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第6話
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特別予定もなく、いつもどおり過ごしたゴールデンウィーク最終日の前夜、携帯に一通のメールが届く。
差出人は柚木で、要件は佐倉と三人で集まろうというもの。いわゆる女子会へのお誘いだった。
* * *
翌日の11時、メールに添付された情報をもとに約束の場所に行ってみると、そこはターコイズブルーの壁に、オフホワイトのレースをふんだんに使ったカフェカーテン、ところどころに貝殻や海の生き物のガラス細工が印象的な洋食屋だった。
猫脚のついたダークウッドのテーブルによく似合う洋食が並ぶ。柚木はほうれん草とベーコンのクリームスパゲッティを一口頬張ると、フォークを止めて、神妙な面持ちで愛花をまっすぐ見た。
「で」
ミートソースのポテトグラタンを待っている佐倉も柚木の隣でやや身を乗り出して、やはり愛花を見ていた。
「ほんとのところはどうなの?」
きのこたっぷりデミグラスソースのオムライスを頬張ったばかりの愛花は間抜けな顔をしているのだろう。何がじゃないよと言わんばかりに食いぎみで、柚木が水をぐいっと飲んで続ける。
「水島くんのこと」
「水島さんは、愛花にただならぬ何かがあるよね」
重ねて口を開いた佐倉に同調して、柚木がうんうんと頷いた。
(ただならぬ何かって)
愛花は口にしたストレートアイスティーを吹き出しそうになる。
彼がメインの攻略対象である以上、何があっても驚かない。むしろ何かあってしかるべきだろう。
「あの水島くんが女の子と楽しそうに喋って笑ってるなんて」
あり得ない。そう言いたいのだろうか。
(そんな大げさな)
でも、クラスでの様子を見るかぎり、皆があれしか知らないのだとしたら、驚くのは無理もないのかもしれない。
「どうするの?」
「どうするも何も」
当然、告白されたわけではなければ、面と向かって友達になろうと言われたわけでもない。
ただの知り合いでしかない上に、特になんの彼に対して気もない愛花にするべきことがあるとはとても思えなかった。
(二人は私にどうしてほしいのだろう)
「愛花ちゃん的にはどうなの?」
来たばかりの熱々のグラタンを冷ましながら、何を言うでもなく見ている佐倉の隣で、柚木はここからが本題と言いたげで、さらに身を乗り出す。
「気になったりはしてないの?」
本音を言えば水島くんのことはなんとも思ってないどころか苦手で、藤堂くんが好きです、だなんてとても言えない。
「まだそんな知り合って間もないのに」
散らばったオムライスの中身をかき集めながら、分からないよ。と、返しておく。
(ゲーム内でもクリアした記憶もないくらいのキャラだったし、あながち嘘ではない)
「じゃあさ、一緒に遊びにいかない?」
そう言うと、柚木はこげ茶色のショルダーバッグから長方形の紙を取り出す。それは何かのチケットのようだった。
唐突な提案に頭が付いてこない。
(ほんとに何が言いたいんだろう)
「行ってきなよ。4人で」
「誰と?どこに?」
「みおりんと愛美ちゃん、それから水島くんと藤堂くんで遊園地」
どや顔でチケットを差し出す。愛花にもようやく状況の断片が掴める。掴めたのはいいが、意図までは分からないままだった。
「実はね」
柚木はスパゲッティの最後の一口を頬張り、それから顔をずいと寄せて言う。
その隣で佐倉は、血の気が引いた様子で何かを察した顔をして柚木の手を引っ張っていた。
(ちょっと待って、この展開まさか……)
「みおりん、藤堂くんのこと好きなんだよね」
だから、協力して、とな。
「えーーー!?」
ゲーム内では非常にさらっと起きるライバルイベント。それが実際に起きてみたら、まさかこんな形になるだなんて。思ってもみなかった愛花は、思わず声を上げてしまった。
(これはもう腹をくくるしかない)
私は腹を決めると、一度深く呼吸した。そして、佐倉のほうを向いて、慎重に選びながら言葉を紡いだ。
「ごめん、協力はできない」
「なんで?」
驚いた表情の柚木の隣で、佐倉は眉一つ動かさずに黙ったまま愛美を見ていた。
「私も、藤堂くんのことが気になってるから」
ついに言ってしまった。
「ごめん」
愛花は言葉を重ねる。
そんな愛花をじっと見つめたままの佐倉はしばしの沈黙を破ると、なんとも神妙な面持ちで独り言のように言った。
「そっか、やっぱりそうだったか」
「「やっぱりって」」
柚木と愛花の声がハモり、「知ってたの?」と愛花が続ける。
「ちゃんと知ってたわけじゃないけど、なんとなくそんな気がしてたんだよね」
「言ってくれたらよかったのに」と言う柚木の隣で、佐倉は「でも確証はなかったし、信じたくなかったし、それで言えなかった」と漏らした。
「えーと……この場合、どうしたらいいんだろう」
柚木は呟くようにそう言うけれど、どうするも何もこればっかりはどうしようにもない。このメンツでどうにか出来るような問題ではないのだから。
「なんか、ごめん」
女子会が終わって会計に向かいながら、柚木は項垂れていた。きっと友情も終わってしまった。
(短かったな……)
放心したままバス停に向かっていると、同じ方向へ行くという佐倉がついてきた。
「友達だろうとなんだろうと、ライバルはライバルだから」
佐倉はそう宣言すると、「じゃあね」と言って去っていった。
差出人は柚木で、要件は佐倉と三人で集まろうというもの。いわゆる女子会へのお誘いだった。
* * *
翌日の11時、メールに添付された情報をもとに約束の場所に行ってみると、そこはターコイズブルーの壁に、オフホワイトのレースをふんだんに使ったカフェカーテン、ところどころに貝殻や海の生き物のガラス細工が印象的な洋食屋だった。
猫脚のついたダークウッドのテーブルによく似合う洋食が並ぶ。柚木はほうれん草とベーコンのクリームスパゲッティを一口頬張ると、フォークを止めて、神妙な面持ちで愛花をまっすぐ見た。
「で」
ミートソースのポテトグラタンを待っている佐倉も柚木の隣でやや身を乗り出して、やはり愛花を見ていた。
「ほんとのところはどうなの?」
きのこたっぷりデミグラスソースのオムライスを頬張ったばかりの愛花は間抜けな顔をしているのだろう。何がじゃないよと言わんばかりに食いぎみで、柚木が水をぐいっと飲んで続ける。
「水島くんのこと」
「水島さんは、愛花にただならぬ何かがあるよね」
重ねて口を開いた佐倉に同調して、柚木がうんうんと頷いた。
(ただならぬ何かって)
愛花は口にしたストレートアイスティーを吹き出しそうになる。
彼がメインの攻略対象である以上、何があっても驚かない。むしろ何かあってしかるべきだろう。
「あの水島くんが女の子と楽しそうに喋って笑ってるなんて」
あり得ない。そう言いたいのだろうか。
(そんな大げさな)
でも、クラスでの様子を見るかぎり、皆があれしか知らないのだとしたら、驚くのは無理もないのかもしれない。
「どうするの?」
「どうするも何も」
当然、告白されたわけではなければ、面と向かって友達になろうと言われたわけでもない。
ただの知り合いでしかない上に、特になんの彼に対して気もない愛花にするべきことがあるとはとても思えなかった。
(二人は私にどうしてほしいのだろう)
「愛花ちゃん的にはどうなの?」
来たばかりの熱々のグラタンを冷ましながら、何を言うでもなく見ている佐倉の隣で、柚木はここからが本題と言いたげで、さらに身を乗り出す。
「気になったりはしてないの?」
本音を言えば水島くんのことはなんとも思ってないどころか苦手で、藤堂くんが好きです、だなんてとても言えない。
「まだそんな知り合って間もないのに」
散らばったオムライスの中身をかき集めながら、分からないよ。と、返しておく。
(ゲーム内でもクリアした記憶もないくらいのキャラだったし、あながち嘘ではない)
「じゃあさ、一緒に遊びにいかない?」
そう言うと、柚木はこげ茶色のショルダーバッグから長方形の紙を取り出す。それは何かのチケットのようだった。
唐突な提案に頭が付いてこない。
(ほんとに何が言いたいんだろう)
「行ってきなよ。4人で」
「誰と?どこに?」
「みおりんと愛美ちゃん、それから水島くんと藤堂くんで遊園地」
どや顔でチケットを差し出す。愛花にもようやく状況の断片が掴める。掴めたのはいいが、意図までは分からないままだった。
「実はね」
柚木はスパゲッティの最後の一口を頬張り、それから顔をずいと寄せて言う。
その隣で佐倉は、血の気が引いた様子で何かを察した顔をして柚木の手を引っ張っていた。
(ちょっと待って、この展開まさか……)
「みおりん、藤堂くんのこと好きなんだよね」
だから、協力して、とな。
「えーーー!?」
ゲーム内では非常にさらっと起きるライバルイベント。それが実際に起きてみたら、まさかこんな形になるだなんて。思ってもみなかった愛花は、思わず声を上げてしまった。
(これはもう腹をくくるしかない)
私は腹を決めると、一度深く呼吸した。そして、佐倉のほうを向いて、慎重に選びながら言葉を紡いだ。
「ごめん、協力はできない」
「なんで?」
驚いた表情の柚木の隣で、佐倉は眉一つ動かさずに黙ったまま愛美を見ていた。
「私も、藤堂くんのことが気になってるから」
ついに言ってしまった。
「ごめん」
愛花は言葉を重ねる。
そんな愛花をじっと見つめたままの佐倉はしばしの沈黙を破ると、なんとも神妙な面持ちで独り言のように言った。
「そっか、やっぱりそうだったか」
「「やっぱりって」」
柚木と愛花の声がハモり、「知ってたの?」と愛花が続ける。
「ちゃんと知ってたわけじゃないけど、なんとなくそんな気がしてたんだよね」
「言ってくれたらよかったのに」と言う柚木の隣で、佐倉は「でも確証はなかったし、信じたくなかったし、それで言えなかった」と漏らした。
「えーと……この場合、どうしたらいいんだろう」
柚木は呟くようにそう言うけれど、どうするも何もこればっかりはどうしようにもない。このメンツでどうにか出来るような問題ではないのだから。
「なんか、ごめん」
女子会が終わって会計に向かいながら、柚木は項垂れていた。きっと友情も終わってしまった。
(短かったな……)
放心したままバス停に向かっていると、同じ方向へ行くという佐倉がついてきた。
「友達だろうとなんだろうと、ライバルはライバルだから」
佐倉はそう宣言すると、「じゃあね」と言って去っていった。
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