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第5話
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教室に戻るとなんとなくざわついている。いつもの賑わいと違っていて、なんとなく嫌な視線を感じる雰囲気だった。
水島くんがどうとか、高野さんがどうとか。確実に水島くんと二人、噂になっている。
(まさかさっきのアレが噂になってる?)
「愛花ちゃん」
そこに愛花の姿を見つけた柚木が駆け寄ってくる。
「なんか変な噂が立ってるみたいだけど」
「噂?」
「愛花ちゃんと水島くんがキスしてたとかなんとか」
そのとき、一層ざわめきが大きくなる。
入り口のほうを見ると、水島が珍しく教室に入ってくるところだった。
水島は相変わらず何を気にする様子もなく、いつもどおりで。だけど、普段は遠巻きに見ているクラスメイトに囲まれていて、何やら質問攻めに遭っているようだった。
「どういうことなの?」
柚木が愛花に問う。
「あーうん」
「ほんとなの?」
「んーまぁ……うん」
なんと言っていいか分からず、歯切れの悪い短い返事を返す。隠すのは違う。藤堂くんにアプローチするのなら、なおのこと。明白にしておかないと困ることになる。
私は腹を決めると、起きたことを整理するように話し始めた。
「階段踏み外して、落ちた先に水島くんがいて、それで顔と顔がぶつかっちゃって」
思い出すだけでまた紅潮してくる。
「あーなるほど。じゃあ、災難、になるのかな」
今度は柚木の歯切れが悪い。
「どういうことなの?」
「水島くんって結構な有名人で、その、親衛隊とかもあるとかって噂で」
柚木曰く、水島は一部の女子にひそかに人気があるらしく、過去に噂になった女子たちが何人も泣かされたとかなんとか。
とんでもないミスを犯してしまったのかもしれない。さーっと血の気が引いて、景色が遠のいていく。
「まぁでも、泣かされたって話はただの噂で身近で聞いたことないし、人の噂も七十五日って言うし、そのうち消えるよ」
柚木が慰めるように言いながら、ちらりと水島のほうを見る。
「しかし、水島くんって相変わらず無口だし無表情だし」
「そう、かな?」
確かに水島の表情はどこか読み取りづらいところがあり、乏しいのは間違いない。
(でも特に無口でも無表情ってわけでもないような)
「そうだよ。何々?愛花ちゃんの前だと違うの?」
「表情に乏しいのは否定しないけど、意外と喋るし、笑うときだってあるよ」
クスクスと笑われたあの日のことを思い出す。
(そういえば、入学式の日もあの日も、クラスでは見なかったはずだけど、どこで私のこと知ったんだろう。あれはほんと謎)
そんなことを考えながら顔を上げると、柚木はマジかって顔をしていた。
「喋ったの?あの水島くんと?」
柚木は、クラスメイトからの質問攻めに無視を決め込んでイヤホンをつけて音楽を聴き始めた水島を指さして、心底驚いた顔をしていた。
* * *
その日の放課後、部室で体操服に着替えていると、佐倉が声を掛けてきた。
「お、今日はなんか気合入ってる?」
茶化すように言う佐倉に、まぁねと返す。
「いいんじゃない?がんばれ」
「うん?美織もね」
何か言いたいことがあるのだろうか。なんとなく、違和感を覚えながらエールを送る。
ライバルに返す言葉ではないのかもしれないが、今はただの友達だからきっとこれでいいはずだ。
ニコニコとほほ笑む佐倉とともに体育館へ向かうと、愛花はボールを出しに体育倉庫へと足を向けた。
それからは買い出しをしたり、ドリンクを配ったり、そんなこんなして、気づけば空が赤く染まろうとしていた。
(どうしてこうなったんだっけ?)
愛花と佐倉が肩を並べて帰路についていた。
本当は同じバス停まで行く藤堂を誘おうと思っていたのだが、彼はもう少し自主練をしてから帰ると言っていて帰る様子がなく。そこに佐倉が声を掛けてきて、途中まで一緒に帰ることになったのだった。
「そういえば」
道中、佐倉がきょろきょろと辺りを見渡してから、内緒話をするような口調で言った。
「噂、聞いたよ」
「あーあれ?」
「水島さんと付き合ってるんだって?」
ん?
「え、何その噂」
私は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「ひかりも言ってたよ。あの二人いい雰囲気で怪しいって」
噂話は消えるどころか、とんだ伝わり方をしているらしい。しかも、ひかりも言ってたって。とんでもない。今度会ったら問い詰めないと。
「付き合ってもないし、別にいい雰囲気でもないよ」
これは今後のためにも、きちんと訂正しておかないといけない。相手が佐倉ならなおのこと。
「ほんとにー?」
「ほ・ん・と・に」
誤解されてはならないと、念を押す。
「でも火のない所になんとかは立たないって言うじゃん」
「ちょっと知り合いの程度、それ以上のことは断じてない」
「知り合いなんだ、あの水島さんと」
「まぁそれは……」
(嘘はついてない。そう、ただの知り合い。その程度に過ぎない)
「ふーん……」と言って、口ごもる愛花に意味深な視線を送る。
「まぁいっか。“今はまだ”」
何かを期待するような眼差しで、佐倉はニヤニヤと笑っていた。
「っと、あたしはこの辺で」
親が車で迎えに来てくれているらしく、佐倉は一台の車に向けて合図を送る。
「じゃあまた明日」
「うん、また明日」
(今日はいろいろあったな……)
佐倉に手を振り返すと、愛花はちょうど来たバスに乗って家路を急いだ。
水島くんがどうとか、高野さんがどうとか。確実に水島くんと二人、噂になっている。
(まさかさっきのアレが噂になってる?)
「愛花ちゃん」
そこに愛花の姿を見つけた柚木が駆け寄ってくる。
「なんか変な噂が立ってるみたいだけど」
「噂?」
「愛花ちゃんと水島くんがキスしてたとかなんとか」
そのとき、一層ざわめきが大きくなる。
入り口のほうを見ると、水島が珍しく教室に入ってくるところだった。
水島は相変わらず何を気にする様子もなく、いつもどおりで。だけど、普段は遠巻きに見ているクラスメイトに囲まれていて、何やら質問攻めに遭っているようだった。
「どういうことなの?」
柚木が愛花に問う。
「あーうん」
「ほんとなの?」
「んーまぁ……うん」
なんと言っていいか分からず、歯切れの悪い短い返事を返す。隠すのは違う。藤堂くんにアプローチするのなら、なおのこと。明白にしておかないと困ることになる。
私は腹を決めると、起きたことを整理するように話し始めた。
「階段踏み外して、落ちた先に水島くんがいて、それで顔と顔がぶつかっちゃって」
思い出すだけでまた紅潮してくる。
「あーなるほど。じゃあ、災難、になるのかな」
今度は柚木の歯切れが悪い。
「どういうことなの?」
「水島くんって結構な有名人で、その、親衛隊とかもあるとかって噂で」
柚木曰く、水島は一部の女子にひそかに人気があるらしく、過去に噂になった女子たちが何人も泣かされたとかなんとか。
とんでもないミスを犯してしまったのかもしれない。さーっと血の気が引いて、景色が遠のいていく。
「まぁでも、泣かされたって話はただの噂で身近で聞いたことないし、人の噂も七十五日って言うし、そのうち消えるよ」
柚木が慰めるように言いながら、ちらりと水島のほうを見る。
「しかし、水島くんって相変わらず無口だし無表情だし」
「そう、かな?」
確かに水島の表情はどこか読み取りづらいところがあり、乏しいのは間違いない。
(でも特に無口でも無表情ってわけでもないような)
「そうだよ。何々?愛花ちゃんの前だと違うの?」
「表情に乏しいのは否定しないけど、意外と喋るし、笑うときだってあるよ」
クスクスと笑われたあの日のことを思い出す。
(そういえば、入学式の日もあの日も、クラスでは見なかったはずだけど、どこで私のこと知ったんだろう。あれはほんと謎)
そんなことを考えながら顔を上げると、柚木はマジかって顔をしていた。
「喋ったの?あの水島くんと?」
柚木は、クラスメイトからの質問攻めに無視を決め込んでイヤホンをつけて音楽を聴き始めた水島を指さして、心底驚いた顔をしていた。
* * *
その日の放課後、部室で体操服に着替えていると、佐倉が声を掛けてきた。
「お、今日はなんか気合入ってる?」
茶化すように言う佐倉に、まぁねと返す。
「いいんじゃない?がんばれ」
「うん?美織もね」
何か言いたいことがあるのだろうか。なんとなく、違和感を覚えながらエールを送る。
ライバルに返す言葉ではないのかもしれないが、今はただの友達だからきっとこれでいいはずだ。
ニコニコとほほ笑む佐倉とともに体育館へ向かうと、愛花はボールを出しに体育倉庫へと足を向けた。
それからは買い出しをしたり、ドリンクを配ったり、そんなこんなして、気づけば空が赤く染まろうとしていた。
(どうしてこうなったんだっけ?)
愛花と佐倉が肩を並べて帰路についていた。
本当は同じバス停まで行く藤堂を誘おうと思っていたのだが、彼はもう少し自主練をしてから帰ると言っていて帰る様子がなく。そこに佐倉が声を掛けてきて、途中まで一緒に帰ることになったのだった。
「そういえば」
道中、佐倉がきょろきょろと辺りを見渡してから、内緒話をするような口調で言った。
「噂、聞いたよ」
「あーあれ?」
「水島さんと付き合ってるんだって?」
ん?
「え、何その噂」
私は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「ひかりも言ってたよ。あの二人いい雰囲気で怪しいって」
噂話は消えるどころか、とんだ伝わり方をしているらしい。しかも、ひかりも言ってたって。とんでもない。今度会ったら問い詰めないと。
「付き合ってもないし、別にいい雰囲気でもないよ」
これは今後のためにも、きちんと訂正しておかないといけない。相手が佐倉ならなおのこと。
「ほんとにー?」
「ほ・ん・と・に」
誤解されてはならないと、念を押す。
「でも火のない所になんとかは立たないって言うじゃん」
「ちょっと知り合いの程度、それ以上のことは断じてない」
「知り合いなんだ、あの水島さんと」
「まぁそれは……」
(嘘はついてない。そう、ただの知り合い。その程度に過ぎない)
「ふーん……」と言って、口ごもる愛花に意味深な視線を送る。
「まぁいっか。“今はまだ”」
何かを期待するような眼差しで、佐倉はニヤニヤと笑っていた。
「っと、あたしはこの辺で」
親が車で迎えに来てくれているらしく、佐倉は一台の車に向けて合図を送る。
「じゃあまた明日」
「うん、また明日」
(今日はいろいろあったな……)
佐倉に手を振り返すと、愛花はちょうど来たバスに乗って家路を急いだ。
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