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一章
一章② 無法魔術師は分からせる
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「なっ……!? あ、アテナくん……!?」
見えない力で上から押さえつけられる体を杖代わりにした太刀で必死に支えながら、鈴音さんがギリッと奥歯を軋らせて僕の顔を睨みつけてきた。
完全に不意打ちだったのだろう。油断したな。魔術に予備動作などないのだ。
僕が何をしているのかと言えば、魔術によって生み出した超重力で鈴音さんごと目の前の空間を押し潰しているのだ。
鈴音さんの恐ろしいところは、そのあまりに早すぎる剣速と身のこなしにある。
この至近距離で太刀を抜かれてしまえば、いくら僕でも無事では済まないことだろう。
ならば、やることはひとつだ。最初からその初動を封じてしまえばいい。
「こ、こんなことをして、どうなるか分かってんの……!?」
しかし、通常の何倍もの重力に押し潰されながらも、鈴音さんの瞳からはまったく闘志の炎が消えていなかった。
恐るべき胆力だ。ひょっとしたら、このような状況でもまだ自分に逆転の目があると信じているのかもしれない。
実際、ほんの一つの油断がこちらの足下をすくう危険性は十分にあった。それほどまでに鈴音さんの武人としての能力は高いのだ。
もっとも、僕には最初からそこまで鈴音さんと本気で対峙するつもりもなかった。
どのみち鈴音さんをこの場で撃退して逃走を試みたところで、彼女の性格を考えれば遠からず何かしらの方法で僕のことを捕縛しにくるだろう。
つまり、この場を安全に切り抜けるために僕が為さなければならないのは、鈴音さんを無力化することではなく、彼女の誤解を解くこと、あるいは懐柔することなのだ。
僕は本来の計画を実行するため、超重力に苦しむ彼女の傍らにそっとしゃがみ込んだ。
「な、なにをするつもり……!?」
目線を合わせた僕を正面から勇ましく睨み据えながらも、鈴音さんの口から漏れ出る声は苦しげにくぐもっていた。
僕はそんな彼女を超重力から開放し、代わりに今度は魔術による不可視の力で直接その手足を拘束する。
肉体に対して直接働きかけるような拘束魔術は本人の膂力がそのまま魔術に対する抵抗力となるのだが、ここまで超重力に抗い続けることですっかり消耗した鈴音さんの体にはもうそれほど力は残されていないようだった。
「くっ……わたしをここに縛りつけて逃げるっての!? いいわよ! 行きなさいよ! 何処に逃げたって、今回ばかりは絶対に捕まえてやるんだから!」
手足を拘束されながらも鈴音さんの闘志はなお衰えず、芋虫のように床の上でのたうちまわりながら凄絶な目つきで僕の顔を睨みつけている。
やはり、このまま鈴音さんを放置しておくのは危険だ。
もし次に相対することがあれば、そのときは対魔術兵装を用意した上で確実に僕の首級を獲りに来ることだろう。
だからこそ、僕に残された手段は最初から一つしかなかった。
僕は床の上で無様に転がる鈴音さんの体に手を伸ばすと、そのまま無理やり抱き上げる。
「……えっ?」
そんな僕の行動が予想外だったのか、呆気に取られたように一瞬だけ鈴音さんがその動きをとめた。
しかし、僕がそのまま奥にある仮眠室のほうに向けて歩き出したことに気づくと、再び腕の中で暴れはじめる。
「ちょ、ちょっと待って! なんで!? 今はそういう雰囲気じゃないでしょ!?」
何かを察したらしい鈴音さんが、その顔を真っ赤に紅潮させながら訴えてくる。
しかし、魔術で手足を拘束している上に体型的にも小柄である彼女が多少暴れた程度でどうにかなるほど僕だって柔ではない。
古来から女性の心を屈服させる方法なんて決まっているし、幸いにも僕は魔術だけでなくそっちのほうも得意なほうなのだ。
「バカ! ヘンタイ! あとで覚えてなさいよ!」
鈴音さんは言葉でこそ抵抗している風を装っていたが、その言葉を聞くかぎり、これから起こることについてはすでに心の準備ができているようだった。
どれだけ口では憎まれ口を叩いていても、最終的には素直になってしまうのが樟葉鈴音という女性であることを僕はよく知っている。
あまり時間をかけると通用門の開門時刻になってしまうし、きっとそのころには交代の守衛さんも出勤してくることだろう。できるだけ手早く済ませなければ……。
※
「んっ……ねぇ、なんでとめるの……?」
「続きは鈴音さんが僕の話を信じてくれるならしてあげる」
「信じる、信じるから……ねぇ、お願い……」
「僕はこの森には戻って来なかった」
「うん。アテナくんは殺人事件には関係ないし、森には戻って来なかった……」
「よく言えたね。いい子にはご褒美をあげなくちゃ」
「あぁ……アテナくん……」
見えない力で上から押さえつけられる体を杖代わりにした太刀で必死に支えながら、鈴音さんがギリッと奥歯を軋らせて僕の顔を睨みつけてきた。
完全に不意打ちだったのだろう。油断したな。魔術に予備動作などないのだ。
僕が何をしているのかと言えば、魔術によって生み出した超重力で鈴音さんごと目の前の空間を押し潰しているのだ。
鈴音さんの恐ろしいところは、そのあまりに早すぎる剣速と身のこなしにある。
この至近距離で太刀を抜かれてしまえば、いくら僕でも無事では済まないことだろう。
ならば、やることはひとつだ。最初からその初動を封じてしまえばいい。
「こ、こんなことをして、どうなるか分かってんの……!?」
しかし、通常の何倍もの重力に押し潰されながらも、鈴音さんの瞳からはまったく闘志の炎が消えていなかった。
恐るべき胆力だ。ひょっとしたら、このような状況でもまだ自分に逆転の目があると信じているのかもしれない。
実際、ほんの一つの油断がこちらの足下をすくう危険性は十分にあった。それほどまでに鈴音さんの武人としての能力は高いのだ。
もっとも、僕には最初からそこまで鈴音さんと本気で対峙するつもりもなかった。
どのみち鈴音さんをこの場で撃退して逃走を試みたところで、彼女の性格を考えれば遠からず何かしらの方法で僕のことを捕縛しにくるだろう。
つまり、この場を安全に切り抜けるために僕が為さなければならないのは、鈴音さんを無力化することではなく、彼女の誤解を解くこと、あるいは懐柔することなのだ。
僕は本来の計画を実行するため、超重力に苦しむ彼女の傍らにそっとしゃがみ込んだ。
「な、なにをするつもり……!?」
目線を合わせた僕を正面から勇ましく睨み据えながらも、鈴音さんの口から漏れ出る声は苦しげにくぐもっていた。
僕はそんな彼女を超重力から開放し、代わりに今度は魔術による不可視の力で直接その手足を拘束する。
肉体に対して直接働きかけるような拘束魔術は本人の膂力がそのまま魔術に対する抵抗力となるのだが、ここまで超重力に抗い続けることですっかり消耗した鈴音さんの体にはもうそれほど力は残されていないようだった。
「くっ……わたしをここに縛りつけて逃げるっての!? いいわよ! 行きなさいよ! 何処に逃げたって、今回ばかりは絶対に捕まえてやるんだから!」
手足を拘束されながらも鈴音さんの闘志はなお衰えず、芋虫のように床の上でのたうちまわりながら凄絶な目つきで僕の顔を睨みつけている。
やはり、このまま鈴音さんを放置しておくのは危険だ。
もし次に相対することがあれば、そのときは対魔術兵装を用意した上で確実に僕の首級を獲りに来ることだろう。
だからこそ、僕に残された手段は最初から一つしかなかった。
僕は床の上で無様に転がる鈴音さんの体に手を伸ばすと、そのまま無理やり抱き上げる。
「……えっ?」
そんな僕の行動が予想外だったのか、呆気に取られたように一瞬だけ鈴音さんがその動きをとめた。
しかし、僕がそのまま奥にある仮眠室のほうに向けて歩き出したことに気づくと、再び腕の中で暴れはじめる。
「ちょ、ちょっと待って! なんで!? 今はそういう雰囲気じゃないでしょ!?」
何かを察したらしい鈴音さんが、その顔を真っ赤に紅潮させながら訴えてくる。
しかし、魔術で手足を拘束している上に体型的にも小柄である彼女が多少暴れた程度でどうにかなるほど僕だって柔ではない。
古来から女性の心を屈服させる方法なんて決まっているし、幸いにも僕は魔術だけでなくそっちのほうも得意なほうなのだ。
「バカ! ヘンタイ! あとで覚えてなさいよ!」
鈴音さんは言葉でこそ抵抗している風を装っていたが、その言葉を聞くかぎり、これから起こることについてはすでに心の準備ができているようだった。
どれだけ口では憎まれ口を叩いていても、最終的には素直になってしまうのが樟葉鈴音という女性であることを僕はよく知っている。
あまり時間をかけると通用門の開門時刻になってしまうし、きっとそのころには交代の守衛さんも出勤してくることだろう。できるだけ手早く済ませなければ……。
※
「んっ……ねぇ、なんでとめるの……?」
「続きは鈴音さんが僕の話を信じてくれるならしてあげる」
「信じる、信じるから……ねぇ、お願い……」
「僕はこの森には戻って来なかった」
「うん。アテナくんは殺人事件には関係ないし、森には戻って来なかった……」
「よく言えたね。いい子にはご褒美をあげなくちゃ」
「あぁ……アテナくん……」
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