無法魔術師はかえりみない ~殺人容疑をかけられたので逃げまわってたけど、酒の勢いで女刑事を押し倒したら一緒に事件を解決することになった件~

佐間野 隆紀

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二章

二章⑭ 無法魔術師は整理する

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「さて、少し状況を整理してみようか」

 三番区の通りを自治警察署のある一番区のほうに向けて歩きながら、ライラが言った。

 その横顔は公園でショボくれていたときとは比べるべくもないほど気力と活力に満ち溢れていて、ともすれば肌艶さえよくなっているようにすら感じられる。

「そうだね、今なら僕の頭も賢者のごとく冴え渡っているよ」
「む、そうなのか?」

 思わずボヤいた僕の言葉にライラが興味深げに反応するが、それに答える気力は僕のほうには残されていなかった。

 僕も旺盛なほうだとは思っていたが、上には上がいたものである。こういったことにわりと積極的なサーシャさんだって、あそこまでではなかったと思う。

「アレスとヘレナ・ベスティアの話には明らかに食い違いがあるようだが……」

 ともあれ、ライラが状況の整理をするというのであれば、僕も頭を切り替えるか。

「まあ、どちらかが嘘を言っているか、あるいは何らかの思い違いをしているんだろうね」
「順当に考えれば、ベスティアが被害者の死を受け入れられずに妄執に取り憑かれていると考えるべきだと思うのだが、どうだろう」
「でも、追い詰められているからこそ本当のことを話している可能性もあるんじゃない?」
「どういうことだ?」
「だって、今さら嘘を言う必要ないからさ。もう失うものは何もないって感じだったし」
「それは、まあ……」

 鬼気迫るヘレナの様子を思い出しているのか、複雑そうな表情でライラが言い淀む。

「もちろん、ヘレナさんの認知がすでに歪んでいて、自分でも嘘か本当か分からなくなっている可能性はあるけどね」
「とはいえ、さすがにベスティアの話をそのまま鵜呑みにしてよいとは思えないが」
「だからって、それはアレスさんだって同じじゃないかな」
「彼女が嘘をついていたようには……」
「公平性、公平性」
「むう」

 痛いところを突かれてか、ライラが唇を尖らせる。

 その仕草が思ったより可愛らしくて少しドキッとしてしまったが、僕は咳払いでそれを誤魔化しながら言葉を続けた。

「むしろ、今回にかぎってはアレスさんのほうが嘘をつく理由はあると思うよ」
「なんだと?」
「だって、君のあのときの訊きかた、まるで犯人に尋問してるみたいだったもの」
「それは……」
「もちろん、別に彼女にやましいところは何もなくて、僕らに真実を包み隠さず話してくれた可能性はあるよ。ただ、犯人だと思われたくないから、怪しく思われないように嘘をついたり誤魔化した部分だってあるかもしれない。疑いの目は持っておかないと」
「むう」

 納得がいかないのか、また先ほどと同じようにニュッと唇を尖らせる。

 日頃の口調や態度のせいで誤解していたが、自然体のライラは意外と女の子らしい可愛い人物なのかもしれない。

「実際のところ、公平な目線で見た場合は誰が怪しく見えるかな」

 西日に目を細めながら改めて訊くと、ライラは顎先に手を当てながら難しい顔で前方を睨んだ。

「うーむ……個人的な感情を抜きにして考えれば、確かに動機があるのはアレスだけのようにも思えるが……」
「そうかな」
「むっ……おまえがアレスを怪しむように言ったのではないか」

 ギロッと横目で僕の顔を睨みつけてくる。

 僕の意見にちゃっかり影響されているあたり、やはり基本的には素直な性格なのかもしれないな。悪い男に騙されたりしなければよいが……。

「僕は全員を怪しむように言っただけだよ」
「他に誰かいたか?」
「いるじゃないか。ほら、学校で僕たちに声をかけてきた……」
「メディア・ネイルズといったか……まさか、あの女性が?」
「うん」

 ライラが意外そうに目を見開きながら、僕の顔を見上げてくる。

 もっとも、僕としてはそんなに突拍子もないことを言ったつもりはない。

 あの女性の言動には、最初から少しおかしなところがあった。

「メディアさんのヘレナさんに対する執着、ちょっと普通じゃない気がするんだよね」

 記憶の中の物憂げで常に何処か遠くを見ているような瞳を思い出しながら、僕が言う。

「もちろん、もともとハワードとの関係が冷え切っていたって可能性もあるけど、実は彼女の本命がハワードではなくヘレナさんだったとしたらどうだろう?」
「……どういうことだ?」
「メディアさんはヘレナさんに救われたと言ってた。それがきっかけで本心では友達以上の感情を持っていた可能性はないかな」
「だが、それだと女性同士で、ということになるが……」
「世間は広いんだし、ときにはそういう組み合わせだってあるんじゃない?」
「むう……」
「仮定の話だけど、もしメディアさんが密かにヘレナさんに思いを募らせてて、そんな中でヘレナさんがハワードの毒牙にかかっちゃったんだとしたら……」
「なるほど、確かに心中穏やかではあるまい。わたしもパン屋の店主とおまえの関係を察したときは、腸が煮えくり返りそうになったものだ」

 そんなことを言いながら、ライラが刃物のように鋭利な視線で僕を睨みつけてくる。

 マズい。この展開は予想外だ。

 ここで新たな殺人事件が発生してしまうかもしれん。

「だが、そうか。確かにその可能性もゼロではないな……」

 しかし、ライラはまたすぐに真面目な表情に戻ると、思案するように眉をひそめながらそう呟いた。

「ネイルズが仮に魔術師と呼べるほど魔術を制御できるわけでなかったとしても、魔術自体を扱うことはできたかもしれんし……」
「まあ、可能性としてあり得なくはないってだけの話だけどね」

 ひとまず命拾いしたことに安堵しつつ、僕はそっと溜息を噛み殺す。

 ——と、そのときである。

「我々の手でこの街を取り戻しましょう! これ以上、魔術師たちに我々の大切な街の平穏を脅かされるわけにはいきません!」

 通りの向こうのほうから、拡声器による反響した声が聞こえてきた。
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