無法魔術師はかえりみない ~殺人容疑をかけられたので逃げまわってたけど、酒の勢いで女刑事を押し倒したら一緒に事件を解決することになった件~

佐間野 隆紀

文字の大きさ
6 / 51
一章

一章③ 無法魔術師は帰れない

しおりを挟む
「スケベ! ヘンタイ! レイプ魔!」

 ことが終わったあと、短い眠りから覚めてすっかり平静を取り戻した鈴音さんは、服を着るのも厭わず僕を罵倒し続けていた。

 僕はもう着替えも済ませていつでも守衛室をあとにできる状態なのだが、さすがに素っ裸で寝入ってしまった鈴音さんを放ったらかして退散するというのも気が憚られたので、せめて目が覚めるまではと待っていたのだ。

「最後のほうは鈴音さんだって楽しんでたじゃん」

 溜息まじりに僕が言うと、鈴音さんはさらに顔を真っ赤に紅潮させ、鬱血するほど強く握りしめた拳で僕の背中を殴打してくる。

「あんなのあたしじゃないんだから! アテナくん、絶対に変な魔術使ってるんでしょ!? あんなの……あたし、本当はあんなこと言う人間じゃないんだから!」
「鈴音さんはいつもあんなだよ」
「ウソよ! そんなの絶対にウソ!」
「まあ嘘でも何でもいいけど、あのとき言ったこと、忘れたわけじゃないよね?」

 僕が言うと、鈴音さんはむぐっと喉を詰まらせながら僕の顔を睨みつけ、そのまま不貞腐れたように寝具の中に潜り込んでしまう。

「武士に二言はないわ……でも、アレはあんたの怪しい魔術のせいで無理やり言わされただけ! あたしは別にあんたの無法を容認してるわけじゃないんだからね!?」

 寝具にくるまりながらもカタツムリのように頭だけを出して、鈴音さんがギャーギャーと喚き立てている。

 あいにくと僕の魔術は他人の精神を操作できるほど万能ではないし、そんな力があるなら最初からこんな『肉体交渉』に及ぶ必要もなかったわけだが、それについてはもう説明するだけ無駄だろう。

 口では勇ましいことばかり言っているが、そもそも怒ったり不機嫌だったりする鈴音さんを僕がベッドの上で大人しくさせることだって恒例行事のようなものだ。
 
「分かったから、そろそろ服を着なよ。それとも、そのまま裸で仕事をするの?」
「誰のせいでこうなったと思ってんのよ!」

 鈴音さんが寝具を跳ね除けながらベッドの上に立ち上がり、そのまま足許の枕を拾い上げて僕の背中に投げつけてきた。

 もう完全にヒステリーを起こしてしまっているが、女性は少しくらいヒステリックなほうが可愛らしいとも思うし、ひょっとしたら鈴音さんは本能的にそのことを体現しているのかもしれない。

 ともあれ、それからもしばらく鈴音さんはスッポンポンのままベッドの上で僕に対する罵詈雑言を喚き散らしていたが、やがて怒るにも飽きてきたのか、ふんっと荒々しく鼻を鳴らしてベッドから降りると、ようやく着替えをはじめてくれた。

 僕もベッドの縁から立ち上がり、鈴音さんが制服を身につけている姿を横目に仮眠室をあとにする。

 とりあえず、壊してしまった机や椅子を魔術で修復しておくか……。

「それで、これからどうするの? 今回は約束どおり見逃してあげるけど、さすがに森の中に入れるわけにはいかないわよ」

 さすがにあれだけ発散して気持ちも少し落ちついたのか、着替えを済ませて仮眠室を出てきた鈴音さんが唇を尖らせながらそんなことを訊いてきた。

 たしかに、形式上はそもそも僕はここに来なかったことになるわけだから、森の中の自宅に戻るというのもおかしな話ではある。

 こんなことになると分かっていたなら、最初からサーシャさんのベッドで昼過ぎくらいまで居眠りをしていたのだが……。

「とりあえず『水蝶』にでも行って、お店の手伝いでもしてこようかな」
「あの市民街のパン屋さん?」
「うん。このあと鈴音さんが匿ってくれるって言うなら、それでもいいけど」
「じょ、冗談じゃないわよ! 殺人容疑で取調中の脱獄犯を匿ってるだなんて知られたら、ご近所に顔向けできないじゃない!」

 ギョッとしたように目を見開いた鈴音さんが小さな肩を怒らせながら吼え、今度は後ろから僕の尻をゲシゲシと蹴りつけてくる。

 僕は肩をすくめながらも甘んじてその暴挙を受け入れ、そのまま蹴り出されるように詰所の出入口のほうへと歩いていった。

「……まあでも、ホンットにどうしても他に行くところがないっていうなら、特別にウチに来てもいいわよ。今日は予定もないし、退勤後は適当に何処かでご飯食べて、あとはずっと家にいるつもりだから」

 ——と、そのまま僕が立ち去ろうとしていることを察してか、ここにきて急に鈴音さんがそんなことを言ってくる。

 口ではどれだけ小煩いことを言いつつも、決して非情には徹し切れない人なのだ。

 そこが鈴音さんの甘いところであり、同時に魅力的な部分でもあった。

「ありがとう。ホンットにどうしても行くあてがなさそうだったらお世話になろうかな」
「ふんっ……しばらく居留守を使ってやるんだから」

 去り際に鈴音さんのほうを振り返ると、もう彼女は自分の席に座って机の上に脚を投げ出しており、こちらのほうは見ずに膝の上に広げた書物に視線を落としていた。

 まあ、もしも今回の件が長引いて寝床の確保すらままならなそうだったら、彼女の厚意に甘えることも視野に入れておくか……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

処理中です...