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二章
二章⑦ 無法魔術師はバラされる
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「あれ、アテナさん?」
市民学校の正門近くを歩いていると、不意に僕の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
亜麻色のポニーテールを揺らしながら歩み寄ってきた声の主は、セシルである。
いつぞやも似たようなシチュエーションがあったことを思い返しながら、僕はにこやかにこちらを見つめる彼女に軽く手を振って答える。
「やあ、セシル。今から帰り?」
「はい。アテナさんはどうしてこんなところに?」
「ちょっとここの先生に用事があってね」
「おい……」
――と、ライラが間に割って入ってきた。
どんな誤解をしているのか知らないが、その目には仄かに殺意の波動が宿っている。
「おまえ、まさか……」
「ち、違う違う。あのパン屋さんの娘さんだよ」
「む……そうなのか。言われてみれば、確かによく似ている」
「こんにちは。セシルって言います」
物怖じしないセシルは、ライラにもにこやかに挨拶をする。
そんなセシルに毒気を抜かれたらしく、ライラもいくらか穏やかな表情で応じた。
「こんにちは。わたしは自治警察のライラ・プラウナス准尉だ」
「警察の人とアテナさんが一緒にいるってことは、アテナさんを逮捕したんですか?」
いやいや……。
実に屈託のない調子でそんなことを言うセシルだが、彼女の中での僕は警察に逮捕されてしかるべき人物という認識になっているのだろうか。
「確かに昨日までは彼を逮捕しようとしていたが、いろいろと状況が変わってね。むしろ今は一緒に協力して事件の捜査をしているんだ」
ライラは少し膝を折ってセシルと目線の高さを合わせると、意外にも丁寧に事情を説明してくれた。
ただ、どうせなら『昨日までは彼を逮捕しようとしていた』という部分については伏せておいてほしかったが……。
「へええ、そうなんですね。もう恋人にはなったんですか?」
「な、なんだと?」
――と、今度は何の脈絡もなく唐突に謎の爆弾をブチ込んでくる。
本当にセシルは僕を何だと思っているのだろう。
今すぐ彼女を黙らせるかこの場を離れるかしないと面倒なことになるのは間違いないが、そのどちらも僕の裁量でどうにかできるものではないのがまた困ったところだ。
「お母さんがいつも言うんです。アテナさんはすぐに女の人を恋人にしようとするから、気をつけないとダメって。わたしはまだ子どもだから大丈夫だけど、大きくなったらアテナさんには近づいたらいけないんだそうです」
「そ、そうか。まあ、その意見にはわたしも概ね賛成だな」
何を察したのか、ライラは神妙な顔でうんうんと頷いていた。
「でも、そんなことを言うくせに、お母さんはときどきアテナさんと恋人みたいに二人で楽しそうにデートをしてるんです。それってずるいと思いませんか?」
「ほう、そうか。それは確かにずるいな?」
やべえ。目を合わせたら死ぬ。
「まあ、わたしは周りからもちょっと子どもっぽいって言われているので、まだまだ恋人にされることはないと思いますけど……」
続けてそう呟くセシルの様子は、何故かちょっと気落ちしているように思えた。
あまり周りの評価など気にしなさそうな気もするが、やはり子どもっぽいと言われることにはコンプレックスを感じたりするのだろうか。
確かに成長の早い子は彼女と同じくらいの年齢でもかなり大人びて見えたりするが、成長速度なんて個人差も大きいし、何も今から焦る必要はないはずだ。
それに、セシルだっていつかは必ず大人になるし、あのサーシャさんの血を引いているのだから、そのときはとんでもない美人に成長することがほぼ確約されている。
「わたしとしては、お母さんの意思を尊重してこの男には極力近づかないことを推奨したいところだがな。恋人にするにしても、もっといい男がたくさんいると思うぞ」
一方、ライラは大人の女性としてセシルに人生の教訓について伝えているようだった。
「うーん、でも、アテナさんよりカッコいい人って、見たことないからなぁ」
そんなライラの言葉に神妙な面持ちで耳を傾けながらも、悩ましげな表情を浮かべたままセシルは歩き去っていった。相変わらず不思議な子だが、男を見る目だけはありそうだな。
「おい、あんな年端のゆかぬ子まで歯牙にかけるつもりか?」
——と、不意にライラが僕の脇腹に鋭い肘打ちを叩き込んでくる。いてえ。
「誤解だよ。僕にだってそれくらいの良識はある」
「良識があるわりには、誰でもすぐに恋人にしようとしているそうじゃないか」
「いや、どっちかというと恋人は作らない主義で……」
「ふんっ!」
「いでっ!」
さらに爪先を踏んづけられてしまった。死ぬほど痛い。
「我ながら面倒な男に絆されてしまったようだな……」
剣呑な眼つきでこちらを睨め上げるライラに、僕は苦笑いを浮かべながら降参のポーズを取るしかない。
僕のほうだって交通事故にあった気分ではあるが、もうこればっかりは嘆いたところで仕方がないだろう。
そのままライラは僕の腕をグイッと掴むと、あとはもう引きずるようにして市民学校の敷地の中へと足を踏み入れていった。
確かに逮捕はされていないが、これもう実質的に逮捕されているのと変わりないような気がしないでもないな……。
市民学校の正門近くを歩いていると、不意に僕の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
亜麻色のポニーテールを揺らしながら歩み寄ってきた声の主は、セシルである。
いつぞやも似たようなシチュエーションがあったことを思い返しながら、僕はにこやかにこちらを見つめる彼女に軽く手を振って答える。
「やあ、セシル。今から帰り?」
「はい。アテナさんはどうしてこんなところに?」
「ちょっとここの先生に用事があってね」
「おい……」
――と、ライラが間に割って入ってきた。
どんな誤解をしているのか知らないが、その目には仄かに殺意の波動が宿っている。
「おまえ、まさか……」
「ち、違う違う。あのパン屋さんの娘さんだよ」
「む……そうなのか。言われてみれば、確かによく似ている」
「こんにちは。セシルって言います」
物怖じしないセシルは、ライラにもにこやかに挨拶をする。
そんなセシルに毒気を抜かれたらしく、ライラもいくらか穏やかな表情で応じた。
「こんにちは。わたしは自治警察のライラ・プラウナス准尉だ」
「警察の人とアテナさんが一緒にいるってことは、アテナさんを逮捕したんですか?」
いやいや……。
実に屈託のない調子でそんなことを言うセシルだが、彼女の中での僕は警察に逮捕されてしかるべき人物という認識になっているのだろうか。
「確かに昨日までは彼を逮捕しようとしていたが、いろいろと状況が変わってね。むしろ今は一緒に協力して事件の捜査をしているんだ」
ライラは少し膝を折ってセシルと目線の高さを合わせると、意外にも丁寧に事情を説明してくれた。
ただ、どうせなら『昨日までは彼を逮捕しようとしていた』という部分については伏せておいてほしかったが……。
「へええ、そうなんですね。もう恋人にはなったんですか?」
「な、なんだと?」
――と、今度は何の脈絡もなく唐突に謎の爆弾をブチ込んでくる。
本当にセシルは僕を何だと思っているのだろう。
今すぐ彼女を黙らせるかこの場を離れるかしないと面倒なことになるのは間違いないが、そのどちらも僕の裁量でどうにかできるものではないのがまた困ったところだ。
「お母さんがいつも言うんです。アテナさんはすぐに女の人を恋人にしようとするから、気をつけないとダメって。わたしはまだ子どもだから大丈夫だけど、大きくなったらアテナさんには近づいたらいけないんだそうです」
「そ、そうか。まあ、その意見にはわたしも概ね賛成だな」
何を察したのか、ライラは神妙な顔でうんうんと頷いていた。
「でも、そんなことを言うくせに、お母さんはときどきアテナさんと恋人みたいに二人で楽しそうにデートをしてるんです。それってずるいと思いませんか?」
「ほう、そうか。それは確かにずるいな?」
やべえ。目を合わせたら死ぬ。
「まあ、わたしは周りからもちょっと子どもっぽいって言われているので、まだまだ恋人にされることはないと思いますけど……」
続けてそう呟くセシルの様子は、何故かちょっと気落ちしているように思えた。
あまり周りの評価など気にしなさそうな気もするが、やはり子どもっぽいと言われることにはコンプレックスを感じたりするのだろうか。
確かに成長の早い子は彼女と同じくらいの年齢でもかなり大人びて見えたりするが、成長速度なんて個人差も大きいし、何も今から焦る必要はないはずだ。
それに、セシルだっていつかは必ず大人になるし、あのサーシャさんの血を引いているのだから、そのときはとんでもない美人に成長することがほぼ確約されている。
「わたしとしては、お母さんの意思を尊重してこの男には極力近づかないことを推奨したいところだがな。恋人にするにしても、もっといい男がたくさんいると思うぞ」
一方、ライラは大人の女性としてセシルに人生の教訓について伝えているようだった。
「うーん、でも、アテナさんよりカッコいい人って、見たことないからなぁ」
そんなライラの言葉に神妙な面持ちで耳を傾けながらも、悩ましげな表情を浮かべたままセシルは歩き去っていった。相変わらず不思議な子だが、男を見る目だけはありそうだな。
「おい、あんな年端のゆかぬ子まで歯牙にかけるつもりか?」
——と、不意にライラが僕の脇腹に鋭い肘打ちを叩き込んでくる。いてえ。
「誤解だよ。僕にだってそれくらいの良識はある」
「良識があるわりには、誰でもすぐに恋人にしようとしているそうじゃないか」
「いや、どっちかというと恋人は作らない主義で……」
「ふんっ!」
「いでっ!」
さらに爪先を踏んづけられてしまった。死ぬほど痛い。
「我ながら面倒な男に絆されてしまったようだな……」
剣呑な眼つきでこちらを睨め上げるライラに、僕は苦笑いを浮かべながら降参のポーズを取るしかない。
僕のほうだって交通事故にあった気分ではあるが、もうこればっかりは嘆いたところで仕方がないだろう。
そのままライラは僕の腕をグイッと掴むと、あとはもう引きずるようにして市民学校の敷地の中へと足を踏み入れていった。
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