5人の勇者を「500人」と報告したら、魔王様が和平の準備を始めました

miko.m

文字の大きさ
32 / 78

王女の膝枕と窓から来た毒舌な相棒。――勇者アラタ、王都脱出の夜。

しおりを挟む
 アルカディア王都、北塔の最上階に位置する客室。 窓から差し込む夕日は、燃えるようなだいだい色から穏やかな紫へと溶け始めていた。室内には最高級の香の匂いが漂い、豪奢な調度品がその輪郭を闇に沈めている。外の静寂とは裏腹に、室内の空気は勇者アラタにとって、魔王軍との決戦前夜よりも張り詰めたものだった。

「あの……殿下。これは、一体……どのような?」

 アラタは、極上の絹のような柔らかい感触を後頭部に感じながら、困惑しきった声を上げた。視界を占めるのは、薄暗い室内でも黄金の輝きを失わない、見事な縦ロールを描くブロンドの髪。そして、自分を慈しむように見つめる、王女シャルロットの大きな瞳だった。

「これは『膝枕』ですわ、勇者様。我が王家に古くから伝わる、国を救わんとする気高き殿方をおもてなしするための、極めて厳格で伝統的な儀式なのです。さあ、余計な力を抜いて……」

 シャルロットは、はかなげな微笑を浮かべながら、アラタの髪を羽毛のような手つきで優しく撫でた。その指先はわずかに震えていたが、彼女の瞳には「絶対に離さない」という、獲物を狙う狩人のような執念が微かに混じっている。彼女にとって、この「不純(偽装)な既成事実」を本物にするための戦いは、国家の存亡よりも優先すべき最重要課題となっていた。

「その……シャルロット姫。ボクは不敬罪で捕まった、いわば罪人の身なのですが。このようにされるのは……その、申し訳ないというか」
「いいえ! あなたは罪人などではありませんわ! あなたはこの大陸を、そしてこのわたくしを救わんとした気高きお方……。少なくとも、わたくしだけは、世界中が敵になってもあなたの清廉さを信じております!」
「…………」

 アラタは天井を見上げ、複雑な吐息をついた。 彼女の献身的な態度は、純朴な少年にとってあまりにも刺激が強すぎた。だが、その柔らかさに甘んじるほど、彼の心は堕落してはいなかった。

「どうなさったのですか?」
「……仲間のことを、考えていました。みんな、無事なのだろうかと。それが心配で」

 シャルロットはその瞬間、背後に控えていた侍女に鋭い、それでいて事務的な目配せを送った。侍女は無言で一礼し、影のように部屋を退出していく。

「わたくしが調べさせますわ。王家の情報網を駆使して。ですから、今はわたくしのことだけを考えてくださらない?」
「本当ですか!? ありがとうございます、殿下!」
「……シャルロット、とお呼びくださいな」
「えっ……。で、では、シャルロット姫」
「『姫』はいりません。呼び捨てで」
「い、いえ、それはさすがにできません。王女様を呼び捨てになど……。あと、その……」

 アラタは顔を真っ赤にして黙り込んだ。 

「……やはり、この格好は恥ずかしいのですが。その、殿下の……膝が、あまりに近くて」
「あら。でも、これから二人でもっと恥ずかしいことをするのですよ……やだ、わたくし、何を言っているのかしら! ちょっと失礼、お色直ししてきますわ!」

 シャルロットは、自ら投下した爆弾発言の熱量に耐えきれなくなったのか、真っ赤な顔で立ち上がると、侍女を伴って慌ただしく部屋を飛び出していった。

 一人残されたアラタは、ようやく解放された首の付け根をさすりながら、窓から暮れなずむ空を見上げた。

「みんな、無事でいてくれ……」

 祈るように呟いたその時、

「……何やってんだ、お前は」

 不意に、窓の外から聞き慣れた、皮肉たっぷりの声が響いた。アラタが驚いて窓に駆け寄ると、そこには三階建ての高さにあるはずの窓枠に、何食わぬ顔で腰掛けているシーフの少年――カイトの姿があった。

「カイト!? どうやってここに!」
「どうやっても何も、普通によじ登って来ただけだ。こういう仕事は、魔族相手の戦闘よりよっぽどお手のもんだからな」

 カイトは軽々と室内に侵入すると、部屋の贅を尽くした調度品や、食べかけの高級な菓子を意味ありげに見渡した。

「心配する必要、なかったようだな。王女に膝枕なんてされやがって。……お前、このことがリリス嬢に知られたら、あいつの『魔法』でボコられるぞ」
「み、見てたの!?」
「ああ、一部始終な。お前の情けない赤ら顔までバッチリだ。たくっ、あっちは、お前を助けるために、それなりに危ない橋を渡ってるっていうのに」
「危ない橋……? どういうことだ、カイト」

 アラタの表情から甘さが消え、真剣な光が宿った。

「ここでゆっくり話してる時間はねえ。どうする? このままここで王女の『お世話』になり続けるか、それともオレと一緒に逃げ出すか」

 アラタは迷わなかった。

「出るよ、カイト。リリスさんが危ない橋を渡っていると聞いたら、こうしてはいられない。……でも、ちょっと待っててくれ」

 アラタは部屋のドアを開け、外の廊下で待機していた数人の侍女たちに声をかけた。

「申し訳ないけど、ボクは仲間と一緒に帰らせてもらう。……それで、お願いがあるんだ。君たちがボクに襲われて、適当に倒されたことにしてもらえないかな。そうすれば、姫様に責任が及ばないと思うから。……もちろん、真実味を出すために、本当に殴ってもいいけど……ただ、ボクは女性に手をあげたくないんだ」

「「「…………」」」

 侍女たちは一瞬、表情を消して互いに顔を見合わせた。彼女たちは、それなりにシビアなここアルカディアの宮廷で、長年生き抜いてきたプロフェッショナルである。沈黙の後、彼女たちは実に見事な、それでいてどこか事務的な手際の良さで、

「あれえ……。勇者様、なんてお強いの……」 
「うわあ、気絶しちゃうう……。抵抗できませんわあ……」

 棒読みのセリフを吐き捨てながら、バタバタと、それでいてドレスを汚さない絶妙な角度で廊下に倒れ込んでいった。中には、わざとらしく自分の頬を軽くつねって赤らめる者までいる。

「……よし、行こう」
「やれやれ、たまにはまともな人間に会いたいもんだ」

 カイトが呆れたように吐き捨て、アラタを先導して窓の外へ躍り出た。 勇者はカイトが用意した細いロープを辿り、王城の急峻な屋根の上を、猿のような身軽さで巡っていく。夕闇が夜の帳へと変わる瞬間、二人の影は警備の隙間を縫うようにして、無事に城外へと脱出を果たした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

幼馴染の許嫁は、男勝りな彼女にご執心らしい

和泉鷹央
恋愛
 王国でも指折りの名家の跡取り息子にして、高名な剣士がコンスタンスの幼馴染であり許嫁。  そんな彼は数代前に没落した実家にはなかなか戻らず、地元では遊び人として名高くてコンスタンスを困らせていた。 「クレイ様はまたお戻りにならないのですか……」 「ごめんなさいね、コンスタンス。クレイが結婚の時期を遅くさせてしまって」 「いいえおば様。でも、クレイ様……他に好きな方がおられるようですが?」 「えっ……!?」 「どうやら、色町で有名な踊り子と恋をしているようなんです」  しかし、彼はそんな噂はあり得ないと叫び、相手の男勝りな踊り子も否定する。  でも、コンスタンスは見てしまった。  朝方、二人が仲睦まじくホテルから出てくる姿を……  他の投稿サイトにも掲載しています。

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

悪役令嬢と弟が相思相愛だったのでお邪魔虫は退場します!どうか末永くお幸せに!

ユウ
ファンタジー
乙女ゲームの王子に転生してしまったが断罪イベント三秒前。 婚約者を蔑ろにして酷い仕打ちをした最低王子に転生したと気づいたのですべての罪を被る事を決意したフィルベルトは公の前で。 「本日を持って私は廃嫡する!王座は弟に譲り、婚約者のマリアンナとは婚約解消とする!」 「「「は?」」」 「これまでの不始末の全ては私にある。責任を取って罪を償う…全て悪いのはこの私だ」 前代未聞の出来事。 王太子殿下自ら廃嫡を宣言し婚約者への謝罪をした後にフィルベルトは廃嫡となった。 これでハッピーエンド。 一代限りの辺境伯爵の地位を許され、二人の幸福を願ったのだった。 その潔さにフィルベルトはたちまち平民の心を掴んでしまった。 対する悪役令嬢と第二王子には不測の事態が起きてしまい、外交問題を起こしてしまうのだったが…。 タイトル変更しました。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

ともボン
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

「クビにされた俺、幸運スキルでスローライフ満喫中」

チャチャ
ファンタジー
突然、蒼牙の刃から追放された冒険者・ハルト。 だが、彼にはS級スキル【幸運】があった――。 魔物がレアアイテムを落とすのも、偶然宝箱が見つかるのも、すべて彼のスキルのおかげ。 だが、仲間は誰一人そのことに気づかず、無能呼ばわりしていた。 追放されたハルトは、肩の荷が下りたとばかりに、自分のためだけの旅を始める。 訪れる村で出会う人々。偶然拾う伝説級の装備。 そして助けた少女は、実は王国の姫!? 「もう面倒ごとはごめんだ」 そう思っていたハルトだったが、幸運のスキルが運命を引き寄せていく――。

処理中です...