5人の勇者を「500人」と報告したら、魔王様が和平の準備を始めました

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【悲報】聖女セシル、ハーブティーでは癒やされない孤独を知る

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 リリスたち三姉妹と勇者一行は殺伐とした野営地を離れ、人里離れた静かな村へと移動していた。村に一軒だけある宿屋の食堂。夕食を終えた後の、穏やかな時間が流れている。リリスたちは魔力を極限まで抑え、角や魔族特有の紋様を隠していた。もともと彼女たちは人間に近い容姿を持つ。安物の旅装に着替えれば、少し目立つ美貌の三姉妹という程度で、村の人々に怪しまれることはなかった。

 リリスは今、勇者アラタの使い古されたマントのほころびを丁寧に縫い直していた。甲斐甲斐しく世話を焼くその姿は、もし魔王軍の軍団長たちが見れば、心臓が止まるほど慈愛に満ちていた。

「……あの、勇者様。わたくし、少々うっとうしい女だと思われてはいませんか?」

 針を動かす手を止め、リリスは不安げに尋ねた。魔王城では、部下たちはみな彼女の顔色を窺い、機嫌を損ねぬよう平伏していた。誰かの世話を焼くなど、生まれて初めての経験だ。

 アラタは驚いたように顔を上げ、穏やかに微笑んだ。 

「そんなことないよ。むしろ、こんなに誰かに親身になってもらったことなんて、今まで一度もなかった。なんだかありがたくて……少し照れくさいくらいです」

 その言葉に、リリスの胸が小さく跳ねる。

「さようでございますか……。あの、アラタさん」 

 リリスは言い直そうとして、やはり「勇者様」という呼び方に戻した。魔族にとって「勇者」とは厄災の象徴。だが今のリリスにとって、この呼び方は別の意味を持っていた。彼が背負わされているあまりにも過酷な運命……「世界を救う」という呪いのような重責を、否定するのではなく、敬意を持って受け入れたい。その重荷を知った上で、個人として彼を敬いたい。そんな想いが、この呼び方には込められていた。

「……差し支えなければ、勇者様のご家族は……」

 聞きかけて、リリスはハッとした。もし「魔族に殺された」などという答えが返ってきたら、この時間は一瞬で壊れてしまう。己の不用意さに青ざめたが、アラタの口から出たのは別の言葉だった。

「みんな元気にしていると思うよ。祖父母に、父と母、それに姉と、まだ小さな妹と弟。僕が勇者として旅立つことを決めたのは、実は……みんなに仕送りするためなんだ」
「し、仕送り……ですか?」
「そう。田舎で気候も悪くないから、まあ、作物を作ったり、猟や漁をしたりして、食べていく分には困らないけど、妹や弟には、もう少し楽な、それなりの暮らしをしてもらいたいなと思って。リリスさんだって、妹さんたちがいるから、分かるんじゃないかな」

 リリスは神妙に頷いた。だが、心の中では激しく動揺していた。 

(妹たちの面倒? うーん……考えたこともないわ。今はこうして一緒にいるけど、エルゼもミーナも勝手に生きていくだろうし……)

 だが、目の前の青年は、そんな当たり前の家族愛のために、命を懸けて魔王軍という絶望に立ち向かっていたのだ。

「わたしたち魔王軍のせいで、勇者様がたはご苦労なさっていますよね。本当に申し訳ありません」
「いや、そんなことを言ったら、こっちのせいで魔王軍が困っているとも言える。結局、戦争は誰のせいでもないさ。起こる時に起こるものだよ。そうやって、ずうっと歴史が続いてきた。ボクはただ、その中で、役割を与えられた一人に過ぎない」

 達観したようなアラタの言葉。だが、リリスは心の中で強く拳を握りしめた。 

(歴史の中の一瞬だとしても、わたしは、わたしの幸せをつかむ。それに、この人を、こんな悲しい歴史の中に置いておきたくない……)

「それで、せかしているわけじゃないんだけど……和平交渉って、今後、具体的にどう進めればいいのかな?」

 アラタの問いに、リリスは胸を突かれた。アラタはすでに自分の国の王城に使いを送り、講和の可能性を打診している。いざとなれば自ら交渉の場に立つ覚悟もできているのだ。

 だが、リリス本人は、まだ父である魔王への正式な報告を止めていた。勇者という男の人となりを確かめるため――というのは、すでに自分に対する言い訳でしかなかった。ただ、こうして彼と一緒にいる時間が愛おしく、和平交渉に伴うであろうゴタゴタから目を背けたくなってしまっていたのだ。

(ああ、なんかもう面倒くさくなってきた……このまま一緒にどこかに駆け落ちでもできたら……)

「……もうしばらく、お待ちください。こちらの準備も整える必要がありますわ」 
「待つよ。待つのは得意なんだ。他に何もしなくていいしね」

 アラタは冗談めかして言ったあと、少し視線を落として、ボソリと付け加えた。 

「それに、こうしてリリスさんといられるし」

 リリスは聞こえなかったふりをして、一心不乱に針を動かした。それでも、隠しきれない熱が首筋から耳の裏までを赤く染めていくのを、自分でも止めることができなかった。



 別の一角では、エルゼとカイトが暇を持て余していた。

「ヒマですわねえ、カイトさん」 
「王に手紙を出してから返信が来るまで多少時間がかかるからな。……ところで、王女様って、普段城で何してるんだ?」

 カイトの問いに、エルゼは扇子を広げて得意げに微笑んだ。 

「気になりますか?」
「オレもヒマなんだよ」
「そんなに、特別なことはしていませんわ。古文書の研究、高位魔法の演練、軍略指南、戦闘訓練、針仕事、テーブルマナー、コミュニケーション講座などでしょうか」
「……結構忙しいんだな。王女ってのも楽じゃないな」
「もう慣れましたわ」
「あんたも、針仕事やるのか?」 

 カイトの視線が、エルゼのほっそりとした白い指先に向けられる。

「モチロンです。夫の繕い物は妻がするのは、王家も庶民も同じですわ。……何か、繕うものはありますか? 例えば、下着とか、下着とか、あるいは下着とか」
「なんで下着限定なんだよ!」 

 カイトが思わず椅子から立ち上がる。

「他意はありませんわ。男子たるもの、戦場で果てる時は身一つ、最後は下着だけになるわけですから。下着だけは綺麗にしておかないと。一番大切な装備ですわ」
「なんで死ぬ前に身ぐるみ剥がされる前提なんだよ!」



 一方、宿の中庭では、テオが夜の冷気の中でストイックにトレーニングに励んでいた。それをミーナが、頬杖をついてぼーっと眺めている。

(ああ、ステキ……あの岩のように引き締まった体に、思いっきり抱きしめられたい……そのままプロレス技でもかけられたい……)

 トレーニングを終えたテオに、ミーナが駆け寄ってタオルを差し出した。

「ありがとうございます、ミーナ殿」 
「わたしのことは呼び捨てにしてください、テオ様」

 テオは困ったように眉を下げた。 

「それはできません。魔王のご息女を、私のような一介の戦士が呼び捨てになど……」
「じゃあ、結婚したら、呼び捨てにしてくださいね!」
「……っ」 

 テオは顔を真っ赤にして、小さく頷いた。



 そんな三組を遠くから眺めながら、聖女セシルと魔法使いリンは、食堂の隅で静かにハーブティーをすすっていた。セシルの前にあるのは、精神を安定させると評判のラベンダーティーだったが、その香りは今の彼女の苛立ちを何一つ和らげてはいないようだった。

「わたしたち、ここで何してるんだろう……」
「三組のバカップルを見てる」

 リンが虚ろな目で答える。

「面白い?」
「面白くないっていう一点を除けば、最高に面白いよ」

 セシルは上品な動作でティーカップを置いたが、その指先はわずかに震えていた。 

「おかしくない!? あいつらにカノジョができて、わたしたちにカレシがいないって! なんなの!? どうなっているの!? この前までは恋人なんて別にいらなかったけど、持っているヤツらがすぐ近くにいると欲しくてたまらなくなる!」
「でもさ、セシルって、一応『聖女』でしょ?」
「一応じゃないわよ! 聖教会に認められた、正式な『聖女』!」
「だったらさ、恋愛とか戒律で縛られてるんじゃないの?」
「知るか、ンなもん! もしもそうだったら、いつだって『聖女』なんか辞めてやるわよ」
「『聖女』って辞められんの?」
「知るか! あー、男欲しい!」

 セシルは、聖女にふさわしからぬギラついた視線で周囲を見た。
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