青春再見

佐伯明理(さえきあかり)

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第13話

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 合宿から戻ってきてまもなく、八月第二日曜日、納涼祭の日がやってくる。
夕方が迫ろうとしたその時、愛花は別段予定もなくぼんやりとしていると不意に携帯が鳴った。
日が日だから例のお誘いだろうし、たぶん相手は間違いないだろうと思い、反射的に通話ボタンを押した。そして、一呼吸置いて、「もしもし」と言って反応を待つ。
「もしもし」
そうしていると先の声に被せるようにして、思わぬ声が耳に届いた。
「……藤堂だけど」
「!!?」
落としそうになった携帯を持ち直す。
そして、呟くように「とう、どう……くん?」声を漏らした。
思い返してみれば、当たり前と言えば当たり前だった。私は初め、電話口の彼のために部活も日々の行動も決めて行動していたのだから。パラメーターは間違いなく彼好みと言っていい育ち具合だろう。
―そういえば。
つい先日起きた彼のイベントだって、だいぶ友好度が上がらなければ起きないものである。
彼らの好感度が逆転していてもなんらおかしくないし、状況を鑑みるに実際逆転してしまっているのだろう。
「あのさ、今日の夕方って予定空いてる?」
「えっと……」
頭の中はまるで遊園地のコーヒーカップの如く、ぐるぐると回転する。それもさながら三半規管がやられてフラフラになったときのスピードで回っている気分だ。
今の私は誰のルートに入ろうとしている?誰と結ばれたいと思ってる?
そんなの決まってる。今の私は他でもない、電話口の彼ではなく水島くんを見ているのだから。
「ご……ごめんね」
「そっか……時間取って悪かったな。またな」
「うん、またね」
通話を終わらせると、愛花はそのまま意を決して電話を掛けた。
「あ、水島くん?」
上ずる声を静めるようにして言葉を紡ぐ。
「うん……何か用事?」
「あの、今日さ、納涼祭でしょ?」
「だな」
電話口の彼はいつもどおりのやや低調子だった。
「えっと……よかったら、行かない?……その、一緒に」
「行く」
「…………」
低調子とは裏腹に、言葉尻にやや被せるようにして返事が返ってきたことに驚いて思わず言葉に詰まった。
「行くよ、納涼祭」
水島が言葉を重ねる。その音はエコーが掛かったみたいに響いていた。

* * *

しばらくして空のオレンジ色が消えかかったころ、愛花は玄関先でそわそわしていた。
愛花としてはどこかで待ち合わせするつもりでいたが、彼がどうしても家まで迎えに行くと言うのでそういうことになったのだった。
あれは期待されてたよね。浴衣姿。
靴箱に備え付けられた鏡に映る浴衣姿を見やる。
その先にかすかにニヤけた母親の姿も捉えたが、愛花にとってはこの際そんなことなどどうだってよかった。ただただ、ここ数か月の間に起きた過去のいろんなことが渦巻いていた。
ピンポーン
そのとき来訪を告げる音が鳴る。
愛花は反射的にビクッと体を震わせて、それから一呼吸置いて扉を開けた。
「ちょっと早……くはないか」
「うん、大丈夫」
消え入りそうな声に被せるようにして返すと、水島は「そっか」と呟いて、「じゃあ、行くか」と続ける。
「うん……いってきます」
後ろに立っていた母親にそう告げると、家を出る。母親は茶化すでもなく、ただニコニコと手を振っていた。

慣れはじめた通学路をいつもの調子でズンズン進んでいく。でも、今日はいつもと違って隣には水島がいる。その事実が視線を移すたびに刺さり、それだけで心臓はうるさく音を立てていた。
「あの……その……迎えにきてくれて、ありがとう」
その声は震えているかもしれない。消え入りそうなほど小さいかもしれない。上ずっているかもしれない。
だけど、まるで耳にコルク栓でもしているかのように、愛花のもとには届いていないようだった。
「こっちこそ……その、誘ってくれて、ありがとう」
彼のその声だけが心臓が早鐘を鳴らす中で、確かに鮮明に聞こえたような気がした。
けれど、その先はお互いに言葉が続くこともなく、つかず離れずの距離を保って会場に向かっていった。
正直、そこから先の記憶はない。
縁日を巡った。誰かに遭遇した。花火を見た。
至極断片的でまるで自分のことではないような出来事がぼんやりと頭にあるだけで、それ以上の実感を伴った記憶はなかった。
気づくと家の前にいて、水島がチャイムを鳴らしたのか、母親がガチャリと扉を開けて出てくる。
「愛花……じゃあ、またな」
水島のほんのりと頬が染まったかすかな笑顔だけが切り取られたようにそこにあった。
そのあとのことは、入浴を済ませて床についたことしか覚えていない。知らぬ間に眠っていたようだった。
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