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三章
三章④ 無法魔術師には難解すぎる
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「えっ、あなたは……」
「やあ、アレスさん……だったよね?」
もうだいぶ日も傾いてきた頃合いだったが、幸いにもまだアレス・R・フランチェスカは魔術教練実習室の準備室にいた。
いちおう部屋に入る前にノックはしたのだが、さすがに扉の向こうに僕がいるとは想像していなかったらしい。
ただ、それにしたって彼女の僕を見る顔はまるでお化けでも見ているかのようで、そこまで驚くようなことかとさすがに暢気な僕でも少し傷ついてしまう。
あるいは、まさかとは思うが、何か僕に対してやましいところでもあるのだろうか。
「ど、どうしてあなたがここに?」
「今日は一人で事件に関する聞き込みをしているんだ」
「あなた、刑事だったの?」
「怖い刑事に無理やり手伝わされてるんだよ。今日も朝から駆けずり回ってる」
「そう……それは、大変だったでしょうね」
「それで、せっかくだから君にも話を聞けたらと思ってね。君みたいな綺麗な人と話す機会なんて、こんなときでもないとなかなかめぐりあえないからさ」
「わたしは、昨日話したこと以上のことは何も……」
僕が部屋の中に入ってから、彼女はずっと伏目がちに机の端を見つめていた。
何がなんでも僕の顔を見てなるものかと、確固たる意思を持っているかのようだ。
「あれからいろんな人の話を聞いてるうちに、君の話とはまた違う話も聞けてね」
「……それは、どういう?」
「笑わないで聞いてほしいんだけど、実は君のほうがハワードさんに好意を持っていて、彼を横取りするために変な噂を流してたっていう話」
「そんな……デタラメもいいところだわ」
机の上を見つめる瞳を困惑に震わせながら、アレスが力なく首を振る。
僕は何となく胸の底のほうから溜息が迫り上がってくる気配を感じつつも、深く呼吸をして誤魔化しながら言葉を続ける。
「僕もそう思う。君みたいに綺麗な人が、わざわざそんな回りくどいことをする必要なんてないものな」
「そんなことは……」
「回りくどいことといえば、殺害方法にしたってそうだ。《異界の門》きっての才媛と言われる君ほどの魔術師なら、証拠を残さずに人を殺すなんてわけないはずだしね」
「……どうしてそのことを?」
刹那、唐突にアレスがその顔を上げてジッと僕の顔を見つめてきた。
僕の発したどの言葉に興味を引かれたのかは分からないが、急に事件について踏み込んでいったからか、あるいはまったく別の理由があるのか――。
「昨日、僕と一緒にいた女刑事がいただろう? 彼女、この街で刑事になるまでは《異界の門》で魔術の勉強をしていたらしい。ずっと君に憧れていたと言っていた」
「……そう……」
しかし、そんな僕の答えに再びアレスの視線は机の上に戻ってしまう。
その様子からすると、彼女が感心を持ったのは事件のほうだったのか。
とはいえ、その話題を掘り下げる前に僕には少し確認しておきたい話があった。
「実は事件のことよりも僕が気になっているのは、君があの事件にどう関わっているかではなくて、そもそも君がどうしてこんなところで教師をしているかなんだ。この街に魔術師養成学校ができるかもしれないって話、君は知ってる?」
「……ええ、わたしはそのための土台作りとして派遣されたから」
(まあ、そんな気はしていたけど……)
昨日の夕方、街頭演説でセオドール・ボルジアが口にしていたことを思い出す。
あの男はこの街に魔術師養成学校が建設される計画があると言っていた。
市民学校で魔術を教えることに何の意味があるのだろうとは思っていたが、養成学校設立のための布石だったのだと考えれば無理やり納得できなくもない。
ただ、それならそれで、どうしてこの街に魔術師養成学校なんてものを作ろうとしているのかという新たな疑問はわいてくるが……。
「あなたは、わたしを疑っているの?」
――と、あくまで机の上に視線を落としたまま、急にアレスがそんなことを訊いてくる。
ただ、その瞳はこれまでとは比較にならないくらい激しく揺らいでいて、何らかの決意を抱いて発せられた質問であろうことは察せられた。
とはいえ、その背後にどんな想いが秘められているかは想像もつかなかったが……。
「……どうかな。疑っていると言えば、疑っている。捜査には公平性が大事らしいんでね」
形のいいアレスの額をジッと見つめながら、僕が答える。
彼女は躊躇いがちにチラッチラッと何度か僕のほうに上目遣いの視線を向け、しばらくの沈黙を挟んだあとで奇妙な質問を投げかけてきた。
「……わたしが捕まればあなたは満足? あなたにとって何かメリットはある?」
「ええ?」
僕は思わず変な声を上げてしまう。
どうしてアレスがそんなことを訊いてくるのか、まったく理由が分からない。
本音を言えば、どうだっていいが……。
「まあ、犯人が捕まれば、少しはいいことあるんじゃないかな……?」
とりあえず、無理やり捜査につきあわされなくなるくらいのメリットはあるだろうか。
とはいえ、彼女が捕まって事件が幕引きとなることについては、何となく釈然としないものがあるのも事実だった。
どうやら僕は、自分で思っている以上にこの事件に対してのめり込みつつあるらしい。
「そう……」
「……ええと、どうかした? その、僕は本当に君の話を聞きたかっただけで、別に疑ってるとかでは……」
「もう話すことは何もないわ。出て行って」
しかし、アレスは急に力強い口調でそう言うと、そのままくるりと椅子を回して僕に背を向け、その背中にはっきりと分かるほど拒絶のオーラを漂わせはじめた。
もう何を言っても絶対に答えないし、絶対に振り返らないという確たる意思を感じる。いったい何が彼女の逆鱗に触れてしまったというのか……。
ひっそりと溜息を吐くと、僕は諦めて準備室を退散することにした。
女心が男に理解できるものでないことくらい分かっているつもりだが、それにしたってこれは少し難解すぎる。
「やあ、アレスさん……だったよね?」
もうだいぶ日も傾いてきた頃合いだったが、幸いにもまだアレス・R・フランチェスカは魔術教練実習室の準備室にいた。
いちおう部屋に入る前にノックはしたのだが、さすがに扉の向こうに僕がいるとは想像していなかったらしい。
ただ、それにしたって彼女の僕を見る顔はまるでお化けでも見ているかのようで、そこまで驚くようなことかとさすがに暢気な僕でも少し傷ついてしまう。
あるいは、まさかとは思うが、何か僕に対してやましいところでもあるのだろうか。
「ど、どうしてあなたがここに?」
「今日は一人で事件に関する聞き込みをしているんだ」
「あなた、刑事だったの?」
「怖い刑事に無理やり手伝わされてるんだよ。今日も朝から駆けずり回ってる」
「そう……それは、大変だったでしょうね」
「それで、せっかくだから君にも話を聞けたらと思ってね。君みたいな綺麗な人と話す機会なんて、こんなときでもないとなかなかめぐりあえないからさ」
「わたしは、昨日話したこと以上のことは何も……」
僕が部屋の中に入ってから、彼女はずっと伏目がちに机の端を見つめていた。
何がなんでも僕の顔を見てなるものかと、確固たる意思を持っているかのようだ。
「あれからいろんな人の話を聞いてるうちに、君の話とはまた違う話も聞けてね」
「……それは、どういう?」
「笑わないで聞いてほしいんだけど、実は君のほうがハワードさんに好意を持っていて、彼を横取りするために変な噂を流してたっていう話」
「そんな……デタラメもいいところだわ」
机の上を見つめる瞳を困惑に震わせながら、アレスが力なく首を振る。
僕は何となく胸の底のほうから溜息が迫り上がってくる気配を感じつつも、深く呼吸をして誤魔化しながら言葉を続ける。
「僕もそう思う。君みたいに綺麗な人が、わざわざそんな回りくどいことをする必要なんてないものな」
「そんなことは……」
「回りくどいことといえば、殺害方法にしたってそうだ。《異界の門》きっての才媛と言われる君ほどの魔術師なら、証拠を残さずに人を殺すなんてわけないはずだしね」
「……どうしてそのことを?」
刹那、唐突にアレスがその顔を上げてジッと僕の顔を見つめてきた。
僕の発したどの言葉に興味を引かれたのかは分からないが、急に事件について踏み込んでいったからか、あるいはまったく別の理由があるのか――。
「昨日、僕と一緒にいた女刑事がいただろう? 彼女、この街で刑事になるまでは《異界の門》で魔術の勉強をしていたらしい。ずっと君に憧れていたと言っていた」
「……そう……」
しかし、そんな僕の答えに再びアレスの視線は机の上に戻ってしまう。
その様子からすると、彼女が感心を持ったのは事件のほうだったのか。
とはいえ、その話題を掘り下げる前に僕には少し確認しておきたい話があった。
「実は事件のことよりも僕が気になっているのは、君があの事件にどう関わっているかではなくて、そもそも君がどうしてこんなところで教師をしているかなんだ。この街に魔術師養成学校ができるかもしれないって話、君は知ってる?」
「……ええ、わたしはそのための土台作りとして派遣されたから」
(まあ、そんな気はしていたけど……)
昨日の夕方、街頭演説でセオドール・ボルジアが口にしていたことを思い出す。
あの男はこの街に魔術師養成学校が建設される計画があると言っていた。
市民学校で魔術を教えることに何の意味があるのだろうとは思っていたが、養成学校設立のための布石だったのだと考えれば無理やり納得できなくもない。
ただ、それならそれで、どうしてこの街に魔術師養成学校なんてものを作ろうとしているのかという新たな疑問はわいてくるが……。
「あなたは、わたしを疑っているの?」
――と、あくまで机の上に視線を落としたまま、急にアレスがそんなことを訊いてくる。
ただ、その瞳はこれまでとは比較にならないくらい激しく揺らいでいて、何らかの決意を抱いて発せられた質問であろうことは察せられた。
とはいえ、その背後にどんな想いが秘められているかは想像もつかなかったが……。
「……どうかな。疑っていると言えば、疑っている。捜査には公平性が大事らしいんでね」
形のいいアレスの額をジッと見つめながら、僕が答える。
彼女は躊躇いがちにチラッチラッと何度か僕のほうに上目遣いの視線を向け、しばらくの沈黙を挟んだあとで奇妙な質問を投げかけてきた。
「……わたしが捕まればあなたは満足? あなたにとって何かメリットはある?」
「ええ?」
僕は思わず変な声を上げてしまう。
どうしてアレスがそんなことを訊いてくるのか、まったく理由が分からない。
本音を言えば、どうだっていいが……。
「まあ、犯人が捕まれば、少しはいいことあるんじゃないかな……?」
とりあえず、無理やり捜査につきあわされなくなるくらいのメリットはあるだろうか。
とはいえ、彼女が捕まって事件が幕引きとなることについては、何となく釈然としないものがあるのも事実だった。
どうやら僕は、自分で思っている以上にこの事件に対してのめり込みつつあるらしい。
「そう……」
「……ええと、どうかした? その、僕は本当に君の話を聞きたかっただけで、別に疑ってるとかでは……」
「もう話すことは何もないわ。出て行って」
しかし、アレスは急に力強い口調でそう言うと、そのままくるりと椅子を回して僕に背を向け、その背中にはっきりと分かるほど拒絶のオーラを漂わせはじめた。
もう何を言っても絶対に答えないし、絶対に振り返らないという確たる意思を感じる。いったい何が彼女の逆鱗に触れてしまったというのか……。
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女心が男に理解できるものでないことくらい分かっているつもりだが、それにしたってこれは少し難解すぎる。
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