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第一章 アイリス、妖精の侯爵さまと共に故郷を目指す
2 空想なんかじゃない!
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「…………」
「…………」
体感五時間ぐらいにも思える沈黙の時が、ふたりの間に数秒ほど流れた。
それでも、やっぱり私は幸せだな――よもぎは内心呟いた。
孤独の中で散っていく自分に、こうしてあなたが付き添ってくれているのだから。
「やっぱり、きみは面白いね」
妖精の侯爵さまは、寂しげに俯くよもぎの瞳を覗き込みながら、白い歯を見せた。
「ちょっと! この状況でどうしてそんな爽やかに笑ったりできるんですか?」
よもぎは口を尖らせ、軽くそっぽを向いた。
「きみの豊かな表情の変遷を見ているだけで、手に取るように分かったからだよ」
「いったい何をですか?」
「――きみがふたつばかり、とんでもない誤解をしているってことをね」
妖精の侯爵さまは、よもぎのすぐ右隣に腰をおろしてきた。
「ひとつずつ解いていこうか。なに、すごく単純な話だよ」
困惑するばかりのよもぎだったが、妖精の侯爵さまが向けてくる真剣な眼差しに気付いた。
そこでむやみに話の腰を折らず、彼の説明に耳を傾けてみることにした。
「まず、一つ目だ。――いまのぼくは、空想の存在なんかじゃない。きみの隣にいるこのぼくは、現実に存在しているんだ。血もエーテルも通う生身の妖精なんだよ」
「…………」
よもぎは妖精の侯爵さまを、改めて間近から見つめた。
金色の左瞳は、吸い込まれそうなほど美しかった。
たとえるなら澄み渡った水の底で流動する砂金と、絡み合うようにして渦を巻く赤や柔らかな紫色のピクセル。
それらはまるで混ざり合う水彩絵の具のようでもあり、揺らめく陽炎のようでもある。
妖精の侯爵さまからは、とてつもなく強い生命力を感じ取れた。
彼が幻だなんて、そんなことは絶対ありえない!
幼少期のよもぎは、妖精の侯爵さまが実在すると信じて疑わなかった。
成長するにつれて、その思いは無惨にも打ち砕かれていき、やがて彼のことを空想の産物だと割り切って、すっかり忘れてしまったわけだが、結局は幼い日の願いが叶ったらしい。
確信した。
空想は現実になったのだ。
窓の外から薄雲を通してわずかに二日月の光が差し込んできた。
「そして、もっとずっと肝心な二つ目だ」
妖精の侯爵さまの言葉に、よもぎは神妙な面持ちで頷いた。
「とってもシンプルさ。――きみは生きているんだよ、マイレディ」
確かに単純だが、よもぎにとっては実に衝撃的な話だった。
黙っているつもりだったが、たまらず声を上げていた。
「えっ? えええっ? ……そ、そうなんですね?」
待って、待って!
待って、どういうこと?
……あんな事故に遭ったのに、私の命は尽きていない?
よもぎは目まぐるしく思考を巡らせつつ、改めて自分自身の状態を確認してみた。
見えるのは血色の良い手指に、傷ひとつない足、いつになく艶めいた髪。
感じるのは力強い鼓動に、頼もしい筋力、みなぎってくる前へと進む精神力。
――あ、これはもう間違いないね。
生きているという実感が、みるみるうちに湧き上がってきた!
よもぎは右手を胸に当てると、ぎゅっと拳を握りしめた。
「妖精の侯爵さまが、ぜんぶ治してくださったんですね……。ほんとにもう私、使い古したボロ切れみたいだったのに!」
日頃から食いしばり過ぎて、いつしかすり減ったり、欠けてしまっていた奥歯までが完全に修復されていることに気付いたよもぎ。
しかし「ボロ切れみたい」と言った瞬間、わずかに妖精の侯爵さまがその瞳に悲しげな影をよぎらせたことは見逃してしまっていた。
「――私、生きてるんですね? それも自分史上最高の状態で!」
「ああ、そうだ。だから異世界転生を望まれても、ぼくの力では実現不可能なんだよ。いくらなんでも無茶振りが過ぎる。転移ならともかく、生きている人間をどこかに転生させろとか、エグ味やばいって」
妖精の侯爵さまは、肩を揺らすかわりに、宝石のような髪をいっそうキラキラさせて、懸命に笑いをこらえている様子だった。
金色と黒色に切り替わるタイミングがやたら早い。
「それだけ明るさを変えまくっていたら、爆笑してるのと大差ないです」
「やっぱりきみは、最高に面白い」
妖精の侯爵さまは、白い手袋をはめたばかりの指先で金色に光る涙を拭っていた。
……まったく笑い過ぎだ。
泣くほど笑うか、このイケメン妖精は!
「いちおう褒め言葉として受け取っておきますね。それで……私、これから一体どうなっちゃうんですか? さっき『きみを案内したい場所がある』とか、おっしゃっていましたけど」
このまま隣で爆笑され続けては、気恥ずかしくてたまらない。
そこでよもぎはさっさと話題を変えるべく、妖精の侯爵さまに大切な質問を投げかけてみた。
「…………」
体感五時間ぐらいにも思える沈黙の時が、ふたりの間に数秒ほど流れた。
それでも、やっぱり私は幸せだな――よもぎは内心呟いた。
孤独の中で散っていく自分に、こうしてあなたが付き添ってくれているのだから。
「やっぱり、きみは面白いね」
妖精の侯爵さまは、寂しげに俯くよもぎの瞳を覗き込みながら、白い歯を見せた。
「ちょっと! この状況でどうしてそんな爽やかに笑ったりできるんですか?」
よもぎは口を尖らせ、軽くそっぽを向いた。
「きみの豊かな表情の変遷を見ているだけで、手に取るように分かったからだよ」
「いったい何をですか?」
「――きみがふたつばかり、とんでもない誤解をしているってことをね」
妖精の侯爵さまは、よもぎのすぐ右隣に腰をおろしてきた。
「ひとつずつ解いていこうか。なに、すごく単純な話だよ」
困惑するばかりのよもぎだったが、妖精の侯爵さまが向けてくる真剣な眼差しに気付いた。
そこでむやみに話の腰を折らず、彼の説明に耳を傾けてみることにした。
「まず、一つ目だ。――いまのぼくは、空想の存在なんかじゃない。きみの隣にいるこのぼくは、現実に存在しているんだ。血もエーテルも通う生身の妖精なんだよ」
「…………」
よもぎは妖精の侯爵さまを、改めて間近から見つめた。
金色の左瞳は、吸い込まれそうなほど美しかった。
たとえるなら澄み渡った水の底で流動する砂金と、絡み合うようにして渦を巻く赤や柔らかな紫色のピクセル。
それらはまるで混ざり合う水彩絵の具のようでもあり、揺らめく陽炎のようでもある。
妖精の侯爵さまからは、とてつもなく強い生命力を感じ取れた。
彼が幻だなんて、そんなことは絶対ありえない!
幼少期のよもぎは、妖精の侯爵さまが実在すると信じて疑わなかった。
成長するにつれて、その思いは無惨にも打ち砕かれていき、やがて彼のことを空想の産物だと割り切って、すっかり忘れてしまったわけだが、結局は幼い日の願いが叶ったらしい。
確信した。
空想は現実になったのだ。
窓の外から薄雲を通してわずかに二日月の光が差し込んできた。
「そして、もっとずっと肝心な二つ目だ」
妖精の侯爵さまの言葉に、よもぎは神妙な面持ちで頷いた。
「とってもシンプルさ。――きみは生きているんだよ、マイレディ」
確かに単純だが、よもぎにとっては実に衝撃的な話だった。
黙っているつもりだったが、たまらず声を上げていた。
「えっ? えええっ? ……そ、そうなんですね?」
待って、待って!
待って、どういうこと?
……あんな事故に遭ったのに、私の命は尽きていない?
よもぎは目まぐるしく思考を巡らせつつ、改めて自分自身の状態を確認してみた。
見えるのは血色の良い手指に、傷ひとつない足、いつになく艶めいた髪。
感じるのは力強い鼓動に、頼もしい筋力、みなぎってくる前へと進む精神力。
――あ、これはもう間違いないね。
生きているという実感が、みるみるうちに湧き上がってきた!
よもぎは右手を胸に当てると、ぎゅっと拳を握りしめた。
「妖精の侯爵さまが、ぜんぶ治してくださったんですね……。ほんとにもう私、使い古したボロ切れみたいだったのに!」
日頃から食いしばり過ぎて、いつしかすり減ったり、欠けてしまっていた奥歯までが完全に修復されていることに気付いたよもぎ。
しかし「ボロ切れみたい」と言った瞬間、わずかに妖精の侯爵さまがその瞳に悲しげな影をよぎらせたことは見逃してしまっていた。
「――私、生きてるんですね? それも自分史上最高の状態で!」
「ああ、そうだ。だから異世界転生を望まれても、ぼくの力では実現不可能なんだよ。いくらなんでも無茶振りが過ぎる。転移ならともかく、生きている人間をどこかに転生させろとか、エグ味やばいって」
妖精の侯爵さまは、肩を揺らすかわりに、宝石のような髪をいっそうキラキラさせて、懸命に笑いをこらえている様子だった。
金色と黒色に切り替わるタイミングがやたら早い。
「それだけ明るさを変えまくっていたら、爆笑してるのと大差ないです」
「やっぱりきみは、最高に面白い」
妖精の侯爵さまは、白い手袋をはめたばかりの指先で金色に光る涙を拭っていた。
……まったく笑い過ぎだ。
泣くほど笑うか、このイケメン妖精は!
「いちおう褒め言葉として受け取っておきますね。それで……私、これから一体どうなっちゃうんですか? さっき『きみを案内したい場所がある』とか、おっしゃっていましたけど」
このまま隣で爆笑され続けては、気恥ずかしくてたまらない。
そこでよもぎはさっさと話題を変えるべく、妖精の侯爵さまに大切な質問を投げかけてみた。
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