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二章
二章⑩ 無法魔術師はまったく懲りない
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「あの……」
——と、そのとき、声をかけてくる人がいた。
見やると、廊下の先で眼鏡をかけた少し地味目の女性がこちらを窺うように佇んでいる。
歳は二十代の半ばくらいだろうか。
まっすぐに切り揃えられた暗褐色の髪には何処となく生真面目な印象が漂い、眼鏡の奥に見える灰色の瞳はオドオドと気弱そうにこちらを見つめている。
その一方で、それでもまったくこちらから視線を外す様子を見せないその姿には決然たる意思のようなものも感じられ、何か僕たちに用があることだけは間違いなさそうだった。
「何かご用だろうか?」
ライラが顔を上げ、女性の視線をまっすぐに受けとめながら訊く。
対する女性はビクッと驚いたようにその肩を震わせたが、それでも視線は外さず、小さな拳を握りしめながら震える唇を開いた。
「あ、あの、あなたたち、警察の方……ですよね」
「ああ。自治警察のライラ・プラウナス准尉だ」
ライラがいつもの口上で名乗り、僕はとりあえず会釈だけしておく。
「わ、わたし、メディア・ネイルズといいます。その、ハワードとは友達で……」
「ジョンソン氏の……?」
女性――メディアの口から飛び出してきた人物の名に、ライラの瞳がキラリと光る。
このタイミングでハワード・ジョンソンの友人を名乗る女性の登場か。
僕たちを自治警察の人間と判断した上で敢えて声をかけてきたということは、何かしら事件について話をしたいと見て間違いはないだろうが……。
「よろしければ、事件について話を窺わせてもらってもよいだろうか?」
「は、はい。ただ、その、よかったら、わたしのお願いも聞いていただきたいんです」
何やら深刻そうな面持ちでメディアが訴えかけてくる。
「お願い?」
「その、ハワードの……生前の、恋人についてです。あの子、事件があってからずっと部屋で塞ぎ込んでしまっているみたいで……」
「ジョンソン氏の恋人……確か、ヘレナ・ベスティアと言ったか」
ライラが思い出すように視線を泳がせながら、また新しい人物の名を口にする。
こんなにどんどん新しい名前が出てきたら、僕みたいに脳のキャパシティにかぎりがある人間は古いものから抜けていってしまいそうな気がしてならない。
「彼女とはどういったご関係で?」
「ヘレナとも友達なんです。アカデミー時代からのつき合いで……」
「なるほど。先にジョンソン氏との関係について話を聞かせてもらってもよいだろうか」
「は、はい。この先の空き教室を使いませんか? ここだと人目もあるので……」
そう言って、メディアが廊下の先に見える扉を指し示した。
ライラが何故かチラリと僕の顔を見てきて、僕は小さく肩をすくめながら頷き返す。
僕の同意なんて最初から必要ない気もするが、そういう問題でもないか。
ともあれ、ハワード・ジョンソンとヘレナ・ベスティアについての話を聞くため、僕たちはメディアに案内されるまま空き教室へと入っていった。
※
「わたしとハワードは、幼なじみなんです。昔はお互い家が近所で、それに、わたしも片親だったから、親が働いている間は一緒にいることも多くて……」
空き教室の窓辺に寄りかかりながら、懐かしむようにメディアが言った。
窓の外には中庭の光景が広がっており、中央に見える大きな円形の花壇では色とりどりの花が実に優雅に咲き誇っている。
もっとも、そんな華やかな雰囲気とは対象的にメディアの顔は何処か物憂げで、そのコントラストがまた独特な魅力を彼女に与えているような気がした。
「おい……」
――と、ライラがものすごい目つきで僕を睨みながら脇腹を小突いてくる。
べ、別にそういうつもりで見ていたわけではないですからァ……。
「不躾な質問になるが、本当にジョンソン氏とはただの『友達』だったのだろうか」
ともあれ、ライラは断りを入れながらも遠慮なく切り込んでいく。
一方、そういった質問が来るであろうことは最初から予期していたのか、メディアのほうにもとくに驚いた様子は見られず、口許に小さな笑みを浮かべながら首を振った。
「つき合っていた時期もあります。でも、ご存知だと思いますけど、彼ってそういうことには少しだらしない人だったから」
「すでにその関係は解消されていると?」
「はい。その……別れたあとも、何度かそういったことはありましたけど、彼がヘレナとつき合いはじめてからは、友達としてちゃんと距離をおくようにしていました」
なるほど。ちょっと爛れた関係だった時期もあるわけだな。
「おまえ……」
い、いえ、別に後釜を狙っているとかではないですのでェ……。
「ジョンソン氏とベスティア氏が交際に至った件について、あなた個人として何か思うところはなかったのだろうか」
横目で僕の顔を睨みながらも、ライラが質問を続ける。
それを聞いてメディアはフフッと何処か自嘲的な笑みを浮かべて見せた。
「最初はヘレナのほうからハワードについての相談を受けてたんです。参加してるサークルで気になる男子がいるって。それがハワードだと知ったときは驚いたけど……」
「そのときは、もうジョンソン氏とは?」
「体の関係だけでした。もちろん、ヘレナにそのことは伏せていましたけど、ハワードは平気で浮気とかもするから、つき合うのはきっと大変だよって、忠告はしていたんです」
「それでも、ジョンソン氏とベスティア氏は交際するに至ったと」
「はい。けっきょくは当人同士の問題ですから。でも、おかげでようやくわたしもハワードとの関係を整理することができたし、ヘレナには感謝しています」
「二人が関係を持ったことに対して、嫉妬したりするようなことは?」
「ありません。むしろ、二人がつき合ってくれよかったとさえ思っています。わたし、それまではハワードのほうから強く言い寄られると断れないことが多かったんですけど、ヘレナとつき合うようになってからは、彼女のためと思って断れるようにもなりましたし」
ふむふむ、押しに弱いタイプと……。
「アテナ……!」
ぐおっ!? こ、コイツ、マジで読心術でも持ってんのか……!?
——と、そのとき、声をかけてくる人がいた。
見やると、廊下の先で眼鏡をかけた少し地味目の女性がこちらを窺うように佇んでいる。
歳は二十代の半ばくらいだろうか。
まっすぐに切り揃えられた暗褐色の髪には何処となく生真面目な印象が漂い、眼鏡の奥に見える灰色の瞳はオドオドと気弱そうにこちらを見つめている。
その一方で、それでもまったくこちらから視線を外す様子を見せないその姿には決然たる意思のようなものも感じられ、何か僕たちに用があることだけは間違いなさそうだった。
「何かご用だろうか?」
ライラが顔を上げ、女性の視線をまっすぐに受けとめながら訊く。
対する女性はビクッと驚いたようにその肩を震わせたが、それでも視線は外さず、小さな拳を握りしめながら震える唇を開いた。
「あ、あの、あなたたち、警察の方……ですよね」
「ああ。自治警察のライラ・プラウナス准尉だ」
ライラがいつもの口上で名乗り、僕はとりあえず会釈だけしておく。
「わ、わたし、メディア・ネイルズといいます。その、ハワードとは友達で……」
「ジョンソン氏の……?」
女性――メディアの口から飛び出してきた人物の名に、ライラの瞳がキラリと光る。
このタイミングでハワード・ジョンソンの友人を名乗る女性の登場か。
僕たちを自治警察の人間と判断した上で敢えて声をかけてきたということは、何かしら事件について話をしたいと見て間違いはないだろうが……。
「よろしければ、事件について話を窺わせてもらってもよいだろうか?」
「は、はい。ただ、その、よかったら、わたしのお願いも聞いていただきたいんです」
何やら深刻そうな面持ちでメディアが訴えかけてくる。
「お願い?」
「その、ハワードの……生前の、恋人についてです。あの子、事件があってからずっと部屋で塞ぎ込んでしまっているみたいで……」
「ジョンソン氏の恋人……確か、ヘレナ・ベスティアと言ったか」
ライラが思い出すように視線を泳がせながら、また新しい人物の名を口にする。
こんなにどんどん新しい名前が出てきたら、僕みたいに脳のキャパシティにかぎりがある人間は古いものから抜けていってしまいそうな気がしてならない。
「彼女とはどういったご関係で?」
「ヘレナとも友達なんです。アカデミー時代からのつき合いで……」
「なるほど。先にジョンソン氏との関係について話を聞かせてもらってもよいだろうか」
「は、はい。この先の空き教室を使いませんか? ここだと人目もあるので……」
そう言って、メディアが廊下の先に見える扉を指し示した。
ライラが何故かチラリと僕の顔を見てきて、僕は小さく肩をすくめながら頷き返す。
僕の同意なんて最初から必要ない気もするが、そういう問題でもないか。
ともあれ、ハワード・ジョンソンとヘレナ・ベスティアについての話を聞くため、僕たちはメディアに案内されるまま空き教室へと入っていった。
※
「わたしとハワードは、幼なじみなんです。昔はお互い家が近所で、それに、わたしも片親だったから、親が働いている間は一緒にいることも多くて……」
空き教室の窓辺に寄りかかりながら、懐かしむようにメディアが言った。
窓の外には中庭の光景が広がっており、中央に見える大きな円形の花壇では色とりどりの花が実に優雅に咲き誇っている。
もっとも、そんな華やかな雰囲気とは対象的にメディアの顔は何処か物憂げで、そのコントラストがまた独特な魅力を彼女に与えているような気がした。
「おい……」
――と、ライラがものすごい目つきで僕を睨みながら脇腹を小突いてくる。
べ、別にそういうつもりで見ていたわけではないですからァ……。
「不躾な質問になるが、本当にジョンソン氏とはただの『友達』だったのだろうか」
ともあれ、ライラは断りを入れながらも遠慮なく切り込んでいく。
一方、そういった質問が来るであろうことは最初から予期していたのか、メディアのほうにもとくに驚いた様子は見られず、口許に小さな笑みを浮かべながら首を振った。
「つき合っていた時期もあります。でも、ご存知だと思いますけど、彼ってそういうことには少しだらしない人だったから」
「すでにその関係は解消されていると?」
「はい。その……別れたあとも、何度かそういったことはありましたけど、彼がヘレナとつき合いはじめてからは、友達としてちゃんと距離をおくようにしていました」
なるほど。ちょっと爛れた関係だった時期もあるわけだな。
「おまえ……」
い、いえ、別に後釜を狙っているとかではないですのでェ……。
「ジョンソン氏とベスティア氏が交際に至った件について、あなた個人として何か思うところはなかったのだろうか」
横目で僕の顔を睨みながらも、ライラが質問を続ける。
それを聞いてメディアはフフッと何処か自嘲的な笑みを浮かべて見せた。
「最初はヘレナのほうからハワードについての相談を受けてたんです。参加してるサークルで気になる男子がいるって。それがハワードだと知ったときは驚いたけど……」
「そのときは、もうジョンソン氏とは?」
「体の関係だけでした。もちろん、ヘレナにそのことは伏せていましたけど、ハワードは平気で浮気とかもするから、つき合うのはきっと大変だよって、忠告はしていたんです」
「それでも、ジョンソン氏とベスティア氏は交際するに至ったと」
「はい。けっきょくは当人同士の問題ですから。でも、おかげでようやくわたしもハワードとの関係を整理することができたし、ヘレナには感謝しています」
「二人が関係を持ったことに対して、嫉妬したりするようなことは?」
「ありません。むしろ、二人がつき合ってくれよかったとさえ思っています。わたし、それまではハワードのほうから強く言い寄られると断れないことが多かったんですけど、ヘレナとつき合うようになってからは、彼女のためと思って断れるようにもなりましたし」
ふむふむ、押しに弱いタイプと……。
「アテナ……!」
ぐおっ!? こ、コイツ、マジで読心術でも持ってんのか……!?
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