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五章

フェリペの決断

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 長い沈黙のあと、フェルナンドが口火を切る。

「そうですよ。私は我慢がならなかった。たかが階級の低い貴族の家に生まれたってだけで、能力があっても出世できない。どんなに努力しても、意味がないんだ。爵位が高いだけの能無しばかりが進級する。実力もないくせに、威張るだけしか出来ない馬鹿ばっかりが出世するんだ。

 精霊術師との旅も苦痛で仕方なかった。大道芸みたいな見せ物のために何ヶ月も田舎を回って。食べ物はまずいし、待遇も悪い。大勢の人間と同じ部屋で雑魚寝するのも飽き飽きだ。

 私みたいに優秀な人間がなんでこんな目にあわないといけないんだ、と思うと腹が立って腹が立って、仕方がなかった」

「だから、仲間を襲わせたのか。そんなことのために」
「でも誰も死んでいないし、怪我もしていない!」
「誰かが死んだり怪我をしてもおかしくなかっただろう。たまたま運がよく全員が無事だっただけだ」
「そんなミスはしない! ジョルディの馬鹿だって馬術だけは上手いし、もし万が一何があっても私の応急処置でなんとでもなった」
「お前は自分を過信しすぎだ」
 フェリペはまっすぐにフェルナンドを見た。フェルナンドは屈辱で真っ赤になる。

「今、お前はジョルディを馬鹿だと言ったけどな。あいつは確かに馬鹿だけど、お前が思うほど馬鹿じゃないぞ」
「どういう意味ですか?」
 フェルナンドは噛み付くようにフェリペを見る。

「お前がマリポーザを助けに行ったこと、あいつは多分気づいているんじゃないかな」
「そんな訳はない! あいつは大酒を飲んですぐに酔いつぶれたんだ。私が酒場に戻ったときにも、何も気づかずに大いびきをかいて同じ場所で寝ていたんですよ」
「それがおかしいんだよ。お前だって知ってるだろう。あいつが馬鹿みたいに酒に強いのを。旅のときでも芋の蒸留酒を一人で飲みまくっていたじゃないか」

「じゃあ、じゃあ……なんで何も言わないんですか?」
「さあ、それはジョルディに聞いてみないと」
 フェルナンドはうつむいて、力なく呟く。

「私は自分を過信している、か……。全て大尉に見抜かれたとは、思っていたよりも随分と私は底が浅かったようですね。
 それで、大尉殿はどうなさる気ですか。マリポーザの次は、私を裁判にかけますか?」

「少なくとも、特殊任務班からは外れてもらう必要があるな。お前はもっと広い世界を見たほうがいい」
 フェリペの言葉に、フェルナンドは意外そうに顔を上げた。

「私を許すというんですか?」
「許してはいないけれども。僕は自分の部下を危険な目に合わせたお前に、まだ腹が立っている。でもお前の気持ちもわかるよ。自分ではどうしようもない理不尽な状況に、行き場のない怒りや不満を抱える気持ちはよくわかる。

 それにお前だって本当は、よくわかっているんだろ。自分がしたことの重大さを。頭はいいんだから。
 お前がしたことは間違っていたけれど、でもその罪で処刑したとして、それで何が残るって言うんだい」
 フェリペは遠い目をした。
「アルトゥーロさんもダニエルも死んだ。僕はもうこれ以上、いたずらに死者を増やしたくないんだ」
 フェルナンドは深く頭を下げ、長い間そのまま動かなかった。
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