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3.少女の正体(2)

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突然だが私はこの世界に転生した日本人である。前世ではOLとして自分にとってはすこぶる満足な生活を送っていたのだが、ある日道を歩いていたら落ちてきた植木鉢が直撃して死んだらしい。なんてこった。ちなみに生涯独身だった。

そしてその記憶を持ったまま、この国の隣国、聖トロジーナ王国の公爵令嬢として生を受けたのだ。いわゆるチート?なのか、それなりに努力すれば知力も武力も高い水準になるので、それはもう楽しくて勉強も鍛錬も頑張った。その後色々あって、国外追放されてマーサ王国にやってきたのだ。そう、何があったかは察して欲しい。
まあきっとこの世界は、何がしかの乙女ゲームなり小説なりの世界なのだろう。そういった小説を読んだことはあってもあまり詳しくはないので、一体何の作品なのかは不明。それに前世の記憶があるせいか、貴族のご令嬢として生きることが違和感バリバリだったので、聖トロジーナ王国第2王子のエリックに国外追放を言い渡された時にこれ幸いと受け入れたのだ。

(あー、一仕事終えた後の風呂はたまりませんな~。)

家にたどり着いた私は早速シャワーを浴び、そして湯船にお湯をためて肩まで一気に浸かった。この世界、火力や電力などの動力源は全て魔石でまかなっている。魔石の魔力を使いきったら、新しい魔石を買ってきて家具や水道にはめ込むだけ、とっても便利だ。

(とにかく子供たちが無事でよかった。ただ、作戦失敗の原因の護衛か~…。)

あの人たちさえいなければ、今頃組織は壊滅、後ろ暗い貴族は牢屋送りになっただろう。そうすればもう怖い思いをする子供たちもいなかったはずなのに。それに組織に潜入している先輩部員たちも引き上げる予定だった。

潜入任務は過酷だ。特に長期になればなるほど、気が緩んでバレる可能性が高まるし、自分の手を汚す機会が増えて病むことも多くなる。もちろん今潜入している先輩たちはプロフェッショナルだ。それでも絶対とは言えないのがこの稼業。

(マートンさんに、レオナルドさんに、ビリーさん……元気かなあ…)

私はさらに深くお湯につかり、顔の下半分までお湯に浸ってぶくぶくと空気をはく。仕方ない、切り替えよう。

お風呂から上がったら、一旦短パンとドルマンスリーブのやわらかいシャツに着替える。ちなみに手作りだ。わしわしと自毛の青い髪をタオルで拭きながら、とりあえず椅子に落ち着く。

小さなダイニングキッチンと寝室という2間の部屋を借りている。貴族だった時と比べると、普通のご令嬢なら発狂してしまいそうなくらい落差のある住環境だが、私はホレ、前世6畳一間の人間だったので気にしない。むしろ自分のお金で自立しているのが嬉しいし、お付きの侍女やメイドがいなくなり、のびのびと過ごせて気楽なのだ。

(そういえば、お父様やお母様はどうしてるのかな……)
婚約破棄された傷物令嬢なんて公爵家のお荷物になるだけと、さっさと挨拶もせずに国を出てきたから、あの後お父様やお母様がどんな反応だったかはわからない。相変わらずこちらの新聞にもお父様が隣国の宰相として登場しているので、あまり影響はなかったと信じたい。

(それにアホとヒロインも…婚約していないみたいだし。)

私との婚約はあの場ではっきりと書類にして破棄したのに、あいつらはまだくっついていないらしい。何でもいいけど、あの卒業パーティーの場で国外追放を言い渡したエリック殿下も殿下だが、「え!?なんで処刑じゃないの?国外追放なんて甘すぎ、シナリオ通りにすすまない…。」と言って会場全体をドン引きさせたヒロインもどうかと思う。国内1の権勢を誇る公爵家のご令嬢を、証拠もないくだらないイジメの冤罪で死刑にできるとでも?まあ頭空っぽ同士でお似合いだよなー。

そんなことをぼーっと考えていたが、また職場へ戻らないといけない。私はおもむろに、帰り際に買っておいたサンドイッチにかぶりつく。しゃきしゃきのレタスと甘辛い鶏肉がたまらない。これにマヨネーズがかかっていれば最高なのだが、あいにくこの世界にこってりニクイあいつは存在しないのだ。次の休みに自作してみようかな。

そんなこんなでブランチを終えた私は、自慢の豊かな髪をぶっとい2つの三つ編みにし、黒ぶちメガネをかけ、ダークグリーンに白の襟の地味なワンピースに着替えた。暗部は表向きは国史編纂部だから、それっぽい恰好をして通勤するようにしている。

ブラックと言えばブラックだが、私は今の職場を誇りに思っているし、隣国から追放されてきた公爵令嬢なんてややこしい身分なのに、働かせてもらってとても感謝しているのだ。そこ、やりがい搾取とか言わないで。
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