霊術の書物や魔法陣などが床や机に乱雑に積み重なっていた。

 物が壊されているということはないが、棚や机などの扉という扉や引き出しが全て開かれ、床には物が散乱して足の踏み場もない。
「いいから精霊術の資料をすべて集めて見ていくんだ。何か気になることがあったら報告しろ。マリポーザの手がかりが絶対にあるはずだ」
 半信半疑の部下たちに命令しつつ、フェリペは目についた精霊術の書物を手にとり、中を開いて内容を確認していく。

 半日ほど全員で精霊術の資料や書物に目を通したが、アルトゥーロの悪筆もあってか解読するのがほぼ不可能と思われた。
 フェリペは根気よく目を通していた書物を閉じ、大きく伸びをする。今のところは何の手がかりもない。簡単に見つかるとは思っていないが、それにしても、いつになったら何か見つかるのか……、と意味難解な書類の山を目の前に憂鬱になったとき、ふと思いつく。

「フェルナンド、あの箱持って来てくれ。マリポーザの村で渡された、手紙の箱だ」
「あれですか?」
 そばで険しい顔をして魔法陣を睨んでいたフェルナンドは、何に使うんですか、と不思議そうに箱を持ってきた。
「鳥が飛べばいいな、と」

「飛びませんよ。誰も精霊術を使えないんですから」
 そっけなく言いながらもフェルナンドは箱を開けるフェリペを興味深げに見ている。フェリペの行為に興味があるというよりは、ただ単に精霊術の資料を見ているのに嫌気がさしているだけのようだが。

 フェリペは、カルロスが鳥の形に折った白い紙を取り出した。その紙を箱の中に入っていた魔法陣の上に置き、アルトゥーロがいつもしていたように、小瓶の中に入っている粉を紙に振りかける。
(この粉は、精霊術をかけた特殊な砂だって、アルトゥーロさんが前に自慢してたな)
 たった数ヶ月前のことなのに、なんだか随分と昔のことのように思える。

 フェリペとフェルナンドが注視するなか、白い紙の鳥はぴくりとも動かない。
「やっぱり、受け取る人がいないとだめか……」
 フェリペは宙を仰ぎ、フェルナンドは盛大なため息をついた。
「さて、どうするか……」
 フェリペが机にほおづえをついた時、白い紙の鳥が、すうっと動いた。風に吹かれたのか、と一瞬思ったが、今は窓を開けていない。
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