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出撃のラッパを止める影、第六軍団長エリアスの「憤怒」
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鏡の向こう側で勇者の姿が消えた後、リリスはその場に石像のように立ち尽くしていた。
「勇者様……」
うっとりとした、熱く湿った溜息がこぼれる。魔王の長女として生まれ、常に冷徹な才女として、あるいは畏怖の対象として遠巻きにされてきたリリスにとって、あんなにも真っ直ぐな、一点の曇りもない告白は初めての経験だった。
これまで彼女に言い寄ってきた魔族の男たちの言葉は、どれも領地拡大の打算や、彼女の背後にある「魔王の権力」という蜜を狙う下心が透けて見えるものばかりだった。
しかし、勇者アラタの言葉は違った。それは彼女が長年築き上げてきた虚飾の殻を易々と打ち破り、一番柔らかい心根に直接届き、体の芯までをも甘く痺れさせたのだ。
「ああ、これが、恋……。古の書に記された『判断力を著しく低下させる激ヤバの精神の狂気』という記述は、正しかったのね」
頬が火照るのを自覚する。自分の心臓の鼓動が、城内の警鐘よりも大きく、耳の奥で激しく鳴り響いている。
「お姉様?」
不意に声をかけられ、リリスは小動物のように跳ねて振り返った。そこには、いつの間にか現れた次女エルゼと三女ミーナが、これ以上ないほど意地の悪い、粘りつくような笑みを浮かべて立っていた。
「今、勇者様たちと連絡が取れたわ。王城を無事に脱出したそうよ」
リリスは努めてキリっとした表情を作り、軍師としての冷静な声を絞り出した。だが、妹たちの目は決して騙せない。
「……それは重畳ですが、お姉様。お顔が真っ赤ですわよ」
エルゼが、リリスの至近距離まで顔を覗き込む。
「本当だー、赤い赤い。ゆでダコみたい。お父様がガートルード伯母様に殴られた時のたんこぶより赤いよ」
ミーナも無邪気に指をさしてはしゃぐ。
「お熱でもあるのではなくて?」と再びエルゼ。
「確かにあの方にお熱だわ」
「え、何?」
「何でもないわよ! ほら、伯母様のところへ行くわよ! 一刻を争うのだから!」
リリスは誤魔化すように翻り、ドレスの裾を激しく翻して足早に歩き出した。背後で妹たちの隠しきれない忍び笑いが追いかけてくるが、今はそれを咎める余裕すら彼女にはなかった。
〇
三人が伯母ガートルードの私室に入ると、そこには昨晩、第五軍団長アルフォンスと飲み明かした凄まじい「宴の残骸」が広がっていた。床には空になった高級ワインのボトルが転がり、散らばったクリスタルグラスが朝日を浴びて虚しく輝いている。
そして、その中央にある巨大な天蓋付きベッドでは、かつて魔界一の美貌と謳われた第七軍団長が無惨に寝乱れていた。
「うー……飲みすぎた。頭の中でトロールの軍勢が太鼓を叩いているみたいに痛い……」
ガートルードは、上質なシルクのシーツを体に巻きつけただけの、しどけない姿でうめき声を漏らしていた。普段の威厳に満ちた軍服姿からは想像もつかない姿だ。乱れた銀髪の隙間から覗く白い肩、寝返りを打つたびにシーツの隙間からこぼれ落ちそうになる豊かな胸の曲線。その圧倒的なナイスバディは、朝の光に照らされて毒々しいまでの色香を放っている。
「大丈夫ですか、伯母様。アルフォンス様と飲み比べるなんて無茶をするからですわ」
「だいじょうぶくないー……。あー、アルのやつ、あんなに涼しい顔して飲むだけ飲んで帰っちゃって。久しぶりに会ったのにさあ……。進軍、明日にしてもいい?」
「一刻を争うのです。馬車の中で寝ていてもいいですから、今すぐ起きてください。勇者様の名誉がかかっているのですわ」
リリスが強引にシーツの端を掴んで布団を剥ぎ取ると、ガートルードは子供のようにベッドの上でジタバタと足を動かし、甘えるようにリリスへ白い手を伸ばした。
「うー……じゃあ、リリスちゃんが伯母さんにチュウしてくれたら、起きるー」
「……はいはい。お安い御用ですわ」
リリスは呆れながらも、ガートルードの透き通るような白いおでこに、軽く唇を落とした。すると伯母は現金なもので、「よーし、起きたわ! 世界を三回滅ぼす元気が出たわよ!」と跳ね起きた。そのままの勢いで、傍らで呆然としていたエルゼとミーナの頬にも熱烈なキスを浴びせ、嵐のような手際で着替えを済ませていく。
一刻後。魔王城門前には、銀色に輝く甲冑を身に纏った第七軍団の精鋭たちが、一糸乱れぬ隊列で整列していた。冷たい朝の空気を切り裂くように、軍旗がバタバタと音を立ててはためいている。ガートルードは先ほどまでの二日酔いなど微塵も感じさせない、冷徹な「氷の軍団長」の顔で、門から軍団に向かって歩き出した。
その時だった。
城壁の陰から滑り出るようにして一人の男が立ち塞がった。
第六軍団長、エリアス。
その姿を目にした瞬間、リリスの背筋に冷たいものが走った。いつもなら人を食ったような不敵な笑みを絶やさないはずの顔に、今は余裕の色が全く無い。眉間には深い皺が刻まれ、端正な顔立ちは、抑えきれない怒りによって激しく歪んでいた。
「ようやくお出ましか、ガートルード」
地を這うようなエリアスの声が、熱気を帯び始めていた魔王城前の空気を、一瞬で冷たくした。
「勇者様……」
うっとりとした、熱く湿った溜息がこぼれる。魔王の長女として生まれ、常に冷徹な才女として、あるいは畏怖の対象として遠巻きにされてきたリリスにとって、あんなにも真っ直ぐな、一点の曇りもない告白は初めての経験だった。
これまで彼女に言い寄ってきた魔族の男たちの言葉は、どれも領地拡大の打算や、彼女の背後にある「魔王の権力」という蜜を狙う下心が透けて見えるものばかりだった。
しかし、勇者アラタの言葉は違った。それは彼女が長年築き上げてきた虚飾の殻を易々と打ち破り、一番柔らかい心根に直接届き、体の芯までをも甘く痺れさせたのだ。
「ああ、これが、恋……。古の書に記された『判断力を著しく低下させる激ヤバの精神の狂気』という記述は、正しかったのね」
頬が火照るのを自覚する。自分の心臓の鼓動が、城内の警鐘よりも大きく、耳の奥で激しく鳴り響いている。
「お姉様?」
不意に声をかけられ、リリスは小動物のように跳ねて振り返った。そこには、いつの間にか現れた次女エルゼと三女ミーナが、これ以上ないほど意地の悪い、粘りつくような笑みを浮かべて立っていた。
「今、勇者様たちと連絡が取れたわ。王城を無事に脱出したそうよ」
リリスは努めてキリっとした表情を作り、軍師としての冷静な声を絞り出した。だが、妹たちの目は決して騙せない。
「……それは重畳ですが、お姉様。お顔が真っ赤ですわよ」
エルゼが、リリスの至近距離まで顔を覗き込む。
「本当だー、赤い赤い。ゆでダコみたい。お父様がガートルード伯母様に殴られた時のたんこぶより赤いよ」
ミーナも無邪気に指をさしてはしゃぐ。
「お熱でもあるのではなくて?」と再びエルゼ。
「確かにあの方にお熱だわ」
「え、何?」
「何でもないわよ! ほら、伯母様のところへ行くわよ! 一刻を争うのだから!」
リリスは誤魔化すように翻り、ドレスの裾を激しく翻して足早に歩き出した。背後で妹たちの隠しきれない忍び笑いが追いかけてくるが、今はそれを咎める余裕すら彼女にはなかった。
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三人が伯母ガートルードの私室に入ると、そこには昨晩、第五軍団長アルフォンスと飲み明かした凄まじい「宴の残骸」が広がっていた。床には空になった高級ワインのボトルが転がり、散らばったクリスタルグラスが朝日を浴びて虚しく輝いている。
そして、その中央にある巨大な天蓋付きベッドでは、かつて魔界一の美貌と謳われた第七軍団長が無惨に寝乱れていた。
「うー……飲みすぎた。頭の中でトロールの軍勢が太鼓を叩いているみたいに痛い……」
ガートルードは、上質なシルクのシーツを体に巻きつけただけの、しどけない姿でうめき声を漏らしていた。普段の威厳に満ちた軍服姿からは想像もつかない姿だ。乱れた銀髪の隙間から覗く白い肩、寝返りを打つたびにシーツの隙間からこぼれ落ちそうになる豊かな胸の曲線。その圧倒的なナイスバディは、朝の光に照らされて毒々しいまでの色香を放っている。
「大丈夫ですか、伯母様。アルフォンス様と飲み比べるなんて無茶をするからですわ」
「だいじょうぶくないー……。あー、アルのやつ、あんなに涼しい顔して飲むだけ飲んで帰っちゃって。久しぶりに会ったのにさあ……。進軍、明日にしてもいい?」
「一刻を争うのです。馬車の中で寝ていてもいいですから、今すぐ起きてください。勇者様の名誉がかかっているのですわ」
リリスが強引にシーツの端を掴んで布団を剥ぎ取ると、ガートルードは子供のようにベッドの上でジタバタと足を動かし、甘えるようにリリスへ白い手を伸ばした。
「うー……じゃあ、リリスちゃんが伯母さんにチュウしてくれたら、起きるー」
「……はいはい。お安い御用ですわ」
リリスは呆れながらも、ガートルードの透き通るような白いおでこに、軽く唇を落とした。すると伯母は現金なもので、「よーし、起きたわ! 世界を三回滅ぼす元気が出たわよ!」と跳ね起きた。そのままの勢いで、傍らで呆然としていたエルゼとミーナの頬にも熱烈なキスを浴びせ、嵐のような手際で着替えを済ませていく。
一刻後。魔王城門前には、銀色に輝く甲冑を身に纏った第七軍団の精鋭たちが、一糸乱れぬ隊列で整列していた。冷たい朝の空気を切り裂くように、軍旗がバタバタと音を立ててはためいている。ガートルードは先ほどまでの二日酔いなど微塵も感じさせない、冷徹な「氷の軍団長」の顔で、門から軍団に向かって歩き出した。
その時だった。
城壁の陰から滑り出るようにして一人の男が立ち塞がった。
第六軍団長、エリアス。
その姿を目にした瞬間、リリスの背筋に冷たいものが走った。いつもなら人を食ったような不敵な笑みを絶やさないはずの顔に、今は余裕の色が全く無い。眉間には深い皺が刻まれ、端正な顔立ちは、抑えきれない怒りによって激しく歪んでいた。
「ようやくお出ましか、ガートルード」
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