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「来訪」ではなく「進軍」、魔王を震え上がらせる第七軍団の「断頭旗」
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魔王城の執務室。ゼノンはエリアスを「蟄居」という名の高級独房に閉じ込めたことで、少しは城内の風通しが良くなるかと期待していた。目の上のたんこぶだった切れ者を封じ込め、ようやく胃の痛まない午後を過ごせるはずだったのだ。
しかし、現実はいつだって無情である。
「なに? エリアスの配下が拝謁を願っているだと?」
報告に来た近衛兵の言葉に、ゼノンは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「はっ。陛下の指示なしに勝手に城内をうろつく不届き者です。追い返しましょうか。あるいは、捕らえますか」
「……いや、入れてやれ。蟄居の撤回を求めになど来たら、くだらんことを言ったその配下の口を永久に閉ざしてやろう。見せしめだ。私は今、最高に機嫌が悪いのだからな」
ゼノンは玉座に深く腰掛け、トゲだらけの甲冑の威圧感に頼りつつ、魔王らしい冷酷な表情を作った。部屋に入ってきたのは、エリアスに従う、どこか冷めた目をした少女――セーラだった。彼女は藍色のポニーテールを静かに揺らし、形式的な礼をとった。
「ご尊顔を拝し、恐悦至極でございます、陛下」
「挨拶はいい。要件を言え。主人の蟄居暮らしが早くも飽いてきたとでも言いに来たのか? それとも、あの部屋のワインが口に合わなかったか?」
「いいえ。……ガートルード様率いる第七軍団が、ここ魔王城に向かって現在進軍中です。その旨、主がお伝えするようにと」
「…………ん? なに? 進軍?」
「はっ」
ゼノンは一瞬ぽかんとしたが、すぐに冷静さを装って鼻で笑った。
「……ふっ、エリアスは配下に言葉の使い方も教えておらんのか。進軍というのは、敵を倒すためにするものだぞ。姉上がこちらに来るのは、ただの『来訪』だ。親族の顔合わせを、戦のように言うな。これだからな。知をひけらかす連中というのは言葉を飾りたがった結果、言葉を誤る」
「陛下が今おっしゃった通りの『進軍』で間違いないかと。ガートルード閣下は、戦闘態勢で、こちらへ向かっておられます」
「………………なんで?」
「存じません」
セーラは無表情に即答した。ゼノンは心の中で、(いや、存じてないとダメだろ! 事実だけ言うなよ! 意見を付け加えろ!)と激しく突っ込んだ。そのあと、
(……事実? ……待て待て待て。これはエリアスの嘘かもしれんぞ。あいつは人の困る顔を見るのが三度の飯より好きな男だ。あいつならやりかねない。蟄居させられた意趣返しに、私をパニックに陥れようとしているのだ。そうだ、攪乱だ。攪乱に違いない。姉上がそんな、何の連絡もなく攻めてくるわけがない!)
と考えて、ふうっと息をついた。
「……もうよい、下がれ。エリアスに伝えておけ。子供騙しの嘘で余が動揺するとでも思ったか、とな。余と姉上の絆は、そのような安っぽい策略で揺らぐほどもろくはないわ」
「陛下」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「もし、第六軍団にご用命があれば、いつでもおっしゃってください。我が主は、第六軍団の戦力は第七軍団に勝るとも劣らないと自負しておりますので」
ゼノンはうっとうしそうに手を振ってセーラを下がらせると、深く大きなため息をついた。
「まったく、エリアスめ。人騒がせなヤツだ。ちょっと頭が回るからって調子に乗りおって……。でも、あの姉上のことだ……万が一ってこともあるしなあ。よし、こっちでも念のため隠密を放って探らせて――」
その時だった。執務室に設置された大型の鏡通信機が、前触れもなく激しく発光した。緊急割り込み。発信元は長女リリスだ。
「お父様! ああ、よかった! つながった!」
鏡の中に映ったリリスの顔は、かつてないほど真っ青で、血相を変えていた。
「どうしたんだ、そんなに慌てて?」
「一刻も早く逃げてください!!」
「えっ、どういうこと?」
「ガートルード伯母様が第七軍団を率いて、そちらに向かっています! お父様のことを絶対に許さないって、目を血走らせて、軍旗も戦闘用の『断頭旗』に替えてます!」
「だ、断頭旗!?」
「そうです! 敵の頭の上に斧を振り上げてるマークの! あれは本気でお父様の命を殺りに来ていますわ!」
「ええっ!? え、エリアスの報告は本当だったのか……!? い、いや、でもどうしてそんなことに! 私は姉上を怒らせるようなことは何もしていないぞ! 去年のお歳暮だって、ちゃんと最高級の魔石を送ったはずだ!」
「どうやら、わたしたち三姉妹と人間の結婚のことについて、誰かから聞き及んだみたいで……それで、激おこなんです!」
「ちょ、だ、誰から聞いたんだよ、それ!! 秘密にしてたはずだろ!」
「今はそんな穿鑿よりも逃げることが先決です! 伯母様は一度スイッチが入ると、もう止まりませんわ!」
「に、逃げるって、ど、どこへ!?」
「どこでもいいです! とにかく魔王城以外のところに! 伯母様もきっと、魔王城を粉々に破壊し尽くせば、少しは気が晴れると思いますから!」
「ええっ!? 魔王城、破壊されるの前提なの!? 私の家であり、職場であり、唯一の居場所なんだよ!?」
「とにかく逃げ――!!」
プツンッ!
「リリス!? リリスちゃん!? おーい!」
鏡通信が、衝撃波か何かで通信圏外になったのか、一方的に切れた。 静まり返った執務室に、遠くから微かに、だが確実な地響きが聞こえてくる。それは千の軍勢が、憎悪を燃料にして進軍してくる時の音だった。
「……嘘だろ。勇者軍団(七百七十七人)じゃなくて、実の姉に魔王城を壊されるのか、私は……。どんな魔王だよ! 前代未聞だよ!!」
魔王ゼノンは、震える手で壁に掛けていた一張羅のマントを掴み取った。窓の外、地平線の彼方。猛烈な砂煙を上げ、空を黒く染めながら迫りくる「世界一怖い姉」の軍勢を見て、彼は情けない絶望の声を上げた。
「ああっ、くそ……そう言えば、さっきのエリアスの配下が第六軍団なら抑えられるとかなんとか言っていたな……エリアスに借りを作るのは嫌だ……しかし、そうでもしないと魔王城は……エリアスに頼むか……それとも、ここから逃げるか、どうしたらいいんだ……」
しかし、現実はいつだって無情である。
「なに? エリアスの配下が拝謁を願っているだと?」
報告に来た近衛兵の言葉に、ゼノンは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「はっ。陛下の指示なしに勝手に城内をうろつく不届き者です。追い返しましょうか。あるいは、捕らえますか」
「……いや、入れてやれ。蟄居の撤回を求めになど来たら、くだらんことを言ったその配下の口を永久に閉ざしてやろう。見せしめだ。私は今、最高に機嫌が悪いのだからな」
ゼノンは玉座に深く腰掛け、トゲだらけの甲冑の威圧感に頼りつつ、魔王らしい冷酷な表情を作った。部屋に入ってきたのは、エリアスに従う、どこか冷めた目をした少女――セーラだった。彼女は藍色のポニーテールを静かに揺らし、形式的な礼をとった。
「ご尊顔を拝し、恐悦至極でございます、陛下」
「挨拶はいい。要件を言え。主人の蟄居暮らしが早くも飽いてきたとでも言いに来たのか? それとも、あの部屋のワインが口に合わなかったか?」
「いいえ。……ガートルード様率いる第七軍団が、ここ魔王城に向かって現在進軍中です。その旨、主がお伝えするようにと」
「…………ん? なに? 進軍?」
「はっ」
ゼノンは一瞬ぽかんとしたが、すぐに冷静さを装って鼻で笑った。
「……ふっ、エリアスは配下に言葉の使い方も教えておらんのか。進軍というのは、敵を倒すためにするものだぞ。姉上がこちらに来るのは、ただの『来訪』だ。親族の顔合わせを、戦のように言うな。これだからな。知をひけらかす連中というのは言葉を飾りたがった結果、言葉を誤る」
「陛下が今おっしゃった通りの『進軍』で間違いないかと。ガートルード閣下は、戦闘態勢で、こちらへ向かっておられます」
「………………なんで?」
「存じません」
セーラは無表情に即答した。ゼノンは心の中で、(いや、存じてないとダメだろ! 事実だけ言うなよ! 意見を付け加えろ!)と激しく突っ込んだ。そのあと、
(……事実? ……待て待て待て。これはエリアスの嘘かもしれんぞ。あいつは人の困る顔を見るのが三度の飯より好きな男だ。あいつならやりかねない。蟄居させられた意趣返しに、私をパニックに陥れようとしているのだ。そうだ、攪乱だ。攪乱に違いない。姉上がそんな、何の連絡もなく攻めてくるわけがない!)
と考えて、ふうっと息をついた。
「……もうよい、下がれ。エリアスに伝えておけ。子供騙しの嘘で余が動揺するとでも思ったか、とな。余と姉上の絆は、そのような安っぽい策略で揺らぐほどもろくはないわ」
「陛下」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「もし、第六軍団にご用命があれば、いつでもおっしゃってください。我が主は、第六軍団の戦力は第七軍団に勝るとも劣らないと自負しておりますので」
ゼノンはうっとうしそうに手を振ってセーラを下がらせると、深く大きなため息をついた。
「まったく、エリアスめ。人騒がせなヤツだ。ちょっと頭が回るからって調子に乗りおって……。でも、あの姉上のことだ……万が一ってこともあるしなあ。よし、こっちでも念のため隠密を放って探らせて――」
その時だった。執務室に設置された大型の鏡通信機が、前触れもなく激しく発光した。緊急割り込み。発信元は長女リリスだ。
「お父様! ああ、よかった! つながった!」
鏡の中に映ったリリスの顔は、かつてないほど真っ青で、血相を変えていた。
「どうしたんだ、そんなに慌てて?」
「一刻も早く逃げてください!!」
「えっ、どういうこと?」
「ガートルード伯母様が第七軍団を率いて、そちらに向かっています! お父様のことを絶対に許さないって、目を血走らせて、軍旗も戦闘用の『断頭旗』に替えてます!」
「だ、断頭旗!?」
「そうです! 敵の頭の上に斧を振り上げてるマークの! あれは本気でお父様の命を殺りに来ていますわ!」
「ええっ!? え、エリアスの報告は本当だったのか……!? い、いや、でもどうしてそんなことに! 私は姉上を怒らせるようなことは何もしていないぞ! 去年のお歳暮だって、ちゃんと最高級の魔石を送ったはずだ!」
「どうやら、わたしたち三姉妹と人間の結婚のことについて、誰かから聞き及んだみたいで……それで、激おこなんです!」
「ちょ、だ、誰から聞いたんだよ、それ!! 秘密にしてたはずだろ!」
「今はそんな穿鑿よりも逃げることが先決です! 伯母様は一度スイッチが入ると、もう止まりませんわ!」
「に、逃げるって、ど、どこへ!?」
「どこでもいいです! とにかく魔王城以外のところに! 伯母様もきっと、魔王城を粉々に破壊し尽くせば、少しは気が晴れると思いますから!」
「ええっ!? 魔王城、破壊されるの前提なの!? 私の家であり、職場であり、唯一の居場所なんだよ!?」
「とにかく逃げ――!!」
プツンッ!
「リリス!? リリスちゃん!? おーい!」
鏡通信が、衝撃波か何かで通信圏外になったのか、一方的に切れた。 静まり返った執務室に、遠くから微かに、だが確実な地響きが聞こえてくる。それは千の軍勢が、憎悪を燃料にして進軍してくる時の音だった。
「……嘘だろ。勇者軍団(七百七十七人)じゃなくて、実の姉に魔王城を壊されるのか、私は……。どんな魔王だよ! 前代未聞だよ!!」
魔王ゼノンは、震える手で壁に掛けていた一張羅のマントを掴み取った。窓の外、地平線の彼方。猛烈な砂煙を上げ、空を黒く染めながら迫りくる「世界一怖い姉」の軍勢を見て、彼は情けない絶望の声を上げた。
「ああっ、くそ……そう言えば、さっきのエリアスの配下が第六軍団なら抑えられるとかなんとか言っていたな……エリアスに借りを作るのは嫌だ……しかし、そうでもしないと魔王城は……エリアスに頼むか……それとも、ここから逃げるか、どうしたらいいんだ……」
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