5人の勇者を「500人」と報告したら、魔王様が和平の準備を始めました

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【支持率90%】簒奪された王都は、なぜか空前の好景気でした。

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 アルカディア王国の巨大な城門をくぐり、戦士テオと魔法使いのリンは王都の石畳を踏みしめた。

 かつては勇者パーティの出発を見送る歓声に包まれたこの場所も、今はただ日常の喧騒があるのみだ。凱旋とは程遠い、重苦しい沈黙がテオの肩に鉛のようにのしかかっている。

「そんなに心配しなさんなって。いざとなったら、あたしが全部吹き飛ばして、テオのこと守ってあげるからさ」

 リンが愛用の杖を肩に担ぎ、彼女らしい快活さで笑い飛ばした。その明るさは、曇天の下を行く二人にとって唯一の救いだった。テオは力なく苦笑して首を振った。

「ありがとう、リン。しかし、案じているのはこの身のことではないのです。……ミーナ殿のことが心配で」
「だったら余計に安心しなよ。あっちには勇者も聖女も、おまけにあの過保護なガートルード伯母様までいるんだから。ミーナちゃんに何かあることなんて、天地がひっくり返ってもありえないって」
「……しかし、私は、ミーナ殿を傷つけてしまいました」

 テオの脳裏には、野営地の入り口で泣きじゃくりながら、自分の甲冑にしがみついていた魔族の少女の姿が焼き付いている。「行かないで」という悲痛な叫びが、今も耳の奥でこだましていた。騎士としての義務を果たしたとはいえ、一人の男として、彼女の純情を踏みにじった事実に変わりはない。

 リンは歩みを止めず、前を見据えたまま言った。

「そうやって強くなっていくんだよ。テオだって、数え切れない傷を負って今の力を身につけたんでしょ。それに、女の子ってのは男と違ってしなやかなの。一晩泣いたらケロッとしてるかもしれないし、逆に追いかけてくる気持ちを固めているかもしれない。だから、余計に大丈夫!」
「リン……」
「ふっ、あたしに惚れんなよ」
「はい、惚れません」
「ちょっとはためらえよ! そこは『グラッときた』とか嘘でも言うのがマナーでしょ!」

 お決まりの軽口のやり取りに、テオの強張っていた表情がわずかに和らいだ。

 しかし、目抜き通りに出た途端、二人は奇妙な違和感に襲われた。

 王都の大路は、以前よりも活気づいているように見えたからだ。

 クーデターが起き、王が追放され、魔族と内通しているという噂が流れているはずの都。テオは、市民が恐怖に怯え、窓を閉ざし、路地裏には憲兵が溢れている光景を想像していた。だが現実は真逆だった。市場には物資があふれ、人々は明るい顔で買い物をし、職人たちは精力的に働いている。

「……変だね」

 リンは不思議に思い、道行く通行人のおっさんを捕まえて、クーデター後の状況を尋ねてみた。

「ねえ、おじさん、ちょっと聞きたいんだけど。最近、王都の状況はどう?」

 返ってきた答えは予想外のものだった。

「状況? 最高だよ! お嬢ちゃん、旅の人かい? 見て分からないか、この活気を! 税負担は半分になったし、面倒な規制もなくなって商売がしやすくなった。国庫を開放して、貧しい連中や年寄りには手厚い手当が出るようになったんだ。『以前よりずっといい政治だ』って、みんな喜んでるよ」

 リンは眉をひそめてさらに尋ねる。

「でもさ、今のトップって大臣でしょ? クーデターを起こした大臣に対する恨みとか、前の王様を惜しむ声はないの? 魔族と手を組んでるって噂もあるけど」
「そんなの庶民には関係ないね。実際に暮らしが良くなってるんだから。少なくとも俺や俺の周りには不満なんてないさ。皆無。ゼロだよ。それがほとんどのやつの意見なんじゃないか。なにせ大臣の支持率は今や九〇%を超えているからなあ。あんなボケ……いや、前陛下より、経営感覚のある大臣の方がずっとマシだってね」

 おっさんは満足げに去っていった。リンとテオは顔を見合わせ、言葉を失った。

(簒奪者である大臣が名君として君臨している……?)

「……とりあえず、騎士団の詰め所に行き、復命します。現場の騎士たちがどう動いているのか、確かめねばなりません」

 テオは重い足取りで、かつての職場へと向かった。

 騎士団の詰め所に足を踏み入れると、そこにはかつての同僚たちの活気に満ちた声が響いていた。汗と革の匂いが充満する武骨な空間だが、漂う空気は異様に軽かった。

「おー、テオじゃねえか! 生きてたか!」
「魔王討伐の旅、お疲れさん! 随分とたくましくなったな」
「おいおい、後ろにいる可愛い子ちゃんは誰だ? もしかしてカノジョか!? お前、魔王倒しに行くっつって、何してたんだよ! 隅に置けねえなあ!」

 次々と肩を叩かれ、冷やかされる。その明るさは、魔王軍との戦争で敗戦濃厚だった数ヶ月前とは比較にならないほどだった。誰の目にも、死への恐怖や悲壮感が見当たらない。空元気というわけでもない、心底現状を肯定しているような不気味なほどの明るさに、テオは困惑しながらも問いかけた。

「……あの、団長は? 帰還の報告をしたいのですが」
「おう、団長なら執務室にいるぜ。取り次いでやるから、ちょっと待ってろ」

 団員の一人が足早に奥へと消えていく。テオは周囲を見回した。誰も彼もが笑顔。それも、とびきりの。

「……ねえ、テオ。なんかみんな、変な薬でもやってるのかってくらい明るいけど、大丈夫なの?」

 リンがひそひそ声でテオに耳打ちする。

「彼らは基本的に明るい方々ですが……それにしても、という感じではありますね。以前のような悲壮感がまったくない。……何かおかしい」

 やがて団員が戻ってきて、「団長が来てくれってさ」と告げた。テオはリンに「とりあえず行ってきます。リンはここで待機していてください」と一言残し、一人で執務室の重い扉を開いた。

「テオ、入ります」

 声をかけて室内に入ると、そこには奇妙な光景があった。豪奢な執務机には、白髪交じりの騎士団長が座っている。彼はテオの姿を認めると、穏やかに微笑んだ。そして、その向かいの革張りソファには、深いフードを目深に被ったローブ姿の男が優雅に足を組んで腰掛けている。傍らには、無表情な二人の少女――どこか人形めいた虚ろな瞳をした少女たちが控えていた。

「来客中でしたか、失礼しました。帰還のご報告に上がっただけですので、これで」

 テオが挨拶をした後、即座に退出しようとすると、団長がそれを制した。

「待て、テオ。……エリアス殿、これが我が騎士団の精鋭、テオです」

 エリアス。その名を聞いた瞬間、テオの全身の細胞が戦慄した。勇者パーティとして共有していた情報。魔王軍の裏切り者であり、ミーナの伯母ガートルードを卑劣な呪いで殺しかけた魔族の名だ。そして、今回の大臣のクーデターのおそらくは黒幕。

 テオは流れるような動作で剣を抜いた。もし同じ名前の別人であれば、あとでいくらでも謝罪し、軍法会議にかけられようとも構わない。だが、目の前の男から漂う禍々しい魔力、そして肌が粟立つような悪寒は、弁解の余地を与えなかった。

「……ほう。さすがは勇者パーティの切り込み隊長であり、最強の盾である戦士テオ。隙がない」

 パチ、パチ、パチと、フードの男が乾いた音を立てて手を叩く。その声には、相手を小馬鹿にしたような余裕が満ちていた。男はゆっくりとフードを上げた。そこには、ひび割れた火傷の跡が生々しい、かつての美貌の残骸があった。

 テオは油断なく、

「これはどういうことか、ご説明願いましょう、団長。なぜ、騎士団の詰め所に、魔族がいるのです」

 エリアスに切っ先を向けたまま問うと、団長は苦渋を滲ませることもなく、まるで今日の天気の話でもするかのように淡々と答えた。

「エリアス殿は今、大臣閣下の顧問として働いていらっしゃる。我が騎士団は現在、大臣の指揮下にあり、エリアス殿は我らの直接の上司ではないが、協力関係にあるのだ。剣を収めろ、テオ。彼はもはや敵ではない」
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