5人の勇者を「500人」と報告したら、魔王様が和平の準備を始めました

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リリス、恋のオーバーヒート、伯母の余計(?)なアシストに悶絶する。

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 天幕の入り口が力強く撥ね上げられ、そこに一人の女性が姿を現した。銀色の短髪を凛々しく靡かせ、軍団長としての威厳を全身から発散させている女――ガートルードだ。彼女は優雅に、かつ有無を言わせぬ圧力を伴って歩を進めると、室内の面々に鋭い視線を投げかけた。

 ガートルードは、まずはリリスを一瞥し、それから後ろに控えるアラタ、カイト、テオの三人へと視線を移した。彼女の口端が、冷徹な、しかしどこか愉悦を含んだ形に歪む。簡単に自己紹介を済ませた彼女は、

「勇者、シーフ、戦士。あなたたち三人と、別室で個人面談をさせてもらうわ」

 その宣言が放たれた瞬間、リリスは弾かれたようにベッドから飛び起きた。病人としての儚げな演技など、今の彼女の脳内からは完全に消し飛んでいた。

「わたくしも同行します!」
「個人面談だって言ってるでしょ。カップルの馴れ初めを聞きたいわけじゃないんだから、あんたは大人しく寝てなさい」

 ガートルードは、姪の抗議を羽虫でも払うかのように冷たくあしらった。だが、リリスは引き下がらない。

「……いやだ、伯母様ったら。わたくしたちが『世界一お似合いのカップル』だからって、あまりの眩しさに当てられちゃうのを心配なさっているのね? 伯母様とアルフォンスおじさまも結構、いい線いってますわよ」
「はいはい、言ってなさい」

 ガートルードは軽く受け流すと、アラタに向かって顎で入り口を指した。

「来なさい、勇者。別に取って食いはしないから。……少なくとも、今はね」

 アラタは緊張に表情を硬くしながらも、力強く頷いた。引きずられるようにして連れていかれる勇者の背中を、リリスは胸の前で手を組み、祈るような、あるいは今すぐにでも追いかけたいような切実な持ちで見送るしかなかった。

 勇者がいなくなり、カイトとテオも順番を待つために一緒に出て行き、天幕の中には静寂が訪れた。手持ち無沙汰になったリリスは、枕元に置かれた鏡通信の機動を呪文で促した。

 鏡の表面が揺れ、そこに映し出されたのは、魔王城の執務室で頭を抱えている父、魔王ゼノンの姿だった。

「おお! リリスちゃん、もう大丈夫なのか!」

 鏡の中の父は、心底心配そうな顔をしてリリスを見つめた。

「すっかり元気ですわ」
「そうか……。いや、姉上から『面会謝絶』だって聞かされていたから会いに行けなかったんだ。だが、あれって普通、他人を拒否するためのものじゃないのか? なんで実の父親まで門前払いなんだ」
「親子は他人の始まりと言いますから。そんなことより、お父様」
「そんなことかなあ……」

 独りごとのようにぼやく父を無慈悲に無視して、リリスは声のトーンを落とした。

「エリアスの行方は分かりましたか?」

 ゼノンの表情が、一瞬で魔王としての険しいものに変わった。彼は首を横に振る。

「いや、魔界の広域探査網に引っかからないな。別の大陸まで吹っ飛んでいったなんてことは無いと思うけど……ていうかさ、そんなに派手にぶっとばされてまだ生きていると思っているのかい?」
「生きていてほしいですわ」
「えっ、どうして?」
「もちろん、伯母様に髪を切らせたあのキザ男をもう一度ぶっとばすためです」

 ゼノンは娘の苛烈さにゾッと身を震わせてから、

「やはり、あれが人間と通じていたのか……としたら、人間の方に身を寄せているのかもしれないが」

 そこで何かに気がついたかのように、

「……あのさ、リリスちゃん。その……なんか、風の噂で聞いたんだけど、前に宿屋で会ったあの勇者が、今こっちの野営地に向かっている……いや、もう到着している、なんて話は本当か?」

 おずおずと切り出した。

「いま、ガートルード伯母様と面談中ですよ」
「ええっ!? もう城外の野営地にいるのか!?」

 ゼノンが椅子を鳴らして立ち上がった。その拍子に、卓上の書類が数枚、床に滑り落ちる。

「はい」
「……なんで、それを城の主であり魔王である私が知らないんだ?」
「さあ? 時差的な何かじゃないですか?」
「時差って何だ! 同じ敷地内だぞ!」
「エリアスが見つかったら知らせてください。通信終わり!」

 リリスは父親の切実な訴えを待つことなく、一方的に鏡の魔力を遮断した。鏡の表面はただのガラスに戻り、ゼノンの「ちょっと待てリリスちゃん!」という叫びだけが空虚に天幕の中に消えた。

 それからしばらくして、天幕の入り口が静かに開いた。戻ってきたのは、どこか憑き物が落ちたような、清々しい表情のアラタだった。

「終わったよ、リリスさん」
「おかえりなさい、勇者様!」

 リリスはベッドの上に正座し、満面の笑みで彼を迎えた。しかし、彼が枕元に座り、その柔らかな眼差しを向けた瞬間、リリスの背筋に氷のような冷たいものが走り抜けた。

(……待って。伯母様、勇者様に何を聞いたの!?)

 今さらながら、リリスは自分が積み上げてきた「嘘」の大きさに気がつき、冷や汗が止まらなくなった。「七百七十七人の勇者軍が背後に控えている」という、あの場当たり的な大出まかせだ。ガートルードは軍団長だ。もし彼女が、軍事的な詳細、補給路、あるいは兵種の構成などを尋ねていたとしたら。そして、正直すぎるアラタが「えっ、ボクたち五人ですけど」なんて答えていたら。

 すべてのハッタリが崩壊し、リリスは「国を欺いた大嘘つき」として処断されるか、少なくとも勇者との仲を強制的に引き裂かれることになるだろう。

 リリスは震える指先を隠すようにシーツを握りしめ、探るように、恐る恐る尋ねた。

「あ、あの……勇者様。伯母様、どんなことをお聞きに……? ほら、軍勢のこととか、戦力のこととか……その、今後の戦略的な協力体制について、とか……」

 アラタは少し照れくさそうに、しかし一点の曇りもない、真っ直ぐな目でリリスを見つめた。

「いや、軍事的な話なんて全然されなかったよ。……ただ、リリスさんのことをどれだけ真剣に想っているのか、それだけを何度も、何度も、念を押されるように聞かれたんだ」
「……えっ?」
「だからボク、『彼女のためなら、この命を賭けます。ボクが一生守ります』って、はっきり申し上げておいたよ。それがボクの、偽りのない真実の気持ちだから」
「………………」

 リリスの顔面が、一瞬で沸騰した。彼女の耳の裏までが真っ赤に染まる。自分に対してだけではなく、伯母にもはっきりと言ってくれるなんて……。もう「勇者大軍団」の嘘がバレたかどうかの心配など、銀河の彼方まで吹き飛ばされていた。
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