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伯母上の氷点下パレード、あるいは実家を身代わりにする娘の冷徹
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進軍を続ける第七軍団の真っただ中。地を揺らす数千の蹄の音と、重厚な魔導戦車の軋む音が平原に響き渡る。その中央、ひと際巨大で豪奢な魔導馬車の中で、リリスは落ち着かない様子で膝の上の指を組み替えていた。
隣に座る伯母ガートルードは、窓の外を流れる景色を眺めたまま微動だにしない。その美貌は、彫刻のように冷徹な決意をたたえていた。リリスは先ほどから何度か説得を試みたが、返ってくるのは「すべてはゼノンが悪い」という、議論の余地を一切認めない一蹴ばかりだった。
(……かくなる上は、もうしょうがないわ。お父様に申し上げた通り、魔王城が一度壊滅すれば、伯母様の気も少しは晴れるはず。その時に、もう一回説得するしかない)
リリスは頭の中で、実家である魔王城を「生贄」に捧げるための冷徹な計算を重ねていた。城が一つ壊れる程度、再建すれば済む話だ。だが、ガートルードの怒りが収まらずに勇者アラタに向けられれば、それこそ取り返しがつかない。
(城を壊してスッキリしてもらった後、その余った攻撃エネルギーを、ちょうどいい感じで人間たちの王城へ向くように誘導しなきゃ。勇者様を救い出すための『正義の鉄槌』として。……ごめんね、お父様。あなたの思い出の執務室は、今日で更地になるわ)
リリスが実父の職場を「スルー可能な犠牲」として処理し終えたその時、馬車の外から軍の伝令が駆け寄ってきた。
「ガートルード閣下! 第六軍団長エリアス様の使者と名乗る者が、謁見を求めております!」
(エリアス……? あのキザ男、なんのために部下なんてよこしたのかしら)
リリスはエリアスを心の底から嫌悪している。あの男は、軍人としての実力はあるのかもしれないが、言動の端々に父であるゼノンを軽んじている節が見える。自分たち三姉妹が「ダメ親父」とバカにするのは身内の特権だが、部下である軍団長が父を侮るなど、魔王の娘としてのプライドが許さなかったのである。
ガートルードは退屈そうに指先を眺めたまま、「通しなさい」と短く命じた。
軍団がいったん進軍を止め、街道の脇に仮ごしらえの謁見の場が設営された。現れたのは、エリアスの配下である少女――ニナだった。彼女は第七軍団が放つ、皮膚を刺すような刺々しい殺気に気圧されることもなく、ガートルードの前で音もなくひざまずいた。
「第六軍団長エリアス様の命に従いまかり越しました」
「……用件は? 手短に言いなさい」
ガートルードの声には、わずかな慈悲も、社交辞令的な温かみも含まれていない。
「ガートルード様におかれましては、どのようなご存念において、魔王城に進軍なさっているのでしょうか。我が主も、この異例の事態に心を痛め、案じております」
「ふっ、エリアスごときが、わらわの思惑を知りたいと申すか。同じ『軍団長』を任されているからと言って、少々調子に乗っておるようだな」
場に鋭い緊張感が走る。リリスの肌には、ガートルードの怒りに呼応して震える大気から、ピリピリとした魔力の残滓が伝わってきた。
「決してそのようなことは。我が主は常々、ガートルード様の淑美を称揚なさっておられます。もし何かお力添えできるのであれば何なりと、と申しております」
「気に入らん目つきをしているな、そなた」
ガートルードが、ニナの言葉を冷酷に遮った。
「はっ……?」
「主をこけにされて、一丁前に怒ったか。エリアスへの忠誠心だけは本物のようだが、わらわの前でその不遜な視線を向けるのは、命がいくつあっても足りぬぞ」
「…………」
ニナが言葉を失った瞬間、ガートルードが、まるで煩わしい羽虫でも払うかのように軽く右手を振った。
一瞬。虚空から、巨大な戦艦の主砲ほどもある極太の氷柱が現れ、自由落下という概念を無視した猛スピードでニナへと突き刺さった。
――ズドォォォォン!!
地響きと共に、ニナがいたはずの地面に、巨大なクレーターのような穴が開く。巻き上がった土煙が視界を遮る中、ガートルードは指を打ち鳴らして、その凶器である氷を瞬時に消し去った。
穴の底。土煙が舞い上がる中、そこには少女の姿はなかった。 刹那の判断で転移したか、あるいはその超感覚的な身のこなしで、直撃の寸前に回避したのだろう。
ガートルードは空っぽのクレーターを見つめ、
「ふん、そこそこ使えるようだな。エリアスの飼い犬にしては」
とつまらなそうに呟いた。
「休憩はこのくらいでいいだろう。……進軍再開! 日が落ちる前に、弟の情けない顔を拝みに行くわよ!」
「はっ!!」
軍団が再び、巨大な生き物のように胎動を始める。リリスは、伯母が放った「挨拶代わり」の魔法の余波に背筋を凍らせ、遠く離れた我が家――今ごろはパニックになっているであろう、父のいる場所を想った。
(お父様……。うまく逃げ出してね。もし、間に合わなかった時は……その尊い犠牲を、必ず和平とわたしたちの幸福な結婚への糧にしてみせるわ。どうか、やすらかに……)
隣に座る伯母ガートルードは、窓の外を流れる景色を眺めたまま微動だにしない。その美貌は、彫刻のように冷徹な決意をたたえていた。リリスは先ほどから何度か説得を試みたが、返ってくるのは「すべてはゼノンが悪い」という、議論の余地を一切認めない一蹴ばかりだった。
(……かくなる上は、もうしょうがないわ。お父様に申し上げた通り、魔王城が一度壊滅すれば、伯母様の気も少しは晴れるはず。その時に、もう一回説得するしかない)
リリスは頭の中で、実家である魔王城を「生贄」に捧げるための冷徹な計算を重ねていた。城が一つ壊れる程度、再建すれば済む話だ。だが、ガートルードの怒りが収まらずに勇者アラタに向けられれば、それこそ取り返しがつかない。
(城を壊してスッキリしてもらった後、その余った攻撃エネルギーを、ちょうどいい感じで人間たちの王城へ向くように誘導しなきゃ。勇者様を救い出すための『正義の鉄槌』として。……ごめんね、お父様。あなたの思い出の執務室は、今日で更地になるわ)
リリスが実父の職場を「スルー可能な犠牲」として処理し終えたその時、馬車の外から軍の伝令が駆け寄ってきた。
「ガートルード閣下! 第六軍団長エリアス様の使者と名乗る者が、謁見を求めております!」
(エリアス……? あのキザ男、なんのために部下なんてよこしたのかしら)
リリスはエリアスを心の底から嫌悪している。あの男は、軍人としての実力はあるのかもしれないが、言動の端々に父であるゼノンを軽んじている節が見える。自分たち三姉妹が「ダメ親父」とバカにするのは身内の特権だが、部下である軍団長が父を侮るなど、魔王の娘としてのプライドが許さなかったのである。
ガートルードは退屈そうに指先を眺めたまま、「通しなさい」と短く命じた。
軍団がいったん進軍を止め、街道の脇に仮ごしらえの謁見の場が設営された。現れたのは、エリアスの配下である少女――ニナだった。彼女は第七軍団が放つ、皮膚を刺すような刺々しい殺気に気圧されることもなく、ガートルードの前で音もなくひざまずいた。
「第六軍団長エリアス様の命に従いまかり越しました」
「……用件は? 手短に言いなさい」
ガートルードの声には、わずかな慈悲も、社交辞令的な温かみも含まれていない。
「ガートルード様におかれましては、どのようなご存念において、魔王城に進軍なさっているのでしょうか。我が主も、この異例の事態に心を痛め、案じております」
「ふっ、エリアスごときが、わらわの思惑を知りたいと申すか。同じ『軍団長』を任されているからと言って、少々調子に乗っておるようだな」
場に鋭い緊張感が走る。リリスの肌には、ガートルードの怒りに呼応して震える大気から、ピリピリとした魔力の残滓が伝わってきた。
「決してそのようなことは。我が主は常々、ガートルード様の淑美を称揚なさっておられます。もし何かお力添えできるのであれば何なりと、と申しております」
「気に入らん目つきをしているな、そなた」
ガートルードが、ニナの言葉を冷酷に遮った。
「はっ……?」
「主をこけにされて、一丁前に怒ったか。エリアスへの忠誠心だけは本物のようだが、わらわの前でその不遜な視線を向けるのは、命がいくつあっても足りぬぞ」
「…………」
ニナが言葉を失った瞬間、ガートルードが、まるで煩わしい羽虫でも払うかのように軽く右手を振った。
一瞬。虚空から、巨大な戦艦の主砲ほどもある極太の氷柱が現れ、自由落下という概念を無視した猛スピードでニナへと突き刺さった。
――ズドォォォォン!!
地響きと共に、ニナがいたはずの地面に、巨大なクレーターのような穴が開く。巻き上がった土煙が視界を遮る中、ガートルードは指を打ち鳴らして、その凶器である氷を瞬時に消し去った。
穴の底。土煙が舞い上がる中、そこには少女の姿はなかった。 刹那の判断で転移したか、あるいはその超感覚的な身のこなしで、直撃の寸前に回避したのだろう。
ガートルードは空っぽのクレーターを見つめ、
「ふん、そこそこ使えるようだな。エリアスの飼い犬にしては」
とつまらなそうに呟いた。
「休憩はこのくらいでいいだろう。……進軍再開! 日が落ちる前に、弟の情けない顔を拝みに行くわよ!」
「はっ!!」
軍団が再び、巨大な生き物のように胎動を始める。リリスは、伯母が放った「挨拶代わり」の魔法の余波に背筋を凍らせ、遠く離れた我が家――今ごろはパニックになっているであろう、父のいる場所を想った。
(お父様……。うまく逃げ出してね。もし、間に合わなかった時は……その尊い犠牲を、必ず和平とわたしたちの幸福な結婚への糧にしてみせるわ。どうか、やすらかに……)
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