こちら冒険者ギルド、特殊調査官! 貴方に魔獣の情報をお届けします!

髭男爵

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プロローグ 特殊調査官

矜持

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「おい、お前何してんだ?」


 横からがっちりと太い腕を掴まれた。 
 一人の獣人が二人の間に立っていた。
 誰もいつそこに男が現れたのか分からなかった。
 ただ扉だけが何かが通ったように開閉を繰り返している。

「何だお前……っ! いたたたたっ!!」

「お前は今、誰に、何をしようとしたんだ?」

「あ、がぁぁぁ! 腕が、腕がぁぁぁ!」

 太い男の手を何事もないように捻りながら狼系獣人の男ーーベオルフが無表情で言う。
 痛みに耐えきれず冒険者は持っていた酒ビンを地面に落とし、膝をつく。

「てめぇ……!」

「雑魚は黙ってろ」

 仲間の危機に他の冒険者が反応するがベオルフからの殺気を受け途端に顔が蒼白になる。他の冒険者もギルド職員も突如現れたベオルフに何も言えない。言い出せない。圧倒的強者の気配に誰もが口を噤んだ。
 ピシリと男の腕から嫌な音が鳴る。

「ベオルフ!」

 いや一人いた。ピカソである。

「ベオルフ、駄目です! それ以上すると折れちゃいます!」

「……ちっ、運が良かったな」

 舌打ち、パッと手を離すと冒険者は尻餅を着く。痛みに手を抑えながら戦慄恐々とした様子で顔をあげた。

「ベオルフ……? ベオルフって言やぁまさかあの『地竜降し』のベオルフ・ヴァンデルンクか!?」

 男の言葉に静かだったギルドの冒険者達がざわりと騒めきたつ。

「例の『地竜下し』……!?」

「一人で新種の竜を倒したって言うあの」

「《魔獣の暴走スタンピード》の時も一人で数十の魔獣を殴り倒し、その血肉を貪ったって噂の」

「《7欠月シェバ》の冒険者が何だってこんな場所に……」

「あん? 何だよこんな所にも知ってる奴がいるのかよ。つーか誰だ血肉を食べたって言った奴。さすがに火を通さなきゃ食わねぇよ」

 ベオルフは自身に向けられる好奇と恐れの視線に居心地悪そうに頭をかいた。男は信じられないとばかりに目を見開き、左手でこちらを指差す。

「な、なんで《7欠月シェバ》の冒険者が『特殊調査官』なんかと一緒にいるんだよ!? おかしいだろ!?」

「俺がしようと決めたんだ。他人にどうこう言われる筋合いはねぇぜ」

「なっ、ぼ、冒険者なのにギルドの犬なんかになったのか! ギルドなんて俺たちの事を拘束するだけじゃねぇか! 特に『特殊調査官』になんて至っては居てもいなくても変わらないただの穀潰しだろ!?」

「その冒険者ギルドの恩恵を受けているお前が言うな。冒険者のモットーは自由。ならば誰と一緒に居ようと俺の自由だ。それに特殊調査官は居ても居なくても変わらないだと? お前だってギルドの魔獣資料を見たことがあるだろ? それを書いたのは誰だと思っている。その調査官達だ。分かったらわめくな見苦しい」

 男の挑発をベオルフは歯牙にもかけなかった。だがっと食い下がる男をひと睨みする事で黙らせる。

「……お嬢」

「大丈夫。私は気にしていませんから」

 ふぅと軽く息を吐き、ピカソは顔色の悪いギルド職員に向き直った。

「……近日中に、これまでの資料や依頼者との内容の確認を行い取り纏め次第提出して下さい。そうすればギルドの一時的な封鎖はしないことにします。ただし、此度の怠慢について中央への報告はさせて頂くのでそのつもりで」

 それだけ言い、すたすたと出口へと向かう。ベオルフも追従する。

 倒れていた冒険者はひっと、後ずさった。

 ピカソは振り返らずにギルドを出た。最後にギルド全体をひと睨みした後、ベオルフも後を追った。
 最後には嵐でも過ぎ去ったような静かな冒険者ギルドの場だけが残った。





「お嬢! 待てってばお嬢!」

 足早に冒険者ギルドから離れるピカソに追いつき、ベオルフは尋ねる。 

「どうしたんだよ、俺の言葉に反応しないで……。お嬢?」

「あぁ~、こ、怖かったぁ~。もう駄目腰抜けましたぁ~」

 心底安堵した声を出してへたり込む。
 その様子にやっと元に戻ったとベオルフは笑顔を浮かべる。

「お嬢にしては頑張ったな。かっこよかったぜ」

「何でもっと早く来なかったんですか、下手したら死んでましたよ私。『子供より弱いピカソちゃん』って街でも有名なんですよ!?」

「悪りぃな、猟師達の話が予想以上に長引いてな。でも終わったら走ってすぐ向かったから間に合っただろ?」

「それはそうですけど……」

 むぅとふて腐れた表情で口を尖らせる。しかし、頼んだのは自分なのでここでベオルフを責めても仕方ないと判断する。
 ベオルフもピカソの様子に気付き、真面目な顔に引き締める。

「それにしてもよお嬢、良かったのかあんな甘い裁定で」

「甘くないですよ、少なくともあのギルド職員達は中央への報告によりこれから出世の道を閉ざした事になります」 

「確かにそうだけどよ……。それよりもギルド封鎖するって話があったんだよな? 何で取りやめたんだ?」

「あれですか? ギルドの一時的な封鎖なんてのはただの脅しです。実際に封鎖されたのは過去に一度しかありませんし私よりずっと権限も信頼も上の調査員でした。それに閉鎖したらその後のギルド経営とか跡継ぎの要請に時間が掛かりますし、早急に解決しないといけない案件があるのにそんなことをしたら対応が後手に回っちゃうからデメリットしかありませんよ。それよりも」

 くるりとピカソは立ち上がって振り返り、ぐいっとベオルフに前屈みに近付く。そしてぴんと指を立てる。

「助けてくれたのは感謝してます。でも折ろうとしたのは駄目です。冒険者は身体が資本なんですから、折っちゃったら仕事に支障が出ちゃいます」

「あぁいう輩《やから》は一度痛い目合わないと懲りねぇんだよ。後進の為にも一度鼻っ柱折っといてやっとかないといけねぇしあれで良かったんだよ」

「だとしても、です。ベオルフならそんな事しなくても相手を無効化できるでしょう? ならもっと穏便な方法があったはずです。私の為に怒ってくれたのは分かってます。でも私を庇ったせいでベオルフに悪名が拡がるのは悲しいですから……」

「お嬢……」

 哀しげに顔を伏せるピカソに言葉が詰まる。ベオルフとしては暴力を振るおうとした冒険者に血が上りそのままへし折ってやろうと考えてた。しかしそれが逆にピカソを傷付ける結果となってしまった。
 ギリっと不甲斐なさに歯を食いしばる。

 この少女を守る。そう誓ったはずだ。

「分かったよ、次からは気をつける。……多分な」

「む、多分じゃなくて絶対ですよ」

 ぷくっと頰を膨らます。

「努力はする。だが確約はできないな。悪りぃな、獣人は喧嘩っ早いんだ」

「むー、しょうがないです、ならこうしましょう」

 ピカソが小指を立てる。

「何だそりゃ?」

「遠くの地では約束する時はこうやって指を絡めて言葉を紡ぐらしいですよ。前にウォレスのおじさまから聞きました。ほらベオルフも早く」

「お、おう」


 細いピカソの指と太く爪が伸びたベオルフの指が絡み合う。
 謳うように約束して小指を離す。

「はいっ、これで大丈夫です!」

「変わった内容だな」

「そうですね、確か約束を破った時に指を全部切り落としてゲンコツを一万発、更には針を1000本を飲ます落とし前をつけるものだと聞いています」

「んだよそれ怖すぎだろ!?」

 予想外に恐ろしい内容にベオルフの肌が鳥肌立つ。

「今ではただの約束をする時の風習としての、内容なんで実際に破っちゃってもそんな事しませんよ。だからそんな怯える必要はありませんよ」

「あ、そうなのか。安心したぜ。だけどよ、そしたらこんなんに効力があんのかよ」

「あるにしろないにしろ、約束したと事実が大切なんですよ。それでベオルフベオルフ。猟師達の話はどうでした?」

「あぁ」

 マジマジと小指を見つめてたベオルフだがその問いに佇まいを直した。

「猟師に話を聞いたがどうやらここから北西に大きな川があってそこからこの村や街に水を引いているらしいぜ。更に上に行くと他の森林より大きい木が沢山生えている一帯があるらしい。あと、そこから南の方にはいくつか小規模の湖があるって話だ。それに手描きだが地図も貰ってきた」

「地図を貰えたのは僥倖ぎょうこうですね、これで大体の位置と見て比べることができます。見せて貰えますか?」 

「あぁ、これだぜ」

 ベオルフから地図を受け取りふむふむと頷く。

「とりあえず、これを元にこれからこの村周辺の森を調べてみる事にします。冒険者ギルドが周辺の魔獣の生息状況を把握していない以上自らの足で見て回るほかありませんから」

「そうだな。けどお嬢はどの道自分で見て回るつもりだったんだろ?」

「えぇ、それは勿論! だって此処は新しい開拓村。いわば人の手が殆ど入っていない自然の宝庫ですよ! 探索しないだなんて損じゃないですか! あぁ、どんな植物や魔獣が存在してるのかなぁ。景色も気になります!山の上から見た風景も気になるなぁ。あ、もしかしたら妖精種とかも住んでるかも! うー、想像するだけでどう色を塗ったり描いたりするかインスピレーションが湧いてきます! こうしちゃいられません、早く、早く行きましょう!」

 キラキラとした様子でまだ見ぬ景色に想いを馳せ、早く早くと急かす。
 その様子が先程の姿とは似ても似つかわず、可愛らしいものでついベオルフは笑ってしまう。

「むっ、何ですか笑ったりして。おかしいですか?」
「いいや、別に。お嬢がおかしいのは何時もの事だしな。それよりもお嬢はそうやって笑ってるが似合ってるなって思っただけだ」

 あんな哀しげな顔よりもずっと似合ってる。ベオルフは嘘偽りなくそう思っていた。
 じとっとした目でこちらを見ていたピカソがその言葉にキョトンとした後、また華が咲くように笑った。

「うひひっ、ならもっともーと笑ってあげます! にひひっ、ひひ、でゅふ、でゅふふ」 

「あ、その笑い方は気持ち悪いわ」

「何でですか! 笑ってる方が似合ってるって言ったのはベオルフですよ!」

「さすがにでゅふふとか笑ってるのを可愛いとは思えねぇからな。シャロットの野郎みたいだった」

「ふがー! 怒りました! もう怒りましたよ! 乙女心を弄んだ罪は重いのですよ! 食らえ、乙女の鉄拳!」

「おっとあぶねぇ」

 ベオルフはピカソの頭を手のひらで押さえる。
 ぐるぐると叩こうと何度も腕ごと回転させるがいかんせん身長差で届かない。ピカソの拳は虚しく空を切る。それを見てベオルフは楽しそうに、本当に笑う。

「むがー!! ふがー!」

「はっはっはっ、お嬢の身長じゃ俺には届かねぇよ」
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