5人の勇者を「500人」と報告したら、魔王様が和平の準備を始めました

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ホワイト化した騎士団。――団長が語る、待遇改善という名の「正義」。

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 テオは、目の前で優雅に足を組む魔族――エリアスに対し、全身から敵意を放射していた。

「団長。この男は信用できません。魔族だから、という理由ではなく、この男のしたことを、私は知っているからです」

 テオの告発は、正義感に燃える若き騎士の悲痛な叫びそのものだった。しかし、それを聞いたエリアスは、まるで駄々をこねる子供を見るような目で、鼻で笑った。

「だが、君は、ガートルードが私の部下にしたことは知らんだろう?」

 エリアスは、傍らに控える無表情な少女の一人を、白く細い指で示した。少女の瞳は硝子玉のように虚ろで、そこに感情の光はない。

「ガートルードは、私の部下である彼女に、魂まで焼き尽くすような重傷を負わせたのだ。……自分たちの正義が常に潔白だと思わないことだ。戦争とは、互いの正義の押し付け合いに過ぎない」
「それは……」

 テオが言葉に詰まる。エリアスの言葉には、有無を言わせぬ重みと、被害者としての冷たい怒りが含まれていた。エリアスは団長に向き直った。

「では、私はこれで。今日は図らずも勇者パーティの面構えを見られて幸運でした。残りの面々も、彼以上であることはあっても、彼以下であることが無いのだとしたら、楽しみですな」

 不気味な余韻を残し、エリアスは音もなく退室した。少女たちも影のようにそれに従う。扉が閉まる音が響くと同時に、テオはようやく剣を収めたが、その拳は行き場のない怒りで震えていた。彼は団長に詰め寄った。

「どういうことですか、団長! なぜ、あんな男と手を組んでいるのです!」

 詰め寄るテオに対し、団長は革張りの椅子に深く背を預けた。

「……連中に会ったか?」
「連中……みんなのことですか?」
「ああ」
「え、ええ、会いました」

 唐突な問いに、テオは戸惑いながら答えた。

「雰囲気はどうだ? まるでお気に入りのチームが五連勝した時みたいにはしゃいでいただろう?」
「は、はい。不気味なほどに、皆明るかったですが……」

 団長は身を乗り出し、喜色を満面にみなぎらせた。

「なぜだと思う!? 騎士団の待遇が大幅に改善されたのだ! 給与アップ、有休消化の義務付け、傷病保障にリタイア後の年金保障の充実! それだけじゃない。大々的に、騎士団のイメージアップのためのプロモーションが行われた。かつては『臭い・暗い・クソ』の3K職場と言われ、『なりたくない職業ランキング』のトップに君臨していた我ら騎士団が、今や若者の憧れの職業ナンバーワンになったんだぞ!」

 テオは言葉を失った。あるいはもしかしたら、と想像していた「洗脳」や「魔法による支配」とは、あまりにかけ離れた理由だったからだ。

「それもこれも、あのエリアス殿のおかげなのだ! 彼が大臣に献策してくれたおかげで、我々の人権が確立された。残業代も出ないまま国境警備をさせられ、怪我をすれば自己責任で放り出される……そんな地獄は終わったんだ。わしなんか、最近はエリアス殿の方に足を向けて寝ていないからね!」
「な、何をおっしゃっているのですか!? 団長は正気なのですか? 騎士の本懐は正義の遂行にあると、常々おっしゃっていたではないですか!」
「正義の解釈にも色々あるんだよ、テオ」

 団長の声は冷めていた。それは理想に燃える若者を見る、現実を知りすぎた大人の目だった。

「給与や年金が正義だと言うのですか!?」

 テオの皮肉めいた批判に、

「それは本質ではない!」

 団長はどんと力任せに机を叩き、立ち上がった。

「旧王の時は、騎士団なんていうのは王の命を守るための使い捨ての盾だったんだ。Youユー knowノウ? 人間扱いされていなかったんだよ! 『名誉』という餌をぶら下げられ、安月給で使い潰される。それが今では、一人の人間として、生活者として、正当な権利が保障されている。家族を養い、老後を憂うことなく生きられる。これが正義でなくて何だ!」
「わたしは愚かゆえ、分かりません……。王の盾となり死ぬのであれば、それで本望ではありませんか。我々は、その覚悟を持って入団したはずです」
「百歩譲って、その死に意味があればな! 王に守るべき価値があれば、わしだって笑って死んでやるわ。しかし、その王はどうした? 我々には死を命じておきながら、自分はすたこらと城を逃げ出したではないか! 王女と共にな!」
「い、いや、しかし、だからと言って……」
「わしには娘がいるんだよ! まだ未成年の娘が二人もな!」

 団長の叫びは、騎士団長としてのものではなく、一人の父親としての悲鳴だった。

「いざわしが死んだ時に、家族が路頭に迷ったら誰が面倒を見てくれるんだ! お前が見てくれるとでも言うのか? いや、お前じゃダメだろ! 騎士だからな! ダメだった! なにせこれまでの騎士団には、何の保障も無かったんだからな! 殉職手当すらスズメの涙だった! だが、今はある! いい加減、分かれ!」

 ぜいぜいと肩で息を切らし、団長は視線を落とした。しばらくの沈黙の後、彼は少しだけ声を和らげた。

「とはいえ、だ。別にお前を騎士団に引き留めはせん。去りたければ去るがいい。お前の人生だ。旧王のもとに駆け付けて、あんなボケ……いや、あの方のために一生を台無しにするのはお前の自由だ。わしは止めんよ」

 テオは唇を噛み締めた。

 自由。

 その言葉を聞いた瞬間、テオの脳裏に、野営地の入り口で泣きじゃくりながら自分を呼び止めたミーナの顔が鮮明に浮かんだ。

『絶対にわたしに会いに来るって! 約束して!』

 旧王の元に駆け付けるかどうかはともかくとして、ここで騎士団を辞め、自由になるのであれば、それはミーナの元へ戻れることを意味する。愛する女性との約束を守れる。それは、テオにとってあまりに甘美で、都合の良い誘惑だった。

 しかし、テオという青年は、これまでの生き方を簡単にないがしろにできるほど、柔軟ではなかった。不器用で、真面目で、一度誓った忠誠を「待遇が悪いから」という理由で覆すことを、彼の魂が許さなかった。

 愛する者への誓いと、騎士としての忠義。その狭間で、テオの心は激しく揺れ動いた。彼はしばらくの間、立ち尽くしていた。
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