無法魔術師はかえりみない ~殺人容疑をかけられたので逃げまわってたけど、酒の勢いで女刑事を押し倒したら一緒に事件を解決することになった件~

佐間野 隆紀

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三章

三章③ 無法魔術師は常に狙っている

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「お待たせしました」

 二番街にある名も知らぬ喫茶店のテーブル席に座ってひたすら冷めた珈琲とにらめっこをしていると、視界の外から聞き覚えのある声が耳に飛びこんできた。

 顔を上げると、入口のほうからメディア・ネイルズが生真面目そうに切り揃えられた前髪を揺らしながらこちらに駆けよってくる姿が見える。

「忙しいだろうに、わざわざこんなところにまで来てもらってゴメンね」
「いいんです。学校の近くだと知り合いや生徒に見られてしまうかも知れませんし」

 メディアは肩に提げていた鞄を下ろしながら、そう言って向かいの席に腰を下ろした。

 あれから(僕としては珍しく)何事もなくヘレナの家をお暇した僕は、その足で市民学校に向かって今度はメディアとの約束を取りつけることに成功した。

 そして、待ち合わせまでの退屈な時間を、わざわざテーブル席に座って珈琲一杯でひたすら粘るというお店にとってはこの上なく迷惑な行為で耐え忍んでいたわけである。

 メディアは注文を取りに来た店員にホットの紅茶を所望すると、昨日と変わらない何処か物憂げな瞳で躊躇いがちに僕の顔を見つめてきた。

「その、ヘレナの話ですよね?」
「うん。あのあとすぐに彼女の家に行ったんだ。それに今日も会ってきた。昨日はまだ少し荒れていたけど、今日は随分とスッキリした様子だったよ」
「そうですか。よかった……」
「彼女も君のことを心配していた。もう半年くらい顔を合わせていなかったそうだね」
「……はい」
「てっきり、今も仲良く友人関係を続けているものと思ってたよ。やっぱり、ハワードさんとつきあいはじめたことがきっかけで距離ができちゃったのかな?」

 毎度ながら率直すぎるくらい率直に訊くと、メディアが驚いたように目を見開いて、それからほんの少しだけ笑った。

「ふふっ……そういうこと、遠慮なく訊いてくるんですね」
「重要なことだからさ。もし君がもうハワードのことを完全に吹っ切れてるなら、僕にもチャンスがあるってことだろう?」
「変な人……わたしとハワードの関係は、そんな微笑ましいものではないですよ」

 店員が注文した紅茶をテーブルに運んできて、メディアは笑っているのか泣いているのか分からない顔をしながらその紅茶のカップにそっと口をつける。

「ヘレナさんは、君もハワードさんのことを愛しているって言っていたけど」
「まさか。わたしはずっと、ハワードから卒業しなきゃいけないと思っていただけです」
「卒業?」
「彼と幼なじみだって話はしましたよね。わたしたち、確かに恋人みたいな関係だったときもあります。でも、それだってあまり健全なものではなかったわ」
「普通の恋愛関係ではなかった?」
「共依存に近い形だったと思います。わたし……ずっと父に乱暴されていて、本当に彼くらいしか頼れる人がいなかったから」

 なんと。僕も不躾にいろいろと訊くほうだと思うが、彼女も発言に躊躇いがないな。

 一口に乱暴と言っても、男女の間ではいろんな意味を含むと思うが……。

(最愛の子に最愛の妻を奪われた父親か……)

 擁護する気はないが、父親の抱えたものも決して一言で言い表せるものではなかったことだろう。それが歪んだ形で発露してしまった結果なのかもしれない。

「でも、それならなおさら、ハワードさんと距離をおくのは辛かったんじゃ……」
「父が生きていたら、そうだったかもしれません」
「というと、お父さんはもう……?」
「はい。酔っ払い同士の些細な喧嘩であっさり。ふふっ……そのときも魔術で殺されたんだそうです。魔術はわたしからすべてを奪い取っていきますね」

 そう言って、メディアは自重的に笑った。

 その表情にも声にも感情の波は感じられず、ひょっとしたら彼女もまた最初からまともではなかったのかもしれない。

 出会ったときからずっと変わらぬ物憂げな表情はその性格に起因するものだと勝手に思い込んでいたが、それも何かしらの薬を服用した結果のものだったとは考えられないか。

「ヘレナに心を救われ、大好きで大嫌いだった父がこの世を去って、わたしはやっと自由になれた気がしたんです」

 まだ湯気を立てる紅茶をシュッと吸い込みながら、訥々とメディアが告げる。

「だから、ハワードとの歪んだ関係も何処かで終わらせないと思っていました。そうしないと、前に進めないんじゃないかって」
「ハワードに対する感情は、愛ではなかった?」
「分かりません。でも、彼がわたしに向ける感情も決してまっすぐな愛情ではなかったと思います。とくに彼のお母さんが亡くなってからは……」

 ハワードの母か……。

 結果的に自殺ということになってはいるが、その死には謎が多い。

 それに、ハワード自身はその容疑者にすらされている。

「ハワードの女癖が悪くなったのも、彼のお母さんが亡くなられてからです。でも、ヘレナとつきあうようになってから少しマシになったみたいで、そういう意味でも結果的に二人の出会いはよかったんだと思います。こんなことにさえならなければ……」
「ヘレナさんが君にしたように、ハワードさんの心も救ってくれたのかもしれないね」
「きっとそうなんだと思います。でも、ヘレナが元気そうで……いえ、元気ではないのかもしれないけど、無事でよかったです」
「そうだね。また会いに行ってみるといい。積もる話もあるだろうから」
「そうします。いろいろとありがとうございました」

 そう言って、メディアは天辺が見えるくらい深々と頭を下げてみせた。

 最初から最後まで彼女は何処か物憂げで、きっとそれは僕なんかが想像もつかないほどずっと前から変わっていないのだろう。

 それから僕らは残りの珈琲と紅茶を飲み干して店を出ると、いちおう連絡先だけ確認させてもらってから別れた。

 ヘレナと違ってこちらはまだチャンスもありそうだし、いろいろと片づいたら今度は一緒に酒でも呑まないかと誘ってみてもいいかもしれない。
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