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第8話 ふたつの頂点
しおりを挟む心臓の音がうるさい。
ドクン、ドクン、と早鐘を打つその音が、シーツの擦れる音さえも塗りつぶしていく。
「……や、やめて、ください……」
喉の奥から絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。
拒絶の言葉。けれどそれは、静まり返った寝室の空気に吸い込まれ、何の意味もなさなかった。
布団の中で蠢く彼女の手は、止まらない。
足首を掴んでいた指先は、まるで獲物の肉質を確かめるかのように、ゆっくりと、しかし確実に這い上がってくる。ふくらはぎの膨らみを愛で、膝の裏の窪みを指の腹で探り、やがて太ももの内側へと侵入してきた。
「動かないで」
狩野さんは静かに返す。壊れかけた精密機械を修理する技師のような表情。
「これは治療よ。リハビリテーション」
「ち、治療……?」
「そう。君は男として生きたいんでしょう? だったら、今のままじゃダメ。君の身体はいま、猛烈な勢いで女性化しようとしている。放っておけば、君の男の子の部分は、使われない器官として認識され、どんどん萎縮して、やがて消滅してしまう」
彼女の論理は奇妙な説得力を持ち、僕の混乱した頭に染み込んでくる。
「血流を促さないと。神経を刺激して、脳に、ここはまだ必要な場所だって教え込ませなきゃいけないの……だから、わたしが、君を繋ぎ止めてあげる。男の子、に」
「……で、でも、そんな……とこ……」
「わたしがやるしかないでしょう。いまの君にそんな気力があるとは思えないし」
反論しようとした口元を、彼女の空いている手が塞いだ。
ひんやりとした掌。その冷たさに思考が凍りつく。
その隙に、布団のなかの手は決定的な境界線を越えた。
「っ……!」
太ももの付け根。リンパ節のあたりを強く圧迫され、僕はシーツを握りしめて背中を反らせた。
電流のような痺れが腰に走り、下腹部の奥が重く疼く。
「ほら、反応してる。身体は正直ね」
彼女は愉しげに囁くと、さらに奥へと指を進めた。
そこには分厚いナプキンがある。
けれど、彼女の手はまるで手品のようにショーツのゴムをくぐり抜け、じかに僕の肌へと触れてきた。
熱い。
彼女の指の温度が、火傷しそうなほどに熱く感じる。
あるいは、僕のその部分が、恥辱と興奮で沸騰しているのか。
「……ああ、やっぱり。こんなに縮こまって」
彼女の指先が、僕の哀れな象徴を捉えた。
恐怖と寒さ、そして女性ホルモンの影響で小指の先ほどにまで縮小した、かつての誇り。
逃げようと腰をよじるが、彼女の腕が僕の身体を上から押さえ込んでいる。華奢に見える彼女のどこに、こんな力が潜んでいたのか。いまの貧血気味の僕には、彼女の重みを撥ね退けることなど不可能だった。
「い、やだ……見ないで、触らないで……!」
「ダメ。逃げちゃダメ」
叱責するような、それでいて甘やかすような声。
彼女の親指と人差指が、僕のそれを根本から包み込んだ。
優しく、壊れ物を扱うような手つきで、揉み解していく。
血液を送るように。命を吹き込むように。
「ん、ぁ……っ」
声が漏れた。
不快感ではない。屈辱的なことに、それは明確な快感だった。
慣れ親しんだ、男としての快感。擦られる刺激が神経を駆け上がり、脳の快楽中枢を叩く。
萎縮していた海綿体に、わずかながら血液が流れ込むのがわかる。
僕はまだ、男なんだ。この快感が、その証明だ。
けれど。
「……う、あ……」
なに。なんだ、これ。
信じがたい感覚が僕を襲った。
彼女の指が動くたび、男としての刺激とはまったく別の、もっと深く、重く、粘着質な波が、身体の奥底から押し寄せてくるのだ。
それは、彼女が握っているものの根元、そのさらに奥にある場所から響いていた。
前立腺? いや、違う。もっと柔らかく、空洞を埋めるような、甘い痺れ。
子宮。
その単語が、稲妻のように脳裏をよぎる。
彼女が刺激しているのは、外側にある男の残滓だけではない。その振動が、僕の中に新しく作られた、女としての器官にも伝播しているのだ。
「ひより、気持ちいい?」
「ちが、う……これは、ちがう……っ!」
「違わないわ。君の身体が喜んでる。男の子の部分も、そうじゃない部分も」
彼女のリズムが速くなる。
執拗な愛撫。
前側を刺激されているはずなのに、なぜか下腹部の奥が熱く疼き、内太ももが痙攣するように震えだす。
生理の鈍痛が、いつの間にか、とろけるような快楽へと変質していく。
鉄の匂いと、花の香り。
痛みと、快楽。
男と、女。
相反する二つの感覚が、僕の中で激しく火花を散らし、混ざり合っていく。
「あっ、あぁっ! やめて、おかしくなる、こわれる……!」
僕は泣き叫びながら首を振った。
脳が処理落ちを起こしそうだ。
男としての射精感の切迫と、女としての絶頂の予感。その二つが同時に津波のように押し寄せてくる恐怖。自分が自分でなくなってしまう。日高ひよりという存在が、このベッドの上で溶けて、ただの肉塊になってしまう。
「壊れていいのよ。一度、ぜんぶ壊して……わたしが組み直してあげる」
狩野さんの顔が近づいてくる。
逆光で表情は見えない。ただ、熱い吐息だけが唇にかかる。
彼女の手の動きが、決定的な速さに達した。
「いくよ、ひより」
「あ、だめ、だめだめだめッ――!」
限界だった。
弓のように背中が弾け、僕の意識は真っ白な光の中に放り出された。
男としての、鋭く突き抜けるような放出感。
そして女としての、身体の内側が収縮し、熱い蜜が溢れ出すような、深く長い法悦。
その二つが完全に重なり合い、僕の脳髄を焼き尽くした。
「あ、ああああああああっ!」
声にならない絶叫。
目の前で星が散る。身体中の筋肉が硬直と弛緩を繰り返し、指先まで痺れが走る。
生きてきた中で一度も味わったことのない、そして二度と味わいたくないほどの、強烈すぎる快楽。
魂が身体から剥がれ落ち、また強引に縫い付けられるような暴力的な時間だった。
ハァ、ハァ、ハァ……。
荒い呼吸音だけが、部屋に残された。
僕は力尽き、汗ばんだシーツの上に崩れ落ちた。
身体の芯が熱い。下半身はぐしゃぐしゃで、もう自分のものとは思えないほど感覚が麻痺している。
涙が、目尻からとめどなく溢れて枕を濡らした。
終わった。
なにかが、決定的に終わってしまった。
「……いい子」
耳元で、満足げな声がした。
ぼんやりとした視界の中で、狩野さんが身体を起こすのが見えた。
彼女は乱れた髪をかき上げ、僕の顔を覗き込んだ。
間接照明の明かりが、彼女の顔を照らし出す。
笑っている。
でも、慈愛に満ちた聖母のような微笑みではない。
悪戯に成功した子供の笑みでもない。
唇は端正な弧を描いているのに、瞳孔が開いたその目は、理性という檻を破り捨てた捕食者の輝きを宿していた。欲望を満たし、さらに次の飢えを予感させるような、底知れぬ獰猛さ。
それは、獲物の喉笛を食いちぎった直後の、獣のほほえみだった。
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