唾棄すべき日々(1993年のリアル)

緑旗工房

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第34話 F君の異変

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まるでおバカな大学生の飲み会のようなノリノリの雰囲気が続く中、ふと気がつくと俺の横にいるF君の様子が変だ。
先頭に立って盛り上げていたFくんだが、しばらく前から妙におとなしいし、なにやらゴソゴソしている。
その謎は、すぐ解けた。

やがてバラード調の曲のイントロが流れてきたが、誰もマイクを取らなかった。
誰の歌かと顔を見合わせていたら、F君が「あ、これ自分です」と言って立ち上がってマイクを受け取った。
その姿を見て誰もが驚愕した。
なんとF君は全裸、ご丁寧に靴下まで脱いでいた。
なんとまあ、芸の細かいこと。
さすがに前は手で隠していたが、まさかカラオケボックスで全裸になるとは。
俺も驚いたがまわりの連中も驚き、その驚きは爆笑から大歓声に変わった。

全裸で前だけかろうじて隠しながら歌うF君の歌が終わりかけた時、主役のU君が戻ってきた。
戻る早々グラスと曲探しの本を渡されたU君は、異常な盛り上がりと全裸のF君に戸惑いながら、俺に大真面目な顔で尋ねてきた。

「私も脱いだほうがいいですか?」

さすがに主役を脱がせる訳にはいかなかったが、空気を読んだのか乗り遅れたくなかったのか、U君にマイクが回ってきた時にはお約束通りズボンを下ろして盛り上げていた。
仕事は真面目だけど遊び上手でノリがいいことで有名なU君らしい行動が可笑しく嬉しかったが、そんなU君が辞めていってしまう今の状況が悲しく悔しかった。

やがてU君が行くはずだった店から呼び寄せた女の子達と合流して4次会の店へ移動した。
電車の始発まではまだ時間があるが、この感じでは始発どころか昼までこの宴は続きそうだ。

社内では、宴会は金曜開催が暗黙のルールになっていた。
この業界は若い会社が多く、ウチの会社も平均年齢が若くて遊び盛り多い。
どうせ遅くまで飲むのだから翌日休みの金曜開催が無難なのだが、週末は予約が取りにくいことが多く宴会幹事は苦労することが多かった。
もっともこの不況で客足が落ちたようで、その心配もなくなっていた。

不況前の飲み会でも盛り上がることはあったが午前2時か3時にはお開きになって、タクシーかカプセルホテルがお決まりだった。
しかし不況になってからは飲まなきゃやってられない気持ちが強く、特に送別会だと始発どころか翌日の昼まで飲んだという話も耳に入っていた。
なにかと懐が寂しい時期なのにとんだ無駄遣いではあるが、飲んで騒がないとやってられないのだ。

ろくにボーナスが出ないのに朝帰りどころか昼帰りとなると、当然夫婦喧嘩にもなる。
平時なら送別会ぐらい大目に見てくれと言えるが、なにしろこの状況なので送別会の数も多い。
そりゃ夫婦喧嘩にもなるってもんだ。

そういえばボーナス80%カットが発表された日の夜、憂さ晴らしに後輩数人を連れて飲みに行ったヤツがいた。
二次会は女の子のいる店に繰り出して飲めや歌えやでストレスを発散したのはいいが、酒で気が大きくなって翌朝まで豪遊して後輩たちにも奢り、僅かなボーナスどころかその数倍の額を一晩で使ったそうだ。
当然だけど奥さんは激怒、しばらく夫婦関係はギクシャクしたらしい。
バカなヤツと言ってしまうのは簡単だし、怒る奥さんのほうが正しい。
でも、俺も周囲もその話を聞いた時は笑いながらもしんみりしてしまった。
こんな日々がどれだけキツいのかは、たとえ夫婦でも伝わり切らないのだろう。
だからこそ、なんとなく同じ辛さを共有している俺たちは妙に結束している気がする。
U君の送別会だって、平時ならここまで多くの人がオールナイトで付き合わなかった気がする。
俺たちみんな戦友だ、という結束感が出てきている気がする。


女の子が合流して雰囲気が変わった四次会では酒が進んだ。
三次会で歌い踊って少し酔いが覚めた脳みそに酒が染み渡り、残業が続いて疲れていた上に若手のペースで飲み続けていたので、だいぶグロッキーになっていた。
時計の針が4時を過ぎたころ、俺はU君に声をかけた。

「ごめん、最後までつき合いたかったけど体力の限界だ。
俺はこのあたりで失礼するは」

U君と女の子が店の外まで見送ってくれ、U君と最後の別れの挨拶を交わした俺は車中の人となった。
流石に疲れ果てて家に帰ってから泥のように寝たが、いい夜だった。
もう会うことはないであろうU君との最後の夜、いい時間を共有できて嬉しかった。
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