5人の勇者を「500人」と報告したら、魔王様が和平の準備を始めました

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魔王ゼノン、部下(おっさん)たちから貞操を狙われる!?

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 魔王城の最深部、謁見の間。

 天井高くそびえる黒曜石の柱が並び、普通であれば魔族の王としての威厳が張り詰めているべきその場所には、今はただ、胃酸の匂いが漂うような重苦しい空気だけが澱んでいた。

 玉座に深々と体を沈めた魔王ゼノンは、きりきりと痛む胃のあたりをさすりながら、傍らに控える第五軍団長アルフォンスを相手に、終わりのない愚痴をこぼしていた。

「……人間側の王が変わったらしいじゃないか。しかもクーデターだっていうだろう? 恐ろしいねえ。そんなならず者のような新王に、あの勇者軍団(推定七百七十七人)は忠誠を尽くすのかね?」

 ゼノンは眉間の皺を揉みほぐしながら、独り言のように続けた。

「いや、そもそもあいつらに『忠誠』なんて高尚な概念はないのか。なにせ個人事業主の集まりだ。取引先のトップがすげ変わったところで、報酬さえきっちり支払われれば文句はないってわけだ。……せっかく講和がまとまりそうだったのに、これじゃあ台無しだよ」
「落ち着いてください、陛下」

 アルフォンスが静かになだめた。

「落ち着きたいのは山々だがね、この頃は、夢にまで勇者軍団が現れるんだ」

 ゼノンは虚空を見つめ、身震いした。

「数えられないくらいの勇者たちがさ、一人一人の生体エネルギー的なものを一箇所に集めて、一つの巨大な光の球にするんだよ。それを『くらえ魔王!』なんて言って私にぶつけてくるんだ。その真っ白な光に包まれて、私はハッと目が覚める。最悪の気分だぞ。起きた瞬間、自分はすでに天に召されたのではないかと疑うくらいだ」
「御身は必ず、わたしがお守りしますので」
「いや、お前は私より姉上についていてやってくれ。その方が私の気が楽だ」

 そこでゼノンは話題を変え、ニヤニヤしながら身を乗り出した。

「聞いているぞ。衆目の前で愛を誓い合って、姉上とぶちゅーっとやったらしいじゃないか」

 アルフォンスは一瞬沈黙し、苦笑いを浮かべた。

「……随分と尾ひれがついているようですな」
「もうさ、いい加減くっついちゃえばいいじゃない。いい年なんだし。おっさんの純情なんてはやらんぞ。まあ、結婚生活が一概にいいとは言えないけどな……特に私の場合は。いや、待て待て、別に妻に不満があるわけじゃないからね! 決して! ルクレツィアは最高の妻だ!」

 ゼノンが誰に言い訳しているのか分からない早口で付け加えると、アルフォンスは天井に視線を向け、遠くを見るような目をした。

「ガートルード殿とは、ひと時確かに心を通じ合わせました。わたしには、それだけで十分なのです」
「そっちは十分か知らんけどさ、姉上の方は足りないんじゃないか? なんせあの人は、私と違って貪欲だからな」

 ぎい、と重厚な扉が開く音が響いた。

(ゲ、嘘だろ! 地獄耳か!?)

 ゼノンは、悪口を聞きつけた姉が鉄拳制裁に殴り込んできたのかと震え上がった。しかし、現れたのは衛兵だった。

「陛下、第一軍団長と第二軍団長がお目通りを願っております」
「……あ、ああ、なんだ。そうか。通せ」

 ゼノンは心底ホッとして、玉座の上で崩れかけた姿勢を正した。

「では、わたしはこれで失礼します」

 アルフォンスは優雅に一礼して立ち去り、それと入れ違いに、第一軍団長と第二軍団長が、複雑な面持ちで謁見の間へと足を踏み入れてきた。

 魔王は玉座に深く腰掛け、精一杯の威厳をつくろって問いかけた。

「何用だ?」

 第一軍団長ゴルドーが恭しく頭を垂れる。

「ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」

 続いて第二軍団長ヴァルカスが進み出た。

「実は、陛下にお願いの儀があり、まかり越しました」
「願い? 申してみよ」
「どうぞ、我らに軍団の残りの兵をお預けください」

 ゼノンは眉をひそめた。

「なに? 第一軍団と第二軍団の残存兵をか?」
「はっ」
「……何ゆえだ?」
「それをもって、我ら、人間の城を踏み潰したいのです!」

 第二軍団長が鼻息を荒くして叫ぶ。その吸血鬼の赤い瞳には、いつになく熱い炎が宿っていた。

「ん?」
「七百人の勇者軍団と雌雄を決したく!」
「ええっ!?」

 ゼノンの胃がキリリと痛んだ。

「いやいやいや、待て待て。どうしたお前たち、急に? せっかく前線から生きて帰ってこられたのに、今度は自分から玉砕しに行きたいって言うのか? 相手は七百人だぞ?」
「それが武人のさがなのです」

 第一軍団長が悲壮な覚悟を装って言う。

「どうか、伏してお願い申し上げます!」

 ゼノンは腕を組んだ。

 確かに、講和の話がこのまま流れるなら、先制攻撃を加えるのもいいかもしれない。だが、負けた場合の管理責任を問われるのは最高経営責任者である自分だ。それに、こいつらが動くことで、講和の目が完全につぶれたらどうする。

「無謀な突撃は感心せんぞ。もう少し慎重にだな……」

 すると、第一と第二の軍団長が互いに目配せをした。二人は深く息を吸い込むと、いきなり声を一段高く、そしてねばつくような調子に変えた。

「お願いしますぅ、魔王様ぁ……」
「うおっ!?」

 ゼノンが玉座の上で飛び上がった。

「い、いきなりなんだ、その声は!」
「その筋からお聞きしましたよぉ。魔王様は、わたしたちのことを『可愛い』と思ってらっしゃるんですよねぇ?」

 第一と第二が、筋肉隆々の巨体をくねらせながら、上目遣いでゼノンを見つめる。

 ミノタウロスのつぶらな瞳と、吸血鬼の妖艶な流し目が、心なしかハートマークを飛ばしながら迫ってくる。

(……どの筋だ! 誰がそんなデマを流した! 怖すぎるだろうが!)

「ま、まあ、部下のことを可愛がるのは上司として当然だが……」
「でしたらぁ、お願いしますぅ。我らにチャンスをくださいぃん」
「我々だって、やるときはやれる子なんですぅ」

 ゼノンは背に氷を突っ込まれたような寒気を感じた。

 なんだ、この猫なで声の地獄は。牛の大男と、顔色の悪い吸血鬼が、小首をかしげて「おねだり」をしている。気色が悪いにも程がある。ゼノンの中で、最悪の推論が成立する。

(……こいつら、まさか私のことをそういう趣味だと思っているんじゃないだろうな? ひょっとして、アルフォンスとのことも、勘ぐっているのか?)

「ちょ、ちょっと待て! 何か致命的な勘違いをしているようだが、さっきまで第五軍団長と一緒にいたのは、別に彼を特別扱いしているわけじゃないぞ! 私は部下のことは、姉上も含めて平等に考えているんだ!」
「だったら、我々にも軍団の指揮権をください。第七軍団長は独断で魔王城に来たという評判じゃありませんか。不公平ですぅ」
「そうですよぉ」

 二人がズイ、ズイと玉座ににじり寄ってくる。

 屈強な武人二人の放つ、ねっとりとした圧迫感と、体臭と香水の混じった匂いに、ゼノンは貞操の危機を感じて悲鳴を上げそうになった。

「わ、分かった! 分かったから寄るな! こっちへ来るな!」
「「魔王様ぁ……」」
「きょ、許可する! それぞれの軍団の残りの兵については、貴公らに一任する! 好きにしろ! その代わり、今すぐここから出て行け!」

 ゼノンは逃げるように書類にサインを書き殴り、それを放り投げるようにして与えた。

「ありがとうございますぅ……」
「うふふ、やっぱり魔王様は優しいぃ……」

 第一と第二軍団長は、やはり背筋の凍るような甘ったるい声を残し、満足げに謁見の間を辞していった。

 重い扉が閉まる音がした瞬間、ゼノンは玉座の上でぐったりと崩れ落ちた。

 一人残された魔王は、震える手で胃薬を口に放り込み、心から誓った。

 二度と、あいつらとは二人きりで会わない、と。
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