青春再見

さえき あかり

文字の大きさ
6 / 15

第5話

しおりを挟む
 教室に戻るとなんとなくざわついている。いつもの賑わいと違っていて、なんとなく嫌な視線を感じる雰囲気だった。
 水島くんがどうとか、高野さんがどうとか。確実に水島くんと二人、噂になっている。
 (まさかさっきのアレが噂になってる?)
 「愛花ちゃん」
 そこに愛花の姿を見つけた柚木が駆け寄ってくる。
 「なんか変な噂が立ってるみたいだけど」
 「噂?」
 「愛花ちゃんと水島くんがキスしてたとかなんとか」
 そのとき、一層ざわめきが大きくなる。
 入り口のほうを見ると、水島が珍しく教室に入ってくるところだった。
 水島は相変わらず何を気にする様子もなく、いつもどおりで。だけど、普段は遠巻きに見ているクラスメイトに囲まれていて、何やら質問攻めに遭っているようだった。
 「どういうことなの?」
 柚木が愛花に問う。
 「あーうん」
 「ほんとなの?」
 「んーまぁ……うん」
 なんと言っていいか分からず、歯切れの悪い短い返事を返す。隠すのは違う。藤堂くんにアプローチするのなら、なおのこと。明白にしておかないと困ることになる。
私は腹を決めると、起きたことを整理するように話し始めた。
 「階段踏み外して、落ちた先に水島くんがいて、それで顔と顔がぶつかっちゃって」
 思い出すだけでまた紅潮してくる。
 「あーなるほど。じゃあ、災難、になるのかな」
 今度は柚木の歯切れが悪い。
 「どういうことなの?」
 「水島くんって結構な有名人で、その、親衛隊とかもあるとかって噂で」
 柚木曰く、水島は一部の女子にひそかに人気があるらしく、過去に噂になった女子たちが何人も泣かされたとかなんとか。
 とんでもないミスを犯してしまったのかもしれない。さーっと血の気が引いて、景色が遠のいていく。
 「まぁでも、泣かされたって話はただの噂で身近で聞いたことないし、人の噂も七十五日って言うし、そのうち消えるよ」
 柚木が慰めるように言いながら、ちらりと水島のほうを見る。
 「しかし、水島くんって相変わらず無口だし無表情だし」
 「そう、かな?」
 確かに水島の表情はどこか読み取りづらいところがあり、乏しいのは間違いない。
 (でも特に無口でも無表情ってわけでもないような)
 「そうだよ。何々?愛花ちゃんの前だと違うの?」
 「表情に乏しいのは否定しないけど、意外と喋るし、笑うときだってあるよ」
 クスクスと笑われたあの日のことを思い出す。
(そういえば、入学式の日もあの日も、クラスでは見なかったはずだけど、どこで私のこと知ったんだろう。あれはほんと謎)
 そんなことを考えながら顔を上げると、柚木はマジかって顔をしていた。
 「喋ったの?あの水島くんと?」
 柚木は、クラスメイトからの質問攻めに無視を決め込んでイヤホンをつけて音楽を聴き始めた水島を指さして、心底驚いた顔をしていた。

* * *

 その日の放課後、部室で体操服に着替えていると、佐倉が声を掛けてきた。
 「お、今日はなんか気合入ってる?」
 茶化すように言う佐倉に、まぁねと返す。
 「いいんじゃない?がんばれ」
 「うん?美織もね」
 何か言いたいことがあるのだろうか。なんとなく、違和感を覚えながらエールを送る。
 ライバルに返す言葉ではないのかもしれないが、今はただの友達だからきっとこれでいいはずだ。
 ニコニコとほほ笑む佐倉とともに体育館へ向かうと、愛花はボールを出しに体育倉庫へと足を向けた。
 それからは買い出しをしたり、ドリンクを配ったり、そんなこんなして、気づけば空が赤く染まろうとしていた。

 (どうしてこうなったんだっけ?)
 愛花と佐倉が肩を並べて帰路についていた。
 本当は同じバス停まで行く藤堂を誘おうと思っていたのだが、彼はもう少し自主練をしてから帰ると言っていて帰る様子がなく。そこに佐倉が声を掛けてきて、途中まで一緒に帰ることになったのだった。
 「そういえば」
 道中、佐倉がきょろきょろと辺りを見渡してから、内緒話をするような口調で言った。
 「噂、聞いたよ」
 「あーあれ?」
 「水島さんと付き合ってるんだって?」
 ん?
 「え、何その噂」
 私は思わず素っ頓狂な声を上げる。
 「ひかりも言ってたよ。あの二人いい雰囲気で怪しいって」
 噂話は消えるどころか、とんだ伝わり方をしているらしい。しかも、ひかりも言ってたって。とんでもない。今度会ったら問い詰めないと。
 「付き合ってもないし、別にいい雰囲気でもないよ」
 これは今後のためにも、きちんと訂正しておかないといけない。相手が佐倉ならなおのこと。
 「ほんとにー?」
 「ほ・ん・と・に」
 誤解されてはならないと、念を押す。
 「でも火のない所になんとかは立たないって言うじゃん」
 「ちょっと知り合いの程度、それ以上のことは断じてない」
 「知り合いなんだ、あの水島さんと」
 「まぁそれは……」
 (嘘はついてない。そう、ただの知り合い。その程度に過ぎない)
 「ふーん……」と言って、口ごもる愛花に意味深な視線を送る。
 「まぁいっか。“今はまだ”」
 何かを期待するような眼差しで、佐倉はニヤニヤと笑っていた。
 「っと、あたしはこの辺で」
 親が車で迎えに来てくれているらしく、佐倉は一台の車に向けて合図を送る。
 「じゃあまた明日」
 「うん、また明日」
 (今日はいろいろあったな……)
佐倉に手を振り返すと、愛花はちょうど来たバスに乗って家路を急いだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...