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ルミナス三世の覚醒 〜勇者への憎しみ、孫への期待に変わる〜
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アルカディア王城、大玉座の間には、重苦しい沈黙と、国王ルミナス三世の切実な胃痛の気配が漂っていた。勇者を捕らえたまでは良かった。だが、その後が地獄だった。処刑すれば、人類の希望を殺した冷酷な王として国民の反感を買い、下手をすれば暴動が起きる。かといって、王女を汚した罪を不問に付せば、王室の威信は地に堕ちる。
さらに大臣ボルゴフが唱える「勇者裏切り説」が、王の不安をあおる。魔族と内通しているかもしれない男を、どう扱えば正解なのか。王の脳内は、どの選択肢を選んでも「破滅」につながる最悪のシミュレーションでパンク寸前だった。
そこへ、嵐のような足音と共に、一人の少女が乱入してきた。
「お父様! お願いがございますわ!」
高らかな声が広間に響き渡る。ルミナス三世は、こめかみを押さえながら力なく視線を向けた。そこにいたのは、愛娘のシャルロットである。彼女の自慢であるブロンドの髪は、今日も完璧な縦ロールを幾重にも描き、彼女が激しく動くたびに、まるで意思を持っているかのようにクルクルと跳ねる。
「……どうしたのだ、シャルロット。今は国の大事を決めている最中だ。下がっていなさい」
「いいえ、下がりません! 今すぐ勇者様をあの不潔な牢からお出しください!」
「何を申しておるのだ!」
王は思わず玉座の肘掛けを叩いた。
「あの者は、そなたの純潔を奪ったのだぞ! 勇者という立場でありながらの王室への不敬、万死に値する。日を選んで、見せしめとして死罪にするほかないのだ」
「いやですわ、お父様、王女と勇者の禁断のラブストーリーなんて、吟遊詩人の物語では定番中の定番じゃありません? むしろ国民は大喜びですわよ。はやりのロマンスとして広報すれば、王室の支持率もうなぎ登りですわ!」
「結ばれる話は聞くが、初対面の夜に夜這いをかける話など聞いたことがないわ! そんな野蛮な物語、即刻発禁処分だ! 健全な青少年の育成に悪影響すぎるだろ!」
「まあ、でも……よくよく思い出してみれば、わたくしが誘った、みたいなところもなきにしもあらずですし。わたくしにも落ち度があるわけですから、勇者様だけを一方的に責めるというのは、淑女としてのプライドが許しませんの」
「そういう問題ではないのだ! これは王室の、ひいては、わしのスキャンダルなのだぞ! すぐさま隠蔽して、無かったことにせんと……」
シャルロットはスッと目を細めた。少女は一歩、王の喉元へ迫るように詰め寄った。
「あのですね、お父様……。では、もう一つ申し上げたいことがあるんですけれど」
「なんだ、言ってみよ」
王は溜息をついた。
(どうせ減刑の嘆願に違いないだろうが)
だが、次の瞬間、シャルロットの口から飛び出した言葉は、王の魂をさらに削り取るほどの破壊力を持っていた。
「……実は、どうも。わたくしのお腹には、すでに勇者様のお子が宿っているようなのです」
「ふーん………………えええええええっ!?!?!?」
王の声が裏返り、あまりの衝撃に玉座からずり落ち、床に這いつくばった。
「……できちゃったみたいで。てへっ」
シャルロットは、頬に手を当てて可愛らしく首を傾げてみせた。
「マ、マジか!? 本当に、本当に言っておるのか!? 冗談ではないな!?」
「そうですわねぇ、これが。命の神秘、というやつですわ。わたくしも驚きましたわ」
「で、でも、おかしいだろ! 確かお前たちが、その、不適切な関係になったのは……一回だけだと、そう言っていたではないか!」
「まあ、回数で言えば一回ですけれど……。一回と言っても、お父様。それは『一晩中』という意味ですからね。あの晩はもう、勇者様は何度も何度も、飢えた野獣のように、わたくしを――」
「いや、もういい! 娘の口からそんな生々しい話聞きたくない!!」
王は全力で耳を塞ぎ、顔を林檎のように真っ赤にして絶叫した。
「と、とにかく本当なのか? 子供のことは。まだそんなに日は経っておらんはずだが……」
「ええ、多分。女の勘ってやつですわ。何というか、こう、お腹のあたりがムズムズすると言いますか」
「ううむ……」
王は混乱の極みにあった。
「で、お父様。どうなさるおつもり? 勇者様を死罪に処すのであれば、わたくしもおめおめ生きてはおられません。不義の行いを犯した不肖の娘として処刑なさってください。当然、お腹に宿る赤子もまとめて! いいでしょう! はい、殺してください! さあ今すぐ!」
シャルロットの凄まじい迫力に、王は完全に気圧された。普段のわがままで甘えん坊な、ただ贅沢を好むだけの娘とは別人のようだ。
(こ、これが、母になる者の強さなのか……!? この威圧感…………こわっ!)
「わ、わかった! 分かったから、落ち着きなさい、シャルロット。そんな、ナイフのような目でわしを見るな」
シャルロットはさらに一歩、父王へと踏み出した。
「王城から解放しろとは言いませんわ。せめて、今すぐあのジメジメした地下牢から、清潔で日当たりの良い客室に移す許可をください。妊婦であるわたくしが、毎日あんな階段を上り下りして面会に行くのが、赤子に良い影響を与えるとお思いですか!?」
「い、今すぐか?」
「はい、今すぐです! それとも、わたくし、今ここであの窓から飛び降りましょうか!? お腹の子もろとも、お父様へのあてつけに!! ニュースになりますわよ! 『非情な国王、娘と孫を死に追いやる』って!」
シャルロットはドレスの裾を豪快にまくり上げ、窓際へと全力で走り出すフリをした。
「ひ、ひいっ! 待て、早まるな! 分かった、分かったから! 窓に近づくな!」
王は両手を挙げて降参のポーズをとった。
「……勇者アラタを地下牢から出し、北塔の客室に移すことを許す! ただし、絶対に城外へ出してはならんぞ。監視も二十四時間体制だ!」
シャルロットはピタリと足を止め、優雅に礼をした。
「ありがとうございます、お父様。……いいえ」
彼女は、呆然とする国王に向けて、とどめの一撃を放った。
「……おじいちゃん」
「お、おじい……。わしが、おじいちゃん……」
(おじいちゃん……おじいちゃん……おじいちゃん……)
その言葉が、王の脳内でリフレインする。
「そうか、わしは……おじいちゃんになるのか……。あの小さかったシャルロットが、わしの孫を……。そうか、おじいちゃんか……。へへ、へへへ……」
国王ルミナス三世は、もはや勇者をどう処断するかという悩みなどどこかへ吹き飛び、得も言われぬ幸福感と脱力感に包まれて、玉座に深く沈み込んだ。
さらに大臣ボルゴフが唱える「勇者裏切り説」が、王の不安をあおる。魔族と内通しているかもしれない男を、どう扱えば正解なのか。王の脳内は、どの選択肢を選んでも「破滅」につながる最悪のシミュレーションでパンク寸前だった。
そこへ、嵐のような足音と共に、一人の少女が乱入してきた。
「お父様! お願いがございますわ!」
高らかな声が広間に響き渡る。ルミナス三世は、こめかみを押さえながら力なく視線を向けた。そこにいたのは、愛娘のシャルロットである。彼女の自慢であるブロンドの髪は、今日も完璧な縦ロールを幾重にも描き、彼女が激しく動くたびに、まるで意思を持っているかのようにクルクルと跳ねる。
「……どうしたのだ、シャルロット。今は国の大事を決めている最中だ。下がっていなさい」
「いいえ、下がりません! 今すぐ勇者様をあの不潔な牢からお出しください!」
「何を申しておるのだ!」
王は思わず玉座の肘掛けを叩いた。
「あの者は、そなたの純潔を奪ったのだぞ! 勇者という立場でありながらの王室への不敬、万死に値する。日を選んで、見せしめとして死罪にするほかないのだ」
「いやですわ、お父様、王女と勇者の禁断のラブストーリーなんて、吟遊詩人の物語では定番中の定番じゃありません? むしろ国民は大喜びですわよ。はやりのロマンスとして広報すれば、王室の支持率もうなぎ登りですわ!」
「結ばれる話は聞くが、初対面の夜に夜這いをかける話など聞いたことがないわ! そんな野蛮な物語、即刻発禁処分だ! 健全な青少年の育成に悪影響すぎるだろ!」
「まあ、でも……よくよく思い出してみれば、わたくしが誘った、みたいなところもなきにしもあらずですし。わたくしにも落ち度があるわけですから、勇者様だけを一方的に責めるというのは、淑女としてのプライドが許しませんの」
「そういう問題ではないのだ! これは王室の、ひいては、わしのスキャンダルなのだぞ! すぐさま隠蔽して、無かったことにせんと……」
シャルロットはスッと目を細めた。少女は一歩、王の喉元へ迫るように詰め寄った。
「あのですね、お父様……。では、もう一つ申し上げたいことがあるんですけれど」
「なんだ、言ってみよ」
王は溜息をついた。
(どうせ減刑の嘆願に違いないだろうが)
だが、次の瞬間、シャルロットの口から飛び出した言葉は、王の魂をさらに削り取るほどの破壊力を持っていた。
「……実は、どうも。わたくしのお腹には、すでに勇者様のお子が宿っているようなのです」
「ふーん………………えええええええっ!?!?!?」
王の声が裏返り、あまりの衝撃に玉座からずり落ち、床に這いつくばった。
「……できちゃったみたいで。てへっ」
シャルロットは、頬に手を当てて可愛らしく首を傾げてみせた。
「マ、マジか!? 本当に、本当に言っておるのか!? 冗談ではないな!?」
「そうですわねぇ、これが。命の神秘、というやつですわ。わたくしも驚きましたわ」
「で、でも、おかしいだろ! 確かお前たちが、その、不適切な関係になったのは……一回だけだと、そう言っていたではないか!」
「まあ、回数で言えば一回ですけれど……。一回と言っても、お父様。それは『一晩中』という意味ですからね。あの晩はもう、勇者様は何度も何度も、飢えた野獣のように、わたくしを――」
「いや、もういい! 娘の口からそんな生々しい話聞きたくない!!」
王は全力で耳を塞ぎ、顔を林檎のように真っ赤にして絶叫した。
「と、とにかく本当なのか? 子供のことは。まだそんなに日は経っておらんはずだが……」
「ええ、多分。女の勘ってやつですわ。何というか、こう、お腹のあたりがムズムズすると言いますか」
「ううむ……」
王は混乱の極みにあった。
「で、お父様。どうなさるおつもり? 勇者様を死罪に処すのであれば、わたくしもおめおめ生きてはおられません。不義の行いを犯した不肖の娘として処刑なさってください。当然、お腹に宿る赤子もまとめて! いいでしょう! はい、殺してください! さあ今すぐ!」
シャルロットの凄まじい迫力に、王は完全に気圧された。普段のわがままで甘えん坊な、ただ贅沢を好むだけの娘とは別人のようだ。
(こ、これが、母になる者の強さなのか……!? この威圧感…………こわっ!)
「わ、わかった! 分かったから、落ち着きなさい、シャルロット。そんな、ナイフのような目でわしを見るな」
シャルロットはさらに一歩、父王へと踏み出した。
「王城から解放しろとは言いませんわ。せめて、今すぐあのジメジメした地下牢から、清潔で日当たりの良い客室に移す許可をください。妊婦であるわたくしが、毎日あんな階段を上り下りして面会に行くのが、赤子に良い影響を与えるとお思いですか!?」
「い、今すぐか?」
「はい、今すぐです! それとも、わたくし、今ここであの窓から飛び降りましょうか!? お腹の子もろとも、お父様へのあてつけに!! ニュースになりますわよ! 『非情な国王、娘と孫を死に追いやる』って!」
シャルロットはドレスの裾を豪快にまくり上げ、窓際へと全力で走り出すフリをした。
「ひ、ひいっ! 待て、早まるな! 分かった、分かったから! 窓に近づくな!」
王は両手を挙げて降参のポーズをとった。
「……勇者アラタを地下牢から出し、北塔の客室に移すことを許す! ただし、絶対に城外へ出してはならんぞ。監視も二十四時間体制だ!」
シャルロットはピタリと足を止め、優雅に礼をした。
「ありがとうございます、お父様。……いいえ」
彼女は、呆然とする国王に向けて、とどめの一撃を放った。
「……おじいちゃん」
「お、おじい……。わしが、おじいちゃん……」
(おじいちゃん……おじいちゃん……おじいちゃん……)
その言葉が、王の脳内でリフレインする。
「そうか、わしは……おじいちゃんになるのか……。あの小さかったシャルロットが、わしの孫を……。そうか、おじいちゃんか……。へへ、へへへ……」
国王ルミナス三世は、もはや勇者をどう処断するかという悩みなどどこかへ吹き飛び、得も言われぬ幸福感と脱力感に包まれて、玉座に深く沈み込んだ。
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