無法魔術師はかえりみない ~殺人容疑をかけられたので逃げまわってたけど、酒の勢いで女刑事を押し倒したら一緒に事件を解決することになった件~

佐間野 隆紀

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三章

三章⑤ 無法魔術師は癒やされたい

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「アテナくん、なんだか疲れてる? こっちのほうもいつもより薄い気がするし……」

 柔らかな乳房に顔を埋めながらウトウトとしていると、頭の上のほうから少し不満そうなサーシャさんの声が聞こえてきた。

「アテナくんがモテるのは分かるし、あまり小うるさいことは言いたくないけど、わたしの分もちゃんと残しておいてくれないと困っちゃうわ」

 そう言いながら、サーシャさんが僕の頭をギュッと抱きしめてくる。

 巨大なマシュマロに埋もれていくようなその感覚は至福の一言につきるが、まだいろいろと生産が追いついていない僕自身は思ったほど反応してくれない。

 サーシャさんのベッドにお邪魔するのは三日ぶりくらいだったと思うが、確かにこの三日間は僕の短い記憶の中でもかなり激動の三日間だった。

「新しくできた『友達』にいろいろと振り回されてるんです」
「あの刑事さんよね? 確かに、元気のよさそうな子だったものね」

 もうバレてる。何か匂わす要素なんてあったかな……。

「だって、わたしのことすごい顔で睨むんですもの。すぐに分かったわ。それに、セシルもアテナくんが知らない女刑事さんと一緒にいたって話をしていたし」
「サーシャさんには、きっと探偵の才能があります」
「あら、私立探偵にでもなっちゃおうかしら」

 僕の額に頬ずりをしながら、サーシャさんがフフッと笑った。

 さすがに冗談だと思うが、本当にはじめてしまったらどうしよう。

「サーシャさんは、新聞とかゴシップ誌とかって読みますか?」

 私立探偵という話題が出たからではないが、何とはなしに訊いてみる。

「あら、どうして?」
「僕ももう少し世間に関心を持とうと思いまして」
「まあ、女刑事さんの影響かしら。いやだわ、アテナくんが女の子に影響を受けて変わっていくなんて、嫉妬しちゃうかも……」
「ヤキモチを妬くサーシャさんも可愛いですよ」
「あら、お上手ね」

 サーシャさんが僕の額にキスをしてきて、お返しに僕も乳房の谷間にキスをする。

 こうやって行為のあとにイチャイチャすること自体はそんなに好きでもないのだが、不思議とサーシャさんに対してだけは甘えたくなってしまう。

「まあ、いちおうは客商売だし、その時々に話題になっていることくらいはおさえるようにしているけど、どうして?」
「《地上の人々》って知ってますか?」
「ああ、あの魔術師のことを嫌ってる人たちのことよね」
「そういうのじゃなかったような気もしますけど……」

 確か正式には『魔術による被害者救済と魔術犯罪の撲滅』を掲げた団体ではなかったか。

 まあ、僕も実際にあの集団を見たときはただの『魔術師嫌い』に見えたし、サーシャさんの目からもそう見えたということは、世間的にもそういう認識なのかもしれない。

「ウチも何度か『ビラをおかせてほしい』とか『ポスターを貼らせてほしい』ってお願いされたことがあって、昔はとくに気にもせずお受けしてたんだけど……ほら、今はもうアテナくんがいるじゃない? だから、最近はちょっとお断りしてたのよね」

 まるで家族のような扱いだが、まあ、似たようなものではあるか。

「今度の市長選にその《地上の人々》の代表をしてる人が出るらしいんですよね」
「そうだったわね。確か、ボルジアさんと仰ったかしら」
「知ってるんですか?」
「いちおう、候補者のチェックくらいはしてるわよ。むしろ、アテナくんが市長選に関心を持ってることのほうが意外だわ。あなた、実はわたしの知らない誰かだったりする?」

 悪戯っ子みたいな目つきでサーシャさんが僕の顔を覗き込んできて、僕は罠だと分かっていながらもその唇にキスをする。

 サーシャさんはしてやったりとばかりに嬉しそうに目許を綻ばせ、そのままじっくりと味わうように僕の唇を弄んできた。

 そうしてしばらく唾液の交換作業を楽しんでいた僕たちだったが、不意にサーシャさんが何かを思い出したように唇を離し、真面目な顔をして言う。

「でも、ボルジアさんって、まだ代表をしていらっしゃったのね。確か隠し子がなんだってスキャンダルが出て、一時期すごく話題になっていたような気もするんだけど」
「そんなに話題だったんですか?」
「うーん、もう何年も前のことだから記憶が曖昧だけど、なっていたと思うわよ。確か、騒ぎの関係者が次々に自殺したり事故死したりするものだから、何か陰謀めいたものが裏で動いてるんじゃないかって噂になっていたもの」
「陰謀……ですか」
「思い出しながら話してるから、ちょっと大げさになってるかもしれないわねぇ。でも、ボルジアさんって自分の子どもを認知するように迫ってきた元恋人を殺して、その罪を子どもになすりつけようとしていたんでしょう?」

 確かに当時そんな噂になっていたのだとしたら、少し大げさな気がしないでもない。

 僕が知るかぎり、ボルジアが脅迫されていたことは事実かもしれないが、元恋人の殺害に加担していると断定できるような情報は出てきていなかったはずだ。

 ましてや、それを子どもになすりつけようとしていたなんて話は――。

(いやでも、実際にハワード・ジョンソンは母親殺しの容疑者として挙げられてるんだよな……根も葉もない噂話というわけでもないのか……?)

 そんなことを考えながら僕が神妙な顔をしていたからか、サーシャさんもつられたように神妙な顔つきで首を傾げる。

「わたしの記憶違いかしら。ほら、うちの店、もともとは酒場だったでしょう? 話好きのお客さんも多くて、わたしも失礼があったらいけないから、一度聞いたことはできるだけ忘れないように心がけていたんだけれど……」
「誰かに聞いた話なんですか?」
「そうなのよ。当時の常連さんで、確かフリーの記者をしてるって仰ってたわ。いつも面白い話を聞かせてくれていたんだけれど……」

 なるほど。フリーの記者といってもいろいろだが、この感じだとゴシップ記者の類と考えるのが妥当だろうか。

 となると、さすがにその話をすべて鵜呑みにするわけにはいかなさそうだが——しかし、サーシャさんの言葉には続きがあった。

「その記者さん、それから間もなく事故で亡くなられてしまったのよね。その事故っていうのにも、やっぱり色々と変な噂があって……気づいたら、自然とその話をする人も減っていったわ。それもあって《地上の人々》にはちょっと怖い印象があるのよねぇ」
「事故……」

 ただの偶然で片づけてしまうことは容易いが、偶然で関係者が二人も死ぬなんてことがありえるのだろうか。

 それに、もし雑誌記者でさえ事故に見せかけて始末することができるなら、新聞にもゴシップ誌にも載らず密やかに消えていった命があったとしても不思議ではない。

『地上の人々の動きに気をつけろ』

 不意に、いつぞや見た書き置きの文面が脳裏に浮かび上がってくる。

 最初に目にしたときはまったく意味が分からなかったし、実際に《地上の人々》の名を耳目にするようになっても、しばらくはただの反魔術思想団体か何か程度にしか思っていなかったが……。

(ひょっとして、僕が思っているよりもずっと大きな力が動いているのか……?)

 ――と、不意にサーシャさんがその額をコツンと僕の額に押し当ててきた。

 いつもは優しげなその深い群青色の瞳が、今は心配そうに僕の顔をジーッと覗き込んでいる。

「アテナくん、びっくりするくらい怖い顔してる」
「そうですか?」
「ええ、今みたいに真顔で人を殺しそうなアテナくんも素敵だけど、いつもみたいに暢気な顔をしているアテナくんのほうがわたしは好きだわ」
「そんな顔してたかな……」

 サーシャさんが再びキスをしてきて、そのまま体を起こして僕の上に跨ってきた。

「アテナくん、今日はもう家に戻るんでしょう? 帰る前にもう一回だけ、いいかしら?」

 確認はとってくるものの、どうせ最初から僕に選択権がないことは分かっている。

 それに、僕のそれはもうすっかり元気を取り戻していて、半分ほどサーシャさんの中に潜り込んでいた。

 蠱惑的な笑みを浮かべて見下ろしてくるサーシャさんの顔を見上げながら、僕は彼女の体を強く突き上げる。
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