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枯れ木の謎を追え
新しい依頼
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"泡鳥"を確保する際に散らばった書類をノエーチェが片付け始める。その動きは手慣れたものであれだけ汚れていた部屋が瞬く間に見違えるほど綺麗になっていく様は感嘆すら出る。
ベオルフは改めて部屋を見た。
長テーブルは大理石を大胆にも真っ平らにした物で凹凸一つなく艶やかで、天井にあるドワーフ族によって作られた精巧なシャンデリアの光を反射している。
扉とは反対側にある窓は大きく、日光を遮る為のカーテンも大きく立派である。
壁にはとある魔獣を有名な画家に描かせたとか言う絵画が大小様々に飾られている。一番大きいもので3mはあるだろう。なるほど、どれもこれも美しく生命に溢れるものばかりで正しく名画と呼ぶに相応しい。もっとも、一部が爪の後やら足跡が残っているからその価値に大きく損なわれているのも間違いない。
描いた画家もこの自らが手掛けた作品がこんな惨状だとしると嘆かずにはいられないであろう。
その他諸々の飾られた品も数こそ少ないが非常に立派であった。
調度品は貴族や有力者にとっての権力の象徴、即ち力を表す。これだけの一級品を集めれるなど、どれ程の力を持っているのだろうか。
改めて自分がいる場所はギルドにとっても最重要人物であることに幾らか緊張が走ってくる。
普通例え高位冒険者であろうとおいそれとギルドのお偉いさんに簡単に会えることはない。
しかもそのお偉いさんの中でもトップのアルコンテスに直接会えるとなると片手で足りるかどうかだろう。
もっともその緊張はいつもウォレスの緩い態度ですぐさま消え去るのだが。
そんな風に思っているとノエーチェが入れた紅茶の芳ばしい香りが執務室に広がり始めた。
「どうぞ、マルティーノ地方で採れたての茶葉を使った紅茶です。熱いので火傷しないよう気をつけて下さい」
「あれ、ノエーチェ君。僕にはないのかい?」
「お客様を優先なので、貴方様は後です」
「ははは……そうか……。あとその菓子ってもしかして棚に入れてあったものじゃない?」
「それが何か?」
「いやだって、それは僕が態々朝早くから並んで買った……。いや何でもないよ、うん、ははは……はぁ」
ノエーチェに睨まれて何も言えなくなりウォレスが気落ちしてるのに若干罪悪感を感じながらベオルフは貰った紅茶を啜《すす》る。
香ばしくも僅かな苦味が程よく旨味を引き立てている。僅かに入れられたジャムが絶妙なバランスで舌に広がる。
「……こりゃ美味いな」
「むふっ、甘くて美味しいです!」
「ピカソ様のには白砂糖とミルクを少し多く入れてますので苦味は消えますが代わりにコクが強くなりますので大変美味かと思います」
「はい、私もこの方が好きです」
ピカソには砂糖を入れて甘くするという考慮も行き届く完璧な対応である。
正に秘書の鏡だ。だが、肝心の主人への対応は冷たい。
その後、いくつか菓子を摘み、最後になったウォレスが淹れられた紅茶を啜《すす》り嬉しそうに破顔する。
「相変わらずノエーチェ君の紅茶は美味しいねぇ。僕も淹れてみるんだけど、どうしてか味に雑味が混じって美味しくないんだよ」
「ウォレス様は見た目に反して杜撰なのですから当然です。紅茶は淹《い》れる温度や空気の含み方によって香りが変わります。不器用なウォレス様には到底無理です」
「いやいや僕だって丁寧にしようとは思っているんだよ? でもどうしてか皆が止めるんだよ。僕も頑張ろうとしているのに『そこで座ってて下さいっ!』って。懇願までされてしまったよ。やっぱり僕がした方がより良くなると思うんだけどなぁ」
「以前巣の形を良くしようと魔蜥蜴の卵を触ろうとして落っことして危うく割りかけたのは誰ですか。あの"泡鳥"だって生まれたばかりの時に手に取ろうとして研究員に止められていたでしょう? 忘れたとは言わせませんよ」
「そ、それは……」
「貴方様が良かれと思って手を出しているのは知っています。しかし人には適材適所があるのです。分かったらそこで大人しくしといて下さいな。ジャマですから」
邪魔と言いながらもノエーチェの口調は優しかった。だがそんな事はわからないウォレスは肩を縮めながら困ったように溜息をついた。
「おじさま相変わらず尻にひかれてますね」
「本当だよ、秘書になった当初はまだ慇懃な態度だったのに段々と遠慮がなくなっていってすぐに今の態度になってね。何をするにしても馬鹿ですかと言われて心労がたたるよ。そりゃ確かにノエーチェ君の言うことにも一理あるけど、それはそれで結構心にはグサっとね。おかげで頭の毛が……あぁ、まだ禿げてはいないよ!? ほんの少し、すこーし薄くなっただけだからね!?」
「だ、大丈夫ですよおじさま! おじさまぐらいの歳でも禿げてる人はいますから! おじさまだけが特別なワケじゃありません!」
「あ、ありがとうピカソ……」
フォローのつもりが逆にトドメになったウォレスは先程よりも老けて見えた。思わずベオルフは笑いそうになったが耐える。
「ま、まぁこの話はここまでにしよう。それよりも君たちをここに呼んだ本題に入ろうか」
カチャリと紅茶を置き、ウォレスは真剣な眼差しになる。二人は佇まいを直す。
「新しい開拓村での『魔獣の異常行動』の解決、見事だったね。オーロ村でも水路の見直しが検討されていると聞く。元々早急な開拓も目指していたせい色々と不備があったと聞く。新たな人員も向かわせたから恐らくもう心配ないだろう。それと報告書にあった冒険者ギルドの怠慢についてだが『事務部門』のヤオー君に話をつけておくよ。きっと何らかの手を打ってくれるだろう。ご苦労だったね」
「いえ、私は自分の任された仕事を果たしただけですから」
「与えられた仕事をこなせるのは優秀な証だよ。そうそう、こないだ伝手で"白銀馬"の尾を使った筆を貰ったんだが僕よりも君が持っていた方が良いだろう。だから報酬代わりにあげるよ」
「本当ですか!? わーい!」
「お嬢、ウォレス様の前だぞ」
「はっ!」
「あはは、いいよいいよ。ずっと堅苦しいままだと僕も疲れちゃうからね。うん」
喜ぶピカソをウォレスは微笑ましいものを見る慈愛の目で見つめていた。
会ったことはないが色々と濃い面々だと噂されているアルコンテスの中でウォレスは最も温和だと思う。
「さて、僕としては君達に休暇の一日や二日上げたいところだがどうやらそうはいかないようなんだ。ノエーチェ君」
「はい」
ウォレスの視線にノエーチェは片手に抱えてあった書類を取り出す。
雰囲気の変わったウォレスに必然的にピカソとベオルフの気持ちも引き締まる。
「新しい指令だ。此処から南に行った所にあるハーニー町。花畑と"赤蜜木《メイプルツリー》"と呼ばれる木に巣を作る"ピンクビードル"を飼育し蜜を取る養蜂の盛んな地として有名な所だがその地で突然多くの木々が枯れる不可思議な現象が起きたらしい。現地の在住調査官達も原因を調べているが未だ特定に至っていない。そこで君達特殊調査官にも調査に向かってもらい在住調査官と連携して事態の収拾を図ってほしい」
ピカソが受け取った資料にサッと目を通す。ベオルフも横からそれを覗き込む。資料は要点を押さえ、それでいて抽象的な内容でなく、分かりやすいよう纏められている所からノエーチェの真面目さが伺えた。
「ハーニー町……。確か数十年の歴史を持つ町ですね。特産品として有名なのも"ピンクビードル"の蜂蜜……成る程、確かに早く解決する必要がありますね。あの、木々が枯れ始めたと言いましたけど一体いつからになるんですか?」
「そうだね、確か初めに木々が枯れ始めたのが一ヶ月ぐらい前になる」
「一ヶ月!? おいおい何で今頃になって特殊調査官を派遣することになったんだ? ……じゃなかった、ですか?」
「木が枯れ始めた初期の頃はハーニー町でも冒険者ギルドでもそこまで重大視していなかったんだ。片手数える程だったし、元々枯れてもおかしくない老木だったからね。でもそこから一気に元気な若木も大量に枯れ果てたことから大慌てで調べ始めたんだ。だが向こうが自分達の町で起きたことだから自分達で解決すると応援を拒否してね。彼処の在住調査官はハーニー町出身の者が多いから外部の手を借りるのは嫌がったんだろう。類似した事例がないか調べる為にも何とか資料は送ってもらった。でも、それだけじゃ不十分だと判断して冒険者ギルドだけでなく町との協議の結果、こちらがねじ込む形で何とか1組の特殊調査官を送るという妥協で手を打った。余り権力は使いたくなかったけどこんな時に使わないと僕のいる意味がないから強引にさせてもらったよ」
「何故私たちなんですか?」
「元々特殊調査官は数が少ない上に今は皆別の任務を受けていて近くにいないんだよ。正直言ってピカソ達が早く帰って来てくれて助かった。でなければもっと対応が遅れて……いや、今でさえ遅れているから首の皮一枚繋がったとはまだ言えない。だから早急に事態を収拾する必要がある。このままではハーニー町は取り返しのつかない大打撃を受ける事になるからね」
「……分かりました、この仕事お引き受けします。念の為後で資料室の閲覧権を貰えますか? 過去に木が突然枯れた記録がないか見ておきたいので」
「あぁ、勿論与えよう。けど、持ち出しは駄目だよ? 一般公開されているのと違って機密情報の塊みたいなものだしね。大したものじゃなくともギルドの方針として流出するのは避けたいんだ」
「わかってますよ、おじさま。私ももう子どもじゃないんですから」
「そうかそうか。あの時の小さい子が頼もしくなったものだね。僕も嬉しいよ」
「えっへん、私ももう大人ですから」
頰を描きながらデレッとする様はやはり子どもにしか見えないがウォレスは何も言わない。
優しげな目で見た後ベオルフに視線を向ける。
「そういうことでベオルフ君も任せたよ」
「任せて下さい。何があってもお嬢は守り抜きます」
「ははは、敬語は良いって言ってるのに」
「プライベートならともかく、仕事の話でそれを怠ると背後のおっかないのに怖いほど睨まれるんでね、勘弁して下さい」
「おや、一体誰の事でしょうかね?」
すっとぼけた声色のノエーチェにお前のことだよとジト目で見るが涼しい顔で無視される。いつもの事だ。
「ははは……。さて、これで仕事の話は終わった。今日の仕事はこれで終わりだ! さっきの話の続きをするとしようか!」
げっとノエーチェとベオルフが顔をひきつらせるが時すでに遅し。ピカソが身を乗り出し聞く体制に入った。
「さっきも言ったけどこの泡鳥は研究所で人工孵化をさせた鳥なんだ。"泡鳥"の吐く泡は軽い上に丈夫という性質を持っていて、実際この泡鳥も成長すれば吐けるはずだよ。吐けるようになれば、この胸元の白い毛が水色になるんだ」
「はいはい! 私ちょっと触ってみたいです!それとこの子はオスですか? メスですか? あと名前はあるんですか?」
「この子はオスだよ。それと名前はまだ決まっていないんだ。研究員達にも候補はいくつか上がっているけどどれも中々ピンと来るものがなくてね」
「じゃあ、私が名前を考えて良いですか?」
「うーん、そうだね。構わないよ」
「やったぁ! えーとえーと……胸元の白い毛、三日月みたいですね。なら、海外の言葉で月はルナと言います。そこから発想を得て、るーちゃん! るーちゃんにします!! るーちゃん、私はピカソです。これから宜しくね?」
≪クェェェー!≫
"泡鳥"が元気よく鳴く。
何とも安直な決定だが"泡鳥"も気に入ったようだ。
二人はその後も魔獣の話で盛り上がり、背後でノエーチェは「仕事が……」と頭を抱えて呻き声を上げ、ベオルフは
「こりゃ夕方まで終わらねぇな……」
とぽつりと呟いた。
ベオルフは改めて部屋を見た。
長テーブルは大理石を大胆にも真っ平らにした物で凹凸一つなく艶やかで、天井にあるドワーフ族によって作られた精巧なシャンデリアの光を反射している。
扉とは反対側にある窓は大きく、日光を遮る為のカーテンも大きく立派である。
壁にはとある魔獣を有名な画家に描かせたとか言う絵画が大小様々に飾られている。一番大きいもので3mはあるだろう。なるほど、どれもこれも美しく生命に溢れるものばかりで正しく名画と呼ぶに相応しい。もっとも、一部が爪の後やら足跡が残っているからその価値に大きく損なわれているのも間違いない。
描いた画家もこの自らが手掛けた作品がこんな惨状だとしると嘆かずにはいられないであろう。
その他諸々の飾られた品も数こそ少ないが非常に立派であった。
調度品は貴族や有力者にとっての権力の象徴、即ち力を表す。これだけの一級品を集めれるなど、どれ程の力を持っているのだろうか。
改めて自分がいる場所はギルドにとっても最重要人物であることに幾らか緊張が走ってくる。
普通例え高位冒険者であろうとおいそれとギルドのお偉いさんに簡単に会えることはない。
しかもそのお偉いさんの中でもトップのアルコンテスに直接会えるとなると片手で足りるかどうかだろう。
もっともその緊張はいつもウォレスの緩い態度ですぐさま消え去るのだが。
そんな風に思っているとノエーチェが入れた紅茶の芳ばしい香りが執務室に広がり始めた。
「どうぞ、マルティーノ地方で採れたての茶葉を使った紅茶です。熱いので火傷しないよう気をつけて下さい」
「あれ、ノエーチェ君。僕にはないのかい?」
「お客様を優先なので、貴方様は後です」
「ははは……そうか……。あとその菓子ってもしかして棚に入れてあったものじゃない?」
「それが何か?」
「いやだって、それは僕が態々朝早くから並んで買った……。いや何でもないよ、うん、ははは……はぁ」
ノエーチェに睨まれて何も言えなくなりウォレスが気落ちしてるのに若干罪悪感を感じながらベオルフは貰った紅茶を啜《すす》る。
香ばしくも僅かな苦味が程よく旨味を引き立てている。僅かに入れられたジャムが絶妙なバランスで舌に広がる。
「……こりゃ美味いな」
「むふっ、甘くて美味しいです!」
「ピカソ様のには白砂糖とミルクを少し多く入れてますので苦味は消えますが代わりにコクが強くなりますので大変美味かと思います」
「はい、私もこの方が好きです」
ピカソには砂糖を入れて甘くするという考慮も行き届く完璧な対応である。
正に秘書の鏡だ。だが、肝心の主人への対応は冷たい。
その後、いくつか菓子を摘み、最後になったウォレスが淹れられた紅茶を啜《すす》り嬉しそうに破顔する。
「相変わらずノエーチェ君の紅茶は美味しいねぇ。僕も淹れてみるんだけど、どうしてか味に雑味が混じって美味しくないんだよ」
「ウォレス様は見た目に反して杜撰なのですから当然です。紅茶は淹《い》れる温度や空気の含み方によって香りが変わります。不器用なウォレス様には到底無理です」
「いやいや僕だって丁寧にしようとは思っているんだよ? でもどうしてか皆が止めるんだよ。僕も頑張ろうとしているのに『そこで座ってて下さいっ!』って。懇願までされてしまったよ。やっぱり僕がした方がより良くなると思うんだけどなぁ」
「以前巣の形を良くしようと魔蜥蜴の卵を触ろうとして落っことして危うく割りかけたのは誰ですか。あの"泡鳥"だって生まれたばかりの時に手に取ろうとして研究員に止められていたでしょう? 忘れたとは言わせませんよ」
「そ、それは……」
「貴方様が良かれと思って手を出しているのは知っています。しかし人には適材適所があるのです。分かったらそこで大人しくしといて下さいな。ジャマですから」
邪魔と言いながらもノエーチェの口調は優しかった。だがそんな事はわからないウォレスは肩を縮めながら困ったように溜息をついた。
「おじさま相変わらず尻にひかれてますね」
「本当だよ、秘書になった当初はまだ慇懃な態度だったのに段々と遠慮がなくなっていってすぐに今の態度になってね。何をするにしても馬鹿ですかと言われて心労がたたるよ。そりゃ確かにノエーチェ君の言うことにも一理あるけど、それはそれで結構心にはグサっとね。おかげで頭の毛が……あぁ、まだ禿げてはいないよ!? ほんの少し、すこーし薄くなっただけだからね!?」
「だ、大丈夫ですよおじさま! おじさまぐらいの歳でも禿げてる人はいますから! おじさまだけが特別なワケじゃありません!」
「あ、ありがとうピカソ……」
フォローのつもりが逆にトドメになったウォレスは先程よりも老けて見えた。思わずベオルフは笑いそうになったが耐える。
「ま、まぁこの話はここまでにしよう。それよりも君たちをここに呼んだ本題に入ろうか」
カチャリと紅茶を置き、ウォレスは真剣な眼差しになる。二人は佇まいを直す。
「新しい開拓村での『魔獣の異常行動』の解決、見事だったね。オーロ村でも水路の見直しが検討されていると聞く。元々早急な開拓も目指していたせい色々と不備があったと聞く。新たな人員も向かわせたから恐らくもう心配ないだろう。それと報告書にあった冒険者ギルドの怠慢についてだが『事務部門』のヤオー君に話をつけておくよ。きっと何らかの手を打ってくれるだろう。ご苦労だったね」
「いえ、私は自分の任された仕事を果たしただけですから」
「与えられた仕事をこなせるのは優秀な証だよ。そうそう、こないだ伝手で"白銀馬"の尾を使った筆を貰ったんだが僕よりも君が持っていた方が良いだろう。だから報酬代わりにあげるよ」
「本当ですか!? わーい!」
「お嬢、ウォレス様の前だぞ」
「はっ!」
「あはは、いいよいいよ。ずっと堅苦しいままだと僕も疲れちゃうからね。うん」
喜ぶピカソをウォレスは微笑ましいものを見る慈愛の目で見つめていた。
会ったことはないが色々と濃い面々だと噂されているアルコンテスの中でウォレスは最も温和だと思う。
「さて、僕としては君達に休暇の一日や二日上げたいところだがどうやらそうはいかないようなんだ。ノエーチェ君」
「はい」
ウォレスの視線にノエーチェは片手に抱えてあった書類を取り出す。
雰囲気の変わったウォレスに必然的にピカソとベオルフの気持ちも引き締まる。
「新しい指令だ。此処から南に行った所にあるハーニー町。花畑と"赤蜜木《メイプルツリー》"と呼ばれる木に巣を作る"ピンクビードル"を飼育し蜜を取る養蜂の盛んな地として有名な所だがその地で突然多くの木々が枯れる不可思議な現象が起きたらしい。現地の在住調査官達も原因を調べているが未だ特定に至っていない。そこで君達特殊調査官にも調査に向かってもらい在住調査官と連携して事態の収拾を図ってほしい」
ピカソが受け取った資料にサッと目を通す。ベオルフも横からそれを覗き込む。資料は要点を押さえ、それでいて抽象的な内容でなく、分かりやすいよう纏められている所からノエーチェの真面目さが伺えた。
「ハーニー町……。確か数十年の歴史を持つ町ですね。特産品として有名なのも"ピンクビードル"の蜂蜜……成る程、確かに早く解決する必要がありますね。あの、木々が枯れ始めたと言いましたけど一体いつからになるんですか?」
「そうだね、確か初めに木々が枯れ始めたのが一ヶ月ぐらい前になる」
「一ヶ月!? おいおい何で今頃になって特殊調査官を派遣することになったんだ? ……じゃなかった、ですか?」
「木が枯れ始めた初期の頃はハーニー町でも冒険者ギルドでもそこまで重大視していなかったんだ。片手数える程だったし、元々枯れてもおかしくない老木だったからね。でもそこから一気に元気な若木も大量に枯れ果てたことから大慌てで調べ始めたんだ。だが向こうが自分達の町で起きたことだから自分達で解決すると応援を拒否してね。彼処の在住調査官はハーニー町出身の者が多いから外部の手を借りるのは嫌がったんだろう。類似した事例がないか調べる為にも何とか資料は送ってもらった。でも、それだけじゃ不十分だと判断して冒険者ギルドだけでなく町との協議の結果、こちらがねじ込む形で何とか1組の特殊調査官を送るという妥協で手を打った。余り権力は使いたくなかったけどこんな時に使わないと僕のいる意味がないから強引にさせてもらったよ」
「何故私たちなんですか?」
「元々特殊調査官は数が少ない上に今は皆別の任務を受けていて近くにいないんだよ。正直言ってピカソ達が早く帰って来てくれて助かった。でなければもっと対応が遅れて……いや、今でさえ遅れているから首の皮一枚繋がったとはまだ言えない。だから早急に事態を収拾する必要がある。このままではハーニー町は取り返しのつかない大打撃を受ける事になるからね」
「……分かりました、この仕事お引き受けします。念の為後で資料室の閲覧権を貰えますか? 過去に木が突然枯れた記録がないか見ておきたいので」
「あぁ、勿論与えよう。けど、持ち出しは駄目だよ? 一般公開されているのと違って機密情報の塊みたいなものだしね。大したものじゃなくともギルドの方針として流出するのは避けたいんだ」
「わかってますよ、おじさま。私ももう子どもじゃないんですから」
「そうかそうか。あの時の小さい子が頼もしくなったものだね。僕も嬉しいよ」
「えっへん、私ももう大人ですから」
頰を描きながらデレッとする様はやはり子どもにしか見えないがウォレスは何も言わない。
優しげな目で見た後ベオルフに視線を向ける。
「そういうことでベオルフ君も任せたよ」
「任せて下さい。何があってもお嬢は守り抜きます」
「ははは、敬語は良いって言ってるのに」
「プライベートならともかく、仕事の話でそれを怠ると背後のおっかないのに怖いほど睨まれるんでね、勘弁して下さい」
「おや、一体誰の事でしょうかね?」
すっとぼけた声色のノエーチェにお前のことだよとジト目で見るが涼しい顔で無視される。いつもの事だ。
「ははは……。さて、これで仕事の話は終わった。今日の仕事はこれで終わりだ! さっきの話の続きをするとしようか!」
げっとノエーチェとベオルフが顔をひきつらせるが時すでに遅し。ピカソが身を乗り出し聞く体制に入った。
「さっきも言ったけどこの泡鳥は研究所で人工孵化をさせた鳥なんだ。"泡鳥"の吐く泡は軽い上に丈夫という性質を持っていて、実際この泡鳥も成長すれば吐けるはずだよ。吐けるようになれば、この胸元の白い毛が水色になるんだ」
「はいはい! 私ちょっと触ってみたいです!それとこの子はオスですか? メスですか? あと名前はあるんですか?」
「この子はオスだよ。それと名前はまだ決まっていないんだ。研究員達にも候補はいくつか上がっているけどどれも中々ピンと来るものがなくてね」
「じゃあ、私が名前を考えて良いですか?」
「うーん、そうだね。構わないよ」
「やったぁ! えーとえーと……胸元の白い毛、三日月みたいですね。なら、海外の言葉で月はルナと言います。そこから発想を得て、るーちゃん! るーちゃんにします!! るーちゃん、私はピカソです。これから宜しくね?」
≪クェェェー!≫
"泡鳥"が元気よく鳴く。
何とも安直な決定だが"泡鳥"も気に入ったようだ。
二人はその後も魔獣の話で盛り上がり、背後でノエーチェは「仕事が……」と頭を抱えて呻き声を上げ、ベオルフは
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