5人の勇者を「500人」と報告したら、魔王様が和平の準備を始めました

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軍団長のバカンスと、影の少女たちのパシリ争奪戦

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 魔王城の一画、本来ならば罪人を閉じ込めるはずの場所。しかし、そこに広がるのは、魔界の高級官僚すら羨むほどの贅を尽くした「蟄居ちっきょ」部屋だった。第六軍団長エリアスは、シルクのクッションが敷き詰められた上質な椅子に深く腰掛け、大きな窓から見える灰色の空を眺めていた。形式上の謹慎など、彼にとっては知略を練り、溜まっていた読書を消化するための贅沢な休暇にすぎない。

「……ほう。第七軍団が、この魔王城に向かっている、と?」

 エリアスは、目の前でひざまずく少女姿の部下、ニナからの報告を受け、整った細い眉をピクリと動かした。ニナはプラチナブロンドのツインテールを揺らし、感情を抑えた声で続ける。

「はっ。かなりの軍勢です。迷いのない速度で、こちらへ直進しています」

 エリアスは手元のワイングラスを軽く揺らし、真紅の液体が描く波紋を見つめた。

「魔王陛下が召喚したのか……。いや、それはないな。第七軍団長ガートルード閣下は陛下の実の姉上であり、陛下がこの世で最も苦手とされている御方だ。自らあの『動く火薬庫』を呼び寄せるとは思えん。何のために彼女が動いたのか、実に興味深い」

 エリアスは顎を撫で、思考の迷宮へと潜り込む。勇者の実数が五人――さらに言えば、そもそも「勇者」自体は一人――であるという、魔王軍を揺るがす滑稽な真実。そして、人間界側で起きている奇妙な「王女の不純騒動」。エリアスは魔族と人間の両軍に対して常にアンテナを張っている。そこに、ガートルードという、魔界一美しく、そして魔界一話が通じない変数が加わった。

「私見を申し上げてもよろしいでしょうか、エリアス様」

 報告を終えたニナが、期待に満ちた熱い瞳でエリアスを見上げた。

「頼むよ、ニナ。お前の直感は、時に膨大な記録よりも正確に本質を射抜く」
「恐縮です。……第七軍団の進行速度、および兵装の選択は完全に『実戦』のそれです。挨拶や増援といった生温いものではありません。あの方、魔王城を『攻める』つもりかと」

 エリアスは一瞬、絶句した。それから、喉の奥から込み上げる笑いを堪えきれぬように、クスクスと肩を揺らし始めた。

「何だと……。では、陛下が呼んだわけではない、と? 姉が弟の城を、本気で陥落させに来ているのか。それは……傑作だな」
「そのように拝察いたします」
「うーむ、理由が分からんな。まさか、あの方が裏切るとは思えんしな。であれば、何らか、魔王陛下に諫言かんげんするための軍事行動と見るのが普通だが……陥落させに来ているとなると――」

 ニナはここぞとばかりに身を乗り出した。

「ご提言申し上げます。……はばかりながら、わたくしがエリアス様の名代となり、ガートルード閣下に直接その存念をお聞きしてくるというのはいかがでしょうか。あの方の性格上、下手な使者は即座に氷漬けにされますが、わたくしならば――」

 そこまで言いかけた時、部屋の隅に控えていたもう一人の少女姿の部下、セーラが、我慢の限界といった様子で横から割り込んだ。

「ああっ、ズルッ! なによそれ! なにが『エリアス様の名代』よ! 図々しいのよ、ニナ!」
「なっ……セーラ、今は作戦会議中よ。私語は慎みなさい」
「私語じゃないわよ! わたしだってそんなこと、とっくに考えていたわよ! でも、あんたが先に喋ってたから、エリアス様の思考を邪魔しないように控えてあげてただけよ!」
「エリアス様の邪魔にならないように控えているって言うなら、今も控えなさいよ! 私にご指名があったのよ!」
「指名なんてされてないじゃない! 自分で立候補しただけでしょ! エリアス様、はい、はい! わたしが行きます! この子のツインテールよりも、わたしのポニーテールの方が、ガートルード閣下のお気に召すはずです!」
「髪型関係ないでしょ!」
「ツインテールは小生意気、ポニーテールは愛らしいって、昔から相場が決まってんのよ!」
「あんたのどこが愛らしいのよ!」

 エリアスの前で、二人の少女が火花を散らして言い争いを始める。どちらもエリアスへの忠誠心――というよりは、彼に「役立つ部下」として認められて、自分だけがエリアスに褒められたいという独占欲が強すぎた。エリアスはそれを微笑ましく眺めながら、頃合いを見て手を挙げた。

「よし、分かった。……二人とも、落ち着いてくれ。ガートルード閣下の件は、言い出しっぺのニナに任せよう」

 エリアスがニナを指差すと、彼女は勝利の余韻に浸りながら、セーラを勝ち誇ったように見やった。セーラは、この世の終わりを見たような顔で崩れ落ち、悔しそうに唇を噛む。

「セーラ、お前には別の仕事を頼みたい」

 エリアスは、絶望の底にいたセーラを手招きした。彼女はパッと顔を輝かせ、子犬のようにエリアスの元へ駆け寄る。

「魔王陛下……ゼノン様への取次ぎを頼みたい。私は現在、蟄居中の身だ。自分から動けば角を立てることになる。私の代わりに、『姉上が軍を率いて攻めてくるという知らせを聞いて、エリアスが心配しておりますよ』とお伝えして、適当に恩を売っておいてくれ」
「はいっ! お任せください、エリアス様! 陛下を手のひらで転がしてまいります!」

 役割を与えられたセーラはニナに向かって舌を突き出すと、一転して満面の笑みで部屋を飛び出していった。ムッとした顔を作ったニナもまた、一礼して影へと消える。一人になったエリアスは、グラスに残ったワインを飲み干して、読みさしの本へと戻った。
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