5人の勇者を「500人」と報告したら、魔王様が和平の準備を始めました

miko.m

文字の大きさ
33 / 78

攻城戦が中止になった理由は、伯母様の顔が真っ赤になったからでした。

しおりを挟む
 魔王城の巨大な城門前。第七軍団の重厚な進軍が止まり、張り詰めた大気が重圧となって周囲の森を沈黙させていた。漆黒の軍旗が寒風にたなびき、兵たちが放つ殺気が城壁の石材を削り取らんばかりに渦巻いている。

 魔導馬車から降り立ったガートルードは、傲然と城壁を見上げ、その鮮やかな紅い唇を愉悦に吊り上げた。

「ふっ、見てなさい。一刻(二時間)でこの城を落としてみせるわ。ゼノンの泣きっ面を拝むのが今から楽しみね」

 その宣言を聞き、背後に控えるリリス、エルゼ、ミーナの三姉妹は、揃って引きつった顔で視線を交わした。

 リリスの内心は絶望に近い。

(……ダメだわ。伯母様、『お父様を諫める』気持ちは全く無いみたい。完全に、攻城戦をエンターテインメントとして楽しむつもりだわ……!)

「第七軍団推参! 直ちに開門せよ! さもなくば、この門を鉄屑に変えて進軍する!」

 副官の野太い叫びが広野に響き渡る。もちろん、誰も本当に開門するなどとは思っていなかった。これから城を落とそうとする剥き出しの敵意に対し、門を開けるバカはこの世に存在しない。

 ところが、あろうことか、魔王城の巨大な正門が、重々しく、しかし驚くほど滑らかに左右へと開いていった。

 そこから現れたのは、迎撃の軍勢でも、白旗を振る怯えた使い魔でもなかった。一人の男が、ただ一人、つかつかとこちらへ歩いてくる。

 ガートルードの動きが、ピタリと止まった。 

「……あれは……」

 現れたのは、魔王軍の中でも「動かすだけで金がかかりすぎる」として、魔王が後生大事に温存し続けているという噂の第五軍団・通称「強竜きょうりゅう団」の団長、アルフォンスであった。

 最強の武力を持つ軍団の長でありながら、その姿には野蛮なところなど微塵もない。整えられた銀混じりの髪をオールバックにし、深く刻まれた目尻の皺が、歩んできた壮絶な経験を気品へと昇華させている。身に纏う甲冑は、華美な装飾を排しながらも、一目で超高級品と分かる渋い輝きを放っていた。まさに、大人の色香と強者の余裕を兼ね備えた「究極のイケオジ」であった。

「久しぶりですな、ガートルード嬢」

 アルフォンスは、かつての知己に対する最高の敬意を込め、優雅に微笑んで挨拶をした。その瞬間、ガートルードから立ち上っていた、城を飲み込まんばかりの凄まじい破壊のオーラが、魔法が解けたかのように霧散した。リリスは、伯母の背負っていた「漆黒の殺気」が、瞬時に「桃色の動揺」へと書き換えられるのを感じ取った。

「ど、どうして……。あなたが、こんなところにいるのよ?」

 ガートルードの声が、わずかに震えている。先ほどまでの、弟の首を獲ると息巻いていた戦女神の姿はどこにもない。そこには、憧れの先輩を前にした少女のような、居心地の悪そうな女性が立っていた。

「友の窮地とあらば、駆けつけて当たり前でしょう」
「お、弟が……ゼノンがあなたに救援を頼んだのね? あいつ、そんなことまで……」

 アルフォンスは静かに首を振った。 

「いいえ。私が勝手にしたことです。君が激昂してここへ向かっていると聞き、誰かが君の剣を止めなければいけないと思ったのでね」

 ガートルードは少しの間、悔しそうに唇を噛んでいたが、やがて顔を真っ赤にして視線を逸らした。 

「……そこをどいて。わたくしは、あのバカ弟に直接説教をしに来ただけよ。話があるの」
「姉弟の話し合いにしては、その軍勢は少々大げさではありませんか? 余人を交える必要は無いでしょう」
「……ほっといてちょうだい」

 アルフォンスは、困った子供を見るような優しい眼差しで微笑んだ。 

「放っておけません。話し合うというのであれば、軍勢をここに留め置いた上で、中へ入るのがよろしい。私が城内までエスコートしましょう」
「…………もおっ! 分かったわよ。かなわないわね、あなたには!」

 ガートルードは、投げやりな口調で副将を振り返った。 

「全軍、城外で宿営! 許可が出るまで、一歩も勝手に動くんじゃないわよ! 分かったわね!」
「はっ……はいいいいい!?」

 困惑する部下たちを置き去りにし、ガートルードは「行くわよ、リリス、エルゼ、ミーナ!」と、先ほどまでの進軍が嘘のような、まるで行きなれたカフェに入るような気楽な足取りでアルフォンスの後を追った。

 三姉妹も呆気に取られながら、その後に続く。リリスは、かつて魔王城の奥深くで聞いた、古い噂を思い出していた。

(そういえば……。ガートルード伯母様と第五軍団長の間には、かつて壮絶なロマンスがあったって。互いの立場ゆえに周囲に引き裂かれ、結ばれることはなかったけれど、今でも想い合っているって聞いたことあるけど……まさか、それが本当だったなんて)

 伯母が、いつになく背筋を伸ばし、隣を歩くアルフォンスの歩調に合わせて歩く姿を見て、リリスは心の底から安堵した。実家が伯母による「一方的な破壊」で更地にならずに済んだ。

 一行が玉座の間にたどり着くと、そこには連日の心労と、姉が軍を率いて来たという報告によるショックで、心なしかやつれた魔王ゼノンの姿があった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

悪役令嬢と弟が相思相愛だったのでお邪魔虫は退場します!どうか末永くお幸せに!

ユウ
ファンタジー
乙女ゲームの王子に転生してしまったが断罪イベント三秒前。 婚約者を蔑ろにして酷い仕打ちをした最低王子に転生したと気づいたのですべての罪を被る事を決意したフィルベルトは公の前で。 「本日を持って私は廃嫡する!王座は弟に譲り、婚約者のマリアンナとは婚約解消とする!」 「「「は?」」」 「これまでの不始末の全ては私にある。責任を取って罪を償う…全て悪いのはこの私だ」 前代未聞の出来事。 王太子殿下自ら廃嫡を宣言し婚約者への謝罪をした後にフィルベルトは廃嫡となった。 これでハッピーエンド。 一代限りの辺境伯爵の地位を許され、二人の幸福を願ったのだった。 その潔さにフィルベルトはたちまち平民の心を掴んでしまった。 対する悪役令嬢と第二王子には不測の事態が起きてしまい、外交問題を起こしてしまうのだったが…。 タイトル変更しました。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

「クビにされた俺、幸運スキルでスローライフ満喫中」

チャチャ
ファンタジー
突然、蒼牙の刃から追放された冒険者・ハルト。 だが、彼にはS級スキル【幸運】があった――。 魔物がレアアイテムを落とすのも、偶然宝箱が見つかるのも、すべて彼のスキルのおかげ。 だが、仲間は誰一人そのことに気づかず、無能呼ばわりしていた。 追放されたハルトは、肩の荷が下りたとばかりに、自分のためだけの旅を始める。 訪れる村で出会う人々。偶然拾う伝説級の装備。 そして助けた少女は、実は王国の姫!? 「もう面倒ごとはごめんだ」 そう思っていたハルトだったが、幸運のスキルが運命を引き寄せていく――。

学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。

さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。 聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。 だが、辺境の村で暮らす中で気づく。 私の力は奇跡を起こすものではなく、 壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。 一方、聖女として祭り上げられた彼女は、 人々の期待に応え続けるうち、 世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。

【完結】婚約者?勘違いも程々にして下さいませ

リリス
恋愛
公爵令嬢ヤスミーンには侯爵家三男のエグモントと言う婚約者がいた。 先日不慮の事故によりヤスミーンの両親が他界し女公爵として相続を前にエグモントと結婚式を三ヶ月後に控え前倒しで共に住む事となる。 エグモントが公爵家へ引越しした当日何故か彼の隣で、彼の腕に絡みつく様に引っ付いている女が一匹? 「僕の幼馴染で従妹なんだ。身体も弱くて余り外にも出られないんだ。今度僕が公爵になるって言えばね、是が非とも住んでいる所を見てみたいって言うから連れてきたんだよ。いいよねヤスミーンは僕の妻で公爵夫人なのだもん。公爵夫人ともなれば心は海の様に広い人でなければいけないよ」 はて、そこでヤスミーンは思案する。 何時から私が公爵夫人でエグモンドが公爵なのだろうかと。 また病気がちと言う従妹はヤスミーンの許可も取らず堂々と公爵邸で好き勝手に暮らし始める。 最初の間ヤスミーンは静かにその様子を見守っていた。 するとある変化が……。 ゆるふわ設定ざまああり?です。

処理中です...