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攻城戦が中止になった理由は、伯母様の顔が真っ赤になったからでした。
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魔王城の巨大な城門前。第七軍団の重厚な進軍が止まり、張り詰めた大気が重圧となって周囲の森を沈黙させていた。漆黒の軍旗が寒風にたなびき、兵たちが放つ殺気が城壁の石材を削り取らんばかりに渦巻いている。
魔導馬車から降り立ったガートルードは、傲然と城壁を見上げ、その鮮やかな紅い唇を愉悦に吊り上げた。
「ふっ、見てなさい。一刻(二時間)でこの城を落としてみせるわ。ゼノンの泣きっ面を拝むのが今から楽しみね」
その宣言を聞き、背後に控えるリリス、エルゼ、ミーナの三姉妹は、揃って引きつった顔で視線を交わした。
リリスの内心は絶望に近い。
(……ダメだわ。伯母様、『お父様を諫める』気持ちは全く無いみたい。完全に、攻城戦をエンターテインメントとして楽しむつもりだわ……!)
「第七軍団推参! 直ちに開門せよ! さもなくば、この門を鉄屑に変えて進軍する!」
副官の野太い叫びが広野に響き渡る。もちろん、誰も本当に開門するなどとは思っていなかった。これから城を落とそうとする剥き出しの敵意に対し、門を開けるバカはこの世に存在しない。
ところが、あろうことか、魔王城の巨大な正門が、重々しく、しかし驚くほど滑らかに左右へと開いていった。
そこから現れたのは、迎撃の軍勢でも、白旗を振る怯えた使い魔でもなかった。一人の男が、ただ一人、つかつかとこちらへ歩いてくる。
ガートルードの動きが、ピタリと止まった。
「……あれは……」
現れたのは、魔王軍の中でも「動かすだけで金がかかりすぎる」として、魔王が後生大事に温存し続けているという噂の第五軍団・通称「強竜団」の団長、アルフォンスであった。
最強の武力を持つ軍団の長でありながら、その姿には野蛮なところなど微塵もない。整えられた銀混じりの髪をオールバックにし、深く刻まれた目尻の皺が、歩んできた壮絶な経験を気品へと昇華させている。身に纏う甲冑は、華美な装飾を排しながらも、一目で超高級品と分かる渋い輝きを放っていた。まさに、大人の色香と強者の余裕を兼ね備えた「究極のイケオジ」であった。
「久しぶりですな、ガートルード嬢」
アルフォンスは、かつての知己に対する最高の敬意を込め、優雅に微笑んで挨拶をした。その瞬間、ガートルードから立ち上っていた、城を飲み込まんばかりの凄まじい破壊のオーラが、魔法が解けたかのように霧散した。リリスは、伯母の背負っていた「漆黒の殺気」が、瞬時に「桃色の動揺」へと書き換えられるのを感じ取った。
「ど、どうして……。あなたが、こんなところにいるのよ?」
ガートルードの声が、わずかに震えている。先ほどまでの、弟の首を獲ると息巻いていた戦女神の姿はどこにもない。そこには、憧れの先輩を前にした少女のような、居心地の悪そうな女性が立っていた。
「友の窮地とあらば、駆けつけて当たり前でしょう」
「お、弟が……ゼノンがあなたに救援を頼んだのね? あいつ、そんなことまで……」
アルフォンスは静かに首を振った。
「いいえ。私が勝手にしたことです。君が激昂してここへ向かっていると聞き、誰かが君の剣を止めなければいけないと思ったのでね」
ガートルードは少しの間、悔しそうに唇を噛んでいたが、やがて顔を真っ赤にして視線を逸らした。
「……そこをどいて。わたくしは、あのバカ弟に直接説教をしに来ただけよ。話があるの」
「姉弟の話し合いにしては、その軍勢は少々大げさではありませんか? 余人を交える必要は無いでしょう」
「……ほっといてちょうだい」
アルフォンスは、困った子供を見るような優しい眼差しで微笑んだ。
「放っておけません。話し合うというのであれば、軍勢をここに留め置いた上で、中へ入るのがよろしい。私が城内までエスコートしましょう」
「…………もおっ! 分かったわよ。かなわないわね、あなたには!」
ガートルードは、投げやりな口調で副将を振り返った。
「全軍、城外で宿営! 許可が出るまで、一歩も勝手に動くんじゃないわよ! 分かったわね!」
「はっ……はいいいいい!?」
困惑する部下たちを置き去りにし、ガートルードは「行くわよ、リリス、エルゼ、ミーナ!」と、先ほどまでの進軍が嘘のような、まるで行きなれたカフェに入るような気楽な足取りでアルフォンスの後を追った。
三姉妹も呆気に取られながら、その後に続く。リリスは、かつて魔王城の奥深くで聞いた、古い噂を思い出していた。
(そういえば……。ガートルード伯母様と第五軍団長の間には、かつて壮絶なロマンスがあったって。互いの立場ゆえに周囲に引き裂かれ、結ばれることはなかったけれど、今でも想い合っているって聞いたことあるけど……まさか、それが本当だったなんて)
伯母が、いつになく背筋を伸ばし、隣を歩くアルフォンスの歩調に合わせて歩く姿を見て、リリスは心の底から安堵した。実家が伯母による「一方的な破壊」で更地にならずに済んだ。
一行が玉座の間にたどり着くと、そこには連日の心労と、姉が軍を率いて来たという報告によるショックで、心なしかやつれた魔王ゼノンの姿があった。
魔導馬車から降り立ったガートルードは、傲然と城壁を見上げ、その鮮やかな紅い唇を愉悦に吊り上げた。
「ふっ、見てなさい。一刻(二時間)でこの城を落としてみせるわ。ゼノンの泣きっ面を拝むのが今から楽しみね」
その宣言を聞き、背後に控えるリリス、エルゼ、ミーナの三姉妹は、揃って引きつった顔で視線を交わした。
リリスの内心は絶望に近い。
(……ダメだわ。伯母様、『お父様を諫める』気持ちは全く無いみたい。完全に、攻城戦をエンターテインメントとして楽しむつもりだわ……!)
「第七軍団推参! 直ちに開門せよ! さもなくば、この門を鉄屑に変えて進軍する!」
副官の野太い叫びが広野に響き渡る。もちろん、誰も本当に開門するなどとは思っていなかった。これから城を落とそうとする剥き出しの敵意に対し、門を開けるバカはこの世に存在しない。
ところが、あろうことか、魔王城の巨大な正門が、重々しく、しかし驚くほど滑らかに左右へと開いていった。
そこから現れたのは、迎撃の軍勢でも、白旗を振る怯えた使い魔でもなかった。一人の男が、ただ一人、つかつかとこちらへ歩いてくる。
ガートルードの動きが、ピタリと止まった。
「……あれは……」
現れたのは、魔王軍の中でも「動かすだけで金がかかりすぎる」として、魔王が後生大事に温存し続けているという噂の第五軍団・通称「強竜団」の団長、アルフォンスであった。
最強の武力を持つ軍団の長でありながら、その姿には野蛮なところなど微塵もない。整えられた銀混じりの髪をオールバックにし、深く刻まれた目尻の皺が、歩んできた壮絶な経験を気品へと昇華させている。身に纏う甲冑は、華美な装飾を排しながらも、一目で超高級品と分かる渋い輝きを放っていた。まさに、大人の色香と強者の余裕を兼ね備えた「究極のイケオジ」であった。
「久しぶりですな、ガートルード嬢」
アルフォンスは、かつての知己に対する最高の敬意を込め、優雅に微笑んで挨拶をした。その瞬間、ガートルードから立ち上っていた、城を飲み込まんばかりの凄まじい破壊のオーラが、魔法が解けたかのように霧散した。リリスは、伯母の背負っていた「漆黒の殺気」が、瞬時に「桃色の動揺」へと書き換えられるのを感じ取った。
「ど、どうして……。あなたが、こんなところにいるのよ?」
ガートルードの声が、わずかに震えている。先ほどまでの、弟の首を獲ると息巻いていた戦女神の姿はどこにもない。そこには、憧れの先輩を前にした少女のような、居心地の悪そうな女性が立っていた。
「友の窮地とあらば、駆けつけて当たり前でしょう」
「お、弟が……ゼノンがあなたに救援を頼んだのね? あいつ、そんなことまで……」
アルフォンスは静かに首を振った。
「いいえ。私が勝手にしたことです。君が激昂してここへ向かっていると聞き、誰かが君の剣を止めなければいけないと思ったのでね」
ガートルードは少しの間、悔しそうに唇を噛んでいたが、やがて顔を真っ赤にして視線を逸らした。
「……そこをどいて。わたくしは、あのバカ弟に直接説教をしに来ただけよ。話があるの」
「姉弟の話し合いにしては、その軍勢は少々大げさではありませんか? 余人を交える必要は無いでしょう」
「……ほっといてちょうだい」
アルフォンスは、困った子供を見るような優しい眼差しで微笑んだ。
「放っておけません。話し合うというのであれば、軍勢をここに留め置いた上で、中へ入るのがよろしい。私が城内までエスコートしましょう」
「…………もおっ! 分かったわよ。かなわないわね、あなたには!」
ガートルードは、投げやりな口調で副将を振り返った。
「全軍、城外で宿営! 許可が出るまで、一歩も勝手に動くんじゃないわよ! 分かったわね!」
「はっ……はいいいいい!?」
困惑する部下たちを置き去りにし、ガートルードは「行くわよ、リリス、エルゼ、ミーナ!」と、先ほどまでの進軍が嘘のような、まるで行きなれたカフェに入るような気楽な足取りでアルフォンスの後を追った。
三姉妹も呆気に取られながら、その後に続く。リリスは、かつて魔王城の奥深くで聞いた、古い噂を思い出していた。
(そういえば……。ガートルード伯母様と第五軍団長の間には、かつて壮絶なロマンスがあったって。互いの立場ゆえに周囲に引き裂かれ、結ばれることはなかったけれど、今でも想い合っているって聞いたことあるけど……まさか、それが本当だったなんて)
伯母が、いつになく背筋を伸ばし、隣を歩くアルフォンスの歩調に合わせて歩く姿を見て、リリスは心の底から安堵した。実家が伯母による「一方的な破壊」で更地にならずに済んだ。
一行が玉座の間にたどり着くと、そこには連日の心労と、姉が軍を率いて来たという報告によるショックで、心なしかやつれた魔王ゼノンの姿があった。
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