無法魔術師はかえりみない ~殺人容疑をかけられたので逃げまわってたけど、酒の勢いで女刑事を押し倒したら一緒に事件を解決することになった件~

佐間野 隆紀

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二章

二章⑨ 無法魔術師と魔術犯罪

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「彼女は《異界の門》の中でもとくに秀でた魔術師でな」

 帰り道、学内の廊下を歩いていると、急にライラが語り出してきた。

「彼女って、さっきのアレスさんのこと?」

 いちおう相棒としての義理もあるので、興味を持ったふりをしておく。

「そうだ。あらゆる術式に精通し、手足のごとく魔術を扱う《異界の門》はじまって以来の才媛と言われていた。《魔術を識りし者》……わたしの憧れの人でもある」

 そういえば、ライラも警官になる前は《異界の門》で魔術を学んでいたのだったか。

 というか、もしあの女性がそんな凄腕の魔術師なのだとしたら、なんだってこんな市民学校で魔術の教育なんてしているのだろう。

「それは分からん。ただ、《異界の門》の運営とこの街の自治政府に何らかの繋がりがあったということくらいは耳にしている。それがどういったものかまでは分からないが……」

 ふむ。まあ、偉い人の考えることなんて僕にも分からん。

「何にせよ、彼女ほどの魔術師がこんな殺人事件に関わっているとは思えんのだ」
「でも、さっきの感じだと、疑ってるようにしか見えなかったよ」

 僕は率直な感想を口にする。

 少なくとも、先ほどのライラはアレスが被疑者である前提で話を進めているようにしか見えなかったが……。

「捜査に私情は挟めん」

 ライラは横目で僕の顔を見ながらフンッと鼻を鳴らした。

「実際、被害者と彼女の間に何かしら因縁があったことは事実のようだしな。動機としてはあまりに軽率すぎるが、しつこく言い寄ってくる被害者に業を煮やした彼女が勢いで殺害してしまった可能性だって、完全に否定できるものではない」
「そういえば、勝手につきあってることにされてたんだっけ」
「そうらしいな。もしわたしが同じ立場なら、少なくともそんな根も葉もない噂を流した人物については殺したくもなろう」

 なかなか物騒な女だ。僕もうっかり殺されないように気をつけねば。

「とはいえ、わたし個人の意見を言わせてもらえば、やはり彼女がこんなお粗末な殺人事件に関わっているとはとても思えないのだ」

 何やら重々しい溜息を吐きながらそう言って、ライラが肩を落とす。

 確かに学生時代の憧れの人が痴情のもつれで殺人事件を犯しただなんて考えたくもなかろうが、人が犯罪に手を染めてしまうきっかけなんてそれこそ千差万別だ。

 僕だって魔術による脱獄や器物損壊なんて日常茶飯事だし、ときには息をするくらい簡単に他人の命を奪ってしまう頭のおかしな魔術師がいたとしたって別に不思議はない。

 ただ、アレスがもし《異界の門》きっての才媛だと言うなら、多少の違和感はあった。

「まあ、僕だったら少なくとも死体を発見できる形で残したりはしないかな」

 そう、殺害方法だ。アレスがもし僕以上の使い手なら、まず死体が残るような迂闊な方法で殺害に及んだりはしないと思うのだ。

「……あまり考えないようにしてはいたが、わたしもそう思う」

 どうやらライラもその点については同意見のようだった。

「彼女ほどの魔術師であれば、おそらく死体を分子レベルに分解することだって可能だったと思う。わたしくらいの実力でも、圧縮して液状化させることくらいはできる」

 誰かに聞かれないようにとの配慮からか、幾分か抑えた声でライラが言った。

 僕は声には出さず、頷いてその意見を肯定する。

 魔術で人を殺すというのは、要するにそういうことだ。

 だからこそ、現場をおさえでもしないかぎりその犯行を立証することは難しいし、それが分かっているから捜査する側だって本腰を入れにくくなる。

 とはいえ――。

「でも、今回の殺人が魔術によるものってのは間違いないと思う。ほとんど直感だけど」
「ああ。それについてはもう確定している。あのあとすぐに遺体を鑑識にまわしたが、発見が早いこともあって胸部周辺に残留魔力の痕跡が確認された」

 えっ、今ってそんなことも調べられるんだ。すげえ。

「まあ、運がよかったな。ついでに魔力紋の鑑定もできれば捜査上かなり有効だったろうが、さすがに濃度が足りなかったようで、そこまではできなかった」
「魔力紋?」
「魔力における指紋のようなものだ。照合できれば、かなりの精度で個人を特定できる」

 マジかよ。前言撤回。魔術による完全犯罪は思ってたより難しそうです。

「便利な世の中だなぁ」
「おそらくは魔力紋の照合を警戒して必要最小限の力で殺害に及んだのだろうな」
「なるほど……」

 思わず感嘆の声を漏らしてしまった——が、同時に違和感も首をもたげてくる。

 もしライラの言うように犯人が鑑識の鑑定を警戒していたとして、そもそも魔術を使わずに殺すという発想は浮かばなかったのだろうか。

「分からん。衝動的な犯行だったのではないか?」
「だとしたら、必要最小限の力ってのも変な気がするけど」

 仮に衝動的な反抗だったとしたら、今度は逆に魔力の量を制限する冷静さが残っていることに違和感がある。

 もし僕が衝動的に魔術で人を殺したとしたら、きっと遺体の上半身は残らない。

「そもそも魔術で殺したら魔術師の犯行ってバレちゃうし、それなら最初から道具を使ったほうが良くない?」
「返り血だったり凶器が残ったりする問題があるだろう」
「それこそ魔術で解決すればいいだけのことさ。凶器や返り血は別に現場に残るものじゃないんだから、残留魔力やら魔力紋とやらのことは気にしなくていいわけだし」
「あっ、確かに……」

 つまり、殺害自体は魔術を用いずに行って、その証拠を魔術で隠滅するわけだ。

 これなら魔術師でない一般人も捜査対象に含まれるようになるため、自身に嫌疑がかかる可能性を下げることもできる。

 というか、むしろ今回の殺害方法だと、逆に――。

「なんていうか、まるで『魔術師が殺しました』ってアピールしてるみたいだよね」
「……つまり、魔術を使って殺したこと自体に意味があると?」
「どうだろ。そこまでは分からないけど」

 思いつくままに告げた僕だったが、聞き入るライラの顔は思った以上に真剣そうだった。

 まあ、少なくとも僕が計画的に人を殺すなら、もう少し狡猾にやるとは思う。

「考えてみれば、そもそも最初から違和感はあったのだ。通報を受けたときだって……」

 いよいよライラが歩みをとめ、地面を睨みつけながら思索しはじめる。

 言われて僕も思い出したが、確かに初めて僕たちが顔を合わせたあのときの状況には少し奇妙な点が多かった。たとえばあのとき、ライラは最初から——。

「あの……」

 ——と、そのとき、声をかけてくる人がいた。
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